医学界新聞

 

〔連載〕看護診断へのゲートウェイ

【第7回】看護診断と妥当性評価

 小笠原知枝(阪大教授・医学部保健学科)


看護診断の妥当性検証・研究

 NANDA(北米看護診断学会)で開発された看護診断をわが国の看護実践で用いる場合,その診断名だけでなく,その診断の根拠としてあげられている診断指標が適切であるのかどうかが大きな問題になっている。
 看護職が患者を援助する上で遭遇する問題は,患者の健康問題がその人の生活全体に影響を与えた結果,どのように反応し,行動となって現れるかということに焦点が当てられている。とすると,看護診断は病気に焦点を当てた医学診断とは異なり,大きくはその患者が属する社会文化的な背景と密接に関与していることは間違いない。
 したがって,NANDAの診断カテゴリーや診断の根拠としての診断指標が,わが国の社会文化的背景に照らして適切かどうか。すなわち,看護診断の妥当性が検証される必要があるのである。また,検証の方法においても,わが国の看護教育や看護制度の社会的実態にあった方策が選択されなければならないであろう。
 看護診断の妥当性検証の中心は,実践分野での看護診断の普及を意図して,診断指標の妥当性に置かれている。特にFehring(1987)が診断指標の妥当性を検証するための方法としてDCVモデル(診断内容妥当性)やCDVモデル(臨床診断妥当性)を開発したことにより,北米では次々と妥当性検証の研究が進められている。
 しかし,わが国においてはNANDAの看護診断分類が翻訳紹介され,看護上の問題として広く使われているにもかかわらず,診断する際に基準となる診断指標についての妥当性研究は非常に少ない。というよりも,看護診断に関する研究そのものが少ないのが現状である。
 看護診断の発展の源は,看護診断を使うことの有効性を知ることにあった。しかしながら,多くの看護職にその有効性が認められた今日において,より大切なことはわが国独自の診断名や診断指標を明確にすることではないだろうか。NANDAの看護診断が臨床に浸透した背景には,看護過程の展開において問題をあげてはみたものの自信がない,といった状況の中で,共通言語としての性格を持つNANDAの看護診断に多くの人々が注目したのもうなづける。そして現在は,看護診断を行ないながら日本の看護の実情に合わない看護診断カテゴリーや診断指標などがあることに,多くの人々が気づき始めているのである。すなわち,わが国の現実にふさわしい看護診断の妥当性研究の好機到来となったのである。これはまさしく看護診断発展への第2段階のゲートウェイとなるであろう。
 看護診断の妥当性研究では,看護場面でよく用いられる看護診断カテゴリーから始めて,その結果を早急に看護過程にフィードバックすることが必要である。
 高頻度に使用されている看護診断カテゴリーについては,すでに大谷・松木らが報告している(表参照,1998)。これらの診断指標の妥当性検証を,さまざまな看護専門領域において進めることが今求められているのである。そして,看護診断カテゴリー1つひとつの診断指標を地道に確認することにより,臨床場面における看護診断を適切なものにしていくことが可能となる。もちろん,診断名自体の妥当性,定義や関連因子などについての妥当性の検討も今後の研究課題であることは忘れてはならない。

DCVモデルでの検証

 ところで,DCVモデルは診断指標の内容が妥当であるかどうかを確認する方法として比較的容易である。具体的な手順をあげると,(1)取りあげた看護診断の診断指標を確認するために,多くの文献から診断するために指標となっている症状を抽出し,(2)列挙された診断指標の適切性の評価を5段階尺度で専門看護婦に求め,(3)専門看護婦の5段階の反応に対して,加重評価法を用いることであろう(すなわち,反応1は0.0,反応2は0.25,反応3は0.5,反応4は0.75,反応5は1.0というように重みづけをしてDCVスコアを出す)。そして(4)診断指標項目ごとに,DCVスコアの平均値を出し,(5)加重評価の総計が0.8以上の場合,診断指標としてレベルの高いの項目(major DC:主要指標)であり,0.51から0.79までは診断指標として評価できる項目(minor DC:副次指標)とみなされ,0.51以下の場合は診断指標の項目から削除されるというものである。
 小笠原・松木ら(1999)の「ボディイメージの障害の診断指標」の妥当性検証においては,主要指標は0.75以上,副次指標を0.60から0.74を基準とした。わが国の専門看護婦集団の知識レベルや教育事情を考慮して実際的ではないと判断したからである。そして4つの主要な診断指標と15の副次診断指標を明らかにした。
 NANDAにはあがっていない主要な診断指標「身体の外形を受け入れることができない」の抽出,また副次指標の1つ「身体の否定的感情の表現」が主要な指標の範疇にあることが示唆されたことは,わが国独自の傾向を示している。筆者らはNANDA学会誌に,内的体験についての表現が少ないことが日本人患者の特徴であることや,診断指標には観察可能なもの,理解可能な具体的な表現が求められていることなどを含めて報告した。

研究者だけでなく

 看護診断の妥当性を検証する場合,被験者が看護診断の妥当性を検証するのに十分な経験を持ったエキスパートであるか否かが大きな課題となる。看護診断をどの程度看護の実践場面で使っているのか否か,看護診断についての一般的な知識だけでなく,その診断カテゴリーや診断指標について十分な知識を持っているのか,などが看護診断の妥当性の検証研究の結果に大きく影響してくるからである。
 Fehringは,エキスパートナースの基準として,(1)大学院卒,(2)臨床経験年数,(3)看護診断の研究経験を有する者,(4)看護診断について論文を書いた経験のある者,(5)看護診断に関する会議やセミナーなどの受講経験を有する者,などをあげている。しかし,わが国での看護診断の活用の歴史はまだ浅いために,Fehringが指摘したエキスパートナースを対象者に選ぶことには困難があるかもしれない。佐藤(1999)が指摘した診断カテゴリーの使用頻度,看護診断使用期間,知識レベルなどを考慮しながら,またわが国の看護教育事情を考慮しつつ評価者を選ぶことが求められるだろう。
 看護の専門性を高め,患者が求めるケアサービスを提供するために,診断カテゴリーや,診断の根拠としての診断指標について妥当性検証に積極的に取り組むことが,看護診断の研究者だけでなく,臨床で働く看護職自身にも求められている。

表 高頻度の看護診断カテゴリー
 1)疼痛
 2)不安
 3)感染のハイリスク状態
 4)皮膚統合性の障害
 5)便秘
 6)知識不足
 7)入浴/清潔セルフケアの不足
 8)排泄セルフケアの不足
 9)睡眠パターンの障害
10)更衣/整容セルフケアの不足
11)皮膚統合性の障害のハイリスク状態
12)活動不耐
13)食事セルフケアの不足
14)身体運動性の障害