医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


日本における医療事故防止の方法論を提示

ヘルスケア リスクマネジメント
医療事故防止から診療記録開示まで

中島和江,児玉安司 著

《書 評》坪井栄孝(日本医師会長)

 「私の患者の健康を私の第一の関心事とする」という,世界医師会ジュネーブ宣言の一文や,ヒポクラテスの誓いにある「患者の利益になることを考え,危害を加えたりしない」という一節は,「医療それ自体が持つ危険性」を明確に意識したものである。したがって,「患者の健康を守る」という医師の使命は,医療が人類の幸福に大きな貢献を果たす可能性とともに,それに伴う危険性の存在とその回避という側面とを元来併せ持っていると理解することができる。当然これまでも医療過誤は,それ自体避けられない宿命を持ってはいるが,われわれ医師はその発生を最小限に抑えるために,英知の集結と共有・伝達に努めてきたはずである。
 近年になって,日本だけでなく世界中の医療の現場で患者の安全と医療過誤の問題が取り上げられ,国民的な関心を集めている。患者の安全を守るためには,医療事故の本質を理解し問題発生の背景とメカニズムを明らかにすることが前提であり,責任を追及する体質からの脱却と経験を予防に生かす努力への変革が必須である。

患者の安全確保のために

 また,医療事故の発生とその被害を最小にするという意味での「患者の安全確保」の重要性を認識するとともに,医療事故を忌避するあまり適切な医療提供の機会が失われてしまうことや,進歩した医療技術による国民の健康を向上させる可能性の否定に繋がるというネガティブな面にも注意を払う必要があると考えている。
 「患者の安全」の問題は,単に事故を回避する,あるいは発生した事故にいかに対応するかという側面が強調されがちであるが,これだけで解決するものではない。単に「事故の防止」という側面だけでなく,事故回避を最優先にすることによる逸失利益についても十分に考慮・検討する必要がある。そのため,この問題の解決に当たっては,基本的な哲学について医療従事者,患者など関係する多くの人たちの間で議論することによって,国民的なコンセンサスを得る努力がまずもって重要であると認識している。
 当然ながらこれらの一連の活動は,法的な拘束や公的権力によるものではなく,医療提供の責任を持つわれわれ医師を中心とした自主的で実効のあがるものでなければならないと考えている。その意味で,最近頻繁に医療機関に対する司法当局の介入が目立ってきていることに関して危機感を持っている。あるべき医療の姿と患者の安全確保を第一に考え,責任追及ではなく再発防止に軸足を持った法制度のあり方や,不幸にして不利益を受けた患者の救済をどう考えるかという問題を避けて通ることはできない。

混乱する医療現場の解決の糸口

 本書,『ヘルスケア リスクマネジメント-医療事故防止から診療記録開示まで』は,日本医師会の医療安全対策委員会の委員でもある中島,児玉の両先生の手になるものである。米国における取り組みや両氏の米国での経験を下敷きとして,日本における医療事故を防止し,患者の安全を確保するために具体的にどうすればよいかという方法論までを網羅しており,それぞれの医療機関が取り組むべき方策を考えるヒントを与えてくれる。医療の現場がこの問題をめぐって大きな混乱の中にあり,さまざまな主張が交錯してしまい問題解決の糸口を見出すことを難しくしている現在,時宜を得た本書に大きな期待を寄せている。患者の安全確保対策が,すべての医療従事者が共通の認識を持って取り組まれ,より効果的に実行されることを期待している。
 私は,今こそ医療従事者すべてがこの問題の重要性を認識し,意識改革に取り組み,積極的な診療情報の開示や,医療過誤を最小化するためのさまざまな工夫と努力,患者や一般市民との対話を通じて,患者と医師双方が「医療過誤」という魔物に食われてしまわないことに細心の注意を払わなければならないと考えている。
B5・頁224 定価(本体2,800円+税) 医学書院


EBMを精神医療に適した形で発展させた本邦初の成書

エビデンス精神医療
EBPの基礎から臨床まで
 古川壽亮 著

《書 評》福岡敏雄(名大・救急医学)

