医学界新聞

 

【座談会】

介護保険下における医師の新たな役割

森田三雄氏
北海道白糠町
国保診療所
  池上直己氏
慶應義塾大学教授・
医療政策管理学
〈司会〉
  佐々木英忠氏
東北大学教授・
老年医学


介護保険と医師:その関わり

介護保険と医師

池上〈司会〉 本日はお忙しいところ座談会にご出席いただきましてありがとうございます。ご承知のように,昨年4月に介護保険制度が施行されました。現場ではさまざまな問題が指摘されはじめていますが,制度を改善することによっても解決ができない本質的な問題があるように思えます。
 それは,多職種が同じ視点で高齢者の問題を論じるためには,情報・知識の共有化が図られなければならないのに,それがいまだ理念の段階に留まっているのではないかという疑問です。この問題に関しては,医師側に起因することも少なくないのではないかと思います。つまり,わが国の医師は,患者さんを各疾病の病態生理に還元して把握する習性が身についているため,高齢者の生活機能に着目して総合的に評価し,ケアチームの一員として対応するための訓練が不十分のように思えます。また,老年医学がさらに浸透しなければならないのに,その面においても不十分であり,さらには卒前・卒後の医学教育においても基盤整備が遅れております。
 そこで本日は,「介護保険下における医師の新たな役割」というテーマで,現今の問題点や課題を討議してみたいと思います。

現場の臨床医の立場から

池上 まず,ホームページ「釧路のケアマネ」を開設し,介護保険やケアマネジメントに精通されておられる森田先生から,簡単な自己紹介も含めて,現場における対応の状況をお聞かせ願えますか。
森田 本日私が呼ばれたのは,おそらく一般内科医の代表ということではないかと思います。ご紹介いただいたように,確かにホームページこそ出しておりますが,知識や経験の面から言えば,さほど誇れるものはではないと思います。
 私は大学院を出てから6年前までは甲状腺の専門病院におりました。いわば,甲状腺の専門医だったわけです。その後,地域の診療所に行きまして,初めて老人を診療する状況になりました。
 そして,しばらくしてから,後ほどお話に出ると思いますが,「MDS(Minimum Data Set)」のことを知りました。ちょうど,ケアマネジャーの資格を取るために勉強をする機会もありましたし,実習も経験しました。
 正直に申し上げて,MDSは最初は取っつきにくい,面倒臭いという印象でしたが,1つひとつ進めてみると,思ったよりも簡単で,特にコンピュータを使いますと,自動的に思いもよらぬトリガーが引っ掛かってくるようなところがありますから,そういう面では,言葉はあまりよくないですが,楽しいアセスメントの方式だと思うようになりました。
 私どもの町は,人口が1万2千人ほどの大変小さな田舎町ですが,介護保険の施行・導入は非常にうまくいっています。サービスも町内で足りていますし,表面上は過不足なく経過しております。従来のサービスを受けていた方が横滑り的に同じサービスを受けている,というのが第3者的な印象です。
 実際,ケアマネジャーの実習などを経験すると,「最初にニーズありき」,というような発想から出発しますが,現実問題としては,いま申しましたように,現在受けているサービスが継続して受けられることが最大の命題ですので,その面では順調にいっているように思います。
 現在ケアマネジャーの間で問題になっていることは,介護報酬の請求と返戻が多いこと,そして,国民健康保険団体連合のシステムのトラブルです。そうした問題にケアマネジャーのほとんどのエネルギーが費やされて,肝心のアセスメントに関する部分には,まだ手が回っていないのではないか,という印象があります。
 私も外来で診ている患者のケアプランについて,90枚ぐらい意見書を書いたのですが,まだ1例も相談を受けたことがありません。まだ,それだけの余裕がないのだと思います。これは医師会でも問題になっています。ケアプランには,本来は医師が絡んでいなければならないのですが,こういう状況は日本全国で共通しているように思えます。
 一般の診療所の医師にとっては,介護保険が施行されて何か変化があったか,と言えば,意見書を書くくらいで,現場ではそれ以上に踏み込む場面はあまりないですね。私自身,「ケアマネジャーの資格を取得して,現時点で何か役に立っているか」と問われれば,「あまりありません」と答えざるを得ません。
 もう少し時間が経過すれば,介護保険に関するトラブルが収拾するでしょう。利用者側の知識が増え,要求がもっと出てくれば,おのずから的確なニーズを見つけ,それに対する目標や要望が出てくると思いますが,現時点ではあまり変化はない,というのが第一印象です。
池上 制度が変わったからといって,すぐに現場が変わることはないのが,医療の特徴と言えます。介護保険が施行されたから,すぐ価値観やサービスの提供の仕方が変わることはないでしょう。しかし,軸足が変わったことによる影響が,いつ頃から出てくるのか,ということが重要だと思います。

