医学界新聞

 

なぜドクターヘリなのか?

猪口貞樹氏(東海大・救命救急センター次長)インタビュー


―――どのような場合にドクターヘリは出動するのですか?
猪口 東海大救命救急センターは神奈川県西部の3次救急医療を受け持っています。したがって,基本的には県西部の各市町村の救急隊からの出動要請を受けた場合に出動します。ただし,東京都,静岡県東部,あるいは洋上救急など対象地域外からも要請がくることもあり,それらについては独自の判断で出動もしています。
―――日本で医療関係のヘリといえば,島嶼部への出動を思い浮かべますが?
猪口 確かに東京消防庁などが有する消防・防災ヘリは主に島嶼部への災害・医療対策に用いられています。そこでは,搬送に船舶を利用していたのでは,必要な機能を持つ医療施設に到着するまで何時間もかかってしまうため,救命活動を行なうには航空機の活用以外に選択肢はありません。

なぜヘリを用いるのか?

猪口 一方,今回試行事業として東海大で運用しているドクターヘリの活用法は,それとは異なります。この場合,陸地での救急車による搬送が可能であっても,搬送時間を短縮することによって,救命の可能性が高まる場合には出動します。救命医療においては,搬送時間で予後が決まると言っても過言ではありませんから。
 したがって,搬送する距離は実は問題ではありません。搬送距離が短くとも,陸上搬送よりも搬送時間を短縮できる場合(道路の渋滞などが考えられます)にはヘリの対象となります。救急車を用いると20-30分以上かかるケースが大まかな出動の目安です。ヘリを用いれば,約10分で治療を開始できますから。
―――ドクターヘリにはどのようなスタッフが乗務するのですか?
猪口 パイロット,整備士(必須ではない)の他に,医師2名(1名はリーダー),看護職1名です。同乗する医師には,あらゆる患者の状態に対応できる高い臨床能力が求められます。東海大の場合3つのチームを作り,ローテーションしています。
―――ドクターヘリを活用する中で臨床上の問題点はありますか?
猪口 ヘリの搭乗定員のため,患者の家族などが乗れない場合があります。手術が必要になった時に,承諾がすぐに得られないなどの問題が生じる可能性があります。また,ヘリの中も外も非常にうるさいので,患者さんとのコミュニケーションの道具を用意したり,聴診器などが使えない分を別の方法でカバーするなどの工夫が必要です。
 なお,機体については,現在3種類のものを試しているところです。安全性,使いやすさの観点から,比較検討しています。
―――今回の事業をはじめて,約5か月が経過しましたが,これまでの出動回数は?
猪口 3月3日現在でヘリ搬送件数は64件です。シミュレーションの終了した12月以降は,月間15-20件出動しています。
―――搬送の対象となった症例はどのようなものですか?
猪口 それはさまざまです。ほとんどが重篤例であり,重度の外傷患者や全身状態の悪い人が多いと思います。また,潜水病や中毒,重症熱傷など2次救急施設では対応が難しい特殊な疾患もあります。

ドクターヘリの費用対効果

―――ドクターヘリは救急救命医療に本当に有効なのでしょうか?
猪口 この事業では1年半にわたり,ドクターヘリを運用し,報告書をまとめます。現時点ではまだ成果を語る段階にないと思います。個人的な印象で言えば,臨床的な効果は間違いなくあると思います。
―――ドクターヘリを運用するには,年間2億円必要だと聞いていますが,費用対効果の観点からはいかがでしょうか?
猪口 国民が必要な時に,必要な医療を受けられるような体制整備は必要です。搬送に30分以上かかることが珍しくない現状は決して放置すべき状態ではありません。
 確かに,ヘリを飛ばすには多大なコストがかかります。しかし,各地に救命救急センターを新設するよりも,ヘリで広域をカバーしたほうが,はるかに安上がりです。また,搬送時間の短縮により,後遺症が軽減すれば,その後の医療費も低減します。費用対効果の検討は時間をかけて行なう必要があるでしょう。
―――今後の展望をお聞かせください。
猪口 試行事業を行なうこの1年半のうちに150例以上の症例を集め,どのような範囲でヘリを活用すれば有効なのか分析し,今後の展開に役立てたいと思います。
 また,2次救急施設からの転院搬送に用いるなど活用対象を広げたり,半径50キロ程度まで事業範囲を広げるなど,さまざまな可能性を試したいと考えています。
―――ありがとうございました。