EBMに関する最高の本

 EBMに関する本である。「またか」と思われるかもしれない。しかも,「精神医療」と書かれている。「なるほど,自分には関係ない」と思う方もあろう。この本を読んでも精神医学の重要な知識が系統的に身につくわけではない。また詳細な統計の解説を期待しているのなら見事に裏切られるだろう。しかし,読む価値はある。EBMに関する最高の本である。
 内容は「基礎編」「理論編」「実践編」の3つからなっている。まず目を引いたのは最後の「実践編」であった。ここには12のケースが示されている。一般外来でも直面しそうなものもあり,情報の検索も現実的な手法が展開されている。さらにその妥当性や適用性の判断も示されている。あるケースでは判断を,患者情報を持つ主治医にまったくゆだね,「あなたの患者ではどうだろうか」という問いかけで終わっている。別のケースでは妥当性に乏しい「ガイドライン」を「読むに値しない」と明確な判断をする。実際の現場を念頭に置いた吟味と適用と思えた。まずここに目を通し自分の興味にあうケースを見つけて読み進めてみるとよい。

「真に有効で安全な医療」

 「理論編」では診断と評価手技,さらに副作用に関する部分が出色である。このうち,副作用の部分では,症例対照研究とコホート研究の批判的吟味について,具体的な例を交えてわかりやすく解説してある。考えてみれば,医療がこれらの研究手法に依存してきた面は大きい。RCT(ランダム化比較対照試験)を絶対とするのであれば,多くの副作用は看過されたであろう。もしも医療が,治療を受ける者に過大に期待を与えることで,「効く可能性があればなんでも……」といった論調で不確かな治療を容認し,一方で副作用に関しては,それを与えた者を非難・処罰するための厳密さを訴えることで「科学的に証明されていなければ……」と危険が疑われる治療の排除を遅らせてきたなら,医療に対する信頼はこれほどのものにはなり得なかっただろう。治療効果は可能である限りRCTによる厳密な評価が求められ,副作用に関しては,妥当性に乏しい症例報告や症例対照研究などで処方行動の変化が求められることがあるのが現実である。このバランスの中で「真に有効で安全な医療」が実現されるのであり,本書ではこの点を踏まえた解説が行なわれている。また,副作用を疑う結果を示した研究が,その後に否定された例も紹介されている。このような背景も踏まえてEBMという手法が語られなければならないという,著者の意図が感じられる。
 「基礎編」を読むと,著者の執筆にあたる問題意識と取り組む姿勢が伝わってくる。「精神医療」という,ともすると「EBM」の手法を活かしにくいと誤解されがちな分野で,その手法を実践し,臨床に活かせる情報を使いやすいようにまとめ,その共有に力を注いできた著者の活動が支えになっている(ぜひ著者が主宰するEBP Center: http://www.ebpcenter.comをご覧いただきたい)。さらに,「一緒にやろうよ。そんなに難しくはないよ。それにきっと役に立つことなんだ」というメッセージも感じる。それは著者から,EBMを実践しようとする者に向けられた,やさしい,しかし力強いささやきである
 本書の副題には「EBPの基礎から臨床まで」とある。もちろん「Evidence-Based Psychiatry」の略であろうが,これを「Evidence-Based Practice」の略と読み替えることが,本書の内容を理解することであると感じている。
A5・頁448 本体(定価5,900円+税) 医学書院


臨床感染症学の第一人者による診療マニュアル

レジデントのための感染症診療マニュアル
青木 眞 著

《書 評》喜舎場朝和(沖縄県立中部病院・内科)

日本における臨床感染症学の問題点

 感染症の臨床分野は実に広すぎる。全身およびあらゆる解剖学的部分の,無数の微生物の,正常およびあらゆる段階の感染防御能の低下した患者の感染症を網羅しなければならない。それなのに,本邦では,「臨床感染症学」がシステム化されておらず,臨床分野の第一線に立つ専門医が極端に少ない。症例は非常に多いのに現場のかじ取り役がなきに等しく,結果的に抗菌薬の汎用・乱用の中で耐性菌による環境汚染は急速に進行しつつある。順番は,まず広域抗菌薬使用の前に抗菌薬の使い方の基礎,抗菌薬汎用の前に抗菌薬の使用制限の“哲学”,院内感染の前に院外感染,耐性菌の伝播対策の前に耐性菌の産生対策,新興感染症の前に従来の一般感染症から始められるべきではないかと思うのだが,何しろ「臨床感染症学」の基礎が脆弱である。

