医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


在宅医療のプライマリ・ケアを担うかかりつけ医に

新 老人のぼけの臨床 柄澤昭秀 著

《書 評》鈴木荘一(日本プライマリ・ケア学会副会長・鈴木内科医院)

 柄澤先生との出会いは昭和55年に遡る。当時私たちの地域医師会(大森)では,老人の精神保健衛生事業に先駆的に取り組んでいた。その助言者が柄澤先生であった。私たちはすでに高齢化社会を予想して地域の包括的ケアを推進すべく,自治体や市民代表としての民生委員を加えて,ぼけ老人の相談コーナーを医師会で開いていた。これは当時の日本医師会長であった武見太郎先生からも多大に評価されていた。その事業の専門的支援者が柄澤昭秀先生であった。その頃先生は『老人のぼけの臨床』をちょうど刊行されていた。

痴呆患者を初期に判別できるノウハウ

 この柄澤先生が初版ではなく,痴呆について新しくその後の最新医学知見を加えて新著を書かれた。通読してみて何より読みやすい。そして介護保険における主治医意見書を書くのにきわめて参考になる。痴呆について今まで疎かったプライマリ・ケア医にとっても有用性が高い。これを読めば痴呆患者の初期でも判別できるノウハウが記されている。
 まず先生は痴呆の概念を解説され,それから介護保険モデル事業で判明したように,かかりつけ医が痴呆は認められないと診断したのにもかかわらず,訪問調査委員が患家を訪問してみると,家族から痴呆らしい患者の症状を伝えられることなどからして,痴呆の初期症状をいかに捉えるか,その困難性を指摘され,かつ痴呆度選別の基準にも触れておられる。さらに純粋な意味での痴呆であるアルツハイマー型痴呆では特効薬がない以上,いかに上手に心理精神的に介護することが大事であるか,しかも痴呆患者の約75%が在宅で生活していることからして,在宅医療に関わるプライマリ・ケア(その言葉は直截的に記載されていないが)を担うかかりつけ医の役割の重要性を述べておられる。むろん痴呆患者の在宅ケアでは,介護者の肉体的・精神的疲労度が長期に蓄積され疲労困憊することから,施設ケアの意義も強調されている。そして痴呆患者のグループ・ホームについてもメモの1つとして取り上げておられる。

人間学の立場からも必読

 私はこの本の中で痴呆患者への先生の愛情のようなものを感じた。痴呆患者の人権にも触れておられるが,超高齢社会を迎えるわが国において,痴呆と老化は深く関係する(80歳代になると痴呆患者は急激に上昇する)。ホモ・サピエンスである人間の老化には多くの遺伝子の関係があるとしても,いずれは自分自身の問題でもある。本書はまことに時宜にかなった出版であり,普く医師そして医療関係者にとって,医学的にも,かつ人間学の立場からも必読の書として皆様にぜひともお薦めしたい。
A5・頁184 定価(本体2,600円+税) 医学書院


大きく変動する日本の公衆衛生の流れを方向づける1冊

公衆衛生の思想 歴史からの教訓 多田羅浩三 著

《書 評》北川定謙(埼玉県立大学長)

 多田羅浩三先生(大阪大学公衆衛生学教授)による『公衆衛生の思想-歴史からの教訓』を拝読して,大変に感銘を受けたので,その感想をここに述べることにする。教授は公衆衛生に関する多くの業績を挙げておられる中で,特に英国の公衆衛生の原点をとことん追及してこられ,これまでに発表されたものをとりまとめられたとのことであろう。本書の「はじめに」において,多田羅教授は次のように述べておられる。
 『今日,わが国の社会が直面している状況は,ほとんど明治以降,つねに疑問の余地なく基盤となってきた社会の規範,あるいは理念そのものの解体をも不可避としているようにみえる。戦後,あるいは明治以降,積み上げられてきた社会の骨格そのものが,問い直されようとしている。(中略)
 本書の文章の主なものは(中略),「NHS機構改革に関する史的考察」,(中略)「ロンドン王立内科医学会成立試論」,(中略)「イギリス近代医療サービス体制」の3つの文章をもとに作成したものである。(中略)しかし,この3つの文章の中で述べられている内容は,この20年間の筆者の活動を支えてきた基本の考え方であり,今日にあっても,内容は生きていると確信している。(後略)』と。
 小生も昭和38年から1年間,英国エジンバラ大学に学ぶ機会があった。当時はNHSのシステムは日本の医療制度を構築する上で大いに参考となった。保健と医療の一体化――GPサービス,ホスピタルサービス,公衆衛生サービスの一体化――への努力などは,若い公衆衛生学徒にとっては魅力ある課題であった。また,広い城塞に閉じ込められたような精神病医療から一般病院での医療,さらには地域社会でのケアシステムの構築を進めている実情を目の当たりにして,新しい感動を覚えたのであった。もちろん,この理想とすら思えたNHSも,長い時間の流れの中で多くの問題を抱え,悪い意味での官僚化,硬直化が批判され,サッチャー政権下での自由化の導入がはかられることとなった。

