医学界新聞

 

印象記

第5回国際Epoカンファレンス

今川 重彦(筑波大学臨床医学系・血液内科)


はじめに

 2000年6月1-3日,ドイツ・リューベックで「第5回国際Epoカンファレンス」が開催された。同カンファレンスは,Medical University of LubeckのDrs.W.JelkmannとH.Pagelの主催により,3年に1度リューベックで開催され,今回はヨーロッパをはじめ,アメリカ,アジア,アフリカに及ぶ約200名の参加者があった。
 初日は夕方より,Town HallでWelcome and Get-together Partyが催された。Drs.W.JelkmannとH.Pagelの話では,このカンファレンスは1988年に始まり,当初のテーマはEpoのみであった。しかし,現在はEpoの他,G-CSF,TPO等のサイトカインを含めたものであり,会を追うごとに参加者数が増加している。特にこのカンファレンスを,「サイトカインの基礎と臨床を結ぶ掛け橋としたい。ぜひ日本からも積極的に参加してほしい」とのことであった。
 翌日は8時30分から,市郊外にあるMedical University of Lubrckで開かれた。まず初めに,リューベック市長の挨拶があり,続いて主催者のDr.W.Jelkmannのopening remarksがあり,このカンファレンスを有意義なものにしてほしいとのことであった。発表演題数は口頭が32題,ポスターが43題であった。それぞれ発表後に活発な質疑応答が交わされた。筆者が興味深く思った発表を列挙したい。

酸素センサーと低酸素で誘導される遺伝子

 Hypoxia-inducible factor-1(HIF-1)の制御に働くvon Hippel-Lindau(VHL)に関する演題がRatcliffeのグループから4題報告された。HIF-1α鎖は低酸素で安定であるが,有酸素だとubiquitin proteasome pathwayを介して,oxygen dependent degradation(ODD)domain:アミノ酸401-603を分解する。このうち549-582領域はHIF-2αと相同性が強く,この部分にVHLのE3 siteが結合してubiquitinが作用することを明らかにした。

NOによるEpo産生調節

 NOによるEpoの産生調節の発表が2題あった。私たちは腎不全で増加するNG-monomethyl L-arginine(L-NMMA)に着目し,これが尿毒素として働きEpo遺伝子発現を負に抑制しているという仮説を提唱した。L-NMMAはNOS inhipitorで,低酸素でEpoを産生するHep3B細胞に添加すると,NOとcGMPが低下することを認めた。また,Epo遺伝子のプロモーターGATA部位に結合し,Epo遺伝子発現を負に抑制しているGATA-2結合活性が,このL-NMMAにより亢進することを認め,さらに,L-NMMAはGATA-2 mRNA発現を亢進させ,Epoプロモーター活性を低下させた。
 以上より,腎不全で増加するL-NMMAは,NO, cGMPを抑制し,GATA-2結合活性およびGATA-2 mRNA発現を亢進させる。よって,Epoプロモーター活性を抑制し,Epo蛋白を抑制する機構を認め,L-NMMA増加が腎性貧血の一因であることを認めた。また,Fandreyらも酸素センサーを介したEpo遺伝子発現にNOが関与していることを報告した。
 従来低酸素状態だとreactive oxygen intermediate(ROI)は低下するが,有酸素状態ではROIが増加してEpo遺伝子発現を抑制するとされていた。彼らはNO供与体としてSNAPをHep3B細胞に投与すると,ROIが増加しHIF-1レポーター遺伝子活性が低下するとした。反対に250μM SNAPをHepG2細胞へ投与後1.25-3.25時間まではROIは低下し,Epo mRNA発現が亢進した。結論として,ROI産生を介してのEpo遺伝子発現はbimodal effectがあるとしている。つまり,SNAPの用量により反応が異なり,低量ではEpo産生を亢進させるが,高用量の場合は逆に抑制していると考えられる。

