医学界新聞

 

〔座談会〕

小児科は,いま


矢田純一氏
(東京医科歯科大名誉教授)

森川昭廣氏
(群馬大教授・小児科学)

大関武彦氏
(浜松医科大教授・小児科学)

内山 聖氏
(新潟大教授・小児科学=司会)


小児科医療をめぐる状況

内山 本日は,私たち小児科医,あるいは小児科の現状を踏まえ,今後のあるべき姿について先生方のお考えをうかがっていきたいと思います。
 子どもの人口は1950年代には全人口の3分の1でしたが,1997年には65歳以上の人口と同じ15.6%になり,現在では高齢者人口のほうが多いという超少子化社会を迎えています。子どもたちにとっては兄弟がいない,近所に一緒に遊ぶ子どもがいない,家族では親以外に異世代との交流がないという核家族化が進行しています。地域社会においても,町内会など地域活動が少なくなり,子どもを取り巻く社会状況は急速に変化してきたと言えましょう。

小児科閉鎖の本当の姿

内山 平成10年の「医療施設動態調査」の病院報告によると,たった1年間で小児科8施設が閉鎖されています。この要因についてはどのようにお考えでしょうか。
森川 この現象の始まりは閉科というより,小児科病棟の内科または他科との混合病棟化にあると思います。これは病院経営の意味から,空床をなるべく作らない方向が強かったため,小児科の空きベッドに他科の患者さんが入ってきました。また小児の疾患について保険上の問題からも非採算部門として評価されてしまい,病院経営が苦しくなると「小児科閉科」,となったと思っています。
大関 しかし一方で,小児科の患者は減っていないという実感もあります。診療がけっして暇になったわけでもありません。
 この問題に対しては,患者さんの分布からどこにどのような病院を配置するのが適当か,どういう診療を患者さんが望んでいるかなどを考慮していくと,改善されてくると思います。
矢田 都心では明らかに減少していると思います。これには子ども人口のドーナツ化減少も関係しているでしょうが。
内山 私どもの地域でも小児科医のニーズが減ったということはありませんし,少子化の現在,むしろ小児科医の必要性が高まっているように思います。

小児科は「採算部門」

内山 保険点数など医療経済的な側面の観点からはいかがでしょうか。
森川 以前から小児科は人手ばかりで保険点数が低く,収入が少ないことが言われてきましたが,病院の中で科ごとにどのくらい赤字なのかを示す報告は今までありませんでした。しかし今春の小児科学会(第103回)で,京都の桂病院小児科における収支報告がなされましたが,小児科の収入・支出はけっして赤字ではありませんでした。また,私の地元の病院でも収支を計算したところ,小児科は病院内の真ん中くらいに位置しています。つまり小児科は,収入自体はそれほど多くはありませんが,支出も非常に少ない科であり,病院経営的には悪い科ではないと理解しています。
矢田 健康保険の包括診療制度の導入は,第一線の小児科での採算性に大いに貢献しています。
大関 極端に言えば,小児科は聴診器だけの診察も可能です。高度医療に移った場合は別ですが。例えば外科系では手術室の用意や器具が必要で,その分コストもかかります。このような視点での解析は,現状を理解する上で重要ではないでしょうか。
内山 小児科医が主導的な役割を果たしている乳児健診や予防接種なども病院の採算にかなり貢献しているようですし,子どもを連れてくる家族が内科など他科を受診するといったプラスアルファ効果も大きいと思います。

