第2388号 2000年5月22日


印象記

第8回国際癌遺伝子治療学会

松田 修(京都府立医科大学・微生物学)


はじめに

 第8回国際癌遺伝子治療学会(8th International Conference on Gene Therapy of Cancer)に参加した。この学会は1999年12月9日から11日まで,カリフォルニア州サンディエゴのホテル・デル・コロナドで行なわれた。
 サンディエゴへの途上,サンフランシスコに立ち寄り,UCSFのMark A. Israel教授を訪問し,Brain Tumor Research Centerでセミナーをさせていただいた。この訪問でも,さまざまな情報交換ができ,非常に得るところが大きかった。
 さて,コロナド半島は,ダウンタウンの西方にあり,大まかに言って北部は米国海軍の基地,南部はリゾートとなっている。ホテル・デル・コロナドは南部に位置し,歴代の合衆国大統領をはじめ,数多くの著名人が訪れた高級ホテルとして有名である。ホテルの大ホールが工事中であったため,メイン会場は屋外の巨大な仮設テントとなった。空調の加減か,テント内は温度が低く,これには著者は閉口したが,それにもかかわらず学会の雰囲気は熱い議論で沸騰するようであった。
 以下,特に独創的,または注目を集めた演題,あるいは著者にとって特に興味深かった話題を中心に紹介したい。

アポトーシス関連遺伝子と血管新生
関連遺伝子の遺伝子治療への応用

 この分野では前年に引き続きp53に関する演題が多く見られた他,さらに新しいがん抑制遺伝子の応用も多く見られた。MMAC1(Canji社,Booksteinら),BRCA1(East Carolina School of Medicine,Taitら),von Hippel-Lindau遺伝子(Human Gene Therapy Research Institute,Sethら),p16-p27キメラ遺伝子(Cell Genesys社,Patelら)などが,いずれもアデノ,またはレトロウイルスで担癌モデル動物に投与され,有意な治療効果を示した。BRCA1遺伝子では第I相臨床研究も開始されていた。COX2アンチセンスの肺非小細胞がんへの導入では,放射線照射によるアポトーシスの増強と腫瘍細胞の遊走阻止という両方の効果が示された(UCLA,Dohadwalaら)。
 腫瘍の血管新生抑制を目的とするものでは,エンドスタチン,アンジオスタチン,thrombospondin-1(Southern California大,Shichinoheら),可溶性flk-1(VEGFレセプター)(Harvard大,Zhuら),ウロキナーゼ・プラスミノーゲン・アクチベーターN末断片(ATF)(RPR-Gencell社,Liら)等が,アデノウイルス,AAV,あるいはlenti virusベクターで試みられており,内皮細胞の増殖,遊走の抑制,あるいはin vivoでの腫瘍の増殖抑制を指標として評価されていた。
 乳がんと頭頸部腫瘍を標的とした,カチオニックリポソームによるアデノウイルスE1A導入の,第I相臨床研究の結果が報告された。進行性の乳がん,卵巣がん,および頭頸部腫瘍が対象とされ,評価できた21例のうち2例でobjective response,9例でstable diseaseとなったとのことである(Targeted Genetics社,Anklesariaら)。
 一方,東大医科研のTanabeらは,基質特異性の非常に高い新規リボザイム(Maxizyme)を用いてbcr-ablを標的し,慢性骨髄性白血病細胞特異的にアポトーシスを誘導するシステムを紹介し,注目を集めていた。

新規ウイルス性ベクターの開発

 ウイルス性ベクター,非ウイルス性ベクターともに,さまざまな工夫が凝らされ,多くの演題が出されていた。とりわけ米国のベンチャー企業がしのぎを削りつつ強力に推進しているさまが印象深かった。
 ウイルス性ベクターに関しては,新規ベクターの開発は主として2つの方向への進展が目立っていた。すなわち治療効果の増強をはかる目的で複製可能ウイルスを用いるものと,腫瘍特異性を目的に,トロピズムを変更,またはプロモーターを改変したものである。腫瘍特異性と増殖能を併せ持ったものもあった。
 複製可能ウイルスでは,E1B55kDa遺伝子を欠損させたアデノウイルス,ONYX-015が,Onyx Pharmaceutical社といくつもの米国の大学の共同研究で多数報告されていた。第II相臨床研究の中間報告もあり,例えばp53欠損の原発性肝がんでは7例中3例で50%以上のCA125の低下,7例中2例で25-50%のCA19-9の低下が認められた(Montefiore medical center,Makowerら)。さらに再発性頭頸部腫瘍を対象とし,ONYX-015とシスプラチン,5-FUを併用したものでは,30例中8例でcomplete response,11例でpartial responseがみられ,進行した例は0例であった(Onyx Pharmaceutical社,Kirnら)。ONYX-015の臨床研究は現在,膵がん,卵巣がん,直腸がんでも始まっているそうである。
 オステオカルシン・プロモーターの下流にE1Aを有するアデノウイルスベクターも,現在第I相試験に入っている。このウイルスの特徴は,前立腺がん特異的にE1Aを発現し複製することである(Virginia大,Gardnerら)。他にも複製可能ウイルスベクターとして,E1B19kDa遺伝子欠損アデノウイルス(New York大,Sauthoffら)やヘルペスウイルスベクター(Georgetown大,Martuza)も紹介された。
 標的細胞特異的に感染可能なウイルスの開発としては,例えばアデノウイルスのファイバーにRGDなどのオリゴペプチドを挿入する,またはファイバーを置換するという手法が非常に有効であることが証明された(Alabama大,Curiel)。

