医学界新聞

 

「医療事故防止」への取り組み

全入院患者へIDリストバンド着用を始めて
――国立循環器病センターでの試み


 昨年1月に起きた横浜市大医学部附属病院の「手術患者取り違い事故」に端を発し,新聞・TVなどのマスコミは連日のように医療事故報道を続けている。医療事故は,患者・家族は無論のこと,医療従事者にとっても不幸なできごとである。「人は過ちをおかす存在」とは言われるものの,健康に何らかの障害を持つ人々を支えるべき医療従事者が引き起こす事故ゆえに社会的批判も厳しいものがある。
 これらを受けて,日本看護協会は「リスクマネジメントガイドライン」を昨年作成。本年からリスクマネジャーを養成するなど,事故防止対策に全面的に取り組む姿勢をみせている。また,各病院でも頻発する医療事故を重視し,「医療事故防止対策委員会」の活動を活発化させ,その取り組みも紹介されるようになってきた。
 本号では,その取り組みの1つとして,全入院患者を対象に「患者認識リストバンド(IDバンド)」を導入した国立循環器病センターを取材したので,その試みを紹介する。

協力:国立循環器病センター
(大阪府吹田市,640床/山口武典総長,高戸サチヱ看護部長)


違和感なくスムーズに導入

 IDバンドの着用は,アメリカでは1950年代からはじまり,現在では行政指導,病院合理化のため,全患者に導入されている。日本では,主に新生児と母親を認識するために用いられていたものの,一般患者への導入はコスト面からも敬遠されていた。同センターでは,横浜市大病院の事故をきっかけとし,「医療事故防止対策委員会」での検討を経て,昨年3月から,外科系3病棟を対象にIDバンド装着の試行をはじめた。そして,患者の反応をもとに同5月から全病棟で実施となった。
 「試行にあたっては,入院中の患者さまに事故防止対策としてIDバンドを導入すると主治医と看護婦がインフォームドコンセントし,病院の方針とお願いを文書でお伝えしました。患者さまを間違えることはあってはならないことです。他施設での事故を教訓に,当センターでも間違いはありえるという前提に立ち,取り組みを開始しました」と,高戸看護部長と医療事故防止委員会看護部検討会のメンバーを務める矢田みゆき婦長がその経緯を話してくれた。
 試行病棟の患者にアンケートを依頼し,その結果は「病院がそこまで配慮してくれるのなら安心」との意見が多く,全病棟での導入も違和感なくスムーズに運んだ。導入から1年たった今も拒否をする患者は1人もなく,「患者も医療に参加をしていることを実感させられます」と両氏。
 患者は,入院するとIDバンドの説明を主治医から受け,看護婦とともに患者本人であることを確認した上で,患者ID番号が付されたIDバンドを装着する。手術や検査時には,IDバンドと患者本人からの姓名確認による申し送りなどを行なう。なお,患者本人が名前を言えない場合は,家族とともに確認をとる。
 「職員には,IDバンドの意味づけを徹底させています。看護婦の入れ替わりが多いために,その都度教育して確認をしていますが,まだ習慣づいていないために,患者さまを誤認するというニアミスがありました。その時にIDバンドを確認したかを問うと,やはり怠っているのですね。習慣化するまではもう少し時間がかかりそうです」と矢田婦長。
 「病院全体で取り組んでいるため,ニアミスの段階で済んでいます」とは高戸部長。また,施設全体のリスクマネジャーである副看護部長は,院内を毎日回りながら目を配らせている,とうかがった。
 国立循環器病センターの「医療事故防止対策委員会」では,この他にもさまざまな取り組みを行なっているが,今後は,このIDバンドを発展させ,病院全体でのバーコード方式によるデータの一括管理などの可能性も考えている。
 今回は,医療事故防止策をある1つの視点から紹介した。医療事故を防ぐ手立ては,「医療事故発生は当事者1人の問題ではない」ことを改めて認識すること,そして有資格者としての自覚と専門職としての基本手技の徹底なのではないか,とも考えさせられた訪問であった。