医学界新聞

 

投稿特集 ――ミシガン大学家庭医療学科での見学実習体験記――

米国の家庭医療学に何を学ぶか


 近年,学生たちの中にも,家庭医療を学ぼうという機運が高まっている。患者さんの抱えている問題は多様であり,それらの問題を解決するためには「病」だけをみるのではなく,その人の「生活そのもの」をトータルに捉えたアプローチが必要だと認識されてきたのだ。
 このたび,家庭医療学に関心を持つ名大生2人から,ミシガン大学家庭医療学科での見学実習体験記が寄せられたので,ここに掲載する。また,名大総合診療部教授の伴信太郎氏にもインタビューした。


驚かされた「広く深い」家庭医の力

東 秀和(名古屋大学医学部5年)

 私は医学部5年の夏休みを利用して,8月14-18日の5日間,米国のアナーバーにあるEast Ann Arbor Health Centerで家庭医療を見学してきました。アナーバーは,ミシガン州デトロイトから車で西に1時間くらいのところにあります。そこにはミシガン大学があり,まさに大学が中心になってできた感じの町です。アナーバーの中心には800床ほどのミシガン大学附属病院がありますが,ミシガン大学家庭医療学科はそこでは外来診療を行なっておらず,ミシガン大学附属病院を囲むようにある6つほどの診療所(サテライト・クリニック)で外来診療が行なわれていました。今回はその診療所の1つである,East Ann Arbor Health Centerで外来見学を体験してきました。

  

家庭医の仕事の実際を見たかった

 見学にいく前の私の家庭医についてのイメージは,「広く浅く診る医師」,「心身ともに見る医師」,「かかりつけのお医者さん」,「家族とともに生活する患者として捉える」などのイメージがありました。このイメージのうち,「広く浅く診る」という点については,内科疾患,老年科の疾患,小児の疾患などを対象としているのはイメージしやすい一方で,産婦人科や眼科,耳鼻科,整形外科などの範囲は実際にどのくらいの疾患に,どの程度まで対応しているか,イメージしづらかったのです。今回の見学における1つの目標は,家庭医が,具体的にどのようなことを行なっているかを見ることでした。
 今回の実習では,ミシガン大学家庭医療学科の佐野潔先生につきっきりで外来の見学をしました。「患者さんが医療の中心」という考え方が発達しているためか,ここでの外来は,個室の診察室に患者さんが待っていて,そこに医師が入っていって行なわれていました。診察時間は1人15-30分,すべて予約制で大体1日で20人ほどの患者さんが診察を受けます。診察室には,いす,机,診察台,手洗い場のほかに,家庭医ならではの,眼底鏡,耳鏡,婦人科検診用の器具などが備え付けてありました。今回は見学がメインでしたので,1週間家庭医療の現場を見学して感じたことを中心に書いてみたいと思います。

特定の臓器や疾患に偏らずに幅広く深く診療する

 1つ目は,疾患の幅広さです。Common disease中心で,高血圧,高脂血症,糖尿病などのfollow upから風邪,腰痛,小児の中耳炎,結膜炎,妊婦の定期検診,婦人科検診まで非常に多種多様でした。年齢,性,特定の臓器や疾患に偏ることなくよくある病気を,幅広く診療するというプライマリ・ケアを,本当の意味で実践しているのが家庭医なのだと思いました。
 「広く浅く診る」という私の家庭医に対する認識は誤っていて,実際に見てみると,幅広く診ることができる上に,どの疾患に対しても,しっかりと鑑別も含めて診断でき,治療もできるという,ある程度の「深さ」を持っていることに対して,一番驚きました。この幅の広さとある程度の深さを持つことによって,家族の構成員である子供からお父さん,お母さん,おばあさん,おじいさんを診ることができるからこそ,「家庭医」という名前がつけられているのだと思いました。

