医学界新聞

 

あなたの患者になりたい  

ご覧の通り,異常ありません

佐伯晴子(東京SP研究会)


 ある病院の1年目の研修医対象のコミュニケーション実習でのこと。模擬患者(SP)と初診の面接場面を終え,次に診察と検査をしたことにしてその結果を説明する場面を引き続き行ないました。血液検査と,胸部エックス線の結果は異常なし。検査用紙,シャウカステンに写真など小道具もそろえての説明です。
 心配そうな面持ちのSPに,見やすいように検査用紙を向けて,説明が始まりました。「検査の結果,ご心配の,悪い病気ではなさそうです。数値もこのように正常範囲ですし,ご覧の通り,エックス線検査でも異常は認められません」
 悪い病気ではなさそうなことと,異常はないという言葉だけはわかりました。しかし,医学・医療の素人にとっては,「ご覧の通り」と言われてもまずどこをどうやって見ればよいのかさえ見当がつきません。ガイコツの絵くらいは誰でも見たことはありますが,骨以外の部分でも白く見えたり,透き通っていたりすることが,どんな意味を持つのかなど,教えてもらわないかぎり,わかりません。同じ身体の中でも,空気が通っていなければいけない部分もあれば,空気が入っては困る部分もある,そんな医学的な常識なども素人は知りません。
 素人が医学の知識を持たないのは,その人の通常の生活や文化に必要がないからです。自分の属する世界以外の文化を知らないのは,ごくふつうのことです。医療者の方と患者さんの出会いは,異文化の出会いとしてとらえることができます。時として,医学に無知な患者さんは知的レベルが低いと決めつけられますが,日本に来た外国人に,日本の習慣を知らないから知識レベルが低い,と言うことができるでしょうか。
 検査の結果を聞いて,素人なりによく理解し,安心できることをSPは期待していました。一般に,検査の結果が思わしくない時には,詳しい説明をしっかりなさる医師は多くおられます。でも,心配ないという