医学界新聞

 

OSCEなんてこわくない

-医学生・研修医のための診察教室  編集:松岡 健(東京医科大学第5内科教授)


第6回 腹部の診察

森安 史典(東京医科大学第4内科教授)
青木 達哉(東京医科大学第3外科助教授)


《診察のポイント》

 腹部の診察は内科のみならず,外科,泌尿器・産婦人科など多科にわたって重要な技術です。また,医師の手が直接患者さんの体に触れることになるので,患者さんは医師の医学的好奇心や愛情を直接感じることになります。医師を志す学生や研修医などの初学者は細心の注意をもって技術習得に当たる必要があります。

■解説

 腹部の診察は,視診・聴診・打診・触診の順に行なわれます。聴診は,触診による腸蠕動の人為的促進に先んじて行なわれるべきだからです。

(1)視診

 患者さんの体位は仰臥位が基本です。下肢は軽く屈曲し,上肢は下げて体側に軽くつけてもらいます。緊張を解くために,話をしながら診察することもあります。検者は患者さんの右側に立って診察します。
 まず,皮膚の視診を行ないます。門脈圧亢進症にともなう腹壁静脈怒張は,立位や座位で増強します。
 腹部全体あるいは局所の膨隆を見ます。腹水の場合は左右に,内臓脂肪の蓄積では上方へ突出します。全身の皮下脂肪や浮腫の有無などを参考にして考えることも大切です。
 大きくなった腫瘤性病変の場合は,該当臓器部の膨隆が見られます。腹部大動脈の動脈瘤などの,大動脈に起因するか,巻き込んだ腫瘤は視診上拍動する様子が観察されます。

(2)聴診

 手掌で聴診器を温めてから聴診します。聴診は,胃腸の蠕動運動の異常を知る手立てとして重要です。絶食の場合には,腸蠕動運動は低下しているので,30秒以上の聴診でも全く蠕動が聞かれない場合に,麻痺性イレウスと診断することができます。
 血管雑音の聴取は,腹部動脈の狭窄病変の存在を意味します。腹腔動脈は剣状突起と臍との中点付近で,上腸間膜動脈は臍のすぐ頭側で,左右腎動脈は臍のすぐ尾側の両側でそれぞれ聴診されます。
 腫瘍による動脈浸潤や動静脈シャントでは,腫瘤部で血管雑音を聴取することがあります(写真1)。

 写真1 腹部の聴診
肝内で生じたA-P(V)シャントでは,肝部(1)で拍動性の血管雑音を聴取する。腹腔動脈,上腸間膜動脈の狭窄病変では,上腹部(2)で,小腸の腸雑音は臍周囲(3)で,大腸の腸雑音は左右の側腹部(4)でそれぞれ聴取する

(3)打診

 打診は,濁音と鼓音によって臓器境界を知ることや,胃腸のガスの貯留を診断するために用います。肺肝境界は,安静呼吸時における肺の鼓音と肝臓の濁音の境界を,右鎖骨中線上の肋骨をもって記載します。肝臓が肋弓下で大きく触れても,肺肝境界が下がっていれば,肝腫大ではなく,肺気腫を疑うべきです(写真2)。
 脾臓は左の肋弓より背側に位置するため,その濁音界は胃胞の鼓音の背側に聞かれます。脾濁音界の拡大は,触診による脾腫の診断に先がけて診断されます(Traubeの三角〔第6肋骨と肋骨弓,前腋窩線で囲まれた範囲〕での確認)。
 手拳による肝部肋骨部の軽い打診によって,肝炎の存在を診断することができます。左の対称部の痛みと比較して痛みが強い場合,肝臓の打痛と診断します。

 写真2 腹部の打診
手首を使ってスナップを効かせ,中指の先端で打診する。打った直後に指を離すことが,広帯域の音を聴取するのに必要である。また,低い音は耳より左手の振動覚で聴取できる。写真は肝の濁音界により肺肝境界を調べているところ

