第2385号 2000年4月24日


連載  戦禍の地-その(3)  

いまアジアでは-看護職がみたアジア


2381号よりつづく

傷つく子どもたち

生まれ故郷へ

 1999年6月10日。国連安全保障理事会の採択を受けて,NATO(北大西洋条約機構)はユーゴスラビアへの空爆の一時停止を発表しました。その数日後から,アルバニアに避難民として生活していた43万人もの人々は,一斉にコソボ自治州内に向けて車やトラクターを走らせ始めたのです。それは,国際機関が難民帰還の準備を整える時間もないままに,地雷の除去さえまだ始まっていない時期でした。
 その頃,アルバニアのデュラス市にあるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で週に1度開かれるNGO定例会議の席では,議長が「来週,彼ら(難民)がまだ残っていたら,またここでお会いましょう」と発言しました。しかし,この言葉に誰1人として笑う人はいなかったと言います。実際に難民は,全員が自分自身の土地へ帰るようでした。
 私は,6月18日にコソボ自治州内の調査のために,コソボ難民であった現地スタッフの家族と一緒に,押し寄せ渋滞する車の列に連なりコソボ自治州内プリズレン県に入りました。彼ら家族が自分の家へ戻った時,子どもが手にしていたぬいぐるみ数個が居間に並べられました。その場所は,難民としてこの地を脱出する前に置かれていた場所でもあったのです。まさに彼らと同様に,静かに戻ったのです。

復興する街

 プリズレンの町は,当初破壊されたガラス窓の商店が並び,荒涼とした印象でした。それが,野菜が仕入れられ,食料品が揃うようになって,1日1日と息を吹き返していきます。私たちも,初日はアルバニアの国境近くで配給されたパン,米,缶詰という食料でしのぎましたが,翌日からは新鮮なトマトときゅうりを食べることができました。
 街は,帰還する人々の歓喜で明るく包まれています。残った家族も,難民として脱出した家族も,相互に連絡が途絶えていたため,お互いに生きていたことを抱き合って喜んでいます。この人口2万人ほどのプリズレンの町では,NATO空爆の期間に家の中でひっそりと隠れ住んでいた人々も多くいたのです。どの家でも,高い塀のどこかにはしごがかかっています。これを使って,男たちは警察(ユーゴスラビア治安維持部隊)が来ると家の外へ逃げたり,あるいは真っ暗な屋根裏部屋に隠れていたりしたのだと話してくれました。そして,爆弾の音がすさまじく,地鳴りが響いたことなどを,言葉が通じないかわりに,しゃがみ込んだり体を揺さぶったりしながら,私に一生懸命に,それこそ身をもって教えてくれるのでした。

プリズレン県クルーシャ村の家。1999年の6月中旬にアルバニアから村へ戻った時に見たものは,無惨に焼けこげた家だった。この一家は,家の中を掃除するまで配布されたテントの中で暮らした
(1999年7月,筆者撮影)

少しの音にもおびえる子どもたち

ミトロヴィツァ県シケンドライ市の山の中で学校に通う子どもたち。おそろいの冬服とリュックサックはユニセフからの贈り物
(2000年1月,筆者撮影)
 難民として脱出する時に,人が殺される(肉親の場合も多い)という情景を目撃してしまった子どもたちは,その心に深い影を落とします。子どもたちからその話を聞かされる時,その顔にはまったく表情がないことに気づかされます。大人たちは,感情を激しく露わにしますが,子どもたちは,人の死をどう表現したらいいのか戸惑っているのです。その後,家の中に隠れていた子どもたちの多くに,少しの音でおびえたり震えが止まらなくなったりする症状がみられることがわかりました。残っていた子どもたちも,やはり窓の隙間から外で起きている出来事を見ていたのです。
 緊急救援の期間は,特にどのNGOも国際機関も最低限必要な薬や医療器具の援助を行ないますが,実は慢性疾患患者の治療薬の不足は深刻な問題になっていました。長期間にわたり,自宅の中に隠れ住む生活のため,糖尿病や高血圧などの治療薬が手に入らなかったり,また癌の診断を受けていながらも治療のすべがなかったりという現実があったのです。それ以上に,肉親の亡骸が掘り起こされ,確認された時の精神的な衝撃は大きく,何人もの人々が診療所に運ばれてくるのでした。

課題となる子どもたちへの精神的ケア

 7月の暑い朝,17歳の少女は村の診療所に運ばれてくる途中,トラックの荷台の上で命を落としました。毎日接している子どもたちの心の中を覗き込むことは非常に難しいのですが,彼らの言葉の端々に,あるいは絵の中に何かひっかかるものを感じます。次世代を担う子どもたちです。だからこそ,学校教育を子どもたちに行なうのと同じくらい,PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷性ストレス障害)の子どもたちへケアを行なうこと,ケアのできる現地の医師やカウンセラーを育てることが重要となります。
 現在,医師や医療従事者は,来院する患者に話を聞き共感することで精神的サポートを自然に行ない,患者の心を安らかにしているようです。PTSDを持つ子どもたちへの精神的ケアが,現地の専門家によって行なわれることが,次段階となる復興援助の課題になるのだと思います。さて,どのようにプロジェクトを計画し,運営していきましょうか。これは,各NGOや国際機関に与えられた大きな宿題です。

・今回のホームページ案内
 今回は,アメリカ合衆国(バーモント州)の大学院大学で,NGO活動のために必要なカリキュラムと教授陣の充実した実践派の学校を紹介します。この大学には,世界中からNGO活動経験の豊富な人材が学生として集まって来るそうです。講義は2セメスターあり10か月。その後,世界各地のNGOでの実地トレーニングが6か月行なわれます。
 School for International Training
 TEL(802)257-7751/FAX(802)258-3428
 URL:http://www.worldlearning.org