医学界新聞

 

〔対談〕

21世紀に求められる理学療法士・作業療法士像

奈良 勲
(広島大学医学部保健学科教授・
理学療法専攻)
鎌倉矩子
(広島大学医学部保健学科教授・
作業療法専攻)


理学療法学・作業療法学教育の変革

カリキュラムの大綱化

―――本日は,「21世紀に求められる理学療法士・作業療法士」と題して,奈良勲先生,鎌倉矩子先生にお話をうかがいしたいと思います。
 はじめに,昨年から,理学療法士・作業療法士養成の教育カリキュラムの大綱化がなされました。そこで教育に関する動向についてお話いただきたいと思います。
鎌倉 平成11年(1999年)4月から,理学療法士・作業療法士養成に関して,新しい指定規則が実施されることになりました。実質的にはそれまで行なわれてきた教育と現場のカリキュラムはそれほど変わらず,大きな影響を受けなかったと思います。
 この大綱化の意味は,規則として規制される部分が緩やかになったことによって,教育現場での自由が以前より保証されたことに意味があると思います。実際,広島大の場合は,この時点で特にカリキュラムを変えませんでした。それとは関係なく,数年ごとにカリキュラムは見直しを図ることになっています。今までもそうでしたし,今後もそうだと思います。
 指定規則の意味に戻りますが,自由度が増したということは,それだけ個性のある教育が可能になったのと同時に,現場の教員たちのカリキュラム編成能力が試される,また実力が問われるようになったことだと思います。
奈良 この「大綱化」は,世の中全般の規制緩和の一端だと思っています。鎌倉先生がおっしゃったように,以前は科目名があげられて,それに対して時間数が一律に決められていました。しかし今回は,教育内容が示されて,それに沿って各養成校が科目名や授業内容を考えることになったのです。
 そこで,各養成校の教育目標あるいは教育哲学に沿ったカリキュラムが,ある程度の自由裁量で作成でき,そのために養成校の個性が出せるようになりました。
 また特徴的なのは,単位互換制になったことです。今までは,例えば4年制への編入制度は,3年短大卒業者のみが対象でしたが,11年度からは専門学校卒業生も編入できるようになりました。従来,専門学校卒業後に学士号を得る場合,通信教育や大学二部で,再度4年間学ばなければなりませんでしたが,今回から4年制大学への編入が可能になりました。理学療法学専攻で学士号取得が可能となったのは,1つの大きなメリットですね。
 それに付随して,教員の数が増えました。また専門学校では,教員になる経験年数は最少5年という基準ができ,少し基準が上がったと解釈できます。
 また,前回の改正時に,高齢社会において保健福祉領域への社会的要請が高まることを踏まえて,保健福祉関係のカリキュラムが追加されました。しかし,それは本当に微々たるものでしたが,今回は各養成校の考えに基づいて,保健福祉領域の充実という点が盛りこまれてくるのではないでしょうか。
 また臨床実習については,今までは原則として医療施設の実習だけに留まっていたのですが,全体の3分の1程度であればそれ以外の施設で行なってよいと正式に明文化されました。これは大きなことだと思います。
―――カリキュラムは各大学・養成校に任されているということですが,反応はいかがでしょうか。
鎌倉 自分の信念にしたがって自由にカリキュラムを組みたいと思っていた人たちにとっては福音ですが,教員としても新しい世代の人たちには,かえって心配が増したという点もあるようです。また今度は,国家試験出題のガイドラインが作成されるべきだ,そうすれば何を教えるべきかがはっきりするから,という声も高まっています。しかしそれがあまり細かく決められてしまうと,かえって大綱化の思想がそがれることになってしまい,そのバランスが非常に難しいと思います。
―――カリキュラムの核となるものを協会で作成する可能性があるのでしょうか。
奈良 日本理学療法士協会ではそのような動きはありません。それはこの大綱化の哲学に反することです。あくまでも各養成校で考えて行なうことになるでしょう。
鎌倉 原則はそうですね。しかし,現在,厚生省はガイドライン検討委員会を組織しようとしているそうです。それに呼応して意見を求められることが予想されます。

