第2376号 2000年2月21日


印象記

第32回米国腎臓学会

塚原宏一(福井医大・小児科)


 第32回米国腎臓学会年次総会が,亜熱帯の温暖な気候に恵まれた(時に強風が吹いたりはしていたが)米国フロリダ州マイアミビーチにて,昨(1999)年の11月5日から8日にかけて開催された。ご存じのようにマイアミは全米随一の避寒地で,多くのお年寄りが余生を過ごす地でもある。米国では観光地やリゾート地に大きなコンベンションセンターが建設され,そこで大規模な学会を開催することが多い。さらに,内容が高度な割には学会参加費が安いことも特徴である。日本人にとっては何とも贅沢な感がある。

学会の特徴

 ところで,この年次総会は年々大きくなる傾向がある。諸外国から多数の優秀な研究者の講演や一般演題を受け入れるようになって,今や学問的スケールにおいては腎臓学における世界最大規模の学会と称しても過言ではない。本学会プログラムは腎臓学に関連するすべての分野を網羅していた。臨床医学では腎炎,腎不全,遺伝性腎疾患,腎移植,腎内分泌,高血圧,水電解質代謝,骨代謝など。基礎医学では実験腎炎,腎不全,腎発生,腎移植,血管生理・薬理,細胞生物学(酸塩基,水電解質輸送,細胞傷害,酸化ストレス,細胞外基質,免疫に関するもの)などであり,その内容は多彩でかつ濃密であった。会頭のW.M. Bennett教授が示されたところによると,一般演題についてはこれまでの最高記録にあたる3886題の抄録が今回提出された。このうちの52%は米国,カナダ以外の国々からのものであった(日本からは全体の10%前後に当たる演題が提出された)。なお,今年の演題採択率は全体の79%と例年よりは高率であった。本学会では数多くの特別講演,シンポジウム,セミナーも同時に催され,腎臓病に関する最新の知見を勉強するには最高の条件がそろっていたと断言してよい。
 例年のごとく,今回の学会の前後には多種のセミナー,教育研修コースなどが組まれており,全日程を通じて“1999Renal Week”としてアピールされていた。世界各国の多くの腎臓学の研究者は毎年のRenal Week(大体11月初旬に開催される)での発表をめざして研究を推進させていると聞く。将来的には日本の学会運営もこのような方向性を模索する必要があろうと思われる。

F.Murad教授の講演

 私自身は血管生理学,特に一酸化窒素(NO)を研究対象としていることから,学会2日目のState-of-the-Art Lectureとして招かれたF.Murad米国テキサス大学教授の特別講演「Signaling with NO and cyclic GMP」をとても楽しみにしていた。F.Murad教授は1998年のノーベル医学・生理学賞(授賞理由は“循環器系における信号伝達分子としてのNOの発見”であった)を授与された3人の薬理学者のうちの1人である。血管内皮由来弛緩因子(EDRF)の本体がNOあるいはその類縁物質であると提唱され始めた1986年のはるか以前の1977年に,F.Murad教授はニトログリセリンを代表とする硝酸薬の血管弛緩作用を研究する中で,硝酸薬がNOを放出し血管平滑筋の可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化しcyclic GMPを生成することにより弛緩反応が起こることを発見している(Journal of Cyclic Nucleotide Research 3:23-35, 1977など)。
 私が米国のニューヨーク州立大学(ストウニブルック校)医学部内科(腎臓病・高血圧部門)に留学していた頃(1992-94年),F.Murad教授がセミナーのためにわれわれの腎臓病・高血圧部門に来られたことがあったが,私自身は不在のため残念ながら彼の肉声を聞けなかった。また,私は留学先での研究セミナーでも帰国後の福井医科大学でのセミナーでも,彼の研究を引き合いに出して,“大きな発見の前には必ずそれに連なる地道な研究が横たわっているものだから,日頃から広い視野を持ちながら医学研究を進めることがブレイクスルーにつながる”と述べていた経緯もあった。教授は中国の北京からマイアミに前夜に到着されたばかりということもあって少し疲れ気味であったが,エネルギッシュに講演されていた。かなり以前のご自身の論文の中で内因性のNOドナー様メディエータの存在を予見していた事実には,特に感銘を受けた(自分の論文の中でもたまには大胆な仮説を書いてみようかとも思った)。

意義深い交流

 私は1992年から毎年米国腎臓学会年次総会に参加し,これまで7つの演題を発表してきた。当初は単に腎臓病学の勉強をするために出席していただけであったが,最近は,私の米国でのボスであったニューヨーク州立大学医学部M.S.Goligorsky教授や昔の友人に会うことも学会参加の目的の1つになっている。Goligorsky教授には今年もキューバンコーヒーの香るレストランで夕食をご馳走していただいた。このように日本人と米国人の研究者間で交流を続けることは学問的にも意義深いことだと思う。実際,昨年11月下旬には教授を日本に招待し,4か所(大阪,神戸,福井,東京)で血管内皮機能あるいは急性腎不全について講演していただいた(これは私にとって,このミレニアムの最後を飾るにふさわしい大きな出来事であった)。
 最後にこの場をお借りして,私の第32回米国腎臓学会年次総会参加をご援助していただいた金原一郎記念医学医療振興財団に心からお礼を申し上げるとともに,関係各位のますますのご発展をお祈りする。