老年科医の立場から

池上 ところで,佐々木先生は大学病院で老年医学を専門とされているお立場から,どのような印象をお持ちですか。
佐々木 一般的で申し訳ありませんが,私の印象では,新システムになって老年医療に対する認識が変わってきたことに,みなさんが驚いているところがあります。これは医療の1つの革命だと思いますし,よい方向に進むのではないかと思います。
池上 具体的には高齢者を総合的に診る必要があるので,老年科医の立場が非常に重要になってくると思います。大学教育において,一部に総合診療部門を設置されたりしていますが,内科との関係も含めて,総合的な見方の教育をどこが受け持つかについて先生はどうお考えですか。
佐々木 東北大の場合は,総合診療科でプライマリ・ケアを主体にしています。
 また,内科との関係で言えば,今は大学院大学などの例にあるように,かなり専門化され,臓器主導型になってきているようですが,老人医療においては,実は医療側から見た問題点と本人の訴えがかけ離れていることが多いですね。決して本人の要求は「長生きしたい」ということだけでもないようですし,われわれが思いつかない面が意外にたくさんあります。その辺をどのように対応すればよいか,ということが重要になります。
 教育面でも,これからは臓器中心の医療だけではなく,「心のケアなども加味した医療」という視点を,学生に講義しなければいけないなと感じております。例えば,「老年医療の現実がどのようなものか」ということが,あまり教えられていないように思います。1例を挙げれば,コレステロール値でも,動脈硬化学会で決定された値と言っても,一方においては,「高齢者では,コレステロール値の高い方のほうが長生きする」という,まったく逆の成績も最近は出ていますし,また,いわゆる基準値を超えても元気な方もいます。
 医学教育においてはもちろんのことですが,さらに広く社会に対しても,老年医療の重要性・必要性を訴えることが必要だと思います。今後は,そういうことの積み重ねが必要になってくると思います。

高齢者医療・医学と老年医学

「CGA」の意義

池上 老年科においてCGA(Comprehensive Geriatric Assessment:高齢者総合機能評価)ということが重視されてきました。佐々木先生,こういう観点からどのようにお考えでしょうか。
佐々木 私のところでは行なっていませんが,東京大学の鳥羽研二先生(現・杏林大教授)の研究では,「CGAによって治療やケアが向上した」という成績が出ています。一般的な高齢者総合機能評価を整理してまとめると,のようになります。
 話が少しずれるかもしれませんが,老人の身体の問題ということも考えなければいけないと思います。例えば,「骨粗鬆症」という疾患に関しても,それ自体が問題となるわけではありません。つまり,骨粗鬆症でも「骨折」という事態が生じない限り,あまり大きな問題にはなりません。
 むしろ,「転倒」が骨折の原因だと考えると,問題は転倒のほうにあることになります。そういう身体全体の連携,ということに関する客観的な成果があまりないと思います。したがって,「今後は老年医学の成果が得られてアセスメントが変わり,それをフィードバックし,さらに改良を加える余地がまだあるのではないか」という意見がありますが,その通りだと思います。

表 高齢者総合機能評価
高齢者総合機能評価
comprehensive functional
assessment
日常生活(ADL)
・Basic ADL(起床,トイレ,食事,更衣,整容,入浴)
・Instrumental ADL(電話,買物,料理,洗濯,薬管理,旅行,社会活動)

精神的機能
・認知-長谷川式スケール,MSE(mini-mental state examination)
・情緒-GDS(geriatric depression scale)

社会的評価
(離別,死別,経済的困窮,独居などが悪化の原因)

