医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医事紛争に関する法律の解説と過去の医療過誤判例を網羅

メディカル クオリティ・アシュアランス
判例に見る医療水準
 古川俊治 著

《書 評》玉田太朗(自治医大名誉教授・産婦人科学)

戦後のすべての医療過誤判例を網羅

 本書は,医師であり弁護士である著者が,戦後の新体制になった昭和22年から平成11年10月までの判例を検索し,医療過誤判例1,250例のうち,古くて現在の臨床とは無関係なものを除く910例について,過誤に直結した医学的問題点を抽出・集約した大変な労作である。その症例は,すべての診療科にわたっているが,さらに,上記の910例のうち368例――したがって各科の代表的な事案がカバーされている――については,事案の概要と裁判所の判断が数行の囲み記事として,症例報告的にまとめられている。

医師の過失は2種類

 第1章は医事訴訟の概要であるが,医師の民事責任,刑事責任の根拠条文や解決手続,行政処分になる場合などが必要かつ十分に記述されている。本書によれば,医師の過失は大別して技術的ミスと説明義務違反に分けて考えることができるという。説明義務の重要性を改めて教えられたが,第2章が説明義務に割かれている。代諾の可否,説明が不要な場合,癌告知など微妙な問題の解説も簡明である。法律的な総論は,この2章にまとめられているが,出生前診断,脳死と臓器移植,遠隔医療,宗教上の輸血拒否,臨床試験におけるインフォームドコンセントなど,最近のトピックスについても最新の判例に基づく医師の義務が明確に述べられている。

ますます厳しくなる「医療水準」

 裁判所の判断が,医療過誤発生時の医療水準に基づいてなされることは,一般の医師でも耳にしているところであろう。しかし,一般の医師が「医療水準」を知る機会はきわめて少ない。「医療水準」の知識は,医事紛争の時だけではなく,現在またはこれから行なおうとしている診療行為の「水準」を決定・維持するためにも必要である。「医療水準」は「医学常識」「慣行」と合致しない場合があり,また時代により変わる。平成8年,最高裁判所はペルカミンSによるショックの事案で,2分間隔で血圧を測定するべきであるという添付文書を遵守しなかった医師を有責とした。この判例により,医師は能書を熟読・遵守しなければならないという加重な負担を課せられることになった。さらに平成7年に施行された製造物責任法(PL法)を受けて,製薬会社が添付文書を詳細にし,副作用情報を頻繁に出すことになると医師の負担はますます増えることとなる。

医療過誤パターンには共通点がある

 本書では,裁判例に基づき各診療行為において過誤を生じやすいポイントがパターン化され,それぞれについての具体的な医療水準が簡潔・明瞭に述べられている。例えば産科出血の項では,輸血開始・手配の時期,出血量と血圧の測定,子宮破裂の診断,出血部位確認,開腹手術の準備・開始時期,胎盤遺残の検査,転医時期などの各義務がパターン化され,医師が責任を問われた例と過失が否定された事案の詳細な検討から,具体的に,患者がどのような容態であれば何を行なう義務があるかが導かれている。
 著者の紹介が最後になったのは彼が評者と姻戚関係にあるからで,慶応義塾大学外科に在局中に文学部,法学部卒業の資格を取り,平成8年司法試験に合格,同11年司法修習生を終了し弁護士となったが,現在も慶応義塾大学において消化器外科の臨床・研究を第一線で継続しているという頑張り屋である。
 医事紛争は1998年には629件と激増している。評者もこれまで産科の鑑定を20件余り経験したが,そのたびに著者の知恵を借りてきた。今回,他に類を見ない本書が完成されたことを心からお祝いするとともに,すべての医療保健関係者に推薦するものである。
A5・頁432 定価(本体4,000円+税) 医学書院


腫瘍学を学ぶ人のためのテキスト

がんの細胞生物学
Robert.G.Mckinnell,他 著/阿部達生,三澤信一 訳

《書 評》北原光夫(東京都済生会中央病院副院長)