原点に立ち戻る

 今日,日本の公衆衛生関係者,医療関係者の多くはアメリカの動きに大きな感心を寄せているが,何といってもイギリスは公衆衛生を発展させた長い歴史を持っている。それは中世的社会から,産業革命を経ての近代化の過程での多くの矛盾を解決してきた歴史である。大きな変革に直面する時,やはり原点に立ち戻って考えてみることは重要なことであるように思われる。
 その意味で,多田羅教授が今日出版された『公衆衛生の思想』は,大きく変動するわが国の公衆衛生の流れを,将来に向かって積極的に方向づけをするためのよすがともなるのではないか。とかく技術主義に流れがちな今日の公衆衛生の動きの中で1つの哲学を見直す多田羅教授の姿勢に心からの讃意を表明したい。

イギリス公衆衛生の歩みから学ぶ

 多田羅教授は本書の中で,諸所で二元論的発展を意識されているように思われる。 『イギリスの歴史は,何事も,2つの力のバランスの中で歴史が刻まれてきた。その絶妙の歩みのひだには,あまりにも深い味わいがある。(中略)つまり「追随」ではなく,「妥協」することの意味を,イギリスの歴史は教えているように思える』と。そしてまた,『21世紀,日本の社会はこれからますます,絶対ではなく,相対的なあり方が問われることになると思われる』と。
 この『公衆衛生の思想』を一読させてもらい,多田羅教授とさらなる意見交換を重ねてみたい衝動に駆られる思いである。本書は,なかなか難解な文章が諸所にみられる。それは英国の公衆衛生の歩みが,決して一本すじのものでないことにもよるが,多田羅教授一流の文章構成にもあるように思われる。じっくりと腰をすえて咀嚼することにより,大きなエネルギーが自分の中に生まれるような思いがする。
A5・頁302 定価(本体4,000円+税) 医学書院


内視鏡外科学に携わる医療関係者の座右の書

内視鏡外科用語集
日本内視鏡外科学会用語委員会 編集

《書 評》吉田 修(日本赤十字社和歌山医療センター院長)

定着した内視鏡外科学

 気腹して内視鏡で腹腔内を観察しようという試みは,1901年Kellingがイヌの腹腔に空気を入れ,膀胱鏡を用いて腹腔内を観察したことにさかのぼる。しかし,この手法はヒトに用いられるには至らず,臨床的に応用されるまでにはかなりの年月を要した。内視鏡外科が今日のように発達するためには,内視鏡の改良とビデオシステムの応用,さらにはトロカーをはじめ各種鉗子などの装備と器具の開発が必要であったからである。したがって腹腔鏡下手術がわが国に導入されたのは比較的近年のことであり,10年以上は経っていない。にもかかわらず,内視鏡外科学の進歩は目覚ましく,腹部外科に留まらず,産婦人科,胸部外科,泌尿器科,整形外科,形成外科などに拡がり,すでにそれぞれの領域でminimally invasive surgeryの1つとして定着したといっても過言ではない。
 このような時代の流れの中で,日本内視鏡外科学会が設立されたのは必然であると言えるが,多くの専門分野を包含した新しい横断的領域ができると,用語の統一が優先的に必要になってくる。当初は「laparoscopic surgery」を「腹腔鏡手術」と呼び,「腹腔鏡下手術」とは言わなかった。なぜなら腹腔鏡下手術は,読み方によっては下手術になるなどというたわいのない声も聞こえた。日本内視鏡外科学会では,新しい横断的領域には共通した言葉が必要であるとの認識のもとに,各科領域から委員を選出し用語委員会を発足させ,『内視鏡外科用語集』の作成を開始したわけである。