大学院教育によってもたらされるもの

―――理学療法士,作業療法士養成について,専門学校教育だけでなく,短大や4年制大学,さらに大学院における教育が始まり,教育の高度化が進んでいます。
鎌倉 大学院教育の目的には公式に2つあります。1つは「高度専門職の養成」,2つめは「研究・教育者の養成」です。高度専門職の養成にはさまざまな考え方があって,1つは,ある特定領域について知識・技術あるいは研究能力を高めることで,それが高度専門職の養成につながるという考え方です。それに加えて,「特定の資格養成」をという考え方があります。特に資格養成は看護領域で先行していて,すでに大学院で専門看護師の養成が開始されています。理学療士法や作業療法士もその影響を受ける可能性はありますが,私自身はこの点は慎重にしたほうがよいと思っています。つまり,特定の資格に結びつくような高度専門職養成は,それなりに社会的な需要が特定されていなければいけませんし,特定のカリキュラムを実行できるだけの学術の成熟がなければいけません。それから,そのような専門職が養成された場合に,ふさわしいポジションが社会に用意されていることも大事です。そのようなことを1つひとつ検討していって,はじめて特定の資格養成に結びつくと思うので,あまり急がないほうがいいと思っています。
 2つ目の「研究・教育職の養成」ですが,私はむしろそこに力を注いだらよいと思っています。現場で発見される種々の問題に対して,その人なりの解決の仕方を研究という形で示していくような,修錬の場として大学院を利用できればと言っています。
 広島大の場合は既に大学院教育を4年経験し,現在いくつかの研究が実りつつあります。これは院生だけでは決してできなかったでしょうし,教える側だけでできるものでもありません。実際に,両者が膝を突き合わせて,はじめて実った研究と思えるものがいくつか出始めています。このように,現場の問題を掘り下げていける人たちを養成するところに大学院教育のおもしろさもあるし,そういうものがたくさん伸びていけばよいと,経験から感じています。
奈良 博士課程を修了するという意味は,「主体的に自分で研究を行なうことができる証である」という表現があります。そうすると,理学療法も領域が広いですが,ジェネラルな知識を得て,その人の関心にしたがってある領域を究めることは,必然的なことだと思います。
 現在,各大学で専門的に研究されている教員がいますが,自分が専門としていない分野の指導は不可能です。私の専門は神経障害の理学療法で,現在博士課程には数名の教員がいますが,各教員が専門とする領域内での指導が中心になります。つまり,1つの大学では全部の専門領域はカバーできないということです。
 いま大学院は全国に7校あり,博士課程はまだ広島大,札幌医科大の2校です。東北大には「障害科学」という講座がありますが,いわゆる学部があって修士・博士課程という形態ではありません。いずれにしても,最低10校くらいの博士課程コースができれば,領域もさらに広り,選択肢が増えるだろうと考えています。

大学教育による養成を

鎌倉 確かに高度化・高等化はなされつつありますが,日本の理学療法士・作業療法士教育はまだ低いと言わざるを得ません。特に,大学レベルでの教育については,平成11年度入学生で大学に在籍している割合は約18%です。それをアメリカの歴史に照らし合わせると,1940年代前半のレベルに相当します。日本に現在の教育の形が持ち込まれたのは1960年代ですが,その時点でアメリカは,ほぼ全部が大学,大学院教育になっていましたから,この隔たりはとても大きいですね。
 大学も昔に比べればたくさん設立されていますが,まだまだ道は遠いです。もっと大学教育の比率が高まっていくとよいですね。こう言うと,専門学校教育はたくさんあるから申し訳ないとも思いますが,何らかの形で高度化されていくとよいと思います。専門学校が一気に大学教育化されるとよいのですが。
奈良 しかし現在の大学設置基準をみると,教員の人員や資格などから……。
鎌倉 たいへん厳しいですね。しかし専門学校卒でも大学院に入る道が開かれましたし,そういう意味では,流動性は増しています。
奈良 大学院入学に際して,専門学校卒業生も受験は可能ですが,それなりの業績は求められると思います。それから,博士課程に進むには修士号が必要でしたが,学士号を有し,修士に相当する業績があれば受験資格が与えられますので,学校教育法がだいぶ緩和されました。勉強したいという方々には機会が拡大されたということになります。

