医学界新聞

 

[投稿]熱帯医学3か月集中コース体験記

五味晴美(テキサス大学ヒューストン校・感染症科フェロー)


 私は2000年1-3月の間,英国のLondon School of Hygiene and Tropical Medicine(LSHTM)にて熱帯医学集中コースに参加したので,その体験報告をさせていただきます。

100年の歴史を誇る熱帯医学の専門校

 私は1995年7月から米国にて内科臨床研修を行なっており,現在テキサス大学ヒューストン校にて感染症科専門医研修(フェローシップ)を受けています。学生時代から国際保健に興味があり,感染症科を自分の専門科とすべく,上記フェローシップを行なっているわけですが,北米,ヨーロッパ,日本などの病院では,いわゆる熱帯医学(寄生虫病などを主とする)の研修は非常に難しいのが現実です。そこで今回,フェローシップを3か月中断し,ロンドンの由緒ある熱帯医学専門の学校で集中講義を受けるに至りました。
 LSHTMは1899年に設立され,昨年創立100周年を迎えた由緒ある熱帯医学の学校(大学院レベル)です。私はこの学校の存在を当時の「週刊医学界新聞」で知り(2019号,1992年11月16日),学生であった私は非常に興味深く読んだ記憶があります。現在は,ヒューストンに在住しているため,米国の熱帯医学コース(例えばアラバマ大学など)も検討しましたが,やはり植民地時代の名残りと長い歴史のあるロンドンの学校を選択しました。

優れたコースカリキュラム

 コースの概要は以下の通りです。このコースはM.D.(医師)であることが必要とされています。コースは毎年1-3月の3か月間(オリエンテーションを含む13週間)となっており,毎年計60名前後が参加しています。学生は多種多様で,全世界から集まっており,年令も,最年少26歳(医学部卒業直後)から60歳(定年後)の人までさまざまでした。30歳前後が主流を占め,男女ともに半々ぐらいの割合でした。
 このコースは100年の歴史を誇り,毎年学生のフィードバックをもとに改善されてきたため,非常に効率よく構成されており,学生の実践的知識が無理なく培われる配慮がなされています。ハイライトはやはり寄生虫の顕微鏡を用いた診断実習です。
 1週間のスケジュールは次のようになっています。
月曜:国際保健・衛生にかかわる各種講義(例えば発展途上国の母子保健,発展途上国の子どもの栄養失調など)
火曜:各種感染症講義(寄生虫をメインとしますが,細菌,ウイルスなどで特に熱帯地方に密接に関係のあるもの,例えばエボラ熱等)
水曜:臨床熱帯医学(実際に入院患者をインタビューし,診察することができます。ただし5-6人に1人の患者という割合になっています)
木曜:顕微鏡を駆使した寄生虫中心の診断学(マラリア・トリパノソーマ,リューシュマニア,住血吸虫,フィラリア症など,発展途上国で,顕微鏡を使って診断しなければならない疾患を徹底的に訓練していきます。この学校と提携している病院には英国人の旅行者やアフリカなどからの移民者で熱帯病の疑いがある人が多く転送されてくるため,生の検体が山ほどあります(その豊富さは驚きです。実際の患者の便などを実習に利用したりするのです。私もコース修了後,4種類のマラリアはほぼ鑑別できるようになりました)
 金曜日:木曜日の実習で学んだ寄生虫の病態生理,臨床症状,診断方法,治療など臨床に必要な事項の学習

現場の臨場感あふれるレクチャー

 週5日で朝9時から夕方5時(時には6時頃)までのびっしりつまったスケジュールですが,内容の充実ぶりと,よく練られたポイントを絞ったレクチャー構成には感心させられました。レクチャーをする教官およびPh.Dコースやマスターコースの学生たちのほとんど全員は,どこかの発展途上国で働いた経験があり,講義に際して多くのスライドを用い,学生の興味をひくことが多かったと思います。この学校は,西アフリカの小国ガンビアでかなりの研究を行なっており,臨床・基礎両面にわたるレクチャーは臨場感あふれるものでした。
 コース修了時には,Diploma in Tropical Medicine and Hygine(DTMH)を取得するための試験があります。この試験は,筆記のマルチプルチョイス式問題40問,箇条書き形式の筆記試験,スライド(写真)による問題20問,顕微鏡による診断能力試験,そして最後の口頭試験から構成され,4日間かけて行なわれます。コース参加者のほぼ全員が合格できますが,コース参加者以外の人の合格率は低めとなっています。というのも,問われる内容自体,集中して熱帯医学を勉強した者でなければ答えられないようなものだからです。私が受験した時は,私のクラス全員が合格しました。