interviewとphysical,予防医学的アプローチを重視

 2つ目は,history takingとphysical examinationに徹底しているということです。まず患者の主訴を中心に聞いて,食事や睡眠などの生活状況,家族においてはどのような位置にあるのか,ストレスはないかなど,じっくり患者さんを包括的に理解し,その後,全身の身体診察を行ないます。もちろん眼底鏡や耳鏡は毎回,使用していました。
 そして,驚いたことにinterviewとphysicalだけでかなりの診断がつき,ほとんどの患者さんは,検査を必要としなかったことです。改めてinterviewとphysicalの重要性を認識しました。
 3つ目は,患者教育や生活指導などの予防医学的なアプローチが,外来において実践されているということでした。急性疾患,慢性疾患問わず,食事,睡眠,ストレスのマネジメントなども含めて非常にきめ細かい指導が行なわれていました。特に慢性疾患の場合は,安易に薬を使わず,現在の病気の問題となっている生活習慣などを発見して,患者さんに理解してもらい,まず患者にその問題(例えば食生活,ストレス,喫煙など)を自分で管理してもらうように促す場面がよく見られました。

外来中心の研修システム

 外来の見学のほかに,佐野先生がアテンディング(指導医)として,ミシガン大のレジデントを教育する場面も見学することができました。ここでは,まずレジデントが患者から病歴を取り,診察し,そしてアセスメントとプランを考えて,アテンディングに報告します。アテンディングが足りない点を補いながら,必要な点をレジデントと話し合い,必要があればその後にアテンディングとレジデントが,患者を診察にいくという形で外来が行なわれていました。家庭医のレジデントは,1年目からこのような形で,外来中心の研修を行ない,common diseaseを学んでいました。
 なによりもここではアテンディングフィジシャンがその時間はレジデントの教育のために時間をあてているという点が,贅沢なシステムだなと思いました。それと同時に,日本においても,プライマリ・ケアを身につけるためには,入院医療中心ではなく,外来中心の研修システムが必要なのではないかと考えました。
 また,今回の見学では,大学病院の実習では見られないようなcommon diseaseとそれに対するアプローチをたくさんみることができた点でもよかったと思います。
 最後にこの場を借りて,佐野先生(ミシガン大臨床助教授,家庭医療学)と伴先生(名大教授,総合診療部)に,このような機会を与えていただいたことに心から感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。


ミシガンでの体験から日本の家庭医療に思うこと

山本万希子(名古屋大学医学部6年)

 今回私は7月4日から13日までの約1週間の間,ミシガン大学家庭医療学科のサテライト・クリニック(East Ann Arbor Health Center)で見学実習を行ないました。日本では未だ確立されていないFamily Practice(家庭医療)という分野で実習することで,さまざまな医療システムや教育の違いを実感することができました。その中で日本のシステムや教育に不足していると思われる点,また自分自身の学ぶ姿勢について見直すことができ,非常に貴重な経験となりました。
 ミシガン大学家庭医療学科と名古屋大学総合診療部は研究・研修において協力関係にあり,今回も家庭医療学に興味のあった私にこのような機会を与えてくださったことに深く感謝しております。学んだことは数え切れないほどあるのですが,ここでは日米の家庭医療学という点に絞って実習報告をしたいと思います。

家庭医療学が確立している米国の状況を見たかった

 「家庭医療学」という言葉を初めて聞いたのは4年生の頃でした。その頃はそれが一体何をさしているのかよくわからず,民間療法のようなものだろうかとおぼろげに考えていたのを覚えています。
 しかし名古屋大学に総合診療部ができ,家庭医療学研究会の夏期セミナー等に参加する機会もあり,それが私の甚だしい勘違いであることを知りました。そして「臓器別にとらわれず患者さんの訴える問題を総合的に判断して適切な治療ができ,必要ならば各専門科に相談できる医師集団」,「臓器別に分化していく専門科に対して,総合・統合していく専門科」という理解に至りました。
 ところが,理解したといってもどうも実感が湧かないのは,やはり今の日本の大病院では「総合」して患者を治療・管理するという科がほとんどないからでしょう。医師によっては総合診察力を有する方がおられるとは思いますが,医療システムとして機能していないため,結局患者さんがあちこちたらい回しにされている状況をよく耳にします。強いて言えば地域の開業医さんが総合診療を担っているという暗黙の形になっていますが,現状の卒後教育でそれを意識した教育がなされているとは思えず,結局開業医の先生方個々人の非常なる努力のみによって総合診療が行なわれていると言っても過言ではないと思います。このように日本の現状を振り返るにつれ,家庭医療学が確立しているアメリカの状況を自分の目で見たいと思うようになりました。
 アメリカではミシガン大学のみならず,ほとんどの大学病院がFamily Practiceを一診療科として構えており,臨床・教育・研究機能を果しています。以下私が見てきた臨床・教育について述べたいと思います。

