医学界新聞

 

医療資源を活かすヘルスケア優先度

「高齢社会における医療資源に関する」国際シンポジウム開催


 東北大学医学部WHO協力センターの主催による「高齢社会における医療資源の有効利用とその医療政策に関する国際シンポジウム」が,さる11月10日に,東京・千代田区の東京海上火災保険新館において開催された。本シンポジウムは,病院管理学会の第190回例会も兼ねて,「医療資源を最大限に活かす医療政策を日本でも構築すべく,先行する各国のヘルスケアサービス優先度などの方法論をモデルに,その実践プロセスや社会的課題を検討する」ことを目的に行なわれた(一部を2414号9面に既報)。


医療資源の限界

 特別講演「医療資源の合理的配分」では,世界の医療事情に詳しいRichard Smith氏(「British Medical Journal」編集長)が,「医療資源の合理的配分とは,患者にとって有効と思われる一方で莫大なコストを要する治療を拒否すること。また,資源に限界がある以上,配分は不可避である」と持論を展開。その上で「資源配分は明快に行なわれなければならない」と主張し,一般市民への情報公開と教育の必要性を説いた。氏は,これらの問題に取り組んでいる米・オレゴン州やニュージーランドを評価し,「配分は倫理的にも方法論的にもすべての人を満足させることはできないが,日本を含む他国も,いずれオレゴン州やニュージーランドの取り組みに追随しなければならないだろう」と示唆した。

オレゴンへルスプラン(アメリカ)

 続いて行なわれた本シンポジウムでは,座長の濃沼信夫氏(東北大)が,「医療資源の有効利用とヘルスケアの優先度」と題して発言。本シンポジウムの趣旨を明らかにするとともに,米・オレゴン州が低所得者向けの公的医療保険制度(メディケイド)に導入した「オレゴンへルスプラン(OHP)」のシステムを概説。OHPでは,疾病と治療のペアの優先順位リストに従って,下限ライン(足きりライン)以下の疾病(食べ過ぎや風邪など)には保険給付を行なわない仕組みになっており,資金は,州政府の保険給付だけに頼らず,公的・民間相互の協力によるとしてデザインされている。氏は,特に疾病の優先順位リストに着目し,その合理性を検証。順位自体の妥当性に加え,科学的エビデンスに因ることなく,民意や政治的意図が反映される点などを問題として考察を加えた。
 これを受けて,Robert Diprete氏(米・オレゴン州政府ヘルスプラン局長)が,OHPの成立の過程とその仕組みを詳述。オレゴン州では,メディケイドの恩恵にあずかれない低所得者が少なくなく,軽い病気に無条件に医療保険が給付される一方で,命に関わるような重い病気には厳しい制限があった。これらの問題点から,(1)医療政策決定のために説明責任を最大化,(2)医療の適正化と皆保険,効果的基本ケアへのフリーアクセス,(3)資金構成と保険料の手ごろさを通して持続可能性を盤石化,(4)医療のアウトカムの不平等を排除,などを目的にOHPは作成された。
 OHPにおいて優先順位をつけるツールに採用されたのは,QWB(Quality of well-being scale)で,1を最高の健康状態,0を死亡として,1から疾病やADL,社会的活動の重みをマイナスしてスケール化したもの。治療をした場合のQWB1から,しなかった場合のQWB2を引き(純便益),それに生活の期間をかけたものを「質で調整した生活の期間」とし,これで,治療に要した費用を割って得られた費用便益比の大小から,さまざまな疾病とその治療法に優先順位がつけられる。
 リストは,優先度の高いものから順に,(1)急性期で致命的な状態で治療による完全回復が見こまれるもの,(2)出産ケア,(3)急性期で致命的な状態で治療により死は回避されるもの,(4)小児の予防ケア,(5)慢性期で致命的な状態で治療により生存期間とQOLが改善されるもの,などの最重要ケアから,特定の患者に価値のある治療まで17のカテゴリーに分けられ,現在具体的な疾病と治療法のペアには743項目がある。
 氏は,「1989-99年までの10年間で,35万人が常に被保険者となり,無保険者の割合が18%から10%に減少。患者の満足度も85%にのぼっている」と成果を報告。「オレゴン州は,話し合いなしに,メディケイドの予算をカットし,適用人数削減に走るという段階を超えた。今後も,公的・民間保険の絆をさらに強化し,財政のバランスが許す限り,保険給付の幅を広げていきたい」と抱負を述べた。

