医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


トレーニング中の医師によいロールモデルを提示

内科レジデントマニュアル 第5版
聖路加国際病院内科レジデント 編集

《書 評》木村琢磨(国立病院東京医療センター総合診療科レジデント)

 最近,誰もがインターネットで最新の医学情報を得ることができるようになり,医師には専門的な知識とともに患者の抱える問題の解決能力が求められている。しかし,研修医が臨床の場に出ると,医学生時代の単純想起型の医学知識とはかなりの乖離があり,患者を前にして何もできないことに気づかされる。それは経験の乏しい医師に問題解決型の知識が不足しているからである。

問題解決に必要な行動目標を記載

 このたび,医学書院より『内科レジデントマニュアル第5版』が上梓された。本書は全39章331頁の本文と医原性疾患,附録の項よりなり,日常診療でしばしば遭遇する患者のプロブレムや症候に対する適切なアプローチが,まるで指導医に直接助言を受けているかのように,実践的に編集されている。そして,ベッドサイドで最も重要な重症度や緊急性の判断,何を,どれだけ,どのように,という問題解決に必要な具体的な行動目標が,経時的に簡潔明瞭に記載され,トレーニング中の医師や,プロブレムが明確でない患者を診る機会の多いプライマリ・ケア医にもきわめて有用である。また知識,技能のみならず,side memoなどで情報収集,病態生理や鑑別疾患についても言及されている。しかし,初心者はしばしばマニュアルのみを鵜呑みにしてしまうことがあり,日頃から成書で調べる心がけが必要である。

薬価を記載してコスト意識を

 日常臨床は判断や決断の連続であるが,人を相手にする臨床医学では,不確実な要素やコントラバーシャルなことも多い。そこで救急の場などでは重大な誤りに陥らず,迅速,正確かつ安全を重視することが重要であるが,本書には適応や対処である“do”に加え,注意,禁忌として“don't”が詳細に記載されていて使いやすい。また副作用に対する留意や,今回より保険診療に必要な薬価も記載され,コスト意識についても配慮されている。
 医学の進歩は急速で,内科学は高度に専門分化し,研修中の医師にとって内科ジェネラリストとしてどこまでを学ぶべきかの目標を見失うこともあり,また近年はEvidence-based medicineの要素も重要で,情報に溺れて診療することにもなりかねない。その点,本書は最新の文献に基づいており,受持ち患者に当てはめ該当部位を参照したり,さまざまな患者に遭遇した際に備え,全頁を通読すればよいロールモデルになると思われる。
 私事であるが,筆者は研修医時代より診療で得られた診断や治療のポイントをメモにし,今ではこれが膨大な量となり毎日の診療に欠かせないものとなっている。指導医のコツを盗み,minimum requirementである本書に書き込みを加えて,マニュアル人間となることなく,読者それぞれのマニュアルを作成していくことをお勧めする。その積み重ねと繰り返しが,経験を確実にして豊かなものにすると思われる。
 本書が多くのトレーニング中の医師の座右の書として広く活用され,読者の研修内容が充実することを願うものである。
B6変・頁396 定価(本体3,300円+税) 医学書院


Q&A方式で学ぶ臨床心臓病学

Bedside Cardiology 第5版 Jules Constant 著

《書 評》坂本二哉(Journal of Cardiology編集長)

 Constant先生と言えばご存じの方も少なくないであろう。たいへん教育熱心な方で,以前は毎年日本にやって来て,あちこちの大学や講習会で講義をし,たしか1985年の第3版では東京女子医科大学の方々による日本語訳も出ていた。不幸にして第4版は私の手許にはないが,第5版は第3版と本質的に変わらないとしても,たいへんup-to-dateで,彼の勉強ぶりが彷彿される。最初の5章は病歴,視診,動静脈波,視・触・聴診であるが,古典的なこれらの方法にさえ,比較的新しい文献が加えられており,旧版にない追加がある。
 各章の内容は徹頭徹尾,質問と返答(Q&A)である。まさしく,これでもかこれでもかという質問の連続で,こういう形式に慣れない日本の学生は戸惑うかもしれない。しかし,これが米国式なのである。
 第6-7章は聴診器と聴診所見の取り方についての短い記述だが,以上の7章で本書の内容の実に40%近くにもなる。以前,本書が出た際,さる高名な臨床家が「これだけ詳しく診察したら,それだけで1-2時間はかかってしまい,(私には)とても不可能だ」と言っていたことを思い出す。しかし,実際はどこをどう診るかの“勘”を養うには,これだけの勉強が必要なのであって,実地にあたり,すべてを行なうわけではもちろんない。心配はご無用である。