「MDS」について

池上 ところで,先ほど森田先生が「MDS」のことをお話しになりましたが,この手法は,欧米においてもCGAを広く定着させることが困難なため,一般の看護職やソーシャルワーカーが体系的にアセスメントし,ニーズを把握できるように開発されたものです。つまり,MDSはケアプランのために開発された手法ですが,ADLや認知の程度,うつや不安の状態,あるいは家族の介護能力,居住拡張,経済状態などの社会面の評価が非常にきめ細かく,信頼性と妥当性の高い方法で評価されるので,それがそのままデータベースになります。
 例えばアメリカのMDSは,少なくとも年に1回,通常は年に4回集められ,そのうち一部の州のものが,全例ミシガン大学のデータベースに蓄積されています。MDSは,ナーシングホームに入所されている方では,すべてのデータベースを合計すると,何と80万例もあり,100歳以上の方に関しても4000例もあります。プライバシーに配慮しつつも,ケースリンケージができる形でデータが蓄積されてますので,アウトカムを見る上で有効なデータベースになっています。
 これらはいずれも施設ですが,MDS-HCを使っての在宅のデータベースも,アメリカのいくつかの州やカナダ,イタリアで構築され始めました。
 日本でもそうした形でデータベースができればよいと願っています。確かにこれまでは,「よい介護」と言うと,「優しいヘルパーや看護婦」という捉え方になりがちでした。もちろんそういうことも大事ですが,やはり質として,介護の専門技術的レベルが要求されてくると思います。
 これを測定するためには,利用者のアウトカムの評価が不可欠です。寝たきりの方の介護をしても,「ある病院や在宅のチームでは褥瘡が20%もできるのに,別の病院や在宅のチームでは2-3%しかできない」というような事態は,やはり介護の技術の質の差に由来します。こうした質的側面を評価するためのツールは,すでに私たちの方で開発し始めました。

“介護のニーズ”に対する認識

池上 問題はそういう発想を,サービスの提供者や利用者から求めるようになるかどうかだと思います。森田先生,そういう観点から,今後の見通しについてどのようにお考えですか。
森田 表面に出ていないだけかもしれないですね。利用者の方がいままで経験していないサービスの存在を知っているかということもあると思います。
 特に私どものような地方の施設では,訪問介護とデイサービスの2つがほとんどで,実際,訪問リハビリとか通所リハビリを提供しようにも資源がありません。
 そういう制約もあって,介護保険に変わっても,いままで受けていたものをそのまま続けているので,利用者としては「これでよいのではないか」と考えるのも自然でしょう。ですから,ニーズそのものを,利用者もアセスメントする側もきちんとわかっているかどうか,ということについては疑問があります。
池上 介護の場合は,医学において話題になる,例えば臓器移植や新薬の発見というようなドラマティックな効果はありませんので,専門技術的レベルによって,アウトカムに差が出てくることが認識されにくいような気がします。

アプローチの違い

森田 医師自身がそういうニーズに気づいていないのではないかと思います。
 診療方法そのものが,「“発熱”があれば,その原因を探す。それが肺炎であれば,それを治療する。“転倒”という事態が生じると,骨折しているのではないかとレントゲンを撮る」といったアプローチをしてしまいます。先ほど佐々木先生がおっしゃったように,「骨折の原因を突き止めるべきだ」という発想にならないですね。
 私自身もMDSを勉強して,かなり参考になるところはありました。例えば訪問診療にしても,患者に話す内容もだいぶ幅広くなったと感じています。その面では,アプローチの仕方が大変異なるので,参考になると思います。
佐々木 池上先生が「介護には,医学のようなドラマティックな効果はない」とおっしゃいましたが,確かにその通りだと思います。しかし,お年寄りの心理状態を調べますと,病気の程度に応じて追い詰められていることがあります。特に寝たきりの方にはそれが言えます。端的な例として,自殺などに関しては,若い人は新聞に取り上げられて問題になりますが,お年寄りの方の場合は,年齢とともに増え,死因の第7位になるというのに取り上げられることが少ないですね。1人の人間を助けることも重要ですが,何百万人もいらっしゃる要介護老人の方たちに対しては,むしろ移植の問題よりもずっと重要だと思いますね。

今後の課題:新しい役割を求めて

誰のための「介護」か?

池上 どうも日本の介護保険は,介護を受ける方のためではなく,介護者のための,もっと言えば介護する女性の負担を軽くするための法律であって,被介護者のQOLを改善することは,二の次という印象を私は持っています。
 森田先生,例えば「要介護度3」になると,サービス提供者にしても,本人や家族にしても,「改善の可能性」ということを考えているのでしょうか。
森田 実際は,自分に合った要介護度を評価してもらえるかという興味,例えば,自立とか要支援になったら困るというようなことはあると思います。サービスが受けられなくなる,という訴えは聞いたことがありますが,「要介護度4が3になったら嬉しい」という話は直接には聞いたことがありません。もっとも,導入されてまだ日が浅いし,次の認定も出ていないからなのかもしれませんが。
佐々木 ADLが改善しないというのは本人もわかっていますし,家族も期待しないと思いますが,もう1つ重要なことは心理の問題で,人間は半分は心理のために動いている面もあるように思います。
 例えば,いままで放っておかれたのに,自分のために若い人たちがきちんと面倒をみてくれることによる安心と言いますか。そういうことに関して患者さんの話を聞きますと,今度は進んで自分から行くようになった,というようなこともあります。その面では非常に改善を感じますね。そういう意味では,ケアを提供する側のためだけではなく,本人のためにもなっているのではないかと思います。
池上 「かまって貰える」ということだけでも,大きな安心感を与えると思いますね。そしてその時,「ヘルパーや看護職が優しく接してくれ,そのことによって家族の負担も減るから,家族もさらに優しく接してくれる」というところまでは理解できるのですが,そこから先が重要だと思います。

