医学界新聞

 

〔座談会〕

インフルエンザ 今年の予防と対策は万全か

堀美智子氏〈司会〉
日本薬剤師会・常務理事
加地正郎氏
久留米大学名誉教授
菅谷憲夫氏
日本鋼管病院・小児科部長
葛西 健氏
厚生省保健医療局・結核感染症
国際伝染病対策専門官


1999年の予防対策・治療の実績と反省

今年の流行状況を振り返って

<司会> 昨年暮れから今年にかけてのインフルエンザの流行は,1昨年ほど大きくなりませんでしたが,まず葛西先生,今年の状況についてご紹介いただけますか。
葛西 厚生省のインフルエンザに関する情報は患者さんに関する情報と,病原体に関する情報の2種類があります。前者も全国の5000の医療機関に,インフルエンザ様疾患の患者を毎週報告してもらう「感染症発生動向調査」という統計と,全国の幼稚園・小学校・中学校で学級閉鎖や学年閉鎖,学校閉鎖が行なわれた時点で何人子どもが休んでいるかを調べる「インフルエンザ様疾患者調査」があります。
 まず,5000の医療機関からの定点の統計ですと,ピーク時で1週間当たり,1医療機関がほぼ36人の患者さんをご覧になっていました。後者の学校を対象にした統計では,シーズン全体で約55万人です。ここで言うシーズンというのは,最初に学級閉鎖が行なわれた時から最後の学級閉鎖が行なわれた時までです。これを昨年と比較してみますと,ピークの時点では33.3人で,大体同じような数値です。また学級閉鎖のデータでは,昨年は約86万人でしたので,だいぶ小さい数値になっています。
 病原体に関する情報では,昨年は例年になくH1N1タイプのウイルスが多く分離されていました。地域によって異なりますが40%から60%の幅の流行で,次がH3N2,B型という順です。その前のシーズンはH3N2プラスB型が主流でしたが,総じて通常よりはかなり小規模な流行だったと思います。

今年の調査の特色

 この発生動向調査の結果などはマスコミで報道されますが,実態とは少しズレがあるように感じるのですが。
葛西 ご指摘の通りで,発生動向調査は1-2週間遅れのデータになります。それから,当該シーズンの予測は1月の3週目に判断しますので,それまでは各医療機関がデータを見ながら予測しているということになります。そこで,今年から240の医療機関にお願いして,毎日患者数の情報をコンピュータに入力してもらい,厚生省でそのデータを翌日にわかるシステムを作りました。また1年分のデータの蓄積ができましたので,天気予報の「注意報」と「警報」と同じシステムを来シーズンから導入できるように準備しています。
 対応がリアルタイムになりますね。
加地 インフルエンザの流行は比較的短期間でピークを迎えますので,即効性が重要です。定点が5000施設になったのは今年からですね。
葛西 それまでは2400施設でした。新たに内科を2000施設に増やしました。
加地 以前は小児科がほとんどでした。内科の施設が増えたことによって,以前と異なった様相は出ましたか。
葛西 はい。ただ今年に入ってから解析を始めた段階ですので,詳細はまだわかりません。
加地 病原ウイルスの型や抗原構造,またワクチンと流行株との抗原構造の相違・一致という問題はいかがでしたしょうか。
葛西 シーズンの2-3週目に,分類されているウイルスをチェックしますが,ここ10年間は一致しています。
 もう1つ,全国の健常人から血液をボランティアでいただいて,抗体をどれぐらい持っているかを年齢別に調べています。まだ十分な解析はありませんが,やはり抗体を多く持っている層では流行は小さいという結果があります。