保険給付の資格の評価ツール;QALYs(イギリス)

 イギリスからは,Richard Lilford氏(国民保険サービス理事)が,「エビデンス,倫理と資源配分」と題して,保険給付を受ける資格を評価するツールについて,イギリスでよく用いられる手法QALYs(Quality Adjusted Life Years;質で調整した生存年)を例に論じた。
 QALYsは,1を健康な生活,0を死亡と考え,ある疾病の効用値に期待生存期間をかけた値である(例えば,全盲の状態は0.6ポイントと表され,全盲の状態で5年生存した場合は3.0ポイント)。また,QALYsの概念では,健康な生活での余命期間を特に重視するために,全盲の場合は,治療のリスクが0.4ポイント以下なら,その治療は実行する意義があるとみなす。
 氏は,「この手法には効用値(utility)の妥当性と,高齢者差別問題(単純に見て,高齢者は期待生存期間が短いため)という2点の問題がある」として,「QALYsは非常に便利な評価ツールだが,あくまで判断の1つの情報として捉え,期待される効果,公平性,緊急性,社会との調和などのバランスを考えて用いるべき」と指摘した。
 また,同氏は「医療が存在する意義は,健康状態の維持や改善のためだけではない。健康な人でも,疾病に羅患した時には,医療サービスが受けられるという長期的・継続的契約関係にあることで,安心が得られる」として,医療サービスが万人に公平で,持続的である重要性を説いた。

各郡評議会によって政策が異なる(スウェーデン)

 スウェーデンからはJohan Calltorp氏(西部地域医療局長)が,ニュージーランド,オランダ,ノルウェー,フィンランドの医療政策と資源配分について概説した後,スウェーデンのヘルスケア優先度システムの特徴について詳説した。
 スウェーデンでは,65歳以上の高齢者にかかる医療費が全体の58%である。加えて,医療資源に対する国家の経済的圧力が高まるなどの問題を背景に,1992年に議員,専門家(臨床医学家,医療経済学者,倫理学者,他)をメンバーとした「国家優先順位委員会」が設けられた。民意を反映させた報告書には,倫理綱領として3つの原則((1)人間の尊厳,(2)必要と支え合い,(3)費用対効果の原則)が示されている。これは具体的に,年齢・出産時体重,自ら導いた疾患,経済的・社会的要素を,優先度の適用時の因子として反映しないことを指針としている。現在,これらの原則の基に,スウェーデンの伝統(医療サービスのほとんどが地方税で賄われ,その運営も各郡に任される)にのっとって,具体的政策は21の郡評議会に委ねられている。
 氏は,「今後日本では,医療効果の科学的査定,資源・人口・疾病に合わせた医療効率のアップなど,国家的な医療政策改変が必要である」と指摘した。

総合討論

 総合討論の場面では,医療費に占める税・保険料・自己負担の割合などが討議され,Smith氏から「日本の介護保険において税収・保険料だけで賄うのは不可能」と指摘を受けた。また,延命治療や人工授精,遺伝子治療などの高度技術の適用について,「各国の文化および一般市民の意志を考慮した上で,費用対効果のバランスをとるべき分野である」などの意見が出された。さらに,経済学者の田中滋氏(慶大)から「医療資源の有効利用とは,医療費削減のことではなく,いかに有効率の高い分野に資源配分するかということ。その代わりに資源がいきわたらない分野があることを再認識すべき」と提言された。
 最後に濃沼氏は,「各国の医療政策を参考に,エビデンスに基づいて費用と便益のバランスを考えた,また社会の合意を得た医療政策を立案することが重要。そのためには,行政,医師会を含む専門家集団と国民の協力が必要である」と結語した。