 米国における強力なantismoking campaignによって,ついに肺がんの発生数は2-3年前をピークにして減少しはじめてきている。しかし,いまだ,わが国においてはその傾向はみられていない。このあたりは,まだまだ日本における教育が十分に行なわれていない点を示している。
 がんの教育,がんの早期発見のcost and effectivenessなどが依然とはっきりしていないわが国では,医学教育の中で腫瘍学(oncology)の教育がまったくなされていないと言っても過言ではない。

腫瘍学を学生向けに

 このたび,ミネソタ大学のMckinnell教授が中心になって学生向きにまとめた『がんの細胞生物学』(米国の原著タイトルは“The Biological Basis of Cancer”となっていて,日本語題名とはニュアンスが少し異なる)が翻訳出版された。
 「前文」にあるように,この本は大学生向きに書かれている。しかし,大学生といっても,かならずしもgraduate schoolの医学生に向けたものでもないようだ。看護大学生や生物を専門にしているundergraduate schoolでも使えるように配慮してあるものだと読んでいて気がついた。つまり米国では,医学部に入らないうちから,平明であり,かつ高度な内容を含んでいる,このようなテキストを既に使用しているのだと理解した。
 各章は腫瘍学を本格的に学ぶためのイントロダクションとなっている。転移,がんの遺伝学,がん関連遺伝子の章は,がんを知る上で重要であるが,英文では理解しにくいところなので,翻訳版をもとに一層自分のものとすることができると思う。
 今回,出版された『がんの細胞生物学』のような良質なモノグラフを参考にして,わが国でも是非とも,腫瘍学を高等教育の中に取り入れるようにしてもらいたい。
B5変・頁384 定価(本体5,000円+税) 医学書院


患児のよりよいケアをサポートする実践的な小児神経学書

Pediatric Neurology Principles and Practice
第3版
 F Swaiman, S Ashwal編・著

《書 評》大澤真木子(東女医大教授・小児科学)

神経疾患に携わる医師・施設必携の書

 1989年の1版,1994年の2版の後5年ぶりに『脳の世紀』を記念して出版された。豪州の1名と北米の101名の専門家の手による。小児神経科医必携の書であり,神経の問題を有する児を診る機会がある施設の図書館には少なくとも1冊は常備されたい。解剖・画像などの850の豊富な図を含む16部88章からなる。
 1部では学校でのチェックシート,病歴の取り方を含む小児の神経学的評価法が学童期,乳幼児期,新生児期に分けて記述してあり,さらに運動系,感覚系に分けて系統的な診察法が述べてある。具体的症候の観察法も詳細な図がついているのでよりわかりやすく,カラーでないのが残念ではあるが豊富な眼底写真などの有用な情報を含む。
 2部では検査が扱われているが,髄液生理,豊富な画像,画像や病理との対比もある年齢ごとの脳波の具体例,聴性脳幹反応などが有用である。
 3部は新生児神経学で,低酸素性/乏血性障害/出血は画像と病理の対比が魅力的であり,周生期代謝性脳障害における機序の項は,やや難解だが興奮を呼ぶ。また脳奇形は発生過程とともに記述されており,豊富な画像に助けられて理解しやすい。
 4部は,遺伝性疾患と代謝性疾患,神経皮膚症候群についてであるが,代表的染色体異常症を写真で示し,遺伝子と染色体との関係や各細胞分裂期の染色体の動き,異常の起こり方,家系図の書き方まで記述してあり,遺伝の基本は充分理解できよう。代謝異常症は,栄養素別および細胞内小器官別に詳細に記述され,一方,発症年齢,症候別の鑑別法もあり嬉しい。
 5部の行動異常では自閉症から高次機能障害も含み細部にわたり記載されている。6部のてんかんでは,ケトン食・外科療法を含む臨床が扱われ,1巻が終了する。

「小児神経学における資源」を追加

 2巻は,7部の非てんかん性の発作性疾患から始まる。不随意運動関連は詳しい。8部は平衡と運動障害,9部に皮質と白質の変性疾患,10部は頭部外傷と意識障害でここでも豊富な画像が提供されている。11部は感染症,12部は腫瘍と血管障害,13部は神経筋疾患,14部は神経内分泌と自律神経疾患,15部は全身性疾患における神経障害,そして新たに追加された16部では小児神経学における資源を扱っている。10部の62章には,倫理的問題も含み米国の脳死の判定基準と方法・過程が記述され,16部の87章には,インターネット上の小児神経学関連情報のアドレスリストと説明,88章には患者会あるいは,支持する会の住所/電話番号リスト,患者診療実践のために出されたガイドラインのリスト,精神神経疾患の診断基準も掲載されている。権威ある書であると同時に,患児のよりよいケアをサポートする実践に役立つ親切な書である。読み始めると時を忘れる。
頁1494 in 2 vols 価格57,800円 Mosby社刊