ワクチンの有効性論議について

加地 こういうデータの蓄積は大切ですが,ワクチンを接種して,その抗体を測定し,さらに流行株があればそれに対する抗体を調べることも重要だと思います。ワクチン株について抗体が上がったかどうかをみると同時に,流行株の抗体を測れば,ワクチンの効果はよくわかりますね。
 任意接種になった時,なぜワクチンの有効性に大きな疑問が起こったのですか。
加地 最大の理由は,「インフルエンザとかぜの区別」が厳密になされていなかったからでしょう。ワクチンを接種したグループとそうでないグループに分けて,シーズン終了後にインフルエンザの発病を厳密な基準に基づいて比較対照すべきなのに,日本ではなされていないことが多かったですね。厳密な試験を行なえば,それなりに効果は検証されることは多いでしょう。
菅谷 つい最近まで日本では特に小児科医には効かないと思っていた人が多かったと思います。副作用ということ以上に,有効性の観点から,ワクチンの接種があまり行なわれなかったのだろうと思います。
 インフルエンザワクチンの効果は,健康成人でも70%くらいです。ウイルスが抗原変異を起こしてずれると効果は落ちるので,場合によっては60%くらいになるかもしれません。医師の立場からは60-70%という効果は微妙です。インフルエンザワクチンは,効果自体が医師にもわかりにくいことは事実です。効かなかったという印象を医師自身が持つと,それが親にもそれからもちろんマスコミにも伝わり,「効果がない」という話が流布したわけです。

「添付文書」と「予防接種法」

 予防接種をしない医師に意見を伺ってみますと,「何か問題が起こると困るから」と言われます。ワクチンの添付文書の「接種要注意者」に,「被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合は,健康状態及び体質を勘案し,診察および接種適否の判断を慎重に行ない,注意して接種すること。心臓血管系,腎臓疾患というような基礎疾患を有することが明らかな者」とあります。これについてはいかがでしょうか。
菅谷 この添付文書は,ワクチンは健康な人だけが対象で,高齢者やハイリスク患者には接種してはいけない,という時代に作られたものですから。
加地 そういう方にも安全に接種でき,しかも抗体も十分上がることを証明した試験が少ないからでしょう。私どもは例えば血液透析の患者さん,あるいはその他の患者さんで添付文書の項目に該当されるような方でもワクチンの効果があり,また副作用も他の方に比べて強いことはない,もともと存在する疾患に対してワクチンが悪い影響を及ぼすことはないと指摘しています。
菅谷 海外では高齢者やハイリスクにも接種していますので問題はないと思います。
葛西 ご存知のように,教科書的にはワクチンは集団免疫と個人免疫の2つを賦与する効果だと言われています。個人免疫というのは個人に免疫が賦活するかどうかという問題で,一方集団免疫は,まったく免疫がない状態のある集団の中に,誰か病気を持った人が入った時,その集団を守るためにはどれぐらいの人に予防接種をすればよいかという問題です。現在の予防接種の対象になっているワクチンは,自分を守るだけではなく,「自分が受けることによって周辺の人たちを守る」という発想ですので,保証も普通の医薬品よりも手厚く,ほぼ1.8倍ほどになっていました。
 インフルエンザの予防接種は,1994(平成6)年までは「義務接種ではなく努力接種義務という形で,受けるように努めなければならない」という考え方で施行していました。しかし,集団免疫効果はない,正確に言うとそういうデータはないということから今回外して,強制ではなく「個人が自分を守りたい時に受ける」,「受けたい人だけが受ける」という考え方になりました。その代わり,先ほど公費という話が出ましたが,他は全額公費ですが,これは自分で判断して受けるので,一定の自己負担を取り,副作用被害救済も普通の医薬品と同額に抑えようということになりました。

ウイルスの連続変異と不連続変異

加地 ワクチンの効果に関しては,ワクチン製造に用いたウイルス株と,その時流行している病原のウイルス株との抗原構造が一致しているかどうかによってその効果が異なります。インフルエンザウイルスの抗原構造は変化しやすいですが,その抗原変異には連続変異と不連続変異の2つがあって,例えば香港型(H3N2)はここ30年ほど毎年流行していますが,少しずつ抗原構造がずれてきています。しかし,ある程度共通な部分はあるわけで,少し位ずれてもある程度の予防効果はあります。
 葛西先生のお話のように,いまは流行予測でワクチン株と流行株は合っていて,少しくらいずれていてもそれなりの効果はあるのですが,それが連続変異です。もう1つの不連続変異というのは新型登場の場合ですから,従来のワクチンではまったく効きません。ところが一般にはそこを混同して,ワクチンの有効性を論じている場合があります。
菅谷 加地先生が言われたように,インフルエンザウイルスは突然変異を起こしやすいので,毎年少しずれでしまいます。そこでワクチンを作る元のウイルスは,普通は前年に流行したものを使うから,効かないと言われたこともありましたが,その程度のずれはカバーしますから,十分に効きます。それは私は強調しておきたいですね。もちろん大きくずれると効果は少し低下しますが,それでもまったく効かなくなるということはないです。
葛西 世界中のデータがWHOに集められ,毎年2月に会議が開かれて,来年はこの株が流行しそうだという議論になります。日本では毎年5月頃,来年の予想をしますが,近年はその解析技術が進んで,分化したウイルスの樹枝図を作ります。それを見れば,どのブロックが一番活発に分かれているかがわかります。その中から全体がカバーできるものを選ぶわけです。

