医学界新聞

 

連載  戦禍の地-その(4)  

いまアジアでは-看護職がみたアジア

近藤麻理(高知医大・看護学科)


2385号よりつづく

日本での新たなスタート

 今年の3月初旬,私はコソボ自治州から日本に帰国しました。そして,この4月からは高知医科大学看護学科の助手としてのスタートを切りました。
 10年前,私は「病院の看護職には大学卒業者の給与規定はない」との理由で,希望する病院すべてから就職を断られ,正直な話,かなりの打撃を受けました。しかし,結局はそれが幸いする形でアジアの1人旅,そしてタイのバンコクやアメリカでの長期にわたる生活が可能となり,多くの代えがたい経験を積むことができました。実際の外国生活は,貧乏で過酷なサバイバルの毎日でしたが,若い時代の経験が生きて,今回が初めてのコソボでの緊急援助活動にもかかわらず,異文化との接触や生活を苦労と感じることが少なかったのだと思うのです。今回は,コソボでの現実から閑話休題。日本に帰ってきて思うコソボを語らせていただきます。

異郷の地に見る日本

 異文化に触れる時,普通はその大いなる違いについて語られることが多いのですが,その異文化の地に赴き人々の中に溶け込めもうとする時に力を発揮するのが,日常の身近な習慣に私たちの文化との類似点を見つけ,話すということです。コソボ自治州で私がよくしていたのは,家の中に入る手前で靴を脱ぐという習慣です。これは,アルバニア系住民の身近な習慣でもありました。
 私は,アメリカ・ヨーロッパでは靴を脱いで室内で生活する習慣はないと信じていたため,初めてアルバニア系難民と会った時には驚きました。子どもたちが,玄関先にバラバラと靴を脱ぎ散らかしていると,お母さんが靴を揃えながら子どもたちを叱っているのです。その婦人はコソボから遠く離れた日本に同じ習慣があると知ると,ちょっと驚いた顔をして「それはとても素晴らしい!」と大きな抱擁を求めてきました。
 その他にも,彼らは家に戻ると必ず石鹸で手をしっかり洗います。また,洗濯をするのが大好きで,日なたにずらりと洗濯物を並べて干します。マイナス20度という気温にも構わず洗濯物を干し,子どものズボンには長いツララがぶら下がっていました。そんな光景に日本を想いました。

コソボの休日

 コソボ自治州での活動は,決して毎日が悲惨で忙しいというものではなく,楽しい場面もたくさんあったのです。昨(1999)年夏には,焼け焦げた町を通り抜け北西部のぺヤの山にスタッフの家族と総勢20人ほどでピクニックに行きました(写真)。しかしこの山々は,ほんの数か月前には難民となった彼らが脱出して行った場所だったのです。降り積もった雪に足をとられながら,自分が生きているのか死んでいるのかさえ自覚できない極限状態での脱出。十分な食料も衣類もなく,眠ることすらままならず,それでも彼らは何十時間も歩き続け,生き残りました。そんな多くの話を,一番身近にいる現地スタッフからは毎日仕事以外にも聞くことができました。
 そして,コソボ自治州のアルバニア系住民の置かれてきた社会的状況に目を向け,この紛争にかかわる情報を収集する時に注意したことは,「情報は必ず偏っている」ということでした。為政者に歪められていない現地の歴史や社会を,私自身が正確に知らなくてはなりません。これらの情報なしには,現地の援助活動を円滑に行なうことはできないからです。医療分野であっても,それは決して例外ではないはずなのです。

情熱だけでない心構えが必要

 看護職が国際的救援活動に参加することを期待されている近年ですが,長期にわたる国外派遣者は慢性的な人材不足です。また,さまざまな異文化の中での不適応,過剰にストレスが溜まる現地での仕事ゆえ,途中で帰国をしてしまう人も多く,任務遂行が不可能になるケースもたびたびと言えそうです。既成の看護学の知識や実践,あるいは情熱だけでは国際的な現場に出て十分な仕事をすることは不可能でしょう。
 国際活動に関心を寄せる人たちは,「よい体験ができました」以上の活動にするために,ぜひとも公衆衛生学,国際関係学,社会学,政治・政策学,平和学,歴史,人道援助,安全保障,開発といったものを,派遣前の数年間じっくり学習する必要があると考えます。また,今後の援助活動にはインターネット通信が欠かせません。情報はますます高度化していきますし,コンピュータの使用は必須となります。
 コンピュータ技術の習得など,課題ばかりが増えていきますが,現場は本当に活気づいています。世界中から集まった若い人たちの情熱と,経験者等の叡智で沸き返っています。この連載を読んでくださっている誰かと一緒に,いつかまたこの空気を吸いたいものだと思っています。次回からは再びコソボの現実をお伝えします。

・今回のホームページ紹介
【AMDA】

今回私が参加したAMDAは,国際援助活動を志す医療スタッフに,現場で活動するチャンスを与えてくれる日本本部(岡山)のNGOです。募集条件や場所など,普段から情報を仕入れておくとよいでしょう。会員の申し込みもメールで可能です。
http://www.amda.or.jp
【外務省】
日本外務省のホームページには,世界の国際機関へのリンクや国際機関の人材募集情報などが掲載されています。かなり有益な情報が引き出せますので,一度アクセスすることをお奨めします。
http://www.mofa.go.jp