Epo遺伝子の組織特異的発現調節

 また,京都大学農学部の佐々木隆造先生のところから2題報告があった。
 まず佐々木先生が,Epo遺伝子の組織特異的発現調節を発表。従来Epoは胎児期には肝臓で,成人になると腎臓で産生されるとされてきたが,この他に脳や子宮でも産生されており,各臓器でEpo産生調節機序が異なっていることを報告した。
 腎,大脳,小脳では低酸素にするとEpo mRNA産生が亢進し4時間で最高に達するが,子宮では低酸素での亢進は認められなかった。腎ではその後Epo産生はdown-regulateされるが,大脳,小脳ではその後も引き続いてEpo産生が亢進し続けた。これは,腎でのdown-regulation調節機構の存在が考えられた。また,腎,大脳,小脳ではE2投与でEpo mRAN産生に変化はなかったが,子宮ではE2投与によりEpo産生が亢進し,2時間後に最高に達したがその後8時間まで低下。さらに子宮では低酸素の時のみE2が作用した。以上よりEpoは造血,神経保護,子宮内の脈管形成に作用しその発現調節機序は組織特異性があることを明らかにした。
 次に小林利寛氏はEpoの卵巣,卵管での脈管形成に関して,さらに詳細に解析した。細胞培養系で,卵管,卵巣にE2を投与すると卵巣に比べて卵管ではE2投与でEpo mRNA産生が5倍亢進した。卵巣,卵管膨大部,卵管狭部でのE2反応性を認めた。このE2によるEpo産生は4時間までは亢進するが,その後はdown-regulateした。また,cycloheximideあるいはactinomycinDを添加してもE2反応性に変化は認められなかった。よって,卵管でのEpo産生におけるE2反応性には,新規蛋白の関与は必要でなく,やはり酸素センサーは卵管系では必要ないことが認められ,別の調節機構の存在が示唆された。
 またWatkinsらから,Epo産生調節に関して興味ある報告が報告された。腎不全の際に認められる腎性貧血は,腎不全の早期には認められないとされている。この報告では,早期の糖尿病性腎症を伴う糖尿病患者と,非糖尿病だが蛋白尿と腎臓病を伴う患者の2群に分けて貧血の程度とEpoを測定した。この結果糖尿病群はHb10.6g/dlと貧血を認め,Epoは8.4U/Lと低下していた。しかし,非糖尿病群ではHb13.6g/dlと貧血はなく,Epoも正常であった。鉄欠乏性貧血ではHbとEpoは逆相関するが,糖尿病群はHbとEpoは正の相関を示した。
 以上の結果,糖尿病性腎症における貧血はEpo産生の低下によるが,腎性貧血とは異なりEpo産生部位の障害により発症するとされる腎性貧血とは別の機序の存在が示唆された。このグループからはポスターでも,糖尿病性神経症(DAN)を対象として興味ある報告を行なっている。早期の糖尿病性腎症を伴うDANではEpo産生低下を伴う貧血を認めるが腎障害の程度は軽微である。そこで,このDANの患者の低酸素に対する反応性を調べた。DANではHb10.6g/dl,Epo6.7U/Lと低下していた。DANの患者に低酸素混合ガスを6時間吸入させたところ,Epoは256%亢進したが,対照群は131%であった。以上の結果DANにおけるEpo産生低下は,腎障害によるものではなく,低酸素に対してEpoを産生する能力は充分保たれており,産生部位の障害以外の機序の存在が示唆された。

Epoの構造と機能

 Gorlachは,低酸素でHIF-1が誘導されるのは有名だが,その際にsmall GTP-binding proteinであるRac-1の関与を調べ,低酸素の時はRac-1がHIF-1の発現を調節していると報告した。SandauらはNOのHIF-1α鎖への効果を調べた。低酸素では酸素センサーを介してEpo産生が亢進することが認められている。
 一方,NOはEpo産生調節においてはcGMP independent pathwayで調節していると考えられている。そこで,彼らはNO供与体を用いHIF-1α鎖の蓄積を調べた。確かにNOはHIF-1αの発現を誘導するが,その際guanyl cyclase inhibitor(NS2028)の効果は認められず,cGMP independentな系が考えられた。NOはHIF-1α鎖をリン酸化することによりHIF-1α鎖を安定化させるが,cGMP:MAPKとはindependentに行なわれることを明らかにした。
 Vormfeldeらは以前にangiotensin II(AT II)がEpo産生を亢進させるとしたが,今回はhepatic stellate cells(HSC,腎でのEpo産生部位fibroblastに最も近いとされる)を用いて解析。その結果低酸素は星状細胞,肝細胞,HSCでは13x,34x,5xEpo産生が亢進したが,1μM AT II 添加では変化が見られなかったと報告した。以上よりAT II は直接Epo産生には関与しないことが明らかとなった。
 また,Necasらから「Epo-EpoR interaction in the evolution」と題したEpo-EpoRの種特異性に関するcross activityの報告があった。ヒト,マウス,ラット,モルモットの4種でEpo,EpoRのアミノ酸レベルでの相同性は79-93%認められるが,モルモット,砂ネズミのEpoはヒト,マウスのEpoRには認識されなかった。これはヒト,マウスEpoのアミノ酸102-106のLRSLTがモルモット,砂ネズミではYVASPに変異しているからであるとした。また,ヒトEpoRの細胞外モチーフのRARが,モルモットEpoRではRAHになっている。このため,モルモットのRAH type EpoRはヒト,マウス,モルモット,砂ネズミEpoを認識するが,RAR type EpoR(ヒト,マウス)はモルモット,砂ネズミのEpoを認識できないという解析結果であった。これまでの機能ドメイン解析とは違った観点からの解析で,非常に興味深く思われた。

健康・病気とEpo

 一方,Groblinghoffらはsleep apnea患者におけるEpo,VEGF産生に関する調査結果を報告。患者群は酸素飽和度が85%以下の低酸素になりHb16.1g/dl(対照群15.0g/dl),Ht47.3%(対照群42.5%)と上昇するがEpo,VEGFには変化が認められなかったとした。会場からはsleep apneaの程度による差が指摘され,重症患者の場合どうなるか興味があった。
 Ricdelらは,腎性貧血の発症に関わる興味ある報告を行なった。腎性貧血患者にrhEpoを投与し,Hbの改善を認めるにつれアルギニンが低下するという結果でありアルギニンの補充が必要であるとした。これは,私たちの結果と一致し,アルギニンを基質とするNO-G kinase系がEpo遺伝子発現に関与することを示唆するものであった。

