医学界新聞

 

〔レポート〕

精神疾患を持つ患者の妊娠・出産とそのケア


新井陽子氏
(北里大学病院・産科病棟)
 北里大学病院に勤務する新井陽子さんは,昨年の春に同大学の大学院修士課程を修了。そして一助産婦として,以前の職場である同病院の産科病棟に復職した。その新井さんに新たな試みが待ち受けていた。
 最近,いわゆる「ボーダー」と称される精神疾患の境界型人格障害や,精神症状を持つ患者の出産が増加傾向にある。その背景には,精神保健法の改正などが影響していることも考えられるが,彼女らは,妊娠・出産をきっかけとして症状が出現,または再発する可能性を多いに秘めている。
 北里大学病院は,同大東病院に精神科病棟を有していることから,これまでにもこのようなケースを扱ってきた。そして,それまで通常妊娠外来と同様に進めてきた彼女らの外来診察日を,新井さんの再入職と時を同じくして特定曜日に集中させた。新井さんは現在,病棟での3交代勤務の他に週1回の外来勤務を行なっているが,その外来担当日が精神症状を有している妊産婦の外来診察日である。
 本号では,精神疾患を持った患者の妊娠・出産ケアの実情や現状,そして,その中における新井さんの役割に焦点をあてて取材をしたので報告する。


患者の情報を得るために

きっかけ

 北里大学病院の産科外来では,5年目以上の産科病棟の助産婦が,曜日ごとに保健相談業務を担当している。その中で,新井さんは火曜日を担当。保健相談業務に加え,精神疾患を持った妊産婦への日常生活についてのアドバイス,体重増加や妊娠中毒症,切迫早産に対する予防など,異常が起こらないように個別指導も行なっている。
 精神疾患を持った妊産婦のケアには,産科医,精神科医,精神科を専門にしていたSWと新井さんの4人がチームを組んであたっている。特定の曜日に集中させようと発案したのは,産婦人科の方針だ。
 「たまたまその日の外来担当が私だったのです。それまでは曜日もばらばらでしたから,その患者さん1人のために診察や,相談業務までが滞ってしまうという現実もありました」と新井さん。
 「大学院で,カルガリーの家族看護モデル〔カナダ・カルガリー大学のロレイン・ライト教授らによって開発されたシステム。『家族看護モデル-アセスメントと援助の手引き』(医学書院刊)に詳しい〕に出会いました。その勉強会も続いていましたし,家族看護の展開,実践をするのにはちょうどよい機会と考えました。一方では,精神科はよく知らない分野ですので,正直言って大変,という気持ちもありました。でも,家族という視点でとらえた場合,この人たちには必要なケアがあるのではと考え,それならばという思いでした」と,現在に至る経緯を語った。

患者のレベルに合わせた細かい指導

 患者の多くは,北里大学関連の施設からの紹介で外来受診する。基本的には一般産科外来と同様に予約制を取らず,待合室で順番を待っている。初診の場合は家族からも情報を得るようにしている。
 「夫が病気を知らない場合もありますので,その時には夫の認識を聞くようにしています。その上で,家族関係や妊娠継続の意志,育児に対する考えから経済的な問題まで,医師と一緒に(時にはチームで)今後に向けた相談をしています」
 新井さんと一緒に産科外来を見て回った。その時に,新井さんは待合室の隅々まで目を配る。
 「待合室での患者さんの様子を見ていると,今日はどのような状態なのかがだいたいわかります。診察にあたり,患者本人が不眠などの症状を訴えてくることもありますが,逆に自らは訴えない人も多くいるので,外来の待合室で様子をみて,コチラが察知します。『今日はどう?』というように声をかけ,表情がさえないようであれば『アトで相談室に来たら』と誘導します。本人が『大丈夫』という場合は,まだ頑張れるのかなというサインだろうと,そのままにしている場合もあります」
 不安な患者は,隅のほうで隠れるようにしていることが多い。また,患者への対応も一般の患者とは違い,時間をかけている。
 「こちらからの一言で不安不穏になる傾向が強く,日常生活適応レベルが低い人が多いために,それに合わせて細かい指導をしています」と語る新井さんが担当する患者さんは,現在は16件。昨年1年間で20件程度だが,これからはますます増えると予測する。

