医学界新聞

 

メイヨークリニックの疾患マネジメント,EBM
リンダ・ヘリック氏(メイヨークリニック)の招聘講演から


メイヨークリニックに学ぶもの

阿部俊子(東京医科歯科大学医学部保健衛生学科看護管理学専攻)

 米・メイヨークリニックから,リンダ・ヘリック(Linda Herrick)氏が昨(1999)年11月に,(財)救急医療財団の外国人招聘事業で来日し,日本クリニカルパス学会での招聘講演や,東京医科歯科大学医学部保健衛生学科での特別講義を行なった。
 ヘリック氏は,メイヨークリニック看護研究所の所長(Director for Nursing Research)で,看護管理職としてのクリニカルパスの見識もある。ヘリック氏は,招聘講演で「疾患マネジメント戦略」(DMS;Disease Management Strategies)という,日本の医療費の報酬制度からはなじみの少ない米国の話などを中心に,メイヨークリニックでのクリニカルパスの話をしてくれた。その内容を簡潔に紹介したい。

疾患マネジメント戦略

 疾患マネジメントとは,生じた疾患への医療ケアにだけ支払われるのではなく,その疾患を予防することが医療機関の経済的損益に影響するという考えを基本に,予防を含めた支払いシステムの中でこそ必要となるものである。
 また,疾患マネジメントとは,ケアの質を維持・向上させるために医療情報システムを用いて,不必要な医療を削減するため,予防的サービスや医療環境のためのEvidence-Based(根拠に基づく)なガイドラインを統合し,施行することでもある。疾患マネジメントとしては,ガイドライン,クリニカルパスウェイ,プロトコル,そしてオーダーセットを用いている。
 例えば,喘息患者などは,発作が起きて緊急事態になることの予防を目的に疾患マネジメントを行なう。喘息発作の数日前には兆候として,呼吸量が低下していることがわかっているので,測定値が低下したら,薬剤量を増加するなどして患者指導する。そのことで発作を予防し,救急処置にかかる費用を削減することができる,というものである。

メイヨークリニックでの疾患マネジメント

 メイヨークリニックで用いられているガイドライン,クリニカルパス(メイヨークリニックではパスウェイとしている),プロトコール,オーダーセットの定義をヘリック氏の資料から簡潔にまとめてみた。

ガイドライン
 診断と臨床状態の管理に対して,Evidence-Basedアプローチを概説する決断指標となるアルゴリズム(軌跡)。患者群に特有のもので,通常,臨床のエキスパートを含めた多分野の専門家からなる混合チームによって開発される。基本的な対象者は外来患者であるが,入院患者の場合もある。ガイドラインは通常,日程に沿ったスケジュールをたどるわけではなく,患者のコンプライアンス,バリアンス,そしてアウトカムが測定できる。

パスウェイ
 質の高いケアを提供するためのケア介入に最適な順序とタイミングを概説したもの。通常多分野からなる混合チームによって開発される。いつケア介入が生じるかのスケジュールが示してある。パスウェイは通常,複雑でない診断のついた入院患者や手術(例えば全膝関節形成術)などの処置を受けるなどの患者群に適用される。コンプライアンス,バリアンス,そしてアウトカムが測定される。

プロトコル
 従来は診療録で指示書とされてきた,診断あるいは処置に対して,ある種の行動を規定するもの。プロトコルは通常,病棟ごとに特有のものであるが,患者群に特有のものもある。内容は処置に関するものが多いが,与薬に関するものもある。プロトコルは一般的にはオーダーセットよりもカバーする領域が広い。

オーダーセット
 従来は診療録において指示書として使用されてきた,診断あるいは処置に特有の内容を規定するもの,あるいは指示のセット。オーダーセットにはスケジュールやアウトカムに関するアセスメントはない。オーダーセットは通常,与薬も含まれ,詳細で,プロトコルよりも領域が狭い。

 メイヨークリニックでは,ガイドラインの開発は,ガイドライン実行チーム(GIT)が行なう。そのメンバーは,関連部門,分野の代表から構成されている。開発方法としては,既存の学会などのガイドラインとメイヨークリニックの臨床での活用法を照らしあわせて行なう。必要ならば,ガイドラインをメイヨークリニック内部で開発することもある。
 例えば,喘息に関するガイドラインの例としては,(1)一定の苦痛に対する過度の短期作用薬の使用頻度を抑制する,(2)診察室での肺活量測定,遠隔肺活量測定,喘息患者の来診日ごとのピークフロー測定頻度を増加させる,(3)「最善の業務」目標におけるコンセンサスを得る,(4)オンラインによる情報収集と報告プロセスを開発する,(5)薬物療法規定を合理化する,(6)喘息教育をするための共通の要綱を開発する,(7)専門家への紹介や,特別な検査が必要かどうかの指標に関するコンセンサスを得る,(8)医師,看護職,そして連携するコメディカルへ喘息マネジメントに関わる現職教育を提供する,などがある。
 ガイドラインには「ただし書き」として,「クリニカルガイドライン(またはパスウェイ,プロトコル等)は,評価および患者治療のための分析的な枠組みを提供することによって臨床者を補助するためにデザインされており,臨床者の判断にとって代わるものであったり,ある特定の状態にある全患者のためのプロトコルを確立したりする目的でデザインされたものではない」と書き加えてある。また,ガイドラインには対象患者の適応基準として,同じ疾患でも糖尿病のない患者群対象であるとか,手術適応でない患者群であるとかの具体例などが明確になされている。その他に,対象患者の年齢層,診断あるいは患者の状態,また使用される設定場所(病院なのか診療所なのかなど)なども明確に記されている。

メイヨークリニックにおけるEBM

 さらにヘリック氏は,メイヨークリニックにおけるEBM(Evidence-Based Medicine)に関しても解説。氏は,現在米国で使用されている科学的根拠の評価方法(Evidence Grading System)のいくつかを簡単に紹介してくれた。例えば,臨床システム統合研究所(ICSI:Institute for Clinical Systems Integration;独立した非営利機構で,加入している医療団体にヘルスケアの質向上サービスを提供する。参加している医療団体の大多数は複合的な団体)での方法としては,3段階(英文ではグレードとしている)に分類している。
段階A:査読のあるジャーナルに掲載された,ランダムにコントロールされた研究に基づいた結論
段階B:査読のあるジャーナルに掲載された,以下の研究タイプのうち,どれかに基づいた結論。歴史的な,あるいはその他のランダムにコントロールされていない手法による試験,(1)前向きコホート研究,(2)ケースコントロール研究,(3)メタアナリシス研究
段階C:コントロールされていないケース報告;あるいはグループコンセンサスでの結論

 なお,ヘルスケア政策と研究の機関では以下のような評価システムを用いている。
段階A:ランダムコントロール試験
段階B:きちんとデザインされた臨床研究
段階C:パネルコンセンサス
 また,ヘリック氏からは,米国でもEBMに対する批判があることも紹介された。
 例えば,臨床業務の状況を無視している(Aveyard,1997),病態生理学を理解する必要性を軽んじている(Morgan,1997),臨床トレーニングの標準的側面を無視している(Hampton,1997),統計的手法を強調している(Charlton,1997)などがその批判内容である。
 日本でも,EBMが十分に認識されないままに批判されている。EBMとはもっと広義であって,実際の臨床で有効であることが重要だ。クリニカルパスはチーム医療でコンセンサスをもって作成して,使用するという点では,段階CとしてのEBMである。

看護とEBM

 看護とEBMに関しては,「EBMとしての医学的診断,1つの臨床的介入,ランダムコントロール試験そしてメタアナリシスなどに関しては,看護のエビデンスを順応させるのには限界がある。しかしながら,看護研究が研究としての方法論が緻密でないとか,被験者の数が少なすぎるからといって,EBMの動向から看護職が除外されるということがあってはならない」(Kitson, 1997)ということを強調して引用していた。
 日本においてもクリニカルパスが多くの病院で導入されつつあるが,今回のヘリック氏のメイヨークリニックでのパスウェイの具体的な話から,医療ケアの質の担保としてのクリニカルパスのあり方とその必要性に関して再確認できたと思う。さらに,医療費の定額制導入では,クリニカルパスを導入して在院日数を短縮することにインセンティブが働く。
 しかしながら,大腿骨頸部骨折患者の平均在院日数が5日間というメイヨークリニックの例などから,米国の医療管理手法を簡単に導入してしまうことの危惧もある。患者が在宅に早期に戻ることのできるような,サポート体制としての社会資源の整備も同時に行なわれなくてはならないということを改めて痛感した。


ヘリック先生の特別講義で学んだこと

稲毛田美香(東京医科歯科大医学部・保健衛生学科4年生)

貴重な機会となった特別講義

 昨(1999)年11月10日,東医歯大保健衛生学科で,研究のため来日されていたメイヨークリニックのヘリック先生による特別講義が行なわれた。本大学で看護学を専攻している3-4年生,大学院生など約30人ほどが,ヘリック先生による90分間の講義に聞き入った。
 同学科では,外国の医療制度や看護などについて学ぶ機会はあったものの,その実際を知る機会はあまりなかった。今回アメリカでどのような看護が行なわれているのかを聞くことができ,とても貴重な機会を得ることができた。
 講義を受けて一番多かった感想は,メイヨークリニックのシステムは看護職にとって働きやすく整備されているということだった。教育担当看護婦の多さ,研修期間の長さ,バーンアウトやリアリティショックへの対応,研究など,そのどれもが充実した内容と知らされた。それに,長期間の勤務を可能にするシステムが整っていて“マグネット病院”と呼ばれるのにも頷けた。
 また,院内でガイドラインができあがっていて,看護職の資質も高いために,看護職の役割も明確化されていて,看護に求められる能力も高い。そのため,看護職自身が自立(自律)しているし,とても勉強していることが伝わってきた。

常に学ぶ姿勢の大切さを実感

 また,日本との業務の違いも興味深かった。メイヨークリニックでは,物品の管理方法,患者食がすべて選択制であること。曜日や入院患者の重症度・必要度によりスタッフ数を計算して配置することなど,これらの看護のシステムを作り上げる際に,現状の把握をしっかりと行ない,きちんとした根拠に基づいた上で行なっている。アメリカでの在院日数は,日本に比べるとかなり短縮されているが,ケアの質は保たれている。それは,ケアのガイドライン化や,退院計画,患者教育が確立されており,退院以降,在宅までの中間施設が整えられてきた結果なのだと感じた。
 今回の講義を通して,これまでの講義や実習にはない新たな視点や発想があることを発見できた。私たちの目の前にある,現状のシステムを当たり前と思わずに,よりよい方向に改善していく姿勢を大切にしていきたいと感じた。また,自分自身を磨いていくこと,常に学ぶ姿勢の大切さも改めて実感できた。