新規非ウイルス性ベクターの開発

 非ウイルス性ベクターにおいても,標的細胞特異性を与えようとする試みが多くなされている。UCLAのRozenbergらは,リポソーム-PEG-ポリマーという構造の人工標的導入系を報告した。またPhilipps大のMullerらは,RGDペプチドを結合させたリポソームと,エンドグリン遺伝子プロモーターを用いて,血管内皮細胞特異的に導入する系を作成した。
 一方,非ウイルス性ベクターの導入効率を上げる目的では,Copernicus Therapeutics社のKowalczykらが,プラスミドDNAを可能な限りコンパクトにする手法を発表している。著者らは,EBウイルス由来プラスミドベクターとポリカチオンとの複合体(EBV/polyplex)を用いることにより,非ウイルス性ベクターによる導入の効率を高められること,この系を自殺遺伝子治療やサイトカイン遺伝子導入に応用可能なことを報告した。
 とりわけユニークな研究としては,Vion Pharmaceuticals社のClairmontらによる,遺伝子改変したサルモネラ菌を用いる方法があげられよう。この菌(VNP20009)を担癌マウスに静注することにより,腫瘍に選択的な菌の集積と,腫瘍の増殖・転移の抑制が認められた。さらにこの菌にエンドスタチン遺伝子を導入すると,抗腫瘍効果の増強が認められたそうである。

血液細胞への遺伝子導入

 自家幹細胞移植に用いるための幹細胞ポピュレーションから,混入した腫瘍細胞をpurgingするための手法が多く見られた。Danksら(St. Jude Children's Research Hospital)は,ウサギ肝カルボキシエステラーゼ遺伝子をアデノウイルスベクターにて導入し,骨髄,または末梢血から神経芽細胞腫を除去する系を報告した。CEAプロモーターを有するアデノウイルスを用いても,MOI50にて100%の腫瘍細胞に導入可能な反面,正常血液細胞への導入効率は0%であった。さらにN-Myc応答性のオルニチン・デカルボキシラーゼ遺伝子プロモーターを応用した手法も紹介された。この系は現在,第I/II相臨床研究が行なわれている。
 Deisseroth(Yale大)は,L-plastin遺伝子プロモーター下流にシトシン・デアミナーゼ遺伝子をつないだアデノウイルスベクターにて,自家移植幹細胞から卵巣がん細胞を除去することを試み,腫瘍細胞の混入を100万分の1以下にでき,なおかつlong-term reconstitution能は保持されることを報告した。さらに同プロモーター下流にE1A遺伝子を組み込み,腫瘍細胞特異的に複製能を有するアデノウイルスベクターを作成することにも成功した。
 一方,日大のMiyakeらは,HIVベクターにてCD4陽性T細胞特異的に導入する系を報告した。in vitroでは100%のCD4陽性細胞に導入可能であり,NOD-SCIDマウスに移植したin vivoの系でも2-4%のCD4陽性細胞が導入遺伝子を発現していた。

