医学界新聞

 

連載 MGHのクリニカル・クラークシップ

第8回

形式を超えて
-患者の判断を助けるインフォームド・コンセント-

田中まゆみ(ボストン大学公衆衛生大学院)


2380号よりつづく

医療現場は危険に満ちている

 Medical harm(医療被害)が起きたその時点では,それが医療側のミスによるものか,不可避な不幸な事故だったのかは誰にもわからない。ただわかっていることは,患者さんが傷ついたという事実と,何かがうまくいかなかったということ,そして,それは誰にでもどこででも起こりうるということだけである。まず100%医療側のミスと言える薬剤投与ミスから,患者さんの特異体質や非常に稀な病態・予想し得なかった反応による事故まで,医療現場は危険に満ちみちている。
 クリニカルクラークシップにおいて,学生はまず,医療側が全責任を負う院内での薬剤投与ミスを防ぐためには,チームワークやコンピュータシステムがどんなに大切かを身を持って学ぶ。ICUの回診に薬剤師が付くことで薬剤投与ミスを減らせることを最初に示したのはマサチューセッツ総合病院(MGH)であったし,いち早く処方チェックにコンピュータシステムを導入したのはブリガム&ウィメンズ病院であった。学生といえども,病院全体の真摯な取り組みの中で,その重要な一員としての態度が期待されているし,またおのずと身に付いていくのだ。
 次にクリニカルクラークシップで学生が直面するのは,検査・治療手技に伴う害であろう。程度の差はあれ,侵襲を伴う医療行為は危険とは常に背中合わせである。患者の「インフォームド・コンセント」が必要なゆえんである。クラークシップ中の医学生は,研修医が「インフォームド・コンセント」を取る際に同席し,
(1)診断(鑑別診断を含む)
(2)医療者が提案している検査や治療の内容(実際にどんなことをするのか)および予期される合併症とその確率
(3)短期および長期の治療目標
(4)他にも選択肢はあるか,あるとしたらその予後の比較(何もしない[watchful waiting]という選択肢も含む)
といった事項の説明の仕方,患者さんへの質問への答え方を学ぶ。

起こりうる危険性を知らせる義務

 「インフォームド・コンセントを得る際の禁忌事項」を列挙してみるとのようになる。
 例として個人的体験をあげて恐縮だが,筆者は長女の内斜視の術前説明で,「治療目標は美容上の改善。視力の保全はこの手術だけでは達成できない(視力訓練などが重要)」「きわめて稀ではあるが,手術の失敗による失明,麻酔事故による死亡もありうる」とはっきり告げられた。幸い内斜視の手術がどんなものかよく知っていたので冷静でいられたが(交通事故で失明・死亡する確率のほうがはるかに高いだろう),知らなければ「そんなに大変なのか。一生斜視でも,死ぬよりはマシかも」と,手術に同意しなかったかもしれない。
 これではあまりにもネガティブな面を強調し過ぎる,そんなに患者を不安にさせては医療自体が成り立たない,と感じられるかもしれない。
 しかし,患者や家族は悪いことをも含めてすべての情報を知る権利があり,知らせることが医療者の義務なのである。何かが起こった後で「実は全身麻酔事故による死亡率は××%でして……」と言われれば「騙された,話が違う」と怒るのは当然である。危険性を説明されずに麻酔事故にでもあっていたら「内斜視ぐらいで命を落とすなんて……」と親として自分を一生責め続けたに違いない。すべては期待される利益(ベネフィット)と起こりうる危険性(リスク)とのバランスの問題なのである。医師の与える情報がフェアでなく,患者にある選択をするよう誘導するようなものであったとしたら,医療事故にあった患者が怒るのは当然である。
 医療とは不確実なもので,100%ということはあり得ない。よかれと思ってやったことでも裏目に出ることもある(どころか,非常に多い)。それはどのくらいの確率で,可能性としてはどんな事態が起こりうるか,おおよそのことは患者に知らせることが医師として誠実な態度と言えよう。

表 インフォームド・コンセントを得る際の禁忌事項
【禁忌その1】:“Don't worry.”「心配いりませんよ」と言う
→大いに心配だからこそインフォームド・コンセントを必要とするわけなのだから,患者に虚偽の気休めを言ってはならない
【禁忌その2】:「絶対に治してみせます」「成功を保証します」と約束する
→明らかに実行不可能な契約であり詐欺の疑いがある
【禁忌その3】:色よい返事をもらうために実際より侵襲や副作用が軽いかのように説明する
→非倫理的であるばかりか法的にも後で問題になる可能性が強い
【禁忌その4】:強引な説得。非協力的だと非難したり,不利益を匂わすような脅迫的態度
→同意しなかったために不当な扱いを受けた,と訴えられる
【禁忌その5】:当事者能力がない患者からインフォームド・コンセントを取る
→非倫理的かつ違法(註1