2000年の予防対策と準備

ワクチンの生産体制

 次に予防と対策という観点からは,ワクチンの製造体制の問題が出てくると思いますが,その点についてはいかがですか。
葛西 1993(平成5)年まではほぼ500万人分ほど作っていましたが,その翌年は30万人に減ってまったく対応できない状態で,その後2倍に増やして去年は350万人です(下図参照)。それでも足りなかったので,今年もほぼその倍を各メーカーが作るという状況です。
 2回接種についてはいかがですか。
加地 原則的には2回だろうと思います。ことに基礎免疫のない小児では,1回だけでは十分な抗体上昇はみられません。つまり,1回の接種で抗体が少しずつでき始めたところに2度目を接種すると,いわゆる「ブースター効果」が生じるわけです。
菅谷 今後は中学生以上はすべて1回接種になると思います。要するに,血液中のインフルエンザに対するHI抗体を上げることが目的ですから,2度3度接種してもほとんど頭打ち状態になってしまいます。もちろん例外的に,2回打たないと上がらないケースもあるかもしれませんが,一般的認識からは,今は接種率を上げることが重要なので,1回でいいだろうと思います。それに,厚生省の高齢者のワクチン接種の効果のデータでもすべて1回接種ですが,十分な抗体上昇の効果が出ています。
加地 ただ,A型を対象にすれば1回でいいでしょうが,B型の場合はなかなか上がりません。最近の流行は主にA型ですが,B型は別に考えないといけないかもしれないですね。

インフルエンザ関連死

葛西 先ほどから臨床の現場でワクチンの効果を実感するのは難しいという話がありましたが,実はデータそのものを理解することも難しいのです。先ほどの「70%の効果」というのは,例えばある年に100人が罹ったとして,予防接種をしてれば70人は罹らなくて済んだという数字ですね。厚生省もパンフレットを作る時に苦労しまして,例えば毎年高齢者が1000人ほど亡くなっていますが,その人たちがもしワクチンを受けていたら,700人の方が亡くならずに済んだというデータなのですね。
菅谷 私も講演会などで,「亡くなった1000人の方が全員ワクチンを打っていれば800人は助かる。しかし,それでも200人の方は亡くなる」という説明をしています。「罹患するか,罹患しないか」と言うと軽い話になりますが,亡くなるという問題になると,非常に大きな問題になります。
加地 死亡に対する効果,あるいは肺炎合併に対する効果も大事ですね。菅谷先生が最初に言われたように,「ワクチンの効果が70%」という意味を取り違えて,ワクチンを接種した人の70%は罹患しないということになりがちですね。
葛西 事前確率と事後確率というのはまったく異なり,受けていれば7-8割の人は本来罹患せずに済み,7割の人が亡くならずに済むということですね。
菅谷 厚生省のデータは毎年1000人ほどですが,あくまでもインフルエンザと報告された症例だけですから,実際には5倍から10倍の方が亡くなっているかもしれないですね。もしも1万人だとしたら,全員にワクチンを打っていれば,8000人もの方が助かるということになります。
 インフルエンザによる死亡と,そうでない死亡が報告されているのは,どのように考えたらいいのですか。
加地 インフルエンザあるいは肺炎合併症による死亡と,インフルエンザに罹ったことによって,もともとある病気が悪化して死亡する,インフルエンザと関連した死亡もあるわけです。
葛西 ご指摘の通り,現在集計している統計では死亡診断書にインフルエンザという文字がないと統計としては入ってきません。例えば肺炎と書いてあったらインフルエンザにはなりませんし,2次感染のほうが書いてあれば同様になります。
菅谷 アメリカのインフルエンザによる死亡者は毎年平均2万人程度と言われていますが,それはインフルエンザという死亡診断書でなくて,いわゆる超過死亡と言われているものです。例えば高齢者がインフルエンザに罹り,そのために肺炎になって寝たきりで亡くなる。あるいは脳梗塞で倒れている方がインフルエンザに罹り,別の原因で亡くなる。超過死亡というのは,そういう方をすべて含めた数字です。それを含めて考えることが重要で,インフルエンザという報告だけではその影響を過小評価すると思います。超過死亡でアメリカで2万人もの人が死んでいるのなら,人口比で言えば日本でも数千人,あるいは1万人程度の方が亡くなっていると思います。
 インフルエンザが流行した年と,流行していない年の死亡者を比較勘案すると,日本でももっとたくさんの方が亡くなっていることになるわけですね。
葛西 最近増えています。インフルエンザ+肺炎で,高齢者の超過死亡という計算の方式で推計すると,右肩あがりの曲線になっていきます。それが高齢者に対するインフルエンザの予防接種の必要性の根拠になっている強い理由の1つですね。