薬剤感受性遺伝子と薬剤耐性遺伝子

 Human Gene Therapy Research InstituteのSereginaらは,単純ヘルペスウイルス・チミジンキナーゼ(HSV1-Tk)遺伝子を有するレトロウイルスベクターの産生細胞を,再発性の卵巣がんの患者に腹腔内移植する第I相臨床試験を報告した。移植後2週目から2週間,ガンシクロビルを投与したところ,9例中4例でantitumor responseが認められた。そのうち1例では2cm径の腫瘍が完全に消失し,CA125も70%減少した。ウイルス産生細胞はマウス由来であるが,異種抗原に対する免疫応答,特に超急性拒絶反応が,抗腫瘍効果に何らかの役割を果たしていることが示唆された。
 他方,アデノウイルスベクターによる,悪性中皮腫へのHSV1-Tk遺伝子導入(第I相試験)も,Pennsylvania大のAlbeldaにより報告された。26人の患者の胸腔内に投与したところ,特に顕著な副作用は見られなかったものの,遺伝子導入は腫瘍表面の細胞に限局していた。
 他の薬剤感受性に関する遺伝子では,チトクロームp450 CYP2B1遺伝子を導入した細胞をmicroencapsulateし,腫瘍血管内に移植するというプロトコールが,膵がんを対象にすでに臨床研究が開始されているとのことであった(Rostock大,Loehrら)。
 また,新しい薬剤感受性関連の遺伝子として,β-glucuronidase遺伝子(Philipps大,Weyelら)と,L-methionine-γ-lyase遺伝子(UCSD,Mikiら)を用いた試みがあり,いずれもin vitroではヒト腫瘍細胞に対して強力な殺傷効果があり,また興味深いことに,有意なbystander effectが認められた。これらの遺伝子も将来,がんの自殺遺伝子治療の強力なツールになる可能性があると言えよう。

免疫遺伝子治療

 悪性腫瘍に対する遺伝子ワクチンが数多く見受けられ,樹状細胞(DC)へのex vivo導入の系と,in vivo DNAワクチンの2つの方向に,注目すべきものが多かった。他方,いわゆる養子免疫療法的な手法は,本学会ではあまり多くは見られなかった。
 樹状細胞(DC)へのex vivo導入として,Genzyme社のKaplanらは,マウスDCにアデノウイルスベクターにてメラノーマ抗原遺伝子を導入し,B16移植マウスにてメラノーマ特異的CTLの誘導と治療効果を認めている。一方,UCLAのLiauらも同様にマウスの系で,アデノウイルスベクターにてメラノーマ抗原遺伝子を導入したDCをワクチンとして用いたが,B16の頭蓋内移植の系において,CTL導入は見られたが有意な抗腫瘍効果は認められなかった。
 in vivoのDNAワクチンでは,すでに臨床研究が始まっているものとして,Vical社のLeuvectinとAllovectin-7があった。前者は,IL-2遺伝子導入リポソームであり,前立腺がんを対象として第I相試験が行なわれた。ベクターの腫瘍内注入後,PSAをマーカーとして腫瘍の進行を評価したものであるが,ただし一部の患者では導入後に前立腺全摘出術が施行された。その結果,24例中9例で50%以上,4例で25-50%のPSAの低下が認められた(Vical社,Schreiberら)。後者はHLA-B7遺伝子導入リポソームであり,転移性メラノーマを対象として第I/II相試験が行なわれた。87例中9例がcompleteまたはpartial responseを示し,18例がstable diseaseとなり,計31%にclinical benefitが認められたという(Arizona Cancer Center,Hershら)。
 またNebrasca大のParajuliらは,Flt3-ligand投与によるin vivoのDC増幅とアデノウイルスベクターによるp53遺伝子導入を組み合わせ,乳がん移植マウスにおいてp53特異的Th1応答の増強と生存の延長を認めた。
 さらにサイトカイン遺伝子を用いた免疫遺伝子治療の系は例年のごとく多数の報告があり,例えばIL-2遺伝子導入アロ線維芽細胞を用いたRuch Medical CollegeのGlickらの報告があった。マウス乳がん細胞の頭蓋内移植の系では,著明なマウスの延命効果と,再移植に対する抵抗性の獲得を認めた。

結語

 本学会の開催時期は,アデノウイルスベクターの投与を受けた患者が突然死した事件の後であり,学会出席者の間にも,大きな波紋を落としていた。この事件に関するRACの会議に出席するため,急遽学会に参加できなくなったVIPもおられたそうである。しかしながら,そのような状況にもかかわらず,遺伝子治療に対する期待感は決して衰えてはおらず,全体として前向きな姿勢が伺われた。
 本学会は例年,Sidney-Kimmel Cancer Centerの主催により,主としてアメリカ合衆国内で開催されてきたが,今後はヨーロッパでの開催も企画するという。さらに「Cancer Gene Therapy」誌を本学会の正式な学会誌とするそうである(同誌は隔月刊の発刊が月刊になる)。このように,がんの遺伝子治療が次世紀の医学と呼ぶに相応しく発展し,それに伴って本学会も拡大発展するまさに転換期にあったと言える。その特異点に位置する会合に参加することができたのは大変に意義深かった。
 最後になったが,研究交流助成を授与くださった金原一郎記念医学医療振興財団に,心から感謝いたします。