産後1か月の自立をめざして

家族は重要なサポート役

 患者の症状は,精神分裂病や躁うつ病,境界型(人格障害系),感情障害とさまざま。また年代も幅広く,20歳から40歳過ぎまでとなる。
 「精神分裂病の方は,結婚そのものが遅い人が多く,必然的に妊娠・出産も遅くなる傾向にあります。でも感情障害や境界型の人は,日常生活にそれほど影響がないためか結婚も早く,出産は30歳前後に集中します。ただ,妊娠期に不安定,もしくは悪化する傾向が強く,症状としては,不眠,落ち着きがなくなるといった,程度の軽いものが多いですね。幻聴という例はあまりみられません」
 外来受診には1人で来る人がほとんどとのこと。したがって,「出産までに家族と話し合う機会は3-4回」と新井さん。そこで,キーとなる人に,「そろそろ育児の話をしたいので……」と来院を促し,家族面接をする場合も少なくない。その際に,患者の状態や育児についてどう考えているのかなどを確認し,その上で家族の調整を図っている。
 「あまり相談に応じてくれない患者さんの母親のタイプは,大体において自分の娘に関心がなかったり,反対に過干渉だったりします。でも過干渉の家族だと,赤ちゃんは守ってくれるからまだよいのですが,突き放すタイプの母親ですと,育児をしていくとストレスがたまるからと拒否します。そこで,どこまで役割を担えるのかを,妊娠中から意識させることが必要となります。出産に備えての動機づけをねらっているのですが,自分のライフスタイルを崩したくないという方に,どこまでなら役割調整できるのかは課題です。でも,赤ちゃんの登場で劇的には変わる家族は多いですね。
 一方で,患者さん自身の自立も必要です。ただ,一般の方も育児が始まるとストレスがたまる方もいますので,精神に病のある方はより強く出る可能性があります。産後2週間目,2か月目が1つのピークだと考えています。2週間まではとにかくストレスがかからないように,本人ができるところはやらせていく。それを家族が見守り調整をしていく姿勢が大事です。産後1か月くらいですと赤ちゃんも落ち着いてきますので,そのあたりから自立をめざすように調整を取ります。家族は上手にサポートしていきますね,産後1か月までに悪化したというケースはほとんどありません」

出産後のケアは

 新井さんは,妊娠から産後の1か月検診,産科診療が終わるまでを原則として1人で受け持っている。また,その間の電話による育児相談もしている。そういう立場にあって,病棟の中ではどのように活動をされているのかうかがった。
 「基本的には私が患者さんの分娩,産褥までのケア方針を出しています。北里大学病院の産科病棟は周産期基幹病院もかねていて,3次救急のハイリスクの母体搬送も受け入れています。そのため,病棟の看護チームは早産や胎児異常を持った患者さんを受け持つチームと,普通分娩で母子ケアをするチームの2チームに分かれています。精神科の患者を受け持つ専属のチームというのはありませんが,彼女たちをどちらが受け持つのかは,いつも悩むところです。本来はハイリスクかもしれませんが,育児の手技を習得するという意味あいから,現在は通常のチームで受け持っています」
―― 出産を終えてご本人にとってはこれから本格的な育児が始まると思いますが,在宅でのフォローアップケアはしているのですか。
新井 いいえ,在宅まではしていません。本当は患者さんや家族の方との信頼関係ができているのですから,自分たちがかかわるのがベストだとは思いますが,地域に依頼をすると言う形をとっています。彼女たちは,自立するまでに1年,2年とかかると思います。それまで私たちが抱えていく問題なのかとなると,それも疑問です。一生付き合いながらケアをしていくわけにはいかない,ということから先生方と相談をし,ある程度のところで線を引こうと決めました。それが産後1か月という目標です。そして,1-2か月の間に地域の保健婦さんなどにシフトをし,そこでフォローをお願いするという形をとっています。

