医学界新聞

 

地域における疲労の実態

簑輪眞澄(国立公衆衛生院疫学部・部長)


 疲労はもともとは,労働に伴うものとして産業衛生の課題として研究されることが多く,地域で生活している一般住民に関心を持たれることは少なかった。ただ,3年毎に実施されている内閣総理大臣官房による「体力・スポーツに関する世論調査」によれば,約60%の人々が疲労を感じていることが報告されている。また,6か月以上激しい疲労が続き,時に集団発生をする「慢性疲労症侯群(chronic fatigue syndrome)」に対する関心が高まり,その研究の過程において疲労一般の実態をも知る必要性が生じた。そこで,「厚生省:疲労の実態調査と健康づくりのための疲労回復手法に関する研究班(班長:市立堺病院名誉院長 木谷照夫)」では,地域における疲労の実態を明らかにするための調査を行なった。
 以下はその結果の概要である。


何らかの疲労を感じている人は男が56.9%,女が61.2%

 調査対象としては愛知県豊川保健所管内における15-65歳の男女として,この中から4,000人を無作為に抽出して標本とした。調査方法は,無記名自記式の郵送法によった。
 調査内容は,(1)疲労の有無,(2)その理由(内科的・精神科的な病気によるもの,運動・過労のような明確な原因によるもの,および原因不明の疲労に分類),(3)休息による回復の有無,(4)疲労の程度,(5)持続期間(6か月以上の疲労を慢性疲労とした),(6)各種の症状,(7)最近1年間の疲労,(8)既往歴,(9)飲酒,(10)喫煙,(11)ストレス,(12)食生活,(13)ライフイベントなどとした。
 その結果,4,000人の標本のうち3,015人(75.4%。男1,477人,女1,538人)から有効回答があり解析の対象とされた。表は,現在の疲労および慢性疲労の有症率を示したものである。
 現在,何らかの疲労を感じている人は男で56.9%,女で61.2%に達した。明確な原因によるとする人がもっとも多く,原因不明および病気による人が続いていた。病気の原因としては(1)糖尿病,(2)高血圧,(3)肝疾患,(4)精神・行動障害などであるとされ,明確な原因としては,(1)仕事が多い,(2)長時間労働,(3)ストレスなどがあげられ,女ではこの他に,育児や立位の仕事とする者が多かった.
 6か月以上続く慢性疲労を訴える人は,人口の3分の1を超えていた。疲労のために退職や休職を余儀なくされたり,仕事を休まなければならない人の割合はそれほど多くないが,作業量低下まで含めると男女とも15%を超える住民が疲労に悩んでいることになる。
 病気による疲労を感じている者の有症率は年齢とともに上昇し,他の2群に比べて疲労の程度の強い者が多かった。明確な原因による慢性疲労の有症率は,男では35-44歳の働き盛りでピークを作るが,女ではそのピークが見られなかった。原因不明の慢性疲労は15-24歳の若年者では少なく,35-54歳でピークを作り,55歳以上では減少する傾向にあった。

表:疲労および慢性疲労の有症率(%)
 現在疲労を感じている過去1年に
疲労を感じた
疲労はない
病気に
よる
明確な
原因
原因
不明
小 計
7.729.919.456.919.523.6100.0
(再計)慢性疲労 計6.317.712.836.9
疲労の
程度
休職・退職等0.70.10.10.8
しばしば
仕事を休む
0.20.20.4
時に仕事を
休む
0.50.30.31.1
作業量低下2.57.33.913.7
支障なし2.49.78.520.6
無回答0.10.10.10.3
9.927.923.461.220.418.5100.0
(再計)慢性疲労 計7.414.013.134.7
疲労の
程度
休職・退職等0.30.10.4
しばしば
仕事を休む
0.30.10.10.5
時に仕事を
休む
0.70.80.72.3
作業量低下3.35.55.214.0
支障なし2.67.37.017.0
無回答0.30.30.6

慢性疲労者において各種の症状の有症率が有意に高い

 どの原因の慢性疲労者においても,疲労のない者に比べて各種の症状(頭痛,のどや口の痛み,目の表面の痛み,目の奥の痛み,筋肉痛,関節痛,口内乾燥,食欲不振,下痢,食物アレルギー,発疹,発汗,寝汗,手足のしびれ,目のかすみ,物がよく見えない,光がまぶしく見える,動悸,息切れ,めまい,立ちくらみ,不眠,思考力低下,精神を集中できない,忘れっぽい,月経前増悪)の有症率が有意に高い傾向にあったが,リンパ節の腫れや痛み,寒気,吐き気・嘔吐および食物アレルギー,耳炎および強い月経痛の有症率はいずれの原因による慢性疲労者においても有意な上昇を示さなかった。
 日常生活との関連では,3群の慢性疲労群には,5時間以下の睡眠,入眠障害,夜間覚醒,早朝覚醒,ストレスありの者が多かった。一方,スポーツ・運動をするものが少なく,ドリンク剤飲用者が多かったが,これらは慢性疲労の結果としての疾病行動illness behaviorであろう。

原因解明と病態研究の推進を

 この調査において,地域における慢性疲労の実態はある程度明らかにされたが,関連要因等に関する解釈には不明な点も多い。その理由の一つとして,この調査が郵送法によらざるをえなかったために,すべて対象者の自己申告によったことがあげられる。疲労のような主観的な感覚を自己申告によることは仕方がないのであるが,その原因等についての解釈には専門家の判断が必要である。この点をクリアするために,現在外来患者を対象とする同様の調査を計画している。
 この結果に示されているように,慢性疲労には病気によるものや明確な原因のあるもののほか,原因が自覚されていないものもあり,その一部が慢性疲労症候群であろう。原因不明の慢性疲労者には受診を促して医学的な立場から原因を解明する努力をするとともに,この病態の研究を推進する必要があろう。