用語を「調べる」だけでなく「読む」ものに

 本用語集は「1.手術手技用語」,「2.手術器具用語」,「3.手術所見記載に必要な用語」,「4.手術診断に必要な用語」,「5.手術に必要な解剖用語」に分類されており,邦語をまずあげ,その英語を併記する形式をとり,和文索引と英文索引を付け加えた248頁のハンディな著書である。さらに誤解されやすい用語や混乱のおそれのある用語,複数の訳語のある用語には,注をつけて説明している。この注釈は懇切丁寧で(特に解剖用語),本書を単に「用語を調べる」ためのものだけでなく「読む」ものにまで高めている。内視鏡外科の進歩は多岐にわたり,急速である。それに伴い新しい用語も必要になってくる。また例えばminimally invasive surgeryのように,適当な日本語が決まらないままの用語もある。この委員会の継続的な活動をお願いしたい。
 領域の異なる専門家が集まり,このように迅速に立派な用語集を完成されたことに対し,山川達郎委員長をはじめ委員各位にこころから敬意と謝意を表したい。
 本用語集は内視鏡外科に携わっている人々の座右にあり,日常の診療で正しい用語が使われるのに大きな役割を果たし,また和文および英文の論文を書く際にも非常に有用であると考え,広く推薦したい。
B6・頁248 定価(本体3,500円+税) 医学書院


第一線の診療現場で役立つ産科テキスト

New Epoch 産科外来診療 岡井 崇 編集

《書 評》植田充治(聖バルナバ病院副院長)

 少子高齢化時代と言われて久しく,21世紀を迎えようとしている今日,expectant motherにはあらゆる方面から種々の医療情報が与えられています。妊婦は自分自身のバースプランを持ち診察に来られ,医療側に対する要求も多様化していますが,一方われわれ産科医師は母児の安全を第1に考え,十分なインフォームドコンセントを提供するように努めております。
 本書はこのような妊婦および外来診療に従事している医師のニーズに答えるべく,出生前診断,遺伝相談のような,以前はスペシャリストにお願いしていた事柄や,また妊娠中のマイナートラブルや妊娠中の食事指導と体重管理などに対してもきめ細かく書かれています。
 一方,NICUの発達に伴いわれわれ産科臨床医が胎児について,より正確な情報を新生児の医師に提供することが要求されており,そのためにも外来での胎児異常のスクリーニングは必要と考えますが,その際チェックしなければならない胎児発育・胎児疾患の診断およびその取り扱い指針について胎児の各部位別にわかりやすく書かれているほか,早産の予防対策についても子宮頸部の経膣超音波による診察方法や早産マーカーなど新知見が掲載されています。
 また,分娩前の最終チェックとして胎児のwell-beingの評価や,分娩時しばしば遭遇する臍帯トラブルのリスク評価を的確にすることによって,仮死を少しでも減少させようとする編集者の視点がよくわかります。

診断スキルのレベルアップをはかる

 そのほか,ハイリスク妊娠,合併症妊娠,母子感染のケアなどについても気鋭の執筆陣によってコンパクトにまとめられていますし,妊娠中検査正常値,超音波胎児計測正常値,妊娠中処方例などが巻末にあり,第一線の診療現場ですぐに役立つように工夫されていて,診療スキルのレベルアップのためにも,外来だけでなく産科病棟にも各1冊ぜひ備えておくことをお勧めします。
B5・頁280 定価(本体7,200円+税) 医学書院


エビデンスに基づく精神分裂病治療のガイドライン

米国精神医学会治療ガイドライン 精神分裂病
日本精神神経学会 監訳/佐藤光源 責任訳者

《書 評》越野好文(金沢大教授・神経精神医学)

 抗精神病薬の発見が精神分裂病の治療に革命をもたらし,半世紀が過ぎようとしている。これまでは治療手段も少ないこともあって,1人ひとりの医師が試行錯誤的に治療を行なってきた。しかし,薬物療法の発展の上に数々の分裂病の治療法が進展してきた。実際の治療にあたっては,これら増加した治療手段を総合して活用することが必要である。そのために標準的な治療法のガイドラインへの関心が高まり,すでにいくつか公表されている。ガイドラインには,研究結果というエビデンスに基づくものと,経験豊かな専門家のコンセンサスに基づくものがある。