著者の一貫した哲学による記述

 著者(青木 眞先生)は1979年に筆者(私)の勤める病院で卒後研修を始め,紆余曲折の苦労の後に米国で内科専門医,そして感染症専門医となって帰国した。今,本邦における「臨床感染症学」の最もグローバルな最新情報と視野を有する人と言えよう。筆者が1年次と2年次研修医を相手に細々と臨床感染症学の「初期研修」に携わるのに手一杯であったのに対し,著者は,本書の内容から明らかなように,「初期研修」から「後期研修」にわたり,まさしくオールラウンドの臨床感染症学に造詣が深い。本書は項目別に辞書を引くようにも使えれば,その気になれば読破も可能な手頃な厚味。何よりも,1人で書き上げたので,著者の一貫した“哲学”を感ずることができる。著者が多くのことを学び,経験し,今,自分の持てるものを多くの読者と共有したいという願望を感じることができる。労作かつ秀作である本書を読み,筆者の新しく得た知識多々,同感するところ多々。
 感染症の臨床で,米国と本邦でかなり対処法に違いがある。著者はひたすら自分が学び信じるところの臨床感染症学,たまたまそれが“米国流”であったわけだが,を書き上げている。読者は,その内容をただ鵜呑みにするだけでは後で誤解を生みかねない。著者の投げかけている“問題提起”に対し,まず,臨床現場の現状と本書に述べられている事柄との間にさまざまな種類と程度のギャップのあることに疑問を感ずることから始めるべきであろう。
 随所に著者の精力的な気配りが感じられる。注)やMemoの中に本音や裏話を含んだ著者の考えが込められており,アルゴリズムを多用してわかりやすく説明している。
 p3-4の「フローチャート」については,筆者が研修医によく言っている「フローシート的考え方」と重ね合う。万事“何がどうして,どうなったのか”敵は千変万化の生き物であり,これに対応するに通り一遍の抗菌薬療法でよいはずがない。
 抗微生物薬療法は適応,スペクトル,容量,注射薬の配合の仕方,代謝・排泄経路,相互作用,副作用にわたりこと細かに書かれている。
 「十分な用量」が強調される一方,腎機能の影響などにくどいほど注意を喚起している。本邦と米国の間で,抗菌薬の用量の違うことが少なくない。著者もこのことを断った上で一般的に米国の用量をあげているが,これを鵜呑みにして実際に処方すると,保険適用上相容れない問題が起こる可能性があるので要注意。
 「検体採取の一般的ガイドライン」の章で,こと細かに各検体について採取法,信頼性について表にして見やすく説明している。「検体採取」に対する著者の思い入れがうかがわれる。
 言わずもがなに,質のよい,迅速な検査室のバックアップ体制が望まれる。
 化膿性髄膜炎はmedical emergencyであり,診断および治療開始をできれば「30分以内」に済ませたいと強調する。しかもその間にできる限り起炎菌を追求し,仕方がないと判断された時にエンピリックテラピーを速やかに開始する。タイミングを逸することなく,この相矛盾する2つのことをぎりぎりまで天秤にかける。この天秤は,程度の差こそあれ,どの感染症にも要求される。
 p411の注)に同感。本邦ではpencillinase resistant penicillinsとBicillin注が入手できなくなった。困ったことである。特にMSSAによるCNS感染症に対して,本邦では第一次選択薬がなくなった。
 著者と筆者で,いくつかの箇所で少し考え方の違いを感じた。実際は違いのズレはそれほどないのかもしれない。両者の置かれた環境が違うので,それに対する反応の強弱の違いなのかもしれない。繰り返し,発熱,白血球数,CRP,赤沈をあてにしてはならないと述べている。筆者自身は“ある程度”それらを指標にしているので多少の違和感を感ずる。発熱とリンパ節腫脹の鑑別診断の中で,本邦に多い亜急性壊死性リンパ節炎について触れてほしかった。感染性心内膜炎で,亜急性の場合は「24時間の間に3セット採取し」,「24-48時間血液培養結果を待ち,それから起炎菌に合わせて治療を開始してよい」と述べているが,もう少し急いだほうがよいように筆者は思う。著者の意欲に満ちた本書に「敗血症」の章が抜けているのが残念。また「院内感染対策」について幾ばくか書き加えてほしかった。用量の記載でミスプリではないかと思われる箇所をいくつか見つけた。p80 AMPC/CVA,p170,172,173アミノグリコシド髄中投与,p185 PCG,p290 メトロニダゾール,p423,424ビタミンB6

臨床感染症学の統合と分化という努力の結晶

 免疫不全の日和見感染,HIV,性感染症については独立した章を設け,結核,輸入感染・熱帯感染については章を設けてはいないものの詳しく述べている。ちなみに著者は,特にHIVの臨床にかけては本邦の第一人者のお1人であることは間違いない。また腹腔内感染症,骨髄炎・化膿性関節炎,眼科関連感染症,頭・頸部感染症の各章を読みながら,著者の知識と経験の深さがこれらの分野にも十分及んでいることに敬服した。本書は臨床感染症学の統合と分化,ないしは“拡がり”と“深み”という相矛盾した努力の結晶と言えよう。一方,例えばp352のMemoの中に,「医療過疎の地域で働くプライマリ・ケア医師に少しでも役立つ可能性が……」とあるが,著者は沖縄本島の南,宮古島で何年か離島医療を経験した経歴を持つ。著者がこのように広域の感染症に身を挺するに至った別の理由をここにみる。
 本書が1人でも多くの読者を得んことを切望する。
A5・頁576 定価(本体6,000円+税) 医学書院


大腸内視鏡の新たな展開を1冊に

コロナビを用いた新大腸内視鏡テクニック
多田正大 著

《書 評》長廻 紘(群馬県立がんセンター院長)

難渋な大腸内視鏡を普遍的検査に

 大腸内視鏡は1960年代末に開発されたが,当初はもちろん,今に至るまで使いこなすのが難しい内視鏡であり続けている。生産者・使用者とも,何とか使いやすいものにしようと,努力が重ねられた。使用者側においてはすでにあるこのスコープをうまく使うという挿入技術の向上と,スコープの欠点を明らかにしてメーカーに改良を求めるという2つの方向があった。そういうコロノスコープ・コロノスコピーの世界で,最初からたくさんのアイディアを出し,メーカーを叱咤激励し続けてきたのが本書の著者,多田正大博士である。スコープの硬さ,太さの検討に事のほか意を用い,数々の論文とともに,実際に硬度可変式スコープ,細径スコープなどにその検討結果は生かされた。高い診断能を有する一流の内視鏡医であり続けるとともに,誰よりも機種の改良に意を注ぐ姿を,常に感嘆しつつ眺めてきた。
 多田博士のもうひとつのまねのできないことは,後進の指導に大変熱心だということである。それらの諸々の歴史が本書に流れ込んで,類をみない成書となった。100頁ほどの本であるが,「本は厚きをもって尊しとせず,内容の豊さをもって……」をまさに地でいく本である。DDWでも即日完売したのもうなずける。

コロナビ:挿入形状観測装置

 「コロナビ」とは耳慣れない術語であるが,カーナビと同じく電磁波を利用して,挿入されたスコープの形状を知る「挿入形状観測装置」である(詳しくは本書をお読みください)。序文に「私がこの装置を最初に使用した瞬間から,これを用いれば大腸鏡挿入に難渋している多くのビギナーが救われる,多くの内視鏡医が育つと確信した。そして大腸内視鏡は一部のベテランだけの世界ではなく,普遍的な検査法になる予感に酔いしれた」とある。多田正大がそう言うのだから,間違いない。名は体を表すは例外もあるが多田博士にはあてはまる。いい本の書評を書くのはうれしいものだ。
 多くの学術書を上梓し続けてこられた師である川井啓市顧問(JR大阪鉄道病院)の,出版点数を上回ることを目標にしていると聞いたことがあるが,この本あたりで並んだのではないでしょうか。これを新たなスタート地点として,経験と努力がマッチしたユニークな本を出し続けられることを切に望むものです。大腸鏡の世界にも,多田正大博士個人にも新しい境地を拓いた記念すべきこの出版に対して,心から「おめでとう」と申し上げます。
 おめでとう。
B5・頁104 定価(本体4,000円+税) 医学書院