インフォームドコンセントとは何か

 当地で強く感じるのは,医療被害に対する患者の自衛意識の強さと,患者の疑念や不信に対する医師の全面協力姿勢である。患者は薬の副作用や検査・治療の合併症等について実に細かく尋ねてくるし,それに対して医師がまた嫌な顔ひとつせず,率直に説明する。「気休め」や「安請け合い」という言葉はアメリカの医師の辞書にはないらしい。
 患者も医師も,医療という行為が,病院という場所が,どんなに危険をはらんでいるかを熟知しており,患者は自分の身を守ろうとし,医師はそういう患者の疑心暗鬼を当然の自己防衛と受け止めて冷静に応対している。何しろハーバード大学は医療過誤について最もアグレッシブに情報公開してきた本家本元である(註2)から,目覚めた患者への醒めた対応も当然といえば当然かもしれない。
 さて,インフォームド・コンセントにサインしてくれない(「説明を受けた上での拒否“informed refusal”)患者はどうするか。大事なのは患者の意向を尊重することであるから,静かに「わかりました。おっしゃる通りにします」と丁寧に引き下がり,カルテにその旨を記載すればよい。決して言い争ってはならない。あとはシニアレジデントか教官にバトンタッチする。人を変えて説得しても気が変わらないようなら,いかに医師から見て理不尽な決断に思えようと,患者の決定に従う(これを,患者の“unwise decision”の尊重という)。そもそもインフォームド・コンセントとは患者の自由意思を尊重するということなのである。MGHでは,患者が拒否するので生検ができず最終診断がつかないまま退院,というようなことはごくありふれたことである。患者の体であり,患者がそれでいいと言っているのだから,「気が変わったらまたどうぞ」と笑顔で送り出す(研修医は不満顔だが,教官が正しい対応の仕方を教え,実践して見せる)。
 これでおわかりのように,インフォームド・コンセントとは「医療の主体者である患者が公正な判断ができるように情報公開すること」である。患者によりよい選択をしてもらうために医師が誠意を持って情報を集め,知らせることがインフォームド・コンセント(最近はインフォームド・ディシジョンとかインフォームド・チョイスと言われることが多い)であると理解していれば,患者がいろいろ質問したり同意に躊躇したりすることを医師が迷惑がるのがいかにおかしなことかわかる。

訴訟を防ぐための書類ではなく理解し合うためのプロセス

 インフォームド・コンセントは訴訟を防ぐために急いでサインしてもらう形式的な書類ではなく,患者とのコミュニケーションのきっかけに過ぎない。重要なのは形式ではなく,患者と医師が治療のゴールを共有し,そのゴールを達成するために,検査や治療の内容や危険性,不確実性について語り合い理解し合うという過程(プロセス)なのだ(シェアド・ディシジョンと言われることも多い)。
 「非常に残念で,申し上げにくいのですが,現在の医療ではあなたの病気に対する決定的な治療法は知られていません。もちろん,できるだけのことはします。現在のところ,あなたには3つの選択があります。1つは,○○の手術をすること。これには,××%の死亡率が伴い,△△%の確率で機能障害を残す危険性があります。あなたには心臓病と肝臓病の既往があるので,麻酔自体にも□□%の死亡率が伴います。運よく成功した場合,統計によると5年生存率は▽▽%です。2つ目は,手術はしないで薬でコントロールする方法です。この場合は5年生存率は◇◇%というデータがあります。3つ目は,まだ実験段階の新しい治療法の治験に参加することです。これには5年生存率のデータはもちろんありませんが,動物実験では有望とのことです」
 同意するかしないかには患者の価値観・人生観が反映される。選択には困難が伴うが,患者が責任能力のある大人なら,誰にも患者本人に代わって決断する権利はないのだ。
 患者と医療の不確実性を分かち合い,患者が最善の選択ができるように情報公開することがインフォームド・コンセントなのである。「先生にお任せします。だって,専門家でしょう」と言った患者に,ある教授は優しく言った。「でもあなたの体のことなんです。私が決めることはできません。もちろん,できる限りのお手伝いはしますし,知っていることは何でもお話します。どうぞよく考えて,ご自分で決めてお返事ください」

(註1)施設から胸痛発作で入院してきたダウン症患者に心カテ検査をする必要が生じた時,教官は研修医たちに倫理的法的に正しい手順を踏むよう念を押した。すなわち,(1)精神年齢の測定を精神科に依頼する,(2)それが法的に自分の医学的判断を下せる年齢以下なら,近親者か,いなければ「健康に関する決定を行なう代理人」を選定して,その人のインフォームド・コンセントを得る,というものであった。結局その患者の精神年齢は5歳児程度と判定され,近親者はいなかったので法的代理人である施設の弁護士が書類に署名した
(註2)ベスイスラエル病院では,1981年の1年間で203件の心停止(心肺蘇生術の適応のあるもののみ)が院内で起こったが,うち14%(28件)がiatrogenic(医療行為が原因)で,そのうち61%(17件)が死亡した,と報告している。28件のうち18件は予防可能と思われるもので,薬剤関連ミス[誤処方・過剰服用・副作用等]によるものが8件,negligence[過失:患者の訴えや異常検査値など何らかの異常が見られたにもかかわらず適切な処置がされなかった]によるものが5件であった[JAMA1991;265:2815](この研究は実施後10年を経てようやく発表されたが,関係者は多方面から大変な圧力を受けたという。しかし,ベスイスラエル病院はラプキン院長のもと,異常検査値がより迅速に医師に伝わるようにしたり,スタッフに医療過誤防止コースを受講させるなど,システムの改善に真摯に取り組んだ)
 また,1984年に行なわれたハーバード公衆衛生大学院による医療事故調査も有名で,よく引用される。これによれば,ニューヨーク州の51の急性期病院に入院していた3万人のうち実に3.7%の患者が入院中に何らかの医療被害を受けた。このうち58%が医療過誤によるものと判定され,被害の原因は,薬害19%,創傷感染14%,医療手技の合併症13%という内訳であった[New Engl J Med(1991)324:370,377]