小児の1次救急は誰が行なうのか

内山 次に,小児の1次救急について考えたいと思います。「子どもが救急車でたらい回しにされた」,「救急病院のベッドが満員で入院できなかった」などの事例が指摘される一方で,小児科の立場からすると通常の診療に必要な小児科医の数だけでは,とても夜間救急まで対応できません。そのギャップをどのように調整するのか,また解決策はあるのでしょうか。
森川 これは私見ですが,いま小児科医は各病院に2-4人,新生児医療を行なっている施設でも多くて8人ほどです。これでは毎日の1次・2次救急,地域によっては3次救急を行なうにはとても人手が足りません。例えば,1次・2次救急をある病院で全部行なうとすると,おそらくその病院は皆がバテてつぶれてしまうでしょう。
 1次・2次小児救急医療をどう受け持つかは広域に考えて,2つぐらいの保健医療圏で1次救急診療所を設営し,そこに第一線の先生,大学や病院から先生方が集まってくる,などの方法が必要ではないですか。
大関 誰が小児の1次救急を担当するかは,いろいろな選択肢があります。しかしいずれかのレベルで小児科医が関与する体制が必要でしょう。そのレベルの設定はややむずかしい問題もありますが,小児科医がきちんと対応するという基本原則は,子どもたちやご家族にとっては大変心強いし,そうあるべきだと思います。
内山 1つの病院が全責任を持つのではなく,ある程度の規模の医療圏を決めて,お互いに連携をとりながら地域の小児医療を前向きに考えていくべきと思います。
矢田 私は小児の急患には経験の深い小児科医があたるべきだと思っています。最初の微妙な判断が,その後の経過に大きく影響することがままあるからです。各々の病院で常に小児科医をスタンバイさせておくということは非現実的ですから,地域ごとにそれが可能であるような診療体制,医療行政がぜひとも必要だと私も思います。

小児科領域のトピックス

成育医療

内山 2001年に,わが国最初の小児病院である国立小児病院と国立大蔵病院が統合して,「国立成育医療センター」(仮称)が開設されますね。この「成育医療」とは何かについてご説明いただけますか。
大関 「成育医療」という言葉が使われはじめたのは,それほど古いことではありません。ただ,異なった形で理解されていることがあり,今後はその概念が定まってくると思います。
 私は,子どもの特質の中心はやはり「成長・発達」であると理解しています。小児科医は子どもをある1つの時点でみるのではなく,成長するまで関与して,一生を見据えた形で対応しなくてはいけません。その次の問題として生殖医療・母子医療との関連が出てきます。このようなライフサイクルに沿った視点でみることが成育医療であると理解しています。これは小児医療の原点からいえばむしろ当然の流れであると思います。
 最近の医療の進歩で,悪性腫瘍や遺伝性疾患など,かつては子どもの時期に亡くなってしまった患者さんが,現在では大人に成長します。あるいは子どもの時期に生活習慣病の原因が存在するなど,今よりもさらに年齢の幅を広げて見るべき分野が出てきたのも,成育医療を必要とする1つのきっかけであると思っています。

小児虐待

内山 その一方で,最近は小児虐待が社会的な問題になっており,平成10年の厚生省の調査でも,この7年間で5倍に増えています。これは社会の理解が深まって,家庭内に隠れていた虐待が表面化したり,核家族化により,両親が子育てに強いストレスを感じていることなども要因だと思います。先生方は具体的にどのような感触をお持ちでしょうか。
森川 外傷を加えるような虐待の他に,ネグレクトのような,まったく子どもを無視してしまうケースがありますね。中には目立たない例もあり,社会的にも,小児科医にとっても大きな問題と思います。親が虐待されて育った場合,その人が親になった時にまた虐待を繰り返すという「虐待の連鎖」もよく言われており,これはどこかで断ち切らなければなりません。これには社会全体が子どもを育てていくという視点がないと,おそらく断ち切れない問題だろうと感じています。
大関 昔から小児医療は,「子どもを診察する時には,1つの臓器だけではなく全身をみなさい」とよく言われます。それを広げれば,家族も一緒に診療するべきということでしょう。社会の変化を最も敏感に反映するのが子どもであり,虐待も当然その中の1つとして表われてきます。社会とどう関わっていくか,あるいは子どもをとりまく社会がどうあるべきかは,小児医療にとっても無視できない重要な項目です。とくに現代はその比率が高まっていると言ってもよいでしょう。
森川 古くは山上憶良の歌にもあるように,「子どもは社会の宝」という感覚はあっても,子どもの人権は十分に認められてはいませんでした。現在では子どもの人権条約が批准されるなど,子どもとしての人権を認める時代になりました。しかし,子どもは社会の付属物という感覚がまだあるのではないでしょうか。それを変えていくことが,解決の根本ではないかと思います。