充実した聴診の項目

 第8章から第17章までの190頁は第1音に始まり,人工弁音までに至る聴診の項目で,これが本書の最も重要な屋台骨であり,ここでもまた,これでもか,これでもかという質問攻めにあう。たいへん楽しいし,また勉強になる。少なくとも今の日本では,これだけの質問を用意できる人はいまい。掲載されている心音図は,まず上質の部類に属し(新旧取り混ぜだが),若干の心音・心エコー図も,また心内心音や各種の模型図もよく描けている。なかでも各種の模型は理解を深める上に役立つであろう。圧曲線や各種の低周波曲線(心尖拍動や脈波)も十分に参考になる。各種心音,収縮期雑音(駆出性,逆流性),拡張期雑音,腹部雑音,人工弁音の大項目が詳細に質疑応答されている。
 すこし身贔屓の書評になった。しかし,贔屓の引き倒しをするつもりはまったくない。いや,むしろ多数の読者を得て,Constant博士の臨床にかける情熱を感じ取っていただきたいと願う心が強い。ことに医学生,研修医をはじめ,心臓病学に親しみを覚える医師は手にすべき書であろう。
(Journal of Cardiology vol.35(4):2000から抜粋転載)
B4・頁342 9,490円 1999年 Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia


伝統の重厚さと新時代の息吹と

Sobotta図説 人体解剖学 第4版(全2巻)
第2巻 胸部・腹部・骨盤部・下肢
 岡本道雄 監訳/岩堀修明,小西 昭,他 訳

《書 評》坂井建雄(順大教授・解剖学)

 私が医学生として解剖学を学んだのは,今から20数年前の頃。その頃,解剖学の図譜として誰からか薦められたのが,局所解剖学ではPernkopf,系統解剖学ではSobottaであった。ちょうどSobottaの第2版が出版される直前で,買うのはそれまでちょっと待ったほうがいいぞ,そんな話を聞いた覚えがある。Pernkopfのほうは買ったが,Sobottaのほうはそのまま買わないで済ませてしまった。そのSobottaの邦訳第4版が,このたび出版された。原書の第19版にあたる。

描画による美麗な解剖図譜

 Sobottaの図譜の中心となる図は,剖出された人体構造を描いた彩色図である。ため息の出るほどに細密で,現実離れした華麗さがある。こうした解剖図の1枚1枚を見ていると,医学生として解剖学を学んだ昔が,いつの間にかよみがえる。ずっしりとした伝統の重みが,そこにある。アナクロニズムに陥りかねない危うさを含んだ重みである。
 しかし,2冊にまとめられたこの図譜の全体から受ける印象は,もっと軽やかなもの,新しい時代に向かう若々しい感受性がほとばしり出ている。どこにその新しさを感じるのか,判型がやや小さめのB5判に変更されたことか,随所に挟み込まれたMRIやX線画像診断の図か,それとも重要度に応じて図の配置と大きさを決めるレイアウトのセンスによるものか。
 解剖の図譜には,最近,写真を多用したものも数多く出されているが,描画による解剖図譜には,わかりやすさという明らかな長所がある。しかも,このSobottaの解剖図譜は,ドイツらしいきまじめというか,きちんとした秩序というか形式がある。それが,解剖学に初めて接する人には安心感を与え,また解剖学の既習者にとっては使いやすさにつながっているのではないかと思う。
 ただ,秩序を重んじるばかり,あまり実用的に価値のないようなところにまで配慮が行き届きすぎるというのが,ドイツの教科書の特徴といえば特徴,むしろ弱点になりかねないところである。たとえば,第1巻と第2巻の冒頭を飾る「人体の部位」の図。体表を国境線のように区分けして,人体の表面に部位の名称を書き入れたおなじみの図である。私の手元にある解剖の教科書や図譜をひっくり返してみると,Toldtの解剖図譜(1914年の第8版)に,すでに同じものがある。イギリスやアメリカの教科書では,少なくとも私はこんな図を見たことがない。こんな体表の国境線に実用的な意味がほとんどないことは,歴然としているが,ドイツ人の癖なのか,伝統の重みなのか,前世紀の遺物のようなものが,ご愛敬のように残存している。

必要十分な画像情報の提供を

 そういった,歴史の陰を楽しみながらこの新しいSobottaの第4版をひもといてみると,必要にして十分な画像情報を提供しようという著者たちの努力に,大いに感銘を受ける。解剖学の教科書や図譜と言えば,人体の構造という変わりようのないものを扱うのだから,古くても新しくても大差がないと思いたいところであるが,少なくともこの新版を見る限り,改訂の労は大いに報われている,いや解剖学の教科書や図譜にも,絶え間ない改訂の努力が必要なのだという感を深くする。人体の構造は変わりなくとも,また使われる解剖図に大きな変更がなくとも,改訂の努力によって,本の面目が大いに一新する実例として,大いに楽しませてくれる1冊である。
A4変・頁416 定価(本体16,000円+税) 医学書院