社会の変化と理学療法士・作業療法士

高齢社会における役割

―――社会の変化に伴い,理学療法士・作業療法士に求められる役割が拡大しつつあると思われます。このあたりはいかがでしょうか。
鎌倉 わたしたちの職種が高齢社会の中で果たす役割はとても大きいと思います。1つは,マンパワーに対する需要が飛躍的に大きくなり,そのために養成数が格段に増しました。需給計画が練り直され,たくさん供給できるように多くの学校が設立され関係者が増えています。
 実際に老人保健施設などへの進出が大きく,数の上だけでなく質的な変化も引き起こしたと思います。例えば作業療法が始まった1960年代頃は,作業を使って障害を治す,障害を軽くするという具合に,「作業を使って何かをする」という考え方が主流でした。しかし,特に高齢者や慢性疾患の方たちを対象とするようになり,考え方が変ってきたのです。作業を使って何かをするのではなく,その人にふさわしい作業を育んでいくことが作業療法の大事な目的である,と考え方が変ってきました。カッコよくいうとパラダイムシフトですが,そこまで言わなくても,考え方や実践も変化しつつあります。
奈良 歴史的に遡ると,理学療法はいわゆる物理療法が中心でした。戦争や数々の労働災害,または生活習慣病などの疾患を対象にすると,運動障害を治すことがメインになり,運動が治療に使われることになりました。その他に補装具を作る専門家がおりますが,実際に患者さんに適用する場面で,理学療法士もかかわりますので,このような業務も拡大しました。
 しかし,疾患そのものの広がりもあり,その中には物理療法だけではなく,中枢神経あるいは呼吸,循環器疾患,さらにスポーツ障害,産業保健や,救急医療にもかかわりが広がってきましたし,それによって対象疾患が大きく拡大していきました。
 高齢者への対応を考えた時,保健・福祉の考え方と医療とを統合していかなくてはいけません。これは高齢社会の到来に伴って出てきた問題です。今までの縦割りから,総合的なシステムを作らなくてはいけないということです。
 先ほどのカリキュラムとの関係でいうと,確かに保健・福祉の充実というニーズはありますが,卒前教育の中では十分にそれを学ぶ機会がありませんでした。多くの理学療法士は,それ自体悪いことではないのですが,医療施設で働きたいという希望を持っています。特に新卒者の中には,将来は保健・福祉に進むとしても,ある程度医療現場での経験を積んでからという希望を持っています。
 今回の大綱化によって,福祉施設等での臨床実習が可能になると,もう少し福祉領域を志望する比率が高くなるのではないかと思います。現在,理学療法学科の卒業生は8割が医療施設に就職しますので,まだ福祉領域は全体としては少ない状況です。
 福祉施設から「求人をしてもなかなか人が来てくれない」と聞きます。今後はそのニーズに応えることができると思います。

新たな活躍の場

―――保健・福祉領域では,どのような施設が活躍の場としてあげられますか。
鎌倉 一番多いのは老人保健施設ですが,今,地方自治体は種々の試みをしていて,町独自の地域センターを作るなどしていますので,その需要がありますね。
奈良 保健・福祉領域も含めて,数はまだ少ないですが,市や都道府県単位での雇用,特に県の管理下の施設での勤務ですね。市町村で直接患者さんや市民の方々に接する場合もありますが,行政の中でプランを作るケースもあります。それ自体は非常によいのですが,理想を言えば各都道府県や市町村で,特に介護保険がらみで雇用されていくと,保健・福祉がより一層充実すると思います。
 福祉領域では老人保健施設が最も多いですが,特別養護老人ホームにも採用されつつあります。これはまだ非常勤ですが,ゆくゆくこれも定員化されれば,と願っています。デイ・ケアでも,徐々に常勤で雇用され始めていますね。
鎌倉 デイ・ケアは多いですね。現行制度だと医療の中に入っていますが,作業療法の場合は病院ではなく地域に根づいたものとしてかなり進出しています。デイ・サービスでは必ずしも必置要員とされていませんが,デイ・ケアでは必置要員です。そういう意味で,今後デイ・ケアへの進出はかなり進んでくると思われます。これからは介護保険で「日帰りリハビリテーション」と呼ばれるようですが。
奈良 また,病院が経営する訪問看護ステーションは,看護職だけでなく理学療法士もチームの一員としてオープンされる形態が,これから増えてくると思います。