遺伝子診療が抱える問題

内山 科学技術の進歩により,遺伝子診断・治療が行なわれるようになりました。科学技術庁の第6回技術予測調査や,1997年の技術予測年表によりますと,ヒト染色体DNAの全塩基配列の決定は2003年と言われており,すでに第22番,第21番染色体の塩基配列が決定されています。
 さらに,遺伝子診断は日常診療の中でも,感染症診断などには頻回に応用されていますし,最近は「出生前診断」も行なわれ,検査結果の取扱いをめぐってさまざまな意見が交わされています。
大関 遺伝子解析から診断・治療に応用可能となったことは最近の医学の大きな進歩だと思います。小児科のテクノロジーの側面として,遺伝子をどのように研究し扱っていくかは重要な問題です。その時に浮かび上がる倫理的な問題を十分討論し,コンセンサスを得ていく必要があるでしょう。これには,遺伝子解析ができない段階で考えられていた倫理をあてはめようとしても無理があります。現代に即した倫理を,再構築・再検討する必要性があるのではないでしょうか。
森川 大関先生のおっしゃるとおりです。この問題は,遺伝相談の外来だけではありません。私たちの技術でわかることは,果たしてクライアントに有用な情報なのか,またはクライアントが何を求めているかなど,常に患者さんの視点を入れていかなくてはいけません。もう1つは,小児科医,産婦人科医,さらには遺伝学者の方々などと,この問題は十分に議論する必要がありますね。
内山 しっかりとしたインフォームド・コンセントと,小児科だけではなく他科も巻き込んだ総合的なフォローアップ体制が必要になりますね。遺伝子診断といってもそれぞれの疾患概念が違えば当然結果に対する対応も違ってくるでしょう。そういったことを過不足なく患者さんに説明し,メリット・デメリットを十分に勘案した上で,その後の方針を決定することになります。

オフラベル・ドラッグ

内山 大人では使えるが小児では使えない薬,いわゆる「オフラベル・ドラッグ」についてお話をうかがいたいと思います。新生児の呼吸不全に対するネオフィリンが例としてよくあげられますが,有効で,かつ副作用の少ない薬物は子どもにぜひ使ってあげたいという願いは小児科医共通の認識でしょうね。
大関 これは改善すべき問題点ですが,油断していると,実は適用がとれていない薬を時に投与していることがありえます。われわれがオフラベルの使い方をしていることになります。子どもの臨床試験にはコストがかかったり問題も多く,やりにくい点があります。しかし実際の診療を満足できる形で進めていく上では非常に問題で,どの部分を改善すべきかは,いま小児薬理学の分野でも努力されている点だと思います。
森川 これは松田一郎先生(熊本大名誉教授),藤村正哲先生(大阪府立母子保健医療センター)を中心に厚生科学研究で研究されている領域で,現在その方向性がみえてきています。しかし,子どもに対して医薬品を開発する時に,果たして経済的にペイするものなのかは,メーカーとしても大きな問題です。
 クリントン大統領は,アメリカにおける薬剤開発の際に,小児まで対象とするスタディを施行するならば,その薬剤について会社の独占期間を半年間延長すると言っています。そこで,小児に投与するデメリットを十分に補えるようにするそうです。このような社会や行政の後押しがないと,なかなか進められないのが現状でしょう。
矢田 行政のサポートはぜひ必要です。臨床試験抜きで適応承認を得ることはできないのですが,子どもでの希用薬については治験がしにくい,コストベネフィットが悪いなどの困難な点を踏まえて,別の承認基準を設定してもらいたいものです。