消化器科診療の絶好の手引書

開業医のための消化器クリニック
多賀須幸男 著

《書 評》多田正大(多田消化器クリニック)

現代医療のpit fall

 医療が高度化するにともなって,医師が修得しなければならない知識や技術があまりにも膨大になり,その結果,自らが得意とする分野とそうでない領域の格差が拡がってしまった。特に専門医が大勢いる大病院の勤務医は自らの専門分野にのめり込み,異なる領域の疾患や臓器については関心が薄くなる傾向がみられるが,現代医療のpit fallである。京都・仁和寺の歴代のおかかえ庭師である佐野藤右衛門氏は著書『桜のいのち庭のこころ』(草思社)の中で,専門化された現代医療を痛烈に揶揄している。その内容を要約すると「昔の町医者は患者の家族構成,生活環境,食生活までもすべてを把握しているので,病人がでてもすぐに対応できる。ところが今の病院では,医者は患者を診ずに検査データばかりで判断している。これでは良い医療にはならない」という主旨である。何とも耳の痛いところである。

開業医はall-round player

 医療のめざすところは勤務医でも開業医(町医者)でも同じであるが,それにしても開業医はall-round playerでなければならず,専門分野だけでは診療ができないから大変である。消化器科を標榜する開業医の場合も,「私は食道疾患は診察できません」では通用しない。食道から直腸,肛門までの総ての消化管,そして肝,膵臓をも一通りは診療しなければならない。医者は障害にわたって勉強して,最新の知識を修得しておかなければならないが,特に守備範囲の広い開業医の努力たるや大変なものである。
 そのような折り,医学書院「開業医シリーズ」の一環として,多賀須幸男先生が『開業医のための消化器クリニック』を上梓された。多賀須先生のご経歴については改めて紹介するまでもないが,消化器科の先駆者として誉れ高い名医である。特にpanendoscopyの概念を提唱して,今日の上部消化管内視鏡の基本を確立したご功績は輝いている。そして機会あるごとに,私たち後輩に医者としての理想像を訓示していただいている。

開業医の消化器科診療のコツ

 多賀須先生は「生涯臨床医」を貫くため,長年の勤務医・副院長を退職後,遅い年齢での開業の道を歩まれたのは余りにも有名であり,後輩に大きな希望を与えてくださった。長年の勤務医・副院長としての豊富な経験と,実地医療としての立場から,開業医の消化器科診療はこうあるべきという理想をコンパクトにまとめたのが本書である。先生の消化器病学に対する理念が本書のbackboneであり,コンパクトな文章の端々にその気概がひしひしと感じられ感銘を受ける。
 序文でも述べられているように,大掛りな検査器械がなくても,内視鏡と超音波,血液・生化学検査があれば,開業医であってもたいていの消化器疾患に対応でき,大病院に負けない内容の診療が可能である。それにはどうすれば効果的であり,誤診も防げるのであろうか,各項目別に診療のポイントを解説しているのが本書の最大の特徴である。単に知識を羅列するのではなく,多忙な開業医が効率的に知識を修得するコツが網羅されており,コンパクトな本ながらも重厚な内容である。

臨床医のための消化器科入門書

 病態生理を考えた問診のコツ,診察,画像診断,対症的治療から本格的な薬物療法までの診療の流れが,簡潔な文章のうちに余すところなく記述されており,気軽に読める消化器科診療の絶好の手引書である。さすがに多賀須先生の著作である。
 この書籍の真髄は開業医だけが享受するべきではない。研修医あるいは専門医が幅広く消化器病全般を振り返りたい時に,要領よく勉強できる参考書である。消化器科入門書として開業医はもちろん,消化器科専門医の誰もが熟読してほしい卒後教育のための書籍である。
A5・頁160 定価(本体3,400円+税) 医学書院