581編におよぶ膨大な良質の文献

 このたび日本精神神経学会により訳出された『米国精神医学会治療ガイドライン精神分裂病』は,581編におよぶ膨大な良質の文献というエビデンスに基づいている。
 本書の構成を紹介する。第 I 章「推奨の要約」は,ガイドラインの推奨の構成と範囲について概観している。治療効果の臨床的な信頼度が,3カテゴリーに分けて示されている。第 II 章「疾患の定義,経過,疫学」では,DSM-IV に基づいた分裂病の説明と経過,およびDSM-III を用いた疫学医療圏研究から得られた疫学的データが簡潔に示されている。第 III 章「治療原則と選択肢」では,今のところ精神分裂病に治癒はないという考えからか,患者の多くは生涯を通じて包括的で継続的な治療が必要であるとし,薬物療法,電気けいれん療法,特殊な心理社会的介入,他の社会的および地域的介入がとりあげられ,生物学的アプローチと心理社会的アプローチの統合がめざされている。薬物療法に多くの頁が割かれて,その中でも特に副作用について詳しい。第 IV 章「治療計画の策定」は,急性期,安定化期,安定期の病相期ごとの治療戦略の立て方を詳述するもので,ガイドラインの中心をなす。第Ⅴ章「治療に影響する臨床的・環境的な要因」では,抑うつ状態や自殺の危険などの精神科的特徴,文化的要素や老年期などの人口統計的・心理社会的因子,および一般医学的状態が合併する場合の治療上の工夫があげられている。最後の第 VI 章「研究の方向」は,研究が必要な分野を指摘している。

分裂病治療の研究成果を治療に

 本ガイドラインを用いることで,アメリカを中心とした広範な分裂病治療の研究成果を治療に活用できる。治療の現場では患者1人ひとりに適した治療を選択していかなくてはならない。ともすればその日その日の病状の対処に追われがちな臨床家にとって,患者の一生を念頭においた治療の必要性は理解していても,実行が困難である。そのような臨床家にとり,患者の生涯を見据えて病期ごとに治療計画を立てるのに本ガイドラインは役に立つ。しかし,アメリカと日本の精神医療の現状には差があり,本ガイドラインを直ちに活用できない部分も少なくない。例えば,薬物に関しては日本では使用できないものがいくつかあり,社会的・地域的介入についても,日本では存在しない施設・組織が少なくない。
 本ガイドラインは,アメリカ精神医学の分裂病治療の到達点を示すものとして,分裂病研究者に有用である。さらに日本の精神医療の努力目標として,将来のよりよい分裂病治療へ導くガイドラインとして役に立つものと思われる。そういう意味において,広く精神医療に関係する人々に一読していただきたい本である。と同時に,日本の精神分裂病治療の現状に適した治療ガイドラインが切望される。
B6・頁224 定価(本体3,400円+税) 医学書院


神経学の明快さと外科学のすばらしさを伝える教科書

標準脳神経外科学 第8版 山浦 晶,田中隆一,児玉南海雄 編集

《書 評》斎藤 勇(杏林大教授・脳神経外科学)

求められる教科書の条件を満たす

 教科書,特に学生用のものは,
(1)必要最小限の実際的知識が盛り込まれ,
(2)図,口絵など読むだけでなく視覚に訴えるもので,
(3)辞書のように索引がしっかりしている,
(4)多数の執筆者によるものは,一貫性がある,
などが,求められる条件である。
 この第8版では,編集者がすっかり若返り,執筆者も入れ替わったが,上記の条件は見事なまでに満たされている。
 初版で編者の竹内先生が述べられている「専門性に立ち入り過ぎないこと,将来どの分野に進んでも覚えていてほしい最小限の知識を与えるものであってほしい」という願いは,20年経ったこの版でも,引き継がれている。
 この神経科学の進歩のすさまじく,きわめて多様な情報の中から「必要にして最小限の知識を与える」ということは,最も大切な条件と考えるが,拙著『脳神経外科学エッセンス』(金芳堂)では,自分の専門の脳血管障害の項が,詳しくなり過ぎたきらいがある。その点,本書はそれぞれの専門家が,実際的知識に絞り込んだ努力がうかがえる。

「臨床実習の手引き」を新設

 本書では7版までと異なり,「総論」で解剖,診断,病態をまとめ,「各論」で各疾患の解説をした点,学生にとってより明快になったであろう。新設された「臨床実習の手引き」では,ベッドサイドラーニングにおける心構え,救急への対応,術前・術後の管理など,基礎的なポイントが指摘されているのは学生はもちろん,指導者にも参考になろう。
 強いて難を言えば,学生にとって120の項目立てに重み付けがわからないかもしれない。また,「メモ」が本文中に入って多少とまどいを感ずる程度である。
 ともあれ,「標準」シリーズの1巻として,学生にとって欠かせぬ神経学の明快さと治療としての外科学のすばらしさを伝える教科書として,新陳代謝をとげたことは喜ばしいことである。
B5・頁504 定価(本体6,800円+税) 医学書院