世界27か国から集まった参加者

 次に私のクラスメートについてもう少し紹介したいと思います。前述の通り,全世界から集まっており合計27か国からの参加でした。この集中コースは,この学校のマスターコースを取っている人もそのコースの一貫として参加できるため,実際全員で80名前後で1クラスを形成していました。
 クラスメートは,米国人10人,英国人10人前後,オーストラリア人,ニュージーランド人,ドイツ人(12-13人),スペイン人,アジア人7-8人(うち日本人は4人),アフリカ人(スーダン,ソマリア,ナイジェリア,ケニアなど)5-6人,バングラデシュ人など,こんな様子でした。
 その多くの人々は,例えばMSF(国境なき医師団)を通してアフリカで働いたとか,世界中の発展途上国で何らかの医療行為を経験していました。そのため,週1回,正規の講義終了後,ボランティアでその経験を学生レクチャーとして披露したりもしました。
 私にとってこの3か月間の集中講義は,感染症科医として熱帯医学にも強くなるのと同時に,このような志の高いクラスメートに囲まれ,人間としても学ぶことが多かったと思います。コース終了直前には,クラス全員で2-3回大きなパーティーを開き,その親睦を深めたりもしました。

コース終了後のポジション取得

 このコース終了後のポジションについてですが,コース期間中に,2-3回,いわゆる就職に関するシンポジウムが開かれ,経験者がみんなの質問に答えたりしました。国際医療協力,国際保健,災害医療等に生涯従事しようとする場合,身分の不安定さがいちばんのネックになることが多いのです。WHOや他のUN(国際連合)関連の機関,NGO(非政府組織)などでのポジション取得は限りがあり厳しいのが現状です。
 日本にベースを置く場合は,JICAや厚生省,外務省を通したポジションも可能性としてはあるようでした。私のクラスにいた40歳前後の日本人医師は,キリスト教信者で,バングラデシュの田舎の病院へ家族3人で3年間赴任することが決まっており,その準備でコースに参加したとのことでした。またこのコースに先立って,例えばHarvardやJohns HopkinsでMPH(Master of Public Health)を取得してきたという米国人も何人かいました。将来のポジションに関しては,大多数(30歳前後)の人は不明で,何をしたいのかを探すためにコースに参加したとか,ドイツなど医師過剰で就職難の国出身者には,このコースで少しでも有利になろうとする人もいました。

熱帯医学コースに参加するには

 最後に,経費と参加資格ですが,私が参加した2000年1月から3月までのコースは学費GBP2,950ポンド(約50万円),生活費は月約20万円ぐらい必要かと思います。ロンドンは東京以上に物価高とのことで(消費税17.5%),計120万円前後必要です。参加資格は,M.D.(医師)が必要で,また英語を母国語としない人は英語の能力を証明することが必要です。ちなみにTOEFLで580点(以前の筆記試験形式のスコアにて)以上必要とされていますが,それに満たない場合は,コース参加前に英語コースに参加するよう薦められたり,参加後もフォローしてくれるようです。
 このコースはくり返し述べる通り,国際医療,国際保健,災害医療に興味がある人,発展途上国で医療に従事する人,先進国で,Travel medicine(旅行者に外国旅行先で必要なワクチン,マラリアなどに必要な予防薬の処方,一般的旅行に関するアドバイス等を提供する医学)を行なう人などを主な対象としています。コースへの受け入れは,基本的に早い者勝ちとのことですので,1月開始のこのコースに,最低半年前ぐらいから申請すれば,まず受け入れてもらえます。また3か月間の集中コースでもの足りない人には,1年間でとれるMasterや4年間を要するPh.Dコースもあります。私のこの体験記が,学生の皆様や,この分野に興味のある先生方のお役に立てれば幸いです。

・コースの問合せ先
London School of Hygiene and Tropical Medicine
住所:Keppel street, London, WCIE 7HT, UK
LSHTM website:http://www.lshtm.ac.uk
・筆者連絡先
E-mail:hgomi@aol.com(英文のみ)
hagomi@hotmail.com(日本語可)