幅広い守備範囲に驚く

 まず臨床面で驚いたのは「ここまでやるのか!」ということです。というのもアメリカでの家庭医は守備範囲として一般内科は当然のことながら,一般小児科,産科もかなりのところまで診ます。小児の健康診断・産科検診はほぼ担っており,産科も正常分娩であれば最後まで見届けます。その他外来で診るような耳鼻科・眼科・整形外科的診察は必須のようで,眼底鏡や耳鏡はどの診察室にも置いてありました。家庭医は外来業務がその中心を占めますが,もちろん病棟も持っており,妊婦さんや心不全のお年寄りから腎不全の方まで多岐にわたる入院患者を管理していました。また必要となれば臓器別専門医に相談することも非常に円滑に進められていますし,連携がよくとれていると思いました。日本で時に言われる「ただの振り分け外来」とはまったく違う様子がそこにはありました。

家庭医療学的アプローチとは何か

 またFamily Practiceの忘れてはならない特性の1つとして,家庭医療学的アプローチというものがあります。これは言葉で聞いてもよくわからなかったのですが,現地で実際の家庭医の診察を見ることで実感を伴って理解することができました。患者さんは「痛い,苦しい」と訴えを持ってやってきますが,原因は何も医学的なものだけでなく,仕事や家庭など社会的な要因が多分に含まれているはずです。それに関しては医師の領域ではないと割り切るのも1つでしょうが,それでは目の前の患者さんに対して何もしていないのと同じこととなるのではないでしょうか。
 家庭医の専門性の1つとして,患者さんの抱える問題を医学的見地のみならず包括的に捉え,それを共に解決する道筋を探っていくという性質があります。そのためには他科で行なわれているよりも,より詳細かつ上手な問診が必要となってきます。これは簡単そうですが実際は結構骨の折れることと思います。ミシガンで見た外来の問診は非常に上手で,側で見ていた私は,患者さんの状況が手に取るように浮かび,問題のありかがかなり明確につかめました。相手の話を十分に聞き出し,問題を明確にするという面接技法には,やはりそれなりのテクニックがあり,それを身につけて実践を繰り返すことが大切だと思いました。
 また患者さんの抱える問題に対応するには,医学知識だけでなく,その社会で利用できる福祉や施設などの社会資源にも詳しくないといけませんし,心の問題への対応法も学ばねばなりません。こういった研修教育もFamily Practiceでは行なわれているようでした。