(4)触診

 両手を擦り合わせるなどして,手掌を温めます。
 触診は腹部の診察手技の中で,最も重要です。手掌全体で行なう浅い触診と,指先を使う深い触診に分けることができます。
 はじめに浅い触診から行ないます(写真3)。手掌全体を使って,触診を行ないますが,大切なことは,検者の手の重みを使って軽く圧迫することです。このことによって,被検者の腹壁が緊張することなく,また検者の手掌の知覚も鋭敏となり触診の感度が増します。検者の神経を手掌に集中することによって,後腹膜の深い病変でも触知することができます。
 次いで,各臓器の深い触診を行ないます。肝臓は,腹直筋の外側から始めると触診しやすいです。深吸気まで圧迫を続け,それを解除することによって,下がって来た肝縁を触れることができます(写真4)。肝縁の性状,硬さ,肝表面の性状を触知します。
 脾臓は右側臥位で,右手の指を肋弓下に深く差し入れ,吸気時に触知します。正常の脾臓は触知されません。
 腎臓は,仰臥位で背側に当てた手を上方に持ち上げ,腹部に当てた手との間ではさむように触知します。やせた女性の場合は,正常腎でも下極を両手ではさむことができます。
 腹膜刺激症状の理学的所見は,触診の中でもきわめて重要です。筋性防御とBlumberg兆候(Blumberg's sign)によって診断します。 腹膜炎の時の強い筋性防御では,軽い触診でも板状に硬くなった腹壁を触れることができます。軽い腹膜炎の場合には,手指の背側を使い,軽く圧迫することによって,腹壁の硬さの左右差を調べます。限局性の軽い腹膜刺激症状を捉えることができます。
 Blumberg兆候は,手指を使ってゆっくり腹壁を圧迫し,すばやくそれを離すと,患者さんは押した時より強い疼痛を訴えます(写真5)。

写真3 浅い触診

写真4 肝臓の触診

写真5 Blumberg兆候の触診
圧迫(左)→解除(右)

■手順

腹部の診察をする旨を告げ,了承を得ます

(1)視診
(2)聴診
(3)打診
(4)触診


・実際の診察では
触診に際しては,患者さんにリラックスしてもらい,腹壁の緊張を取り除く必要があります。病歴を確認するなど,患者さんに話しかけ,患者さんの注意がお腹に集中しないようにするのがコツです。

・OSCEでは
1)評価者(教員)へのアピールが大事です。身体診察では十分理解して診察を行なっていることを示すために,診察の種類に合わせて所見を明確に説明して下さい。
2)診察手技や手順の間違いに気が付いたら,評価者にその旨を説明して,速やかにその個所だけやり直して下さい。制限時間は約5分です,その時間内におさめるように注意して下さい。

●調べておこう
 -今回のチェック項目

□腹水による波動
□caput medusae
□金属性腸雑音 □Blumberg's sign
□筋性防御
□McBurney圧痛点

●先輩からのアドバイス

 身体の診察法を身につけるには,
(1)1つひとつの診察手技の意味を理解する
(2)フローチャートを作る
(3)シュミレーションを繰り返す
(4)学生同士で互いに模擬患者になり練習する

 などの手順でするのがよいでしょう。
 基礎知識は内科学や内科診断学で,実際の診察手技の確認は積極的に臨床実習担当教員にして下さい。市販されている身体診察のマニュアルやビデオ類も参考にしてください。

OSCE-落とし穴はここだ

 実技のステーションでははじめが肝心です。十分な診察ができるように模擬患者の体位などの準備をして下さい。緊張しすぎたり,模擬患者への遠慮から十分な指示ができずにスタートすると,その後の診察がすべて不完全になってしまいます。
 腹部の診察では,(1)仰臥位,上肢は両脇か胸におき,(2)上は胸骨下半分から恥骨まで充分に腹部を露出させ,下肢は屈曲させます。これで腹壁の緊張をとりのぞきかつ腹部の隅々までの診察ができるようになりますし,またこれらの準備も評価の対象になります。
 診察手技の意味をよく理解しておきましょう。特に聴診,打診,触診では,診察する臓器とそれの解剖学的位置を理解して,手技の特徴を身につけて下さい。
 腹部の診察で注意すべきところは,
・腹部の血管音の聴診では聴診器の当てる位置
・「Traubeの三角」の打診の範囲
・肝臓の触診を腹式呼吸と合わせているか
,などです。