医学界新聞

 

日本呼吸器学会

「呼吸器感染症に関するガイドライン」
成人市中肺炎診療の基本的考え方

河野 茂氏(長崎大学教授・第2内科)


 肺炎による年間死亡者数は約8万人。罹患率が高く,日本における死亡原因の第4位を占める。米国では米国胸部学会(ATS),米国感染症学会(IDSA)などによる市中肺炎ガイドラインが,1990年代に相次いで発表されたが,日本には存在していなかった。そのため,かねてから日本独自の肺炎ガイドラインの作成が望まれ,日本呼吸器学会内で検討が続けられてきた。
 今般,日本呼吸器学会内に設置された市中肺炎診療ガイドライン作成委員会が,「呼吸器感染症に関するガイドライン-成人市中肺炎診療の基本的考え方」を作成。その内容は今年3月,広島で開催された第40回日本呼吸器学会(会長=広島大 山木戸道郎氏)で,シンポジウム「本邦の呼吸器感染症ガイドラインをめぐって」の中で発表され,注目を集めた。
 本紙では,同委員会のメンバーの1人である河野茂氏(長崎大)に,本ガイドラインを概説していただいた。


■ガイドラインの目的

 本委員会(委員長=川崎医大 松島敏春氏)では,呼吸器感染症に関するガイドラインを成人市中肺炎,院内肺炎,慢性気道感染症に関する診療の基本的考え方と3つに分けた中で,最初に成人市中肺炎診療に関するものを作成した。このガイドラインは,第一線の医師や開業医など広範囲の医師を対象に,適切な肺炎治療を行なっていただくことを目的としたものである。
 また,本ガイドライン(表1)は,最初にフローチャートで簡潔に説明し,後に続く各章ごとに詳細に説明を加えるという形をとっている。

■診断基準

 このガイドラインでは,肺炎を「急性呼吸器感染症としての自他覚所見に加えて,胸部レントゲン写真,胸部CT写真などの画像検査で新たに急性に出現したと考えられる浸潤影が認められるものを肺炎とする」としている。
 肺炎の診断は,フローチャート()で「臨床症状(自他覚所見)→胸部レントゲン所見(必要に応じてCT)→肺炎(臨床診断)」と進め,そこから一般検査(ESR,CRP,WBCなど)を行ない,また原因微生物の検索を行なうことを示した。
(1)臨床症状(患者の自他覚所見)
 患者の自他覚所見として,炎症が下気道に及べば咳嗽,喀痰が増強し,肺炎を発症すれば咳嗽,膿性痰,胸痛,呼吸困難に加えて,全身症状として高熱,悪寒,頭痛,関節痛などがみられるようになる。
 身体所見としては,頻呼吸,頻脈があげられ,比較的徐脈はウイルス,マイコプラズマ,クラミジアあるいはレジオネラ肺炎を疑う。
(2)画像所見
 これらの症状,身体所見のいずれかが認められれば肺炎を疑い,胸部レントゲンをはじめとした画像診断を行なう。この場合,日本においては胸部レントゲン写真が一般的に撮影されることを考慮し,胸部レントゲン写真を必要としている。これは診断のために必須とした。
 また肺炎様の臨床症状ならびに胸部異常陰影を呈する疾患は数多く存在するので,肺炎との鑑別や陰影の性状,広がりなどを詳細に知るために,CT検査は有用であり,特に無気肺,BOOP,血管炎,肺梗塞,肺癌などとの鑑別診断が必要である。
(3)検査所見
 肺炎の疑いが認められた場合,画像診断と同時に各種血液検査を施行する。肺炎の場合,CRP,赤沈値,LDH,α2グロブリン,ムコ蛋白などの炎症を反映する検査値の上昇・亢進が認められる。細菌性肺炎では,白血球増加や核左方移動などが見られるが,マイコプラズマ,クラミジア,ウイルス性肺炎などでは白血球増加は見られにくい。
 本ガイドラインでは,肺炎診断・治療においてもっとも重要なのは原因微生物の決定であり,治療開始前にかならず検討すべきであることを強調している。これは,肺炎に限らず,感染症の診断・治療すべてに共通することである。

■原因微生物の検査法

 肺炎治療においては,その原因菌の迅速な判定は,その後の抗菌薬使用のあり方を考える上で重要なファクターになる。そこでこのガイドラインでは微生物検査による気道分泌物や尿,血液などの検体からの原因微生物の同定を重要としている。特に,できるだけ早期にグラム染色検査を行なうことを勧めている。グラム染色検査では,膿性の喀痰を採取して染色し,5-10分ほどで原因菌の推定が可能となり,初期治療の抗菌薬選択の重要な指標となる。しかしこの検査でわかるのは原因菌の一部のみであり,グラム染色法の結果が後の培養検査の結果と一致するのは約8割程度であることをあらかじめ理解する必要がある。
 グラム染色で菌が認められない場合,蛍光抗体法などの特殊染色やDNAプローブ法,PCR法などの遺伝子検査の有効性にも触れている。

