医学界新聞

 

「IT時代」が医学教育を変える

黒川 清(東海大学・医学部長)


 21世紀の到来を目前に,「交通」と「情報」手段の発達とともに,世界はすでに「国際化の時代」を迎えたと言える。特に「高等教育」「医療」「研究」「金融」「特許」など世界的に共通な価値を持つ分野については,多くの,いわゆる「国際標準」がアングロサクソンアメリカンになってきていることを広く世界の人が知るようになった。日本国民も例外ではない。
 ところが,そこへ到達するシステムはそれぞれの国の独特の歴史や伝統,また経済力の差などもあってなかなか対応できないことが多い。このような現実が,今日の日本社会に蔓延する閉塞感を生み出す底流となっていると思われる。「金融」「規制緩和」「ベンチャー企業育成」ばかりでなく,「高等教育」「医学教育」などについても,本質的な変化が見えないのは,明治時代の日本のシステムがこのような急速に変化する国際情勢に対応できないことの1つの証であろう。
 しかし,そうは言っても国民の期待と要求はますます「国際水準」を求めている。対応する1つの方策としていわゆる「IT」がある。実際,アメリカでは多くの大学教育や職業教育が「IT」の代表的な存在であるインターネットを活用した「バーチャルキャンパス」などに広がり,他大学での講義やセミナーにも参加し,単位がとれるようになりつつある。このような流れはアメリカに限ったことではなく,今後は世界中のどこからでも授業に参加できるようになり,これからの高等教育のあり方にも大きな波紋と課題を投げかけるに違いない。

「越境」する学生たちのML

 ここに紹介するメーリングリスト(ML)は学生が始めた自分たちのための勉強グループであり,そこで交わされる議論はまさに「IT時代」に相応しい。参加者はこの場を通じて,大学や学年を超えて,みんなが自由に議論に参加し,自分の受けている教育についての疑問を投げかけ,互いに情報交換し,さらに教育のあり方や日本の教科書や国家試験の問題などについても幅広く意見を交換している。これはアメリカなどで広がっている,いわゆる「バーチャルキャンパス」の1つの形態である。
 ここは,自分たちが受けている教育内容や教員の質,教育手法等について,互いに批判をしたり,気楽に,しかもきわめてオープンにディスカッションできるという手段が提供されている。

学生自身が発言することが大切

 日本の大学教育でも,インターネットでのレクチャー,バーチャルキャンパスなどが話題になってきてはいるが,アメリカ等から有力なプログラムが入ってくることを一番恐れているのは日本の先生方であることはよく知られている。このようなMLが,日本の教育を本格的に,しかも客観的に広く評価する手段になる。
 医学教育を含めた教育改革などについて「先生」たちが一生懸命頭をひねっているのは事実ではあるものの,実際は学生やこれから教育を受けようとしている人たちがどんどん発言し,注文することが大切だ。自分たちの限られた経験と不安から文句を言うのではなく,広く意見を交換できることがこの「ML」のすばらしいところである。さらに,これが日本国内に限られているわけではなく,現在,外国で研修を受けている人たちからもリアルタイムで意見が出されたり,またそれに対して他の学生たちがいろいろな感想を持っているということが窺えるところもすばらしい。

ともに開かれた医学教育をめざそう

 私もこのグループに入れてもらっている。基本的には,なるべくコメントは控えて見守る立場をとっているが,時々参加しては楽しんでいる。ただし私の返事はすべて英語ですることにしている。その理由は以下の4つである。
(1)日本語に変換するのは時間がかかる
(2)日本語に変換するには1つタイプミスをしてもそのフレーズを入力し直さねばならないのでさらに時間がかかる
(3)英語だと少しぐらいのスペルミスがあっても意見が通じればよいわけで,そのような細かいタイプエラーを気にしなくてすむ
 最後に,これが一番大切であるが,
(4)英語でコミュニケートすると人間関係が「水平関係」になり,「上下関係がなくなる」ので,私も学生さんもまったく対等な立場で議論ができる,点である。
 このようなことを楽しんでいると学生さんの中でも英語で返事をしてくる人もだんだん増えてくるのもまた楽しいし,多くの学生が日本の教科書とアメリカの教科書の質や内容の差についてかなり目覚めてきているのも,このようなMLがあってはじめてわかってくることであろう。さらに日本の教科書や日本の国家試験の問題についても同じように議論をしているのを見ても,これからの教育のあり方を示唆していて大変楽しい。
 このMLを紹介させていただくことで,日本中の学生さんに限らず研修医の方なども含め,多くの人が参加していただければ幸いである。ともに,より質の高い,国内外に開かれた学習・教育をめざしたいものである。