家族看護の実践

あるケースから

―― これまで,精神疾患を持った患者さんが妊娠・出産に至るというケースは,それほど多くなかったように思うのですが。
新井 確かに増えてきていると思います。精神保健法が改正になったのも1つの要因かもしれません。社会復帰に向けて,患者さんが外に出るようなりました。軽度の精神障害を持った人の場合は,薬でのコントロールもされていますし,人との触れ合いも可能です。また男性と知り合う機会もできますから,結婚,妊娠,出産という経過を踏むようになるのは自然であり,これからもそういうケースは増えてくると思います。分裂病やそううつ病,不安神経症といった診断がついている人や,「精神科」にかかってはいないけれど,ある種ストレスに弱い人たちは増えています。その方たちが,妊娠出産ということで,再発,増悪してしまうこともあります。
 患者さんは妊娠することで体調が変わり,ボディイメージも変わります。まして出産という,ある意味で危機的な状況に遭遇するわけです。一般的にもいつもと違う体験をするのには不安がつきまといますから,彼女たちにとってはそれ以上のものがあるのだと思います。また,育児がネックとなってうつ状態に陥ったり,精神症状が発症するという患者さんもいます。
 1つ事例をあげますと,妊娠をきっかけに,精神分裂病を発症して,精神科ではなく,産科病棟に入院された30歳くらいの方がいます。彼女は,自殺未遂をして別の病院に入院されたのですが,対応ができないからと当病棟に移されました。その患者さんの夫は,妻に精神分裂病があるということまったく知らずに結婚をしたために,「信じられない」の一言で,その状況を理解できないですね。「妻は治る」と信じていますし,実の母親も同じ思いでした。これはまさに家族看護と言えますが,2人には精神科医と一緒に話をし,かかわっていきました。本人は育児ができる状況にありませんので,夫と母親が患者さんのケアだけでなく,育児もしなければならないという状況になるのはみえていました。そこで,育児は誰が受け持つのか,患者さんの世話は誰がするのかという役割について話し合いましたが,ここでも夫は「僕の妻は必ずよくなるんです」という思いが先行し,治るまでには時間がかかる,ということを理解してもらうのに時間がかかりました。
 育児に関しては「自分がします」と答えてしまう夫で,それは「妻がよくなるから2人でする」という考えなのですね。そこを「今は無理ができる時期ではない」という話しから,妻との関係をどう保つのか,という家族教育が必要でした。母親も70歳に近かったので,育児をしていくのにもサポートが必要です。父方の両親も癌で入院をする,ということが重なって,出産に向けた体制が十分ではなかったために,本人は治療に専念しながら出産へ向けての体制を整える,という中にあって,かなり強制的に家族の役割機能を振り分け,調整をとりました。
 その方は,出産まで6週間くらい入院していました。このような長期入院の場合は通常,精神科の入院となるのですが,空床がなかったということもあり,ずっと産科でみていました。でも,出産してから母親の役割が明確になったみたいですね。それまでは,夫と母親ともに患者さんのケアが中心でしたから,2人の間でもめるようなこともありました。それが育児は母親,患者さんのケアは夫,母親のサポートは近くに住む姉がする,と振り分けができました。そして,夫は会社の帰りに病院に寄って妻を見舞い,実家へ寄って赤ちゃんと接触を図り,家に帰るという生活になりました。

24時間オンコールの業務

 北里大学看護学部では,がん看護,精神看護,感染看護の3分野の専門看護師(CNS)教育課程を行なっており,日本看護系大学協議会からの認定を受けている。必然的に病院にもCNSが入っている。新井さんもある意味CNSと同じような動きをしているのだが……。
 「病院にはCNSの卵はたくさんいます。でも,母性領域は他の大学院では教育認定はされているものの,CNSはまだいません。これは感染領域も同じです(編集室注:現在日本看護協会が認定している専門看護師は精神看護,がん看護,地域看護の3分野のみ。日本看護系大学協議会が認定しているのは10専門看護分野である。これに関しては本紙2393号を参照されたい)。
 それに,病院には『クリニカルラダー方式』があって,独自の『北里認定看護婦』という資格を設け,循環器・神経系病棟では有効活用されていますが,母性領域にはありません。結局1つの病棟ではなく,いくつかの病棟にまたがって行なうのが認定看護婦とも言えるのですが,母性は病棟が限定されますでしょう。それも影響しているのかもしれませんね。私は,助産婦として産科病棟で普通のスタッフと同様3交代勤務で働いています。ですから,日常の業務にプラスして今の役割を入れていると言う形で,立場的には難しい位置にあるともいえますね」。新井さんの日常は,産科病棟での3交代勤務だが,24時間のオンコール体制にある。
 「患者さんには,いつ陣痛がくるかわからないという不安があります。それが,そばにいてくれるということだけで安らげます。実は,私も『お産が無事に終るか』『精神状態は大丈夫か』と不安なんですね。ですからいつでも連絡が取れるというのは,お互いが安心できます」
 新井さんにとっての24時間オンコールは,逆に不安解消でもあるようだ。実際には,出産が長引いた場合など,準夜から引き続き明け方まで勤務が伸びることもある。そのような時には,婦長の「患者さんも午前中は寝ているだろうからあなたも休んだら」という配慮により勤務をシフトすることもある。
 「私の勤務が,CNSや認定看護師といったポストですと,もう少しは動きやすいという思いはあります。自分でももう少し幅を広げたいという気持ちはあるのですが,勤務シフトが限定されますと,他のスタッフに迷惑がかかることになりますし,いまは自分の空いている時間を使っているという状況です。それでも,医師や婦長が協力してくれていますので,自由に,ある意味わがままにここまでやらせてもらっています。その点では恵まれているのかもしれません」
 また新井さんは,北里大看護学部大学院生と北里大病院の病棟スタッフで構成する「北里家族看護研究会」に,修士時代から継続して参加している。この研究会は,カルガリーの家族看護モデル(家族面接法)をもとに,月1回の事例検討会を行なうものだが,参加者は毎回20名程度。各病棟の婦長クラスの参加が多いとのことだが,新井さんは,「実践をしながら,また勉強をしているという状況です」と語った。
 一味違った「家族看護の実践」をしている新井さんの役割は,まさに時代が要請したものと言えそうだ。今後の学会報告を含めた活躍に注目したい。
(取材協力:北里大学病院看護部長 小島恭子氏)