開業理学療法士・作業療法士の誕生は?

鎌倉 今,老人領域における作業療法では,実質的な意味で開業する人たちがでてきて,ちょっとおもしろい時期にさしかかっています。法律的なことは確認しにくいのですが,介護保険の中で民間の力を導入しようとしている動きの中に,作業療法士が参入しかけているのだと思います。作業の場を作り,いろいろな領域の人を呼び込んで,高齢者でも子どもでも参加できるようにしたり,福祉用具センターのようなものを自分で作って住民に利用しやすいように紹介したり,アドバイスを始めようとしている人もいます。まだ少数ですが,大きな可能性を持っていますね。
奈良 日本理学療法士協会では,このケースは「営業」として,公的保険で支払われる場合を「開業」と,使い分けています。
 そういう意味で今はまだ,理学療法士や作業療法士の「開業」は不可能です。ところが「営業」は一部ですが試みている方がでてきています。それが1つの布石になり,さらに実績となって,将来の開業権につながっていけばと考えています。これは作業療法士の場合も同じだと思います。
 日本は先進国の中で数少ない開業権のない国なのです。ほとんどの先進国では開業権を持っているのが普通で,むしろ開業権のない国が少ないのです。その理由はいろいろあると思いますが,1つにはわたしたちが力をつけて,国民に利点をアピールしなくてはいけないでしょうね。
 例えば,75年の歴史を誇るアメリカでは,約半分の州で,開業している理学療法士が医師の処方なしで診療できる「ダイレクト・アクセス」という制度があります。これは,医師を通して理学療法を受けると医療費は高くなりますが,ダイレクト・アクセスではそれが軽減され,医療経済的にもいいわけです。しかも,アメリカの場合はほとんど自分で保険を払っていますから,できるだけ少ない費用でよりよい医療を受けたいという意識が強いために,このようなことが可能になったのだろうと思います。
 日本は国民皆保険で,一部自己負担があるにしても,治療費の大部分が保険で賄われますから,自分が受けた医療費はどれだけなのか,それだけの医療費に見合うだけの医療を受けているかを吟味する意識が希薄だと思います。しかし,日本における理学療法の歴史も34年になりますから,そろそろ開業について考えてもよいのではないでしょうか。