予防対策と治療

 薬の使い方は,罹患した人に使う場合と,予防的な効果という形の場合と,どのように捉えたらよいのでしょうか。
加地 やはり予防という立場から言えば,もちろんワクチンが第1です。ワクチン接種は抗体ができるには2週間ほどかかります。その間に流行して間に合わない,あるいは鶏卵アレルギーなどで接種できない方の場合は別ですが,抗インフルエンザ薬の予防内服はあくまでも補完的な使い方です。ところが日本ではそうした薬が予防にも効くと言い出すと,薬に頼ってしまう風潮になります。困ったことだと思います。
菅谷 インフルエンザの予防対策はワクチンが基本であることはしっかり押さえておくべきです。ワクチンが高齢者の死亡を減らすことは世界中で証明されていますが,アマンタジンやノイラミニダーゼ阻害剤が高齢者の死亡を減らすかどうかはまだ証明されていません。
 しかし,やはりワクチンだけで100%守れるわけではないので,他の治療法を考えるべきだと思います。アマンタジンは耐性や副作用の問題があるから,ノイラミニダーゼ阻害剤のほうが優れた面が多いとは思いますね。しかしそこにはコストの問題があります。それはこれから国民が決めていくことだと思います。本当によいとなれば,当然保険適用の話も出てくるでしょう。
 また特殊なケースとして,ノイラミニダーゼ阻害剤をごく短期間予防的に使うことも考えられると思います。例えば,小学生がインフルエンザに罹り,受験生のお兄さんがいる場合,弟には治療のために,上のお兄さんには予防のためにノイラミニダーゼ阻害剤を使うというケースですね。
葛西 私も加地先生が言われたように,ワクチンが原則であるでしょうし,ぜひとも接種したほうがよいと思います。
 新型インフルエンザがある特定の地域に流行するような特殊な状況では,予防内服という考えもあると思います。いま菅谷先生から短期使用という大変によいご指摘をいただきましたが,日本の場合はインフルエンザの流行のピークは1月から2月で,4-5週間は続きます。その間予防内服を飲み続けるのかという話になると,たぶん答えはノーということになるでしょう。
加地 その地域で流行している間は飲まなければいけないので,かなり長くなります。
菅谷 通常は4-6週間,あるいは8週間ですね。そういう意味でも,薬で予防するのはナンセンスですね。
加地 実際問題としてきちんと内服するのはむずかしいですね。

医療従事者への予防

 もう1つの大きな問題は病院内,施設内の流行です。医療従事者や介護従事者にもワクチン接種は必要で,ここ数年はかなり徹底してきたようですが。
菅谷 いまのご指摘は重要だと思います。厚生省が高齢者の公費負担化を打ち出しましたが,次は医療従事者だと思います。それぞれの医療機関では実施しようと思っているのですが,厚生省の何らかの指導があるとよいと思います。
葛西 医療従事者については,自分が感染させるかもしれない立場にあるということを厚生省がきちんと広報し,それぞれの認識のもとに予防接種を積極的に受けるような体制作りをすることです。それから,一般の方に対しては多くの情報を提供し,「自分で自分の体を守る」という方向で進めていきたいと思います。
菅谷 アメリカのナーシングホームの話ですが,医療従事者に予防接種をしていた施設と,そうでなかった施設を比べると,医療従事者の発病率ではなく,患者さんの死亡率に有意に差が出たということです。
加地 この前,医療従事者や介護の関係者の集まりでそのお話をしたところ,8割くらいの方は予防接種をなさっていました。
 特に老人をお世話する施設では,インフルエンザが流行して困った経験があったので,予防接種を高齢者に勧めると同時に,おそらくご本人たちも自ら率先して接種を受けられたのでしょう。

