医学界新聞

 

連載
アメリカ医療の光と影(27)

マネジドケアの失敗(4)

李 啓充 (マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学助教授)


 大リーグ,ボルチモア・オリオールズのオーナー,ピーター・アンジェロスは,その財力だけでなく,わがままさでも名を馳せている。有名選手を金でかき集め,選手の年俸は大リーグ1というチームを作ったものの,チームを地区優勝に導いたデビー・ジョンソン監督(オリオールズ黄金時代の二塁手として活躍した後,長嶋巨人の初代助っ人となる)を97年に辞任に追い込んだ後,オリオールズは98・99年ともア・リーグ東地区4位(全5チーム)と低迷した。

タバコ訴訟を指揮する弁護士たち

 アンジェロスの財力は大リーグのオーナーの中でも随一と言われるが,その本業は訴訟弁護士である。アスベスト訴訟で得た弁護士報酬がオリオールズを買収する際の資金となったと言われているが,アンジェロスはメリーランド州がタバコ会社を訴えた訴訟を指揮し,同州に40億ドルの賠償金をもたらした。米国では,弁護士報酬の相場は賠償金の3分の1から4分の1であるとされているが,タバコ訴訟の賠償金の25%,10億ドルを支払えというアンジェロスと,支払いを渋るメリーランド州との間で,現在タバコ訴訟の弁護士報酬をめぐる訴訟が争われている。
 「タバコによる健康被害に州政府が費やした医療費」についてタバコ会社に補償を求める訴訟が相次いで起こされたのは90年代前半のことである。タバコ会社の責任を問うのは難しかろうという当初の予想を覆して,総額2千600億ドルの賠償金が各州に支払われることとなった背景には,タバコ会社の経営者たちが「ニコチンには中毒性などない」とこぞって議会で証言した直後に,「タバコ会社が古くからニコチンの中毒性を認識していた」ことを証明する内部文書が曝露されるという経緯があった。
 内部通報者の協力を得てこの内部文書を曝露した中心人物が,当時ミシシッピ州のタバコ訴訟を手がけていた弁護士,リチャード・スクラグスである(今年アカデミー作品賞候補となった「インサイダー」という映画は,タバコ訴訟の内部告発者をモデルとしたものであるが,この映画にもスクラグスが重要人物として登場する)。

マネジドケアが次の標的に

 タバコ訴訟が決着した後,タバコ訴訟を手がけた弁護士たちは,次なる大型訴訟の標的,つまり,誰がタバコ会社に代わる「社会の敵」となりうるかの選定作業を行なった。大物弁護士たちの眼鏡にかない,晴れて「社会の敵ナンバー1」の座を獲得したのが,マネジドケアであった。
 スクラグスはタバコ訴訟で巨額の報酬を勝ち取り潤沢な訴訟資金を有する弁護士たちを組織し,大手保険会社を相手取り,99年10月から次々と集団訴訟を起こした。マネジドケアに対する訴訟を準備していたのはスクラグスたちだけではなかった。司法省がマイクロソフト社を訴えた独禁法違反訴訟を指揮するなど超大物弁護士として名高いデイビッド・ボイスのグループも,同時期に大手の保険会社を訴え始めたのであった(今年2月までに少なくとも20の集団訴訟が起こされている)。

保険会社は戦々恐々

 スクラグス等が訴訟で指弾したマネジドケア商法の問題の第一は,その「非透明性」であった。「良質の医療を提供する」といった宣伝で保険加入者を募る一方で,医師に対し診療行為を減らすことを奨励する支払方法をとっていたり,医療行為の必要性を審査する「利用審査」の際に拒否率の高い審査官にボーナスを出しているなどの情報を消費者に開示しないことは「詐欺に相当」すると主張したのであった。
 また,医師に対し医療行為を減らさないと減収になるという契約条件を強いることは連邦「反恐喝法」に触れるとし,本来マフィアなどの組織犯罪に適用することを目的として制定された法律まで持ち出して,マネジドケア商法の違法性を問うたのであった。いわば,マネジドケアがマフィア並みの扱いを受ける時代となったわけであるが,裁判となって内部告発者がマネジドケア商法を明るみに出した時に陪審員がどう反応するか,タバコ訴訟の二の舞となるのではないかと,大手保険会社は「訴訟に対して徹底的に闘う」と強気の姿勢を示す一方で,内心は戦々恐々としている。

マネジドケアの違法性をめぐる州検察の調査

 今年4月,マネジドケア業界最大手のエトナ社が,テキサス州から起こされていた訴訟について,第三者による利用審査の不服審査制度を採用するなど,その商法の見直しを行なうと同州との和解を発表した。エトナ社は,恭順の意を示してテキサス州と和解することが,相次ぐ集団訴訟に対する免罪符となることを期待したと言われている。
 一方,テキサス州総検事のジョン・コーニン(共和党)がエトナ社と「抜け穴だらけの和解」を進めたのは,大統領選を闘う同州のジョージ・ブッシュ知事(共和党)に対する産業界の支持を集めるためだったと取りざたされている。マネジドケアに対する訴訟を起こしたのが前任の総検事(民主党)であった上に,コーニン総検事が共和党州総検事連合の顔役として「産業界に対する訴訟」を規制することを主張してきたことがこの憶測を呼んでいるのである。
 マネジドケアが利用審査の基準を明らかにしないまま医療行為の必要性を判定していることの違法性を調査しているコネティカット州総検事リチャード・ブルメンタールおよびニューヨーク州総検事エリオット・スピッツァーは,エトナ社とテキサス州の「和解」に惑わされることなくマネジドケアに対する調査を継続することを表明している。