日米に見る「医療」の違い

 このようにアメリカでFamily Practiceが相当の地位を築いている理由は,いくつか考えられると思います。まず1つは他の臓器専門科が日本のそれよりはるかに細分化・専門化しているということです。循環器医は徹底して循環器の専門家であり,一般内科外来を受け持つということはありません。その代わり彼らの循環器に関しての知識や技術は素晴らしいものがあり,学生でありながらもそれは十分感じ取ることができました。このように臓器分化していく専門家がその領域を追究すればするほど,逆に患者の問題を統合していく専門家が必要となるのは当然で,そこには臓器専門家とは違った能力が必要とされるのもまた当然なのです。
 これに対し日本の現状は両者の中間に位置しているように思えます。臓器専門家でありながら総合的仕事も請け負っており,徹底的にどちらかを究めていくわけではない。これが「日本には家庭医療学科を作る必要などない」という意見の根拠になっているのだろうと思います。しかし厚生省が臓器別専門分化を進めているので,今後はどうなっていくのでしょうか。どちらがいいのかわかりませんが,今の日本の現状は幾分非効率に思えてしまいました。
 もう1つの理由として医療保険の問題があります。アメリカは個人で保険に入るので,お金で健康を買っているとも言える状況に私自身は非常に疑問を感じているのですが,その分医療費に関しては日本人よりも非常にシビアです。無駄な検査・コストのかかる診療には保険が下りないこともあります。入っている保険によっては,最初に家庭医に診てもらって必要と判断されてから専門家にかかるのでなければ保険が降りないということもあります。こういった医療費の問題からも家庭医のような存在は必要とされているのです。つまり家庭医には検査偏重ではない,問診や身体診察や必要最低限の検査で問題を絞り込む能力が必要とされているわけです。実際アメリカで出会った数多くのGeneralistたちは,驚くほど多くの鑑別診断を挙げ,検査をしても鑑別にはならない検査を切り捨て,診断に至るまでの道筋を非常に明快に教えてくれました。
 翻って日本では,まず自己の医療費を意識することはありません。開業医にかかろうが大病院の専門医にかかろうが自分の負担は変わりません。自分の好きな医師にかかることのできる国民皆保険は素晴らしい制度だと思いますし,世界に誇れると思っていますが,その裏で膨れ上がる医療費負担が笑えない状況に来ていることも確かです。無駄な医療費を削減するにあたっての方法が今問われており,医師の数や病院の数を削減する以外にCost effectiveな診療が求められています。しかし溢れる検査偏重の教育を受けてきた私たちにとって,問診や身体診察の段階で問題を絞り込みCost effectiveな診療をするということが一朝一夕には行なわれないのもまた事実です。
 つまり家庭医療学科をシステムとして立ち上げたとしても,そこで行なわれている内容が今までと変わらない限りその存在意義が認められるのは難しいと思うのです。この問題は突き詰めれば医学部教育の段階にまで遡ることができると思います。

日本の医学教育に欠けているもの

 教育に関してですが,ミシガンの家庭医療学科を見学している間,現地の学生も実習していました。彼女たちはまず最初に患者さんの問診・身体診察を行ない,自分でアセスメントを立て,それから先生と議論します。先生は学生にさまざまな質問をぶつけ,学生はそこで考えさせられ,知識をつけていくわけです。診療チームの中に学生が組み込まれ,実地に学んでいくこの形は非常に有意義だと思いました。学生はまず疾患ありきではなくて,患者の訴えありきだということを体験から学んでいきます。そして実習が始まるまでに既に問診や身体診察を学んでいるといいます。学生の段階から,患者の訴えから鑑別を考え,最低限の有効な検査を考えるという思考プロセスが叩き込まれているのです。
 これは現在の日本の医学教育に欠けている点だと思いました。つまりここから変えていかなければ,なかなかCost effectiveな治療が定着しようはずもありません。昨今医学教育の改革が唱えられておりますが,日本の総合診療にはこの教育改革を担うことが期待されていると思いますし,学生もそれを求めていると思います。私を含め身の回りを振り返っても,現状の医学教育に不満を覚える学生は少なくなく,結果自己学習に走る人からやる気を失う人までさまざまです。
 アメリカと日本の医療について私なりに比較してみましたが,何もアメリカがすべてよいと言っているわけではなく,アメリカ式Family Practiceがそのまま日本に導入できると単純に思っているわけでもありません。ただ両者を比較する中で,日本においてはあまりに臓器専門家指向が強く,統合する専門家という概念自体理解されていないこと,そしてその指向を形作っている現状の医学教育の問題点に大いに気づかされたのです。日本の医療も教育も今後どんどん変わっていく流れにあると思いますが,私自身も将来その一端を担いたいと思うようになりました。家庭医療学を民間療法か?などと考えていた数年前には思いもよらなかったことです。
 最後になりましたがこのような貴重な機会を与えていただいた名古屋大学総合診療部の伴先生,ミシガン大学の佐野先生,マイク・フェタ-ズ先生を始めお世話になった皆様方に深くお礼申し上げます。