インフルエンザとそのワクチンの効果,副作用に対する認識が必要

加地 ワクチンに対する関心が広まり,接種率が上がってきた背景にはやはり,インフルエンザという病気に対する認識が深まってきたことがあるでしょう。今まで話が出てきたように,インフルエンザという病気の重要性と正しい認識,それからワクチンの効果に対する正確な知識,それから副作用に対する知識,その3つを併せて考えることが重要でしょう。
葛西 そういう意味では,先ほどのノイラミニダーゼ阻害剤の短期使用によって得られる効果の話はわかりやすいですね。しかし,データ解釈という問題もあります。例えば1000人の死亡者を800人に減らせることは効果的と考えるか,それでも200人の死亡者が出ると見るか。いろいろあってかまわないでしょうが,データそのものを違うように捉えることは絶対に避けるべきだと思います。こういうデータは疫学という学問に基づいて出てきますが,疫学は基本的に現場の臨床の先生の感覚に基づいて仮説が立てられています。そういう点では,データにプラスして自分が普段の臨床で得ている感覚を大事にすべきでしょう。
 それから矛盾するようですが,自分の感覚を必ず文献などと照らし合わせ,自分が得ている感覚は正しいかどうかを考えてみることも大事です。よく先生方が,最近はB型肝炎は減ったと言われますが,データと照らし合わせれば,実はB型肝炎は一定で,C型肝炎が増えたからそうみえることがわかるはずなのです。
 同様に,今後インフルエンザに関しても多くのデータが出てくると思いますが,自分の感覚を大事にしながら,かつ疫学に基づいて正しい判断をされれば,新薬や現在発売されている薬に対する評価も適切になされるのではないかと思います。

高齢者に対しては?

加地 さらに別の問題があるのは,高齢者のインフルエンザですね。もちろんアマンタジンやノイラミニダーゼ阻害剤は必要でしょうが,やはり高齢者の場合は一般的な治療が大事です。つまり,総合的な治療が必要ですから,インフルエンザだから抗インフルエンザ薬だけで済むかというとそうではありません。例えば,脱水症状を起こしたり,肺炎までには至らないまでもその一歩手前で,きちんと治療しなければならないという状況も多いわけです。
 高齢者では肺感染症が一番怖いですね。いわゆる肺炎らしい症状の出ない肺炎というものがありますから,診断もむずかしい。今後高齢者はますます多くなりますので,多面的に目配りをした治療が必要です。
菅谷 ノイラミニダーゼ阻害剤にしろアマンタジンにしろ,本当に効くのは健康な若い人でしょう。高齢者の場合はノイラミニダーゼ阻害剤を使っても,入院せざるを得ないケースがかなり多いと思います。ですから加地先生のご指摘のように,高齢者やハイリスクの人には,一般的な治療や予防に力を入れるべきだろうと思います。
 実際の治療の現場では,症状がひどくなってからお見えになる方が多いですが,治療効果があるのは初期ですね。受診に関する教育は今後どうあるべきでしょうか。
菅谷 アマンタジンもノイラミニダーゼ阻害剤も,投与の時期が早ければ早いほど効果が高いです。アマンタジンは発病してから48時間以内に飲み始めれば治療的な効果があると言われています。ノイラミニダーゼ阻害剤も36時間,それも24時間以内に始めたほうがずっと成績はよいですね。
 そういう意味では,これまでは「家で静かに寝ていて,我慢できなくなったら医師の所に行く」という考え方でしたが,今後は「インフルエンザだと思ったら,すぐ病院に行きましょう」という時代になると思います。
加地 インフルエンザは潜伏期,つまりウイルスに感染して症状が出るまでが非常に短いです。発病後ほぼ1-2日でウイルスの量はピークになりますから,3-4日してからいかに効果的な薬を使っても,ウイルスは増殖するだけ増殖して,病変もピークに達しています。さまざまなデータから,手を打たなければいけないのは48時間までで,それから先は病変も起こってなかなかむずかしい。回復には長くかかるし,そこに乗じて細菌の2次感染も起こりますから,やはりピークになる前にウイルスを抑える薬を使うべきだと思います。
 一般の人に対する啓蒙教育が重要になりますね。
葛西 厚生省では2年ほど前から,一般の方には「罹ったと思ったらとにかく早く病院に行くように」と広報しています。