子どもを育てること

内山 小児科医の活動範囲は急速に拡大しており,出生前からの問題や保健,心の健康まで関与するようになってきています。小児科医が社会に貢献できる分野が多くなると思うのですが,いかがでしょうか。
大関 総論的な話になりますが,私自身は「小児科は医療の原点」と考えています。小児科以外のほとんどの科は,時に人をみないで専門領域だけをみてしまいがちではないでしょうか。小児科は人を全体的にみている唯一の科であると,手前勝手かもしれませんが感じています。子ども全体をみないと小児医療は成立しないと思います。
 そうすると1つの専門分野だけでなく,心の問題,教育の問題,さらにそれから発生する事柄に責任を持たなくてはいけません。小児科医のカバーする範囲は必然的に拡大せざるを得ないと思います。
森川 もう1つは,小児科医はかつて,疾病の治療に追われていましたが,現在,少子化と同時に「健やかに子どもを育てる」ことにまで視野を広げることが重要になってきました。例えば出生前の問題も「プレナタル・ビジット」という形で提示されるようになりました。出生前から妊婦と小児科医が児出生後のことを相談しあえるようになることが求められています。現代社会における子どもの心の問題や,社会の中での成育について,小児科医はよりアクティブに関与すべきではないでしょうか。
内山 幼稚園・保育園医,あるいは校医も,小児科医不足から他科の先生がなさっている場合が多いようです。しかし,子どもたちは常に成長・発達を遂げていて,健康な子どもも病気を持った子どもも,それぞれ年齢を考慮したきめ細かい指導が必要です。これは私たち小児科医が最も得意とするところです。その点から,私たちも診察室から外に出るよう努めると,子どもたちが受ける恩恵は計りしれないですね。
森川 健康な子どもたちを育み育てることに対しての経済的な裏づけは非常に大切です。疾病に対する経済的裏づけは診療報酬ですが,育み育てることに対する経済的な裏づけも,今後は考えなくてはいけない問題だと思います。経済学者に聞くと,子どもの存在というのは「将来のヘルシー・タックスペイヤー」と考えるそうですね。
内山 少子化が進行しているわが国では,そのような考え方は少子化対策の一環としても大切だと思います。

これからの小児科学教育の課題

小児科希望者は減少しているか?

内山 その一方で,最近,マスコミ報道などで小児科希望者が減少傾向にあるのではないかと言われています。しかし,小児科学会の調査では,横ばいではあるが減少はしていないようですね。
森川 私が学生実習の際に,「君たちは,どうやって自分の進む科を選ぶのか」を聞くと,最初に「クオリティ・オブ・マイ・ライフ」をあげ,次いで自分の興味がある分野を選ぶそうです。3-4年前からそのような答えが出始め,変化を感じました。昔のように医師を聖職という形ではとらえず,仕事としての医学・医療と,自分の生活を同じ重さで考えているように思います。私たちは少し古いから,重みが違っていたのですが。小児科の場合は仕事がハードなことがあり,学生には敬遠されてしまうポイントかと思います。
内山 小児科を避ける理由は,「忙しい」「厳しい」「経済的に十分評価されていない」という部分でしょう。しかし,一方的な情報だけで小児科のイメージを作り上げている学生もいるようです。
森川 私たちには小児科がいかにおもしろいかを教えなくてはいけない役目がありますね。
大関 われわれが感じている小児医療,小児学のすばらしさやポジティブな部分をどのくらい伝えていけるかです。ネガティブな面ばかりがマスコミ等でも強調される傾向がなきにしもあらずですが,医師である以上,特に若いころは密度の濃い研修をすることが,医師としての足腰を強くする上で,必要なことであろうと思います。小児科を希望の1つとして医学部を受験する人は少なくないのですが,彼らに小児科の本当のおもしろさと魅力をもっとうまく伝えていけたらと思います。
内山 小児科に入局した人たちは,「毎日が楽しい」「やり甲斐がある」と言っています。少し前の総理府調査で,仕事に生き甲斐を感じている医師の割合は,小児科医がトップだったそうです。
 私が今の学生たちを評価している点は,彼らの「クオリティ」とは必ずしもお金ではなくて,やり甲斐や生き甲斐,喜びなどを重視している学生がたくさんいることです。われわれが学生たちに小児科の情報を十分に提供してこなかったことは反省すべき点だと思います。

