医学界新聞

 

連載(10)  「微笑みの国」タイ……(3)

いまアジアでは-看護職がみたアジア

近藤麻理(高知医大・看護学科)

E-mail:mariks@med.kochi-ms.ac.jp    


2410号よりつづく

タイの人たちの誇り

早朝の托鉢僧はタイの象徴

 タイでは,田舎であれ都会であれ,どこにでも共通している朝の風景があります。それは大きなボールくらいの深い鉢をお腹のあたりに抱えた托鉢僧の姿があることです。鉢の中に,女性たちは食事や線香,蓮の花,ろうそくなどをお布施しています。
 多くの人々で賑わう朝市ですと,女性たちは,道路わきに立つ黄衣をまとった僧侶に触れないように歩くのが大変です。僧侶のまとう黄衣は,腰に巻く布,身にまとう布,そして肩に載せる布の3種類があり,寺にいる時は常に右肩を出してまとい,外では両肩をすっぽりと覆っています。
 そして,タイのガイドブックにも必ず載っているのが,「女性は絶対に僧侶の黄衣に触れてはいけません」というアドバイスです。女性が僧侶に触れることは,僧侶の227条にも及ぶ戒律の1つを破ることになるからです。バンコク市内を走るバスでは,僧侶は最後尾の座席に腰かけます。しかし,満員バスの通路を通る時,女性は必死に僧侶を避けますが,本当のところかなり衣に触れているように見えます。
 現代社会においても仏教の厳しい戒律を守る僧侶と,経済発展を遂げる社会組織の中で生きる市民は,決して遠い存在ではないのです。早朝に見かける托鉢僧の姿は,仏教国である誇らしいタイの象徴でもあるのです。

「タンブン」と出家

 タイにおける重要な仏教概念に「タンブン」(徳を積む)というものがあります。
 この「タンブン」には食事の供養,寺院の維持・修繕,金品の寄進,労働奉仕などの行為があります。ですから托鉢は食事の供養という,徳を積むための行為だったのです。僧侶は礼など言いませんし,利益を得るのはむしろ供養をする人々,ということになるのです。このような宗教的な考えが社会的に承認されていることを,あらゆる場面で知ることができます。
 その1つの姿として,出家の思想があります。ネクタイ姿で会社に勤めている人の頭髪と眉毛が剃られていたりすると「最近,出家したばかりなのだな」とわかります。 タイの男性は,人生の中で一度出家し,僧侶としての生活を送ることで,タイ社会からやっと「一人前」と認知されるのです。会社でも出家のための休暇を取ることは,当然の権利として認められています。
 すべての男子は,2週間から3か月程度,一時的に出家するという習慣が古くから存在しており,かつては男子の教育機関の役割も果たしていたようです。しかし現在では,この習慣は自分と両親に対する「タンブン」の行為として広く理解されているようです。
 それから,タイの男性に「出家した時の写真を,ぜひとも見せてほしい」と頼めば,誇らしげな顔で神妙に見せてくれることは間違いありません。タイ男性の中には出家写真(黄衣をまとい眉がないので結構怖いのですが)を見せながら,堂々とナンパしてくる輩もいるくらいですから……。

「タンブン」の摩訶不思議

 バンコク中央駅には天秤棒を担いで「ソムタム」(青パパイアの甘辛いサラダ)の商売をしている東北タイからの出稼ぎ少女たちがいます。
 10歳くらいから16歳までの彼女たちは出身村ごとに縄張りを持ち,「いっぱしの商売」をしています。そして,週末になると母親がバンコクに出てくるか,あるいは自分たちがお土産を持って村へ帰ったりしています。安価な夜行バスを利用してはいるのですが,双方でこんなに往復していたのでは,「お金も貯まらないだろう」と心配していました。
 ある日,彼女らと一緒にお寺に行った時にもっと驚くべきことが起きました。少女たちの得るお金(純利益)といったら,1か月でせいぜい2000バーツ(6000円程度)くらいのはず。なのに,なんと寺への寄進の額は3000-4000バーツだったのです。
 「数か月に一度は寺に寄進をしている」という彼女たちの気前のよさ(?)に目が点……開いた口がふさがりませんでした。 タンブン後の彼女たちの晴れ晴れした顔と対照的に,猜疑心に満ち満ちた私の顔がそこにはあったはず。そして今も,私には納得のいく答えは見つからないのです。 「真夜中まで働いてやっと手にしたお金なのに……」 「お金に余裕なんてまったくないはずなのに……」と思うばかりなのです。
 「タンブン」とは最貧の生活を送っている人からも,仏教的理由で高額な寄進を受けるわけです。
 「きっと誰かが儲けている(札束を数えて笑っている)に違いない!」と考える私は,はなはだ不謹慎な無神論者なのでしょうか。タイの仏教信仰者は,人口の95%にも当たります。
 次回は,人々の間に強く根づいている,このタイ仏教を中心とした農村地帯や村の様子をお伝えしようと思います。