香港型新型インフルエンザについて

 先般話題になりました,香港の新型インフルエンザについて少し解説していただけますか。
加地 香港での場合,確認例は18例に止まり,ニワトリからヒトに直接に感染しましたが,ヒトからヒトへは感染しませんでした。ヒトからヒトへ感染し,広がり出したら非常に重大な局面になっただろうと考えられます。ウイルスはH5N1でしたから,ヒトはまったく免疫はないですね。
 昭和32年にH2N2のアジアかぜが流行しました。調べてみると,70年ぶりに出てきたものですから,70歳以上の人に多少免疫抗体を持っている人がいましたが,それ以下の人は持っていなかったので大流行になったわけです。今回の新型インフルエンザの場合,H5N1ウイルスではアジアかぜ以上の大流行を起こす可能性を秘めていたわけです。
 もう1つ,起こりうる可能性はブタにトリのウイルスとヒトのウイルスが同時に感染し,そこから出てきた新型,つまりトリの型を受け継いで,しかも病原性・感染性はヒトに対するものでヒトには感染する。そういう可能性も考えられていました。われわれにとっても初めての経験でしたので,ヒトからヒトへ感染するかということがかわからず警戒したので,大騒ぎになってしまいました。やはり専門家は,当然世界的な大流行の可能性を考えておりましたが,18例で一応終息しました。ただ,そのうちの6例は肺炎で亡くなっています。
 死亡率は高いですよね。
加地 しかも,高齢者でもハイリスクでもない方が肺炎を起こして亡くなっていました。新型がどういう病気を起こすか,高い死亡率になるか,肺炎を非常に高率に起こしてくるか,その可能性すらわからなかったわけですから。葛西先生と一緒に現地に調査に行きましたが,当時香港での状況はやはり深刻でした。最初はヒトからヒトの感染が起こっているかどうかを非常に気をつけて調べていました。
 トリから感染した方が,ヒトからヒトに感染するウイルスを一緒に持ってしまったら,ヒトに感染するウイルスができてくる可能性はあるのでしょうか。
葛西 可能性はあります。香港では年中インフルエンザは流行していますが,3月から6月頃と8月から9月頃の2つの山があります。もしその山に当たっていたら,結果としてヒトからヒトに感染するインフルエンザはでき上がってしまうのではないかと,一生懸命その証拠を探しました。
加地 ちょうどA香港型も流行していましたので,そのH3N2ウイルスとトリからのH5N1ウイルスの間で交雑が起こって,トリの抗原性を持ち,ヒトに対する感染性を獲得するウイルスが出現するのではないかと警戒されました。
 いとこ同士で感染した例が出てきましたので,それを調べた結果,ヒトからヒトではなく同じ感染源のトリから感染しているとされました。150万羽のニワトリを処分して流行は終わりました。
菅谷 この大量のトリを3日間で処分してしまいました。その理由は遺伝子の再集合が起こるからです。ヒトからヒトに感染するインフルエンザがもし出現したら大変なことになるので,大慌てで処分したのです。決して大袈裟ではなく,あの3日間で150万羽のニワトリを処分したことによって人類は救われた,と専門家の間では言われています。
 香港のH5N1インフルエンザのインパクトは,私たちインフルエンザの専門家にとっても非常に意味があったと思っています。というのも,スペインかぜの高い死亡率は知られていましたが,まだ抗生物質ができる前の1918(大正7)年の話です。当時,日本の死亡者は30万とも40万とも言われていますが,現代とは医療の進歩という点からも,まったく違う時代という考えもありました。多少の環境の違いはあっても,香港の最新の医療設備を持った病院でも,18人発病して6人亡くなっています。これはやはり現代でも新型インフルエンザ,特に毒性の高いものが出現すれば,大変なことになるということが専門家の間でも再認識された事件だったと思います。
加地 新型と言っても,アジアかぜの時は死亡者はそれほどではなかったですね。スペインかぜの時はその様相がまったく違うところがありました。
 新型の場合は,毎年流行するインフルエンザとあまり違わないと考えて楽観してはいけません。まず型を決定して,ワクチンを作るなどの対策が一番大事です。その次には,どういう臨床症状,どういう経過をとるかをそのつど調べておく必要があります。
葛西 病原性や感染性もおそらく異なると思います。先ほどワクチンの生産体制は,量的には対応できるようになったと申し上げたのですが,感染性が非常に強く,かつ伝染のスピードに対応できるかと問われれば疑問です。それに関しては,香港ではワクチンは間に合わないので,すぐにアマンタジンを投与するという話でした。われわれもワクチンが間に合わない場合に備えてアマンタジンやノイラミニダーゼ阻害剤などによって対応したいと思います。インフルエンザウイルスは多くの種類がありますので,オプションが多いほど対応しやすくなります。