Epoの神経保護作用

 最近注目されているEpoの新たな作用である「神経保護としてのEpoの効果」と題したセッションがあった。
 まず,LimらはRT-PCR法を用いて各組織のEpo mRNA発現を調べた結果,腎,肝,脳以外に副腎,唾液腺,膵臓,睾丸などあらゆる組織での発現を認めた。Epoが造血以外にさらに新たな作用を保持している可能性を示唆する発表であり,今後の展開が注目される。また,Dameからは,Epoは高分子であり血液脳関門を通過できないため,Epo様作用を有し低分子であるErythropoietin Mimetic Peptide(EMP)をラットに投与して血液脳関門を通過させ神経保護に働かせようとする臨床応用の話があった。
 また,Martiらは,各種動物の脳でEpoを発現しており,脳を低酸素にするとEpo mRNA発現が亢進することを明らかにした。星状細胞,neuronでEpoを,星状細胞,neuron,内皮細胞でEpoRを発現させ,Epoは用量依存的にneuronにおいて抗アポトーシス効果があることを示した。さらに,中大脳動脈閉塞により側頭葉でEpo-EpoR発現が亢進しrEpoの前処置により梗塞範囲が50%減少することを認めた。これはEpoが神経保護と脈管形成における重大な作用を持つことを意味している。またSirenらは人の脳の解剖時にEpo,EpoRの免疫組織染色でその発現を調べた。正常な成人の脳でのEpo-EpoR発現はneural cellに限局していた。急激な脳梗塞では梗塞部位とその周辺部位で,Epoは血管組織と炎症細胞に,EpoRの陳旧性梗塞ではEpo-EpoRはgliaに強い発現を認めた。また,急激な低酸素では血管組織にEpoのneuronにEpoRの強い発現を認め,慢性の低酸素状態ではEpoは星状細胞でも発現した。以上のことは脳梗塞の治療およびその予防面でのEpoの臨床応用の可能性を示唆していた。

総括講演

 Epo研究の大御所であるFisherが現在考えられている,低酸素でのEpo遺伝子発現調節機構を概説した。低酸素刺激によりcAMPのA-kinaseを介する系,IP3-CaのC-kinaseおよびNO-guanylate cyclase-cGMPのG-kinaseの系の3つの系を介してEpo mRNA発現が調節されている機序をわかりやすく説明された。
 最後に,このカンファレンスで最も拍手の多かった発表を紹介する。
 Macdougallらによる「Novel strategies for erythropoietic stimulation」と題しての発表である。rhEpoは各種貧血の改善に効果が認められているが,同時にEpoに対する抗体産生でEpoが無効になる例が多く見られる。そこで,最近の新規の試みが次のようにまとめて報じられた。
 (1)NESP(Novel Erythropoiesis Stimulating Protein):Epo類似体ではあるが,Epoに比べてhyperglycosylated typeであり,N末端にシアル酸が付着している。生理学的特徴として,寿命がEpoでは静脈注射(iv)で8.5時間,皮下注射(sc)で15-25時間だが,このNESPではivで25時間,scで48.8時間と約3倍寿命が延長する。このため,rhEpoは週に1-3回投与を要するが,NESPでは2週に1回の投与ですむ。また,現在までにphase III studyが行なわれており,3年で1500例に投与されているが,NESPによる抗体産生はまだ報告されていない
 (2)EMP1(Erythropoietin Mimetic Peptides):Epoとはまったく異なる組成で,20アミノ酸からなる低分子であるが,EpoRと完全に結合し,細胞内のリン酸化パターンもEpoと同じである。また,CFU-E,網状赤血球増加作用があり,低分子量であるため経口投与可能である
 (3)HCP(Hematopoietic cell phosphatase)inhibitor:HCPはJAK2を脱リン酸化するため,Epo-EpoRの細胞内シグナル伝達を稼働するJAK-STAT系を阻害する。よってHCP inhibitorはEpoの作用を増強することが認められている
 (4)Epo遺伝子治療:これは過剰発現をどうコントロールするかが問題である
 以上の新規治療法は,今後の展開が非常に望まれる。
 他にG-CSF,TPOの総説講演があったが紙面の都合で紹介できなかった。Epoの基礎的研究から臨床,さらに新規治療法の開発と盛り沢山のカンファレンスであり,会場での相互の討議も充分でき,実り多いカンファレンスであった。今後も3年に1回リューベックで開催される予定であり,関心をもたれる方は筆者に連絡していただきたい。
 最後に,今回このカンファレンスに招待していただいたDrs.W.Jelkmann,H.Pagelおよび金原一郎記念医学医療振興財団の方々に心からお礼を申し上げる。