研究の新しい流れ

―――作業療法領域,理学療法領域では現在,どのような研究に関心が寄せられているのでしょうか。また新らしいトピックスを教えてください。
鎌倉 作業療法領域では,理学療法士と分け方が違いますがいくつか特化されているグループがあります。
 作業療法の基礎として作業科学をつくりあげていきたいと考えているグループ,発達障害を専門とするグループ,高次脳機能障害について究めていきたいというグループがありますし,老年期障害,精神障害などは元から非常に大きなジャンルとしてあります。感覚統合グループもあります。
 それから,「ハンド・セラピー」という分野も出てきました。これは外傷によって筋や神経が損傷を受けた場合の機能回復をめざすもので,ハンド・サージャリー(手の外科)と結びついている領域です。これには理学療法士出身の人もいるので,作業療法の専売特許ではありません。このほかにもいろいろな領域が育ちつつあります。
―――理学療法の領域ではいかがですか。
奈良 理学療法では基礎理学療法学に関連した研究が活発になってきました。これは今後の発展を考えるとたいへん望ましいことです。その他には糖尿病などの代謝疾患などがあげられます。これは予防の視点を含めて,まだ一部ですが研究が始まっています。
 産業保健については,どの国も国民の半数以上が勤労者であり,何か仕事をして働いています。現在,そういう職業を通じて障害を持ってしまった人や怪我をした人は理学療法士が治療にあたっています。またさらに最近この分野は,アメリカでは作業療法士が進出しています。
 ちなみに,理学療法・作業療法の先進国の1つである北欧では,企業に専門職が雇用され,勤労者の健康管理など行なっています。日本では,昔から保健婦が雇用されていますが,北欧では理学療法士や作業療法士が入ってきています。
鎌倉 アメリカは,作業療法士はかなり産業保健の中に入り込んでいますが,日本ではまだ例がないように思います。
 作業療法の関係者がとらえる「作業」の概念というのは,とても広いのです。人が生きて行なう目的活動のほとんどすべてが「作業」です。家庭内で行なうことも,職業上のこと,余暇活動もすべて「作業」と見なします。ですから,概念的には産業が作業療法のジャンルに入って不思議はないですね。ただ,いままで日本ではそのきっかけがありませんでした。作業療法の中で,職業との近接領域は重大視されてきたものの,実際に働く場としてはうまく実ってきませんでした。これは今後に残された課題ですね。
 また,脳に損傷を受けた方や神経疾患の方の場合,機能がよくなっても,実際の労働者としては復帰できないことがとても多いのです。そこから,病院や家庭の中だけで教えたり助けたりするのではなく,職場に出向き,実際にその職業に復帰できるようにリードしていくほうが大事なのではないか,という考え方が出てきています。これは「ジョブ・コーチ」と呼ばれていますが,日本でも実践されればとてもよいと思います。

21世紀の理学療法・作業療法

医療モデルから生活モデルへ

―――先生方が考える21世紀の理学療法士・作業療法士像とはどのようなものでしょうか。
奈良 これまでは,理学療法士も医師同様に臓器疾患が中心であり,「医学モデル」に頼っていました。しかし,ここ10年,高齢者への対応に始まり,地域におけるケアや介護保険を考えると,「生活モデル」を十分に視点に入れなくてはいけない,と考えるようになりました。しかし何もすべてが生活モデルということではなく,相手のニーズに応じて,複合的に考えなくてはいけません。別の言い方をすると,ある特定の悪い個所を治療していくという要素還元論主義の考え方は,今後も必要でしょう。しかし,人間が複雑な社会の中で生活していくことは,このような要素還元論主義だけでは対応できません。そこで「システム理論」に基づいた対応が必要となります。それに加えて,健康科学や行動科学の登場もその一環と考えられます。
 今後は,還元論主義的なものや,医学的モデルに加えて,いま言ったようなシステム理論,あるいは行動科学,健康科学に基づいて,対象者の自立を自ら育むことを支援することが重要となります。それがなければ本当の意味でのリハビリテーションに基づいた理学療法はできないでしょう。

理学療法の意味

奈良 私は,学生時代からしばらくのあいだ,リハビリテーションや理学療法を,障害を持った方々に「与える」ものと思っていました。それはいまでもある程度は間違いではないのですが,そのうちに「自分自身がリハビリテーションの対象者である」と思えてきました。つまり「生きている人間はすべてがリハビリテーションの対象者なのだ」と思うようになってきたのです。
 わたしたちには,正常な場合にも自然の要求として重力が存在します。今は重力に勝っているから2本足で自由に歩けますが,寝たきりの場合は,完全に重力に負けている状態と言えます。これは人間が対応しなければいけない自然の要求と言ってもいいでしょう。そして社会生活の営みには,さらに多くの複雑なことが存在しています。社会のさまざまな情報の中で,自分の可能性――これは学習能力だと思うのですが――に基づいて何かを身につける,それが「能力」であると思います。
 リハビリテーションの意味は「適合」と訳されていますが,私は「適応」だと思っています。つまり生きることは適応の連続ではないでしょうか。
 人間は生まれてから生物学的に変化します。また人間と自然環境,社会も経済,教育,政治,すべて変化していきます。そのような変化しつづける環境の中で,誰だって幸せでありたい,よりよく生きたいと思っています。それを実現するためのプロセスは,すべて適応・再適応の連続ではないでしょうか。そのためには,与えられた可能性を最大限に発揮して,できるだけ能力に変えていくことが,適応を支えるいちばん重要な要素だと思います。そこにリハビリテーションの原点があります。しかし,身体に障害を持って,さらに大きなハンディを背負ってしまった時,人はそのようにはなかなか考えにくくなることもあります。そこを周囲の人間や専門家が支援していくのです。21世紀にはこのような考え方がさらに浸透してくればよいと思います。
 私は「理学療法=リハビリテーション」と思っていません。理学療法の未来を考えた時に,例えばわれわれが近くの歯医者に行くように,理学療法を利用できるようになればと思います。その対象が,例えば五十肩,腰痛,捻挫などであれば,あえてリハビリテーションと言わなくてもよいと思います。病態が複雑多岐にわたり,長期あるいは一生涯フォローしなくてはいけないような,また他職種と連携しなくてはいけないケースは,リハビリテーションの範疇に入るだろうと思います。