再びアマンタジンとノイラミニダーゼ阻害剤

 アマンタジンやノイラミニダーゼ阻害剤の話が出ましたが,この新型ウイルスに対する予防効果はどうでしょうか。
菅谷 アマンタジンはよい薬ですが,耐性ができやすいことと副作用の問題があって,これだけでは新型インフルエンザに対処できるとは思えません。やはりノイラミニダーゼ阻害剤が必要になります。
 ノイラミニダーゼ阻害剤の効果については,使われていく中で評価は決まっていくと思います。実は,アマンタジンもあまり効果がなく,副作用が強く,耐性ができやすいということで反対する意見もありまして,1970年代に許可された薬が,日本では20年間ほど使われないままになっていました。しかし実際に使われてみると,臨床医からも,それから患者さんからも高い評価を得るようになりました。おそらくノイラミニダーゼ阻害剤もやはり高い評価が得られて,広く使われるようになるだろうと私は思います。アマンタジンと違って,ノイラミニダーゼ阻害剤はA型にもB型にも効きますし,耐性ができにくく副作用が少ないので,新型インフルエンザを考えれば,世界に遅れずに日本でも承認されて早く使えるようになればよいと思います。
 現在,日本では吸入薬であるザナミビルが承認されていますが,まだ発売されていません。さらに内服薬,これはカプセルですが,オセルタミビルが治験が終り,承認申請中です。

インフルエンザ脳症について

 日本の小児のインフルエンザ脳症の問題と解熱鎮痛剤との関係がありますが,これについてはいかがでしょうか。
菅谷 私の基本的な考え方は,インフルエンザは非常に高熱になりますから解熱剤は使わざるを得ない場合もあるということです。例えばライ症候群でも解熱を図ることは治療の中で最重要課題になっていますから,少なくとも欧米でインフルエンザの解熱に使われているアセトアミノフェンとイブプロフェンを使うことは問題ないでしょう。
 厚生省の研究班からポンタールとボルタレンを使った例に,死亡率が高いというデータが出ていますが,最終結論ではないし,あくまでも主治医へのアンケート調査にすぎません。カルテを調べたわけでもありませんし,実際の服薬状況も家族に確認していません。小児のインフルエンザでは,解熱は重要で熱性けいれんの原因となるし,基礎疾患の悪化も起こします。元気な子でもぐったりして入院することもあるので,少なくともアセトアミノフェンとイブプロフェンを使うのは問題はないと考えています。
加地 解熱剤に対する批判の根拠は,発熱は感染を受けた個体の防御反応の1つで,例えばウイルスは高温の環境ではあまり増殖しなくなるので,ウイルスの増殖に関しては体温が高いほうが生体にとって有利で,しかも体温が高いと生体の新陳代謝や防御機能,白血球の活性なども高まるので,むやみに解熱剤で熱を下げるのはあまりよくないということです。
 しかし別の面では,高熱は生体にとっては負担になりますし,苦痛も大きい。そういう場合は熱を下げなければならないから,いちがいに熱は下げてはいけないとか,必ず下げなさいということでもなく,あくまでもケースバイケースです。高齢者にしろ成人にしろ,解熱剤は適切な判断をして使うべきでしょう。
 同じことは鎮咳剤,咳どめの問題にも言えます。咳もやはり,生体防御反応の1つです。だから,むやみに咳をとめてはいけないということです。痰が出るような咳の場合,ことに高齢者は痰を出す力,咳をする力が弱いので,それを鎮咳剤で抑えてしまってはいけません。そういうものは一律にわりきって治療するべきではなく,あくまでもケースバイケースだと思います。
菅谷 医師のフィロソフィーにも関わってくる問題で,ケースバイケースですね。
葛西 私は臨床家ではありませんが,いま言われた医師のフィロソフィーという問題は非常に大事だと思いますね。
 小児のインフルエンザ脳症に対する解熱剤という話に限定して言うならば,先ほど菅谷先生がご指摘なさったように,実は統計的に解析に耐えうる量ではないのに,あえて厚生省の医薬安全局が特定の薬剤,ボルタレンとポンターレについて情報提供したのは,まさに先生が言われたフィロソフィーという観点からです。繰り返しになりますが,大事なのはそういう情報をきちんと入手して,自分の考えを立てられることが重要だと思います。
加地 お2人の先生がおっしゃったフィロソフィーですが,深い専門知識と,それを中心にしてもっと広い,言うなれば人生哲学的な面を含めてということでしょう。それは,治療のすべてにおける重要な結論かもしれません。
 本日の話題に登ったことがら,例えばワクチンの有効性,アマンタジンやノイラミニダーゼ阻害剤の治療および予防的使用に,またインフルエンザ脳症と解熱剤の使用について,効くか効かないか,よいか悪いかのどちらかの判断を国や専門家に依存し,私も含めた多くの日本人はややもすると,それぞれの状況に応じた適切な判断ですら避けてしまいがちになるように思います。これだけ情報公開が叫ばれている現代においては,情報の正しい評価がもっと必要とされているのかもしれません。
 フィロソフィーという最後のお話も,疫学的なデータをどう評価し,個々の患者にどのように適応していくか,そして医療人の責任とはいったい何か,そういう点から改めて考えるべきであるのかもしれません。ノイラミダーゼ阻害剤については,先ほどの話にありましたように,すでに承認になった吸入薬と,近々承認予定の内服のプロドラッグであるオセルタミビルがありますが,予防あるいはインフルエンザに対する早期の治療薬として早く使える状態になってほしいと思います。
 本日はありがとうございました。