介護と医学・医療

池上 例えば,佐々木先生がおっしゃった転倒の予防ですが,こういう工夫をしたから転倒が起きなかったとか,あるいは再発しなかった,ということに対しては,やはり専門的視点でのサービスの工夫が必要だと思います。そういう必要性はどうやって認識していけばよいのかという問題があると思うのですが,いかがでしょうか。
佐々木 例えば肺炎予防に関しては,特に施設に入っているお年寄りの場合は,いかに医学の力を駆使しても,1度肺炎になると20%ぐらいしか救命できません。
 ところが,口腔衛生がよくないのは世界共通のようでして,口腔ケアという毎日のちょっとした介護によって,肺炎による死亡率を半分に減らすことができるという報告を私どもは得ております。そのように,介護のほうが数段優れている面があるということもわかってきました。今後は多くの面で,介護がむしろ医療よりも優れているという認識が出てくると思います。
池上 北海道のある病院でMDSを導入して,初めて体系的に口腔を見るようになったということが実際にあったそうです。歯科医がいれば,当然歯の咬合や別の問題に目がいったのでしょうが,通常の病院には歯科医はおりませんので,口腔の中を点検して,咬合性や衛生状態ということを診ることがなかったのでしょうね。

「MDS」の普及・定着のために

池上 所見を診る際に口腔の中を見るのは当然だと教科書に載っているのですが,忙しい現場ではそこまでいきません。介護の現場ではなおさらそれを実践していない可能性があるので,体系的に落ちがないように見ていくことが必要ではないかということから,MDSというアセスメント方式が出てきたわけです。その必要性を認識していただくには,森田先生,どういうアプローチが必要でしょうか。
森田 アメリカの優れていたところは,法律で決めて強制的にやらせたところだと思うのです。随分反発もあったように文献には書いてありますが,馴染んでしまえばそれなりの利点も見えてくるわけです。最初のとっかかり,特に現場の人間にとっては,書類作業というのは負担以外のなにものでもないわけですから,それが増えると,当然,不平不満が出やすいでしょう。しかし,ある程度強制されたことによって普及し,その利点も見えてきたのだと思います。
 日本の場合ですと,先ほど申しましたように,「アセスメントを5-6項目から選んでよい」ということになりますと,どうしても心理的には簡単なほうに流れてしまいます。私は3団体方式は簡単だとは決して思わないのですが,慣れている人にとっては簡単なようです。
 MDSの方式は,最初から全部組み立てて書き込んでいかなければならないので,「食わず嫌い」になりがちです。現場のナースや介護職員がそうなると,医師は「MDSでアセスメントしなさい」とは,なかなか言い出せないところがあるのではないかと思います。
 ケアについても,もちろん優れた施設では昔からきちんとケアをしていたわけですが,そうした知識やノウハウは他のところに広がりきりませんでした。それを広げるためには,MDSというのは非常によい方法だと思います。しかし,勉強する機会があるかというと,一般の医師もケアマネジャーの試験を受けない限りは,なかなかその機会がない。他の勉強で忙しい時に,ただ読むのはかなり辛いので,実際に行ないながら読んだほうが楽だと思います。
 ケアマネジャーの資格を,1万数千人の医師が持っていると思いますが,持っていない医師は,多分MDSというものに接することなく過ごすでしょうし,第一線に出た時にこれを改めて見るかというと,なかなか見ないと思います。そのような面での努力を,もう少しどこかでしていただかないとなかなか広がらないのではないかと思います。教育面について言えば,やはり医学教育の場で教えていただくだけでも違うでしょう。