■適切な抗菌薬選択のために

 最初に,感染症治療の原則として,原因微生物を同定した上で,抗菌薬を選択して適切に投与することが望ましい。しかし,急速な臨床経過をたどる肺炎などの場合,数日かかるような検査結果を待たずに,直ちに抗菌薬を投与する必要にせまれられることがある。このような状況で,症状や所見,地域での流行を加味した上で,最も頻度の高い原因微生物をターゲットとして初期治療を開始する,すなわち「エンピリック治療」をまず行なう。原因微生物が同定された時には,その結果をもとに治療を進める。
 本ガイドラインでは,フローチャートにそって,まず患者を群別に,(1)重症度判定,(2)臨床所見から細菌性肺炎か非定型肺炎かに大別,(3)基礎疾患や患者状態の把握,さらに良質の膿性痰の採取が可能ならグラム染色を行なうことを勧めている。
 (1)の重症度を,臨床症状,体温,脈拍などの身体所見,胸部X線写真などから判定。さらに血液検査で,白血球,CRP,動脈血酸素分圧などの検査結果などを参照して決定する。軽症から中等症,重症の他に,慢性呼吸器疾患や脳血管障害などの患者や,温泉旅行に行っていたり,鳥類との接触歴などの特定の微生物による感染症が疑われる場合は,「特殊病態下の肺炎」として分類される。
 軽症-中等症で脱水症状がない場合は,飲み薬・外来による治療が原則となる。一方,脱水症状があって食事ができない中等症と,重症と判断された場合は入院・注射薬が使用される。
 また軽症から中等症と判断された患者には(2)のステップとして,肺炎球菌などの細菌による肺炎か,あるいはマイコプラズマやクラミジアなどによる肺炎(非定型肺炎)なのかという,2グループに分けることが必要になる。ここでガイドラインでは,両者を鑑別するのに,「症状・所見」として「患者が60歳未満であるか」,「基礎疾患がない,あるいは軽微」,「頑固な咳」など,また「検査所見」では「グラム染色で原因菌らしいものがない」などの計9項目をあげ,診断の指標としている(表2)。
 このうち,「症状・所見」の6項目中3項目を満たすか,検査を加えた全9項目中5項目を満たせば「非定型肺炎の疑い」として,マクロライド系やテトラサイクリン系の抗菌薬を第1選択薬にした。また該当しなければ「細菌性肺炎疑い」として,ペニシリン系,セフェム系などβラクタム系抗菌薬を使う。

■抗菌薬の評価判定の考え方

 本ガイドラインでは,市中肺炎の抗菌薬効果判定の指針として,効果判定を投与後3日後と7日後に行なうことを勧めている。抗菌薬投与自体は3-7日間程度で十分だからである。
 3日目(重症例の場合は2日後)には初期の抗菌薬に効果があるかどうかを見て,そのまま続けるのか,または別の薬剤に変えるのかどうかを判定する。この時には,発熱,食欲不振などの自覚症状や,全身状態,WBC,CRPの改善傾向などから判断する。
 一方,7日目では,肺炎が治癒して抗菌薬が終了できるのか,それとも他の抗菌薬に切り替えて治療を進めるべきなのかを判断する。その際に,自・他覚症状の改善に加えて,WBC,CRPの正常化,赤沈値の改善,肺炎陰影の改善などで判定する。

■抗菌薬無効の場合

 抗菌薬における効果が見られなかった場合には,まずその原因を考える。まず,病原微生物以外の要因による肺炎様陰影の可能性を検討し,否定できたら,治療の妥当性について検討。その際に,細菌以外の微生物による肺炎か,細菌による肺炎か,投与した薬剤の適応外菌種である可能性,投与した薬剤の適応内菌種かどうか,という順序で考える。
 肺炎様のレントゲン所見を呈しながら抗菌薬が効かない場合,病原微生物以外の要因による呼吸器疾患を鑑別する必要がある。その場合,(1)心不全・肺水腫による肺陰影,(2)肺癌などによる閉塞性肺炎陰影,無気肺,(3)特発性間質性肺炎,過敏性肺炎,好酸球性肺炎,BOOPなどのびまん性肺疾患,(4)肺梗塞などを考慮する。以上のアプローチですべて否定されたら,微生物による肺炎を考える。

■今後の展望

 本ガイドラインにそった治療が本当に有効かどうかの検証が大事であり,今後このガイドラインを用いたProspective Studyがすでにいくつかの施設で検討されており,これらの結果よりさらにより使いやすく改善されたガイドラインができるものと期待される。
 また今回の市中肺炎ガイドラインに続いて,院内肺炎,慢性呼吸器感染症のためのガイドラインについても検討がなされている。

表1 本ガイドラインの構成
第 I 章 「成人市中肺炎診療の基本的考え方」の使用法
第 II 章 ガイドラインを作成するにあたって
第 III 章 市中肺炎の診断基準
第 IV 章 肺炎の重症度分類と入院,外来治療の目安
第 V 章 細菌性肺炎と非定型肺炎の鑑別
第 VI 章 原因微生物の検査法
第 VII 章 経口,注射薬の適応と目安
第 VIII 章 フローチャートに従った選択抗菌薬
第 IX 章 抗菌薬効果判定指針
第 X 章 抗菌薬無効の考え方