医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 おしゃれが健康のバロメータ-90歳のレディ

 馬庭恭子



 えりさんは,耳下腺がんで,顔面神経麻痺の後遺症があり,左眼瞼下垂,顔の半分が少し変形している。その後,子宮がんとなり,娘さんのいる東京で手術。放射線療法を行ない,広島に戻ってきた。東京の主治医からは,
「90歳にしては,びっくりする回復ぶり……けれど1人暮らしなので心配。訪問看護を紹介しておきたい。介護保険のことも相談に乗ってあげてください」との内容で,電話が入った。
 最近,東京,大阪などの大都市の娘,息子が遠距離介護しているケースが増えてきたが,えりさんもその中の1人である。訪問すると,
「あの先生さ,ババァだから,もうだめだろうなんて,思ったのかね」
首をくすめて,茶目っ気たっぷり。
「でも,どっこい,よくなっちゃってさ。ヘエーって驚いてた」
 短髪をカチューシャで,きりりとまとめ,薄化粧。よくみるとマニュキアもしている。曾孫だという少女のにっこり顔の写真がテレビの上にある。そーっと,訪問カルテの生年月日の記載に目を通すと「明治」だ。しかし,もう1度,本人の顔をみると,どうみても70代の雰囲気なのである。
「私ね。すぐ忘れるのよ。誰だったか,いつだったか。それに,聞こえにくいのよ。おまけに,これまた便秘気味なの。でも,浣腸は自分できるわ。夜はね,推理小説を読んで,遅くまで起きてるの。朝は弱いのよ。11時ごろにゆっくり起きてコーヒー。牛乳入れてね。それから……」と生活パターンを説明し,
「前はね,友だちと喫茶店で待ち合わせして,おしゃべりするのが楽しみだったの。でも,がんで入院したとか,転んで足を折って寝たっきりになったとか。まったく年寄り病でね。ほとんどが先に死んじゃっていなくなっちゃったわ」
「淋しくなられたんですね」
「そう,おしゃべりする友だちがほしいわ」
「お友だちが一番必要ですね」
「あなた,コーヒーお好き?」
「いえ,ハイ……」
「どっちなの?」
「ミルクがいっぱい入ったのが好きです」
「今から,コーヒータイムにしましょう」
「あ,お構いなく,もう失礼しますから」
「まあ,1人で飲んでもつまらないわ。せっかくなんだから,一緒に飲みましょうよ」と花柄のすてきなコーヒーカップがテーブルに2つ並んだ。
 結局,訪問しながら,希望をかなえるために計画を立案したのは,週2回の家事ヘルパーと随時訪問の訪問看護とホスピスボランティア。ゆっくりと時間をとっての「コーヒータイム」をボランティアさんにお願いした。しばらくして,ボランティアさんから,報告があった。
「夜が長いから,20時ごろにきてくださいっておっしゃるんで,夜に訪問しているんです」
「えっ,夜間訪問ですか?」
「夜が淋しい時があるみたいです」
 東京の娘さんに電話をすると,
「不思議なんです。最近,夜電話してこないんです。電話するのも忘れるくらいボケたんじゃないかと実は心配していたんですが,そうですか,ありがたいことです」
 ボランティアさんの柔軟性にも驚いたが,同時にその効果も知ることができた。ゆっくりとお茶を飲んで,楽しいおしゃべりをして,床につくとその夜はぐっすりなのだろう。人の温かさを感じて1日を終えることは,えりさん自身に生きている実感と明日への生きる楽しみになっている。その証拠にえりさんはますますおしゃれに磨きがかかってきた。