作業療法の3つのキーワード

―――鎌倉先生,作業療法領域ではいかがでしょうか。
鎌倉 これからの作業療法の世界でますますポピュラーになっていくであろうキーワードを考えてみました。たぶん3つあると思います。
 1つは,「作業行動学モデルに沿った作業療法実践」という考え方が,いまよりも浸透していくでしょう。それは,いままで自分たちは医学モデルにこだわりすぎていたという反省から生じたものです。
 作業療法の人間は,「人間は作業的存在である」と言い切ります。つまり,人は誰でもその人らしい作業を行なうことによって初めて自己実現ができていく,作業という行動によって生きていく時間を刻んでいくのだ,と考えます。そのような自己実現を図ることが,作業療法にとっての目標だという考え方が浸透していくと思います。これは昔からある主張ですが,最近ようやく市民権を得てきました。
 それから第2のキーワードは,「クリニカル・リーズニング」(clinical reasoning)です。これは日本語になりにくいのでカタカナを使いますが,臨床実践をする時に,患者さんを「評価」したり,介入のプランを考えたり,介入したりする際,自分なりに理由を考えて,考えを組み立てていく過程のことです。ただ単に作業はよい,という漠然とした考えではなくて,「こうだからこう」と,自分の臨床実践をきちんと理由づけていくことが,さらに求められるようになっていくと思います。
 第3のキーワードは,「エビデンス・ベースト・プラクティス」(evidence based practice)です。これは最近さまざまな領域で流行っていますが,きちんと根拠があって実践していかなくてはいけない,その根拠は他人の研究成果を利用してもよいし,自分で根拠を明らかにして進んでもよい,とにかく根拠を明らかにしながら実践活動を進めていくことが一層求められるようになると思います。そして,これらの思考法をきちんと持った人間を育てていくことが,私たち教育の世界にいる人間の使命なのだろうと思います。
 最後に1つだけ言いたいことは,いま作業療法の世界では,過去への反動から脱医学モデル宣言が高々とうたわれている感がありますが,しかし,私たちは医学的知識から離れたところで仕事をするわけにはいかない,ということです。
 理学療法もきっとそうですし,作業療法もそうですが,われわれは保健・福祉領域と医学領域のちょうど狭間にいる人間なのです。両方の考え方ができ,両方の知識を持つことがこれからの武器になってくると思います。ですから医学的な知識の研鑚を積むことは,今後も大事だろうと思います。
奈良 そうですね。先ほど言いましたように,ある面では医学的知識をさらに深めていかなくてはいけません。一昔前には,理学療法研究のほとんどは臨床研究でした。しかし理学療法・作業療法の短大や4年制大学が設立され,その4年制大学の多くは,国立の医学部に併設されたことから,種々の研究施設を利用できるようになりました。そこで人間を対象としたものを含めて基礎研究を行なう理学療法士・作業療法士が増えています。これにより理学療法・作業療法に関連した治療体系をさらに深めることは,今後非常に大切となるでしょう。
――本日はありがとうございました。