表1:今世紀の新型インフルエンザ
 (○印の付いたもの)
○1918(大正7)年
H1N1(スペインかぜ)
 1946(昭和21)年
H1N1(イタリアかぜ)
○1957(昭和32)年
H2N2(アジアかぜ)
○1968(昭和43)年H3N2(香港かぜ)
 1977(昭和52)年H1N1(ソ連かぜ)

表2:英国の新型インフルエンザ対策におけるワクチン接種の優先順位
(1)医療従事者
(2)社会を維持するために重要な職業(消防救急,警察,通信,運輸,葬儀など)
(3)心疾患,呼吸器疾患,腎不全など慢性疾患を持つハイリスク患者
(4)妊婦
(5)老人ホーム,老人病院の入居者
(6)75歳以上の老人のすべて
(7)65歳以上の老人のすべて
(8)ハイリスク患者と家庭で接する人
(9)流行時の抗体検査,死亡率からみて,特に危険と考えられる年齢層
(10)特定の産業従事者
(11)20歳から65歳の人
(12)0歳から19歳の人

表3:米国の毎年のワクチン接種対象
■65歳以上の老人
■肺,心臓に基礎疾患を持つ小児と成人
■老人ホーム,その他介護施設の入園者
■慢性代謝疾患患者(糖尿病,腎不全,異常ヘモグロビン血症,免疫抑制中の患者)
■リウマチや川崎病で,アスピリン内服中の小児             
■妊婦

表4:先進22か国におけるインフルエンザ予防接種対象者についての勧告および
費用負担の有無 (1995年)
ワクチン
配付用量
(人口
千対)
高齢者
>65歳
基礎疾患
老人施設
入所者
保健医療
従事者
国,
社会保険
による
費用負担
米国
スペイン
カナダ
アイスランド
イタリア
フランス
オーストラリア
オランダ
ポルトガル
ベルギー
ノルウェー
イギリス
フィンランド
韓国
ドイツ
スイス
ニュージーランド
スウェーデン
デンマーク
オーストリア
アイルランド
日本
239  
170  
150  
148  
136  
119  
117  
114  
110  
105  
105  
102  
96  
95  
80  
64  
64  
63  
56  
54  
48  
8  







 



 





























































 

 







 



 









 

 



 

(廣田良夫,加地正郎:総合臨床,46,2665,1997)