クリニカル・クラークシップ導入

内山 今後の小児科のあり方を考える上で,卒前・卒後の小児科教育は最重要課題の1つと言えます。最初に医学部教育のカリキュラム改革について,先生方の大学の状況はいかがでしょうか。
森川 私どもでは,以前から早く臨床教育を始めようと,5年生全員がベッド・サイド・ラーニング(BSL)をしています。さらに6年時には医療全体を見渡せるように,病棟での教育に時間を長くとって,研修医に近い生活をさせる試みをしています。ただ問題は,学生は非常に熱心ですが,われわれスタッフの数がまだ十分ではない点ですね。学生には医学を学んでもらうだけでなく,医療を把握してもらいたいですね。医療とは,医師や看護婦さん,コメディカルとのトータルの力で行なうものですから,そこを十分に理解しないと,独走型の医師を作ってしまいます。その点を考慮して教育を進めています。
内山 クリニカル・クラークシップ(以下,クラークシップ)を積極的に導入されて,単に知識や技術だけではなく,患者さんに対する医師の態度,個々の患者さんに対応した心構え,あるいはコメディカルの方たちとの連携を,学生の時から肌で学ぶということですね。
大関 われわれも,昨年から原則として完全にクラークシップを行なっています。実習の形は,今後はクラークシップでないとなかなか困難ではないでしょうか。以前は患者さんにお願いして,臨床講義などに付き合っていただく形でしたが,最近はそれでは十分には協力してもらえず,成果も十分とは言えません。学生と医師とでペアを組み,クラークシップの形で実習に参加するのがよい,ということになります。
 ただ,これがうまく機能すればよいのですが,スタッフや学生のモチベーションの問題,またクラークシップは自分で勉強するという因子も入って,今よりレベルが下がってしまう危険も心配されます。クラークシップが実りある形で定着していくかは今後の努力,というのが現状です。
内山 私たちの大学では,6年時に3分の2が市中病院に出て,3分の1が大学に残り,1か月交代で3か月間クラークシップに参加するという形態をとっています。大関先生が指摘されたようにスタッフ数の問題があり,市中病院の先生方にもかなりの負担がかかっていると思いますし,最終的には学生の意欲の問題になります。BSLでは,自分で問題提起をして解決するという姿勢がないかぎり,成果は生まれません。この点で歯がゆい思いをする学生が少なくないのですが,全体としてはよい方向に向かっていると思います。

