医学界新聞

 

〔連載〕看護診断へのゲートウェイ

【第8回】看護診断の表現

 野島良子(広島大教授・医学部保健学科)


熟練したナースに備わった能力

 Abdellahが1957年に看護診断を次のように定義している。「看護診断とは看護ケアを受けている個々の患者,あるいは家族の看護問題をその本質と外延において決定すること」1)
 看護問題をその本質と外延において決定する,というこの定義は,診断をたてる際にナースが熟慮しなければならない重要な示唆を含んでいる。看護診断をたてるということは,「そのクライアントが,今直面している健康上の問題」は何かということをはっきり特定するということであるばかりでなく,その問題はどの範囲にまで及ぶかということをもはっきりさせるということであろう。問題が何かを言い当てるだけでなく,それが及んでいる範囲をきちんと認識できるのは,新人ナースではなく,まさに熟練したナースに備わった能力であるように思われる。
 妥当な看護診断をつける能力は,新人ナースよりも熟練したナースのほう方が優れている。誰もがそう思っているようなのだが,実際に,どこが,どのように違っているのかを判然とさせるのは現時点では難しい。知識と経験が増すにつれてナースの推論能力は直線的に向上していくと思われがちだが,実際はそうでもないらしい。ナースとしての経験年数が増すにつれて推論能力は向上するが,経験年数が増すほどに観察と観察に基づいた行動能力は低下するという見解がある2)
 最近の研究でThompson(1990)は熟練したナースのことを,「最小の手がかりを得るだけで,必要な心的・身体的活動を素早く行なう能力」をもったナースのことだと言っているが3),問題を解決する(推論する)際に必要とするデータの量について言えば,新人ナースよりも熟練したナースの方がより多くの情報を必要としているという見方があるし,事実,医師の場合,新人よりも熟達したエキスパートの方が視覚的徴候からより多くの有益な診断情報を取り入れる傾向がある4)

新人ナースと熟練したナースの差

 他方,知識と経験が増すにつれてデータ収集と仮説の取捨選択はシステム化に向かう傾向があることを指摘する研究者もいる。つまり新人ナースがデータとおぼしきものをあれもこれも収集するのに対して,熟練したナースはあらかじめ立てている仮説に関連のありそうな,めぼしいデータだけに注目するわけであり,収集するデータの数はおのずから少なくなる。新人ナースと熟練したナースの間で診断能力の差を生み出すのは,結局のところ推論に使われるデータ量の差だけにではなく,データ活用法の差にあるようだ。
 del Bueno(1990)が4年制の大学を卒業したナースについて,次のような興味深いことを述べている。ナースの教育と経験と臨床判断能力間には決定的な結論はでなかったけれども,学部卒のナースは十分な知識はもっているが概念知を適用するにはもっと経験が必要である,と。
 学部卒の新人ナースは,クライアントから得たデータをテキストの理論的情報に単純に当てはめて結論に直行するのに対して,熟練したナースは新しいデータに遭遇すると,テキストから得て記憶の中に蓄積した理論的情報と,自分の経験から得た知覚的・実践的情報との間を何度も行き来して比較しながら,両者を連結して新しい概念結節のネットワークを拡げてゆき,文脈的情報にそって,クライアントの状況全体を把握して判断をくだしているわけである。

熟練したナースの技が生きる看護診断

 もう1つ注目しておきたい点がある。熟練したナースは新しいデータに遭遇した際,そこに隠蔽されている状況の意味を現在・過去・未来という時間の流れに沿って露わにしていく。データを現在の光に照らしてクライアントの過去の状況を浮かび上がらせ,未来へと方向づける。すなわち,眼前の問題を同定するだけでなく,今後生じるかもしれない状況を予測する。そこに熟達したナースがとる推論の特徴を理解する鍵が潜んでいると,Peden-McAlpineは主張している5)。新人ナースの泣き所は状況や情報の全体をより大きな観点から,より広くアプローチできないという点にあるだろう。
 最初の診断時点で,必要なすべてのデータや情報がはっきりと見えていることは希有である。Abdellahの言うように,看護問題の本質のみならず外延をも決定するのはきわめて難しい。だからこそ,そこにより複雑な状況を認識的に処理する熟練したナースの能力が必要とされるのであろう。
 看護診断名は1つの概念,もしくはせいぜい1つの修飾語を伴った概念にすぎないが,それを用いて同定され,記述されるクライアントの健康上の問題は,その原因がクライアントの生活史に深く根ざしている。
 イギリスの詩人T. S. エリオットの詩に,「おれはとっくにそれらをみんな知っていたのだ/夕べも 朝も 午後の日も みんな/知っていたのだ/おれはおれの一生をコーヒーの匙ではかりつくした」という一節がある。熟練したナースが記述する看護診断の短い表現の中には,クライアントの人生の深いひだの間に畳み込まれた苦渋を,一本の小さな匙ではかりつくすような趣がある。だからこそ看護診断には熟練したナースの技が生きる。
〔文献〕
1)Abdellah, FG.:Methods of Identifying Covert Aspects of Nursing Problems; A Key to Improve Clinical Teaching, Nurs Res., 6(1); 4-23, 1957, (p.4より)
2)Davis, BG: Effects of Levels of Nursing Education on Patient Care; A Replication. Nurs Res., 23(2); 150-155, 1974
3)Norman, GR., et al. : Expert-Novice Defferences in the Use of History and Visual Information from Patients, Acad Med., 712(10); S62-S64, 1996
4)Peden-McAlpine, C.: Expert thinking in nursing practice; Implication supporting expertise, Nursing and Health Sciences, 1; 131-137,1999
5)Thompson, CB., et al.: Expertise; The basis for expert system development, Adv Nurs Sci., 13(2); 1-10, 1990