監査機構について

佐々木 それから,「医療は保険システムでフィードバックがあるが,ケアのほうはまだ始まったばかりでフィードバックがない」とよく言われます。ということは,きちんとした監査機構が,さまざまな施設でくまなく定期的に評価するようになると,自然に質の標準化もなされるのではないかと思います。今後は,そういうシステムを作ることが必要ではないかと思います。
池上 もともとMDSは,アメリカでは監査にも使うことを目的に開発されました。監査というと日本では,「人員基準を満たしている」とか,ホームでしたら「小遣いの管理がきちんされている」というところが中心になっていますが,アメリカのように,「この施設は,寝返りができない入所者がこれだけおり,その中の褥瘡の発生率が高いかどうか」,また,「以前の監査の時に,ある人には褥瘡があったが,1年後にその入所者がどうなっているか」というような,利用者に視点を置いた評価にしないと,人員配置やケアプランだけを見ていても駄目です。
 また,そういう監査をするのなら,各施設を同じ基準で行なう必要があるので,MDSによる体系的なアセスメントを強制することにしました。ところが,強制されることは,特にプロフェッショナルの大きな反発を招きました。また,「役所に提出する書類として,アセスメント表だけを埋めればよい」という施設側の対応が起きたり,さらには,「書類作成のために貴重な人材がさかれる」という批判もあります。
 こうした批判に対して,デンマークの老年科の教授が「われわれのナーシングホームの質は非常に高いという自負はあったけれども,MDSのデータを用いてアメリカと比較したら,高いことが実証されたので非常に安心し,納得した」というコメントをしていました。
 どうもジレンマがあって,強制しない限り一部しか使えない。ところが,強制すると現場は報酬を請求するための単なる書類と見なしてしまう。その間隙をどのように整合させるかと私自身も苦慮しています。何かよい知恵はないでしょうか。

強制すべきか?

佐々木 私はやはり強制すべきだと思います。そしてその際に重要なことは,受ける側だけではなく,ケアを提供する側も困っているということも,同時に見なければいけないと思います。
 最近,以前は均一にきちんと施設に対するお金も出たのに,この頃は介護保険からの報酬しか出ないので,むしろ減収したという話を聞きました。ケア提供側も非常に劣悪な環境にある。だからそのこともよく見て,適正なものに持っていくことが必要ではないかと思います。
池上 強制するからには,それに対応するための教育も必要になってきます。
 先ほど森田先生もおっしゃったように,教育の場でこれにどうやって対応したらよろしいのでしょうか。
佐々木 医師国家試験に関しては,現在,必須問題というものに対して,多くの学生が非常に神経質になっています。これまでお話ししてきた問題こそ,国家試験の必須問題にする必要があるのではないかと思います。医師としては最も根本的に必須だという認識が必要になってくるでしょう。

医師側からの働きかけ

池上 最初に,森田先生から現場の医師の立場から,看護職やヘルパーからの相談がないというお話がありましたが,反対に医師の側から働きかけて,相談を引き出すと,いうようなことは考えられませんでしょうか。
森田 私どもは小規模ですが,療養型病床を持ってます。そこではケア会議を開いて,ケアマネジャーが立てるプランは医師のところに上がってきますが,在宅の場合は現時点では,コンサルトがないのが現状です。
池上 先生のほうから「こういう問題はどうなっているのか」ということを投げかけるチャンスはありますか。
森田 正直申しまして,忙しくて時間的な余裕がないですし,患者さんにMDSのアセスメントをしておりません。目の前の患者さんを診療する時点で,そういったニーズにまで思いを及ぼすのは,改めてMDS方式のトリガーとして上がってこない限りは,実際問題として無理だと思います。
池上 先ほども申しましたように,CGAは欧米においてもゴールドスタンダードではありますが,それを定着させることは,人材などの資源の関係で,なかなか困難な状況にあります。その点MDSは,もともと一般の看護職やソーシャルワーカーが,体系的にアセスメントし,ニーズを把握するために開発された手法です。したがって,MDSを用いることによって,CGAのゴールドスタンダードに近い水準の介護を一般の機関においても達成することが可能です。
 さらに,一般の第一線の医師に対しても有用なツールになる可能性も秘めており,またチームケアを実践する上でも役立つのではないかと考えています。というのも,MDS方式の評価項目は厳密に定義され,信頼性が高いので,本来のケアプランの達成度を評価するだけでなく,利用者のアウトカムに基づいた質の評価を行なう上でも活用できる手法だからです。
 介護保険によって制度の枠組みが変わっても,当面は建前と実態が乖離した状態が続くと思います。しかし,いずれは実態も変わっていくと思います。その実態を変え,医師が介護に積極的に関わっていく上でMDS方式が少しでも貢献できればと考えております。
 他にも医学教育,国家試験の問題や現場の医師の指導性の問題などを考えなければいけませんが,制度の施行を契機に介護保険がめざす目標と,現場の実態のすり合わせがよい方向で進むことを祈願して,座談会を終わりたいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。