卒後臨床研修必修化

内山 卒後臨床研修の必修化が2004年をめどに始まろうとしています。臨床研修必修化における小児科の位置づけ,あるいは個人的に小児科はどうあるべきかについてお考えをお聞かせください。
森川 私が知っている情報では,最初の計画では2年間の臨床研修で,研修必須科の中に小児科も入っていたと思います。ただ試算すると病棟に常に20人の研修医がいるため,とてもうまくいかないだろうと,新たにシステムを組んだところ,少し短くなって1年という形になりそうです。
 私が考える問題点は,医師としての教育だけでなく,社会人としての教育をどこで行なうかです。また,一定程度の人数が来ますので,小児科に入局する研修医とそうでない研修医を別々に研修させるのかなど,いろいろな問題があり,もう少し検討していきたいと思います。
大関 どの大学も対応ばかりが迫られて,苦慮しているところだと思います。ローテーションの中に小児科が入るのは,重要な点だと思います。しかし試算すると小児科病棟に人があふれてしまい,何か月間だけローテーションして,どれだけ実のある教育が可能かは難かしい問題も含みますね。
 それから社会人教育ですが,医師になってから1-2年はその後の医師の基本姿勢を作る大切な時期だと思います。それが今までは1つの科がある程度責任をもって進めていました。今後はローテーションで経験を積んで人間的なもの,あるいは医師としてあるべき姿をしっかり持ちながら,どう勉強を進めていくか,患者さんにはどう対応したらいいかという基本を学ぶ体制となるかもしれません。これがおろそかになってはいけないと感じています。
内山 小児科に回ってくるローテーターをどのように教育するかは,本当に悩む問題だと思います。実は今春の日本小児科学会ですでにスーパーローテートを実施している大学から発表がありました。その報告によりますと,たった3か月間のローテーションでも子どもに接することに慣れ,そこで点滴や採血の経験をしたことが,他科に戻った時に有意義であったと,大半の医師が答えています。ですから,あまり難しく考える必要はないのかもしれませんが。
 私自身は,小児科志望の研修医は小児科医としてのアイデンティティを持ち,その上でローテートすると,先ほどの社会人教育の問題も解決できると思います。アイデンティティのない単なるローテーターでは,学生実習の延長で終わってしまうのではないかという危惧の念を抱いています。
矢田 1つの病院で小児科を必修ローテートにすると,大変な数の研修医を預かることになり,十分な教育ができません。複数の施設が病院群として教育にあたれば現実的になります。そのためには大学以外の指導医にどれだけ報いられる制度ができるかが鍵になると思います。

大学院教育へのシフト

内山 卒後臨床教育の一層の充実のために卒後臨床研修の必修化が迫る中で,相反するように,学部教育を大学院教育にシフトしていく大学院大学化,重点化が始まっています。私どもでは「大学院部局化」のプランが進行しています。この大学院教育の再編成が小児科に及ぼす影響についてはいかがでしょうか。
森川 大学院とは「基礎研究を行なう場所」という感覚がありますが,決してそれだけでなく,医療上の問題を掘り下げることは必要ですし,まだまだ小児科には十分に堀り下げられていない領域があります。これを深めて,さらには足りない部分を補うという意味で,大学院のシステムを十分に活用できればと思います。
内山 遺伝子などの基礎研究だけでなく,社会小児科学なども含めて小児科領域によい影響が及ぼされるのではないかという意見ですね。また,どこかの時点で基礎研究に携わることも臨床医としてプラスになるのではないかと思います。臨床の場でも異なった視点が提示でき,より大きい意味があると思います。
矢田 小児科領域においても高度な研究が求められます。大学院重点化と臨床教育とを両立させるためには,2本立てに双方の充実した体制を作り,有機的に教育することがよいのではないかと思います。

女性医師とそのサポート

内山 最近,小児科では女性医師の増加が目立つようです。日本小児科学会将来計画委員会の報告では,1983-85年は27.8,28.5,24.8%でしたが,1993-95年は41.3,46.5,42.1%と10年間で1.6倍になり,実数でも3年平均値で128名から178名と,1.4倍に増加しています。
森川 医学部全体で女性は30-40%ほどです。小児科には女性も男性も優秀な方たちが入局されますが,以前の統計で女性医師は入局から5年ほどたった29-30歳あたりに結婚・妊娠・出産とあり,当直のできる体制から一歩ひかざるを得ません。また妊娠・出産があると2-3か月は休暇になり,小児科運営にも少なからず影響を及ぼします。妊娠・出産について,女性医師の場合にもなんらかの形で社会がバックアップしていくことが問題を解決する大きな力になると思います。
 女性医師のいちばんの悩みは育児のことです。現在,老人にはホームヘルパー制度,介護保険などが行なわれていますが,母親に対しては皆無に近い状態です。保育所はあっても入所までの待ち時間も長いなど問題があります。女性医師に限らず,社会のバックアップがきちんとしていなければ,女性の能力を十分に社会の中で活かしきれません。
大関 中でも小児科に入局希望する女性の比率はもう少し高いため,女性を組み入れた体制を考えないと小児科は成り立たないのではないかと思います。育児に専念するために一時的ないし半永久的に医師をやめる者もいます。しかし,それを含んだ形での女性参加がないと,小児科医は現在の半数になってしまいます。現在の体制にどうやって女性を組み入れるかということと同時に,女性が多く働くことを前提とした組織を作るという方向性も必要でしょう。女性が効率的に働きやすい環境を作っていくことが課題の1つと思います。
内山 病院における保育所の充実などもその1つでしょう。

求められる小児科医とは

内山 総括的な意味で,これからの小児科医に何が求められるかを考えてみたいと思います。
森川 少子化の時代も考えに入れて,1つは疾病だけでなく,健康または育みまで間口を広げていくことがあげられます。それから,成育医療でも言われていますが,妊娠・出産までの年齢の人を見られるような実力をつけなくてはいけません。小児科医の中にも肉体的な部分と精神的な部分を分けて考えて,子どもを臓器別に分けてしまう先生もいる中で,「子ども丸ごと」,または,その「家庭丸ごと」の相談にのることができる小児科医が必要ではないでしょうか。
大関 「家庭丸ごと」という言い方はおもしろいですね。私も,「将来信頼され愛される家庭医になりたい人は,小児科を学ばないといけない」と言っています。子どもから始まり,大人までどのようにみていくかは,開業する時の重要なポイントになると思いますよ。
森川 いま大学病院の中で「総合診療部」が続々と設立されていますが,そこに小児科医は積極的に入っていくべきですね。
大関 「小児科医に何が求められるか」は大変難しい問題です。小児医療は包括的であり,遺伝子から社会へ,心から体へと多方面に発展する科なので,そこに対応していかなくてはいけないと思います。
 それから,子どもを大切に考えてもらうこと,それは小児医療の重要性を理解してもらうことにもなると思いますが,社会が子どもの役割や意味をどれだけ理解するか,また子どもが重要であることをわかってもらうようにアピールしていくことも大事でしょう。これは結局,その社会が子どもをどう考えているかという文化的な問題になり,社会の質が問われているわけですから,医療だけで話がすむ問題ではありません。今後は社会全体が子どもの重要さを認識できるように努力したり働きかける必要性を感じています。
内山 私たち小児科医はこれまで,時間があればそのすべてを子どもたちの診療に費やし,社会に対するアピールにはあまり積極的には取り組んでこなかったという反省がありますが,今後はそれも必要となりましょう。
 小児科医は,子どもが産まれた時からずっとみており,家族の背景を常に念頭におきながら診療しています。たしかに小児科も専門分化してきていますが,それでも全身をみているという,よい意味の誇りがあります。今春,ある卒業生が「小児科の先生はまず子どもから入ることに気がついた。ところが,他科の先生は病気から入っていることが大きな違いだった」と言ってくれました。
森川 家庭医の1つの条件ですね。
内山 そうです。また,小児科医は常に子どもと同じ目線で話す訓練ができていますので,この点でも家庭医にはうってつけと思います。成人もみる小児科医がおられるのですが,特にお年寄りの評判がよいようです。
矢田 お話のように,守備範囲が広がりつつあり,社会における小児科医の需要は増えてくることと思います。問題は医療経済上,いかにそれに対応できるかでしょう。子どもは日本を支える大きな原動力であるという認識を改めて持ってもらい,適切な行政処置を考えてほしいところです。
内山 医学の進歩に伴い,小児科も専門分化が進んでいますが,頭のてっぺんから爪先まで,そして心や家庭環境まですべてをみるという小児科の基本的なスタンスは変わりません。全人医療がやれる唯一の科といっても過言ではないと思います。プライマリ・ケアから遺伝子診療,社会医学まで幅広い守備範囲も小児科の特徴です。少子化が進む現在,小児科医は日本の未来を担う子どもたちを健全に育む重要な役割を期待されています。そして何より,子どもたちの笑顔は私たち小児科医に前進する勇気と力を与えてくれます。毎日彼らの笑顔に接するたび小児科医になってよかったと思う,それが私たちではないでしょうか。
 本日はありがとうございました。