医学界新聞

 

シンポジウム「21世紀医療のための医科学研究」開催


 さる1月25日,東京・千代田区の経団連ホールにおいて,シンポジウム「21世紀医療のための医科学研究-基礎と臨床をつなぐトランスレーショナル・リサーチにおける産官学の役割」が,新井賢一組織委員長(東大医科研)のもとで開催された。
 本シンポジウムでは,創薬・先端治療開発における新しい基盤の形成に欠かせないトランスレーショナル・リサーチ(以下,TR)の場が日本に不足しているという観点のもと,産官学がこのTR構築にどのような役割を果たすべきかを模索した。
 開会にあたり,尾身幸次氏(衆議院議員)が登壇。「ライフサイエンス分野はIT(情報技術)分野にならぶ21世紀の産業。技術開発への取り組みは欧米に遅れをとっており,政府の予算も少なく,バイオ・ベンチャーも少ない」と,日本における問題点をあげ,「わが国の科学技術の発展のためにも,専門家以外の人々にも理解できるようなシンポジウムにしてほしい」と語った。

研究を製品に

 「先端医薬開発と革新的創薬のための総合戦略と提言」と題して口演を行なった新井氏は,「ゲノム科学や疾患動物モデルの発展によりTRの重要性が理解されつつあるが,基礎研究を効果的に産業につなげるためには,今後は早急にTRの場を整備し,研究によって得られた革新的な知識を効果的に産業(製品)に応用できるようにすべき」と主張。例として,他学部の研究者が医学研究者と対等に共同研究できる場の設置などをあげた。また,省庁連携の希薄さも指摘し,民間資金を利用した国としての戦略を求め,さらに,アジアのHUBとなる国際研究センターなどの必要性も訴えた。
 続くリチャード M. クラウス氏(フォガーティ国際センター,国立衛生研)は,「米国における生物医学研究の基盤と学術面における起業家を育成する国立衛生研究所(NIH)の役割」と題し,NIHのこれまでの活動を報告した。さらに,NIHでは「基礎研究」を“特定の応用例にとらわれない,現象の基本的な側面の組織的な研究”と,「応用研究」を“特定のニーズに則した総合的な研究”と,「研究開発」を“製品の生産を最終目標とした知識の総合的な応用”と定義していることを紹介。「この3つに対するバランス(予算配分も含む)が大切」とし,バイオテクノロジー産業における国家からの資金援助の重要性を主張。それに加えて,(1)研究成果を有益な製品へ還元させる能力,(2)バイオテクノロジー分野への投資に対する社会的認知,なども大きな要素として掲げた。そして最後に,「ベンチャー・キャピタルの役割」に関する話題と,NIHの新規プログラム「生命工学研究提携」にも触れ,今後,公衆衛生の分野においても生命工学が注目を浴びることを示唆した。

ゲノム科学の影響

 トーマス F. ビュモール氏(リリー・リサーチ・ラボラトリーズ)は,「新薬発見に向けた新たな生物学パラダイム」と題する口演で,創薬をいかにゲノムの分野に応用させるかを検討した。特に,認識→立証→スクリーニングという“薬のターゲット研究”に焦点を当て,イーライ・リリー社の研究開発システムを紹介。「ゲノムデータ・疾病データを翻訳し,プロファイルし,薬理学に応用することで,“Right Target→Right Drug→Right Patient”が可能になる」と語った。
 続く中村祐輔氏(東大医科研)は,口演「ゲノム解析から治療まで」において,ヒトゲノム研究が最適なオーダーメイド医療(最適な薬を,最適な量,必要としている人に)を実現させるための問題点を指摘。日本において基礎研究の有用な情報がなかなか臨床に進まない理由として,(1)研究において「結果を出せばいい」というような風潮がある,(2)論文が中心で,実用的なものが少ない,(3)他の研究者が開発した方法を利用したがらない,(4)患者の理解や認識が薄い,などを提示。一方でヒトゲノム研究がもたらす利点として,薬剤の選択投与が副作用を回避し,薬剤費を削減することなどをあげ,基礎研究の早急な臨床応用を強調。日本でのヒトゲノム計画のために,(1)具体的な計画目標,(2)インフラ整備,(3)効率的な開発方法,(4)質のよい情報,(5)産学連携,(6)先端的施設,(7)市民への情報公開,(8)開かれた審査システム,などの必要性を訴えた。

これからのTRシステム

 最後にロバート・ケネラー氏(東大先端科学技術研究センター)が「トランスレーショナル・リサーチ・システムの違い-日本と米国の比較」を発表。まず,臨床試験への政府の支援について,日本政府の支援の少なさを指摘。また,産業界からの支援についても,受託研究契約の財政的な制限や,特許権の制限などを概説し,「制約の少ない私立大学病院などが,活発な臨床試験センターのようなものを作ればよい」と提案した。そして,患者データの品質管理やインフォームド・コンセントの重要性にも触れ,最後に「政府が産業界とともにサポートしてTRを進めてほしい」と語った。
 総合討論では,「日本では,臨床試験において,文部省や厚生省に許可してもらう手続きが多い」「臨床試験で得られたデータの扱い方が未熟」「日本でのジョイント・ベンチャーは難しい」「製薬会社の大きさは競争力に関係ない」などの意見に関連した議論が行なわれた。