医学界新聞

 

第5回国際家族看護学会参加記

山本則子・杉下知子(東京大学大学院医学系研究科・家族看護学)


 本年7月19日から22日の間,米国・シカゴにおいて「第5回国際家族看護学会」が開催された。本学会は,1988年にカナダ・カルガリー大のロレイン・M・ライト氏を学会長に,カルガリーで第1回が開催された。その後3年ごとに実施されており,今年の学会は前回(1997年)の南米チリ・バルディビアでの学会に続くものである。私は,今回初めてこの学会に参加する機会を得たため,その様子を報告したい。

各国の特徴が示された講演発表

 「国際家族看護学会」は,家族看護学の研究と実践・教育の発展をめざした看護学の識者が中心となって創設されたものである。家族看護学とは,小児・母性・成人・精神・老人・地域などの従来の看護の各専門領域にかかわらず,看護の視野を個人から家族に広げ,家族を考慮した看護実践と研究を強調する専門領域であると,私たちは理解している。個人は必ずなんらかの形で家族を背景に持って生活しているため,家族看護学の視点は対象の年齢や看護の提供する場所に関わらず必要である。そのことが今回の学会でもよく表われていたように思う。
 初日のワークショップに続く3日間の学会期間に,口頭発表約200件,ポスター発表約70件の演題があった。発表内容としては,小児とその家族に関するものが約100題と多く,次いで成人が多かったが,老人,精神,母性,地域とあらゆる領域の発表があった。小児の演題では,慢性疾患患児の家族/きょうだいに対する看護,高度医療機器を用いて生活する患児と家族のケア,小児虐待/薬物濫用などの見られる家族への看護に関する演題が,北米やアジアからの報告を中心に多く見られた。
 成人では慢性疾患およびHIV/AIDS患者と家族の問題が目立ち,特にアフリカ諸国の看護職によるHIV/AIDS患者や家族への支援に関する報告が強く印象に残った。老人では国を問わず要介護高齢者の家族介護の話題が多かった。
 また,基調講演のうち1件では,最近ヒトゲノム配列の概要が明らかになったことを受けて,ヒトゲノムに関する研究が今後の看護実践に与える影響について,米国NIH(国立衛生研究所)のエリザベス・トンプソン氏が倫理的な問題点を中心に講演した。一般演題でも家族性腫瘍やその他の遺伝性疾患の診断等に伴う家族看護についての発表が複数見られた。

実践の場から研究報告も

 家族看護理論に関する発表では,家族マネジメントスタイルに関する理論構築とその研究および実践への適用に関する報告があった。また,家族看護学の研究方法論では,一家族につき複数の構成員に対して調査を行なった研究や,そのようなデータを分析するための統計処理法の比較に関する発表なども見られ,これまでの研究方法を超える新しい展開を期待させてくれた。
 私たちも,方法論のセッションで家族介護の肯定的側面についての尺度の開発経過を報告した。一般演題としては量的な方法論を用いた研究が多かったが,質的研究方法を用いた現象理解や理論構築の試みも多く発表されていた。
 学会とはいえ実践の学問であること受けて,純粋な研究報告のみでなく実践からの報告も多くあった。中でも,カナダからの参加者を中心にカルガリー家族システム看護に基づく実践報告が多く,カルガリー家族システム看護が多くの看護職に試みられている様子がうかがわれた。実践を主な職務としている看護職による研究的な評価の試みや,研究の形態をとった実践活動の振り返りは,日本の看護職に示唆するものが大きいように思われた。カルガリー家族システム看護以外の実践活動も多く報告されていたが,従来の病院看護の枠にとらわれず,さまざまな形態で家族へ働きかけている看護職の姿を垣間見ることができた。さらに,家族看護学教育についての演題もいくつか見られた。

十分な討議に配慮した分科会

 口頭発表は10会場に分かれて行なわれたため,会期に比べ演題数が多いにもかかわらず,1題あたりの持ち時間は20分と長めであった。1分科会に4演題が組まれていたが,1分科会あたり1時間半の時間割で余裕を持って質疑応答ができた。会場が多いために1会場あたりの聴衆が少なくなる欠点があるが,一方興味のある領域に集中的に参加し,十分な討議ができるという利点も実感できた。
 また,ポスターのみの時間(朝7時から8時半であったが……)もあったため,口頭発表の時間を気にせずにポスターを見ることもできた。ポスター会場がやや手狭だったのが残念だが,その場では多くの参加者が活発に討議していた。
 さらに,1998年以降の家族看護に関する書籍等の著者による販売サイン会が開設され,参加者の関心を集めた。日本からは家族システム看護ビデオテープ5巻(杉下知子・森山美知子,丸善,1998)のコーナーがサイン会場中央に設けられた。

積極的な新しい方法論を実感

 今回のシカゴでの学会には,世界各国から500名程度の看護職あるいはその近隣の職種が参加していた。大会運営に関してはシカゴ周辺の大学看護学部教官および実践家が協力し,手作りで開催した様子が伝わってきた。日本からの参加者は25名であり,発表も13件(シンポジウム1,口演8,ポスター4;小児,家族介護,家族看護学教育に関するもの)と多かった。日本からの参加者は,北米に次いで多かったそうである。今回は「日本家族看護学会」がツアーを企画して参加者を募集したため,日本の看護職には参加しやすかったことも影響していると思われる。
 家族看護学を発展させるために,世界各国で多くの看護職が研究・実践・教育の場で積極的に新しい方法論を開拓していることが実感でき,こじんまりしながらも力強さを感じた学会であった。
 なお,次回の「第6回国際家族看護学会」は,3年後の2003年に,アフリカ大陸南部の国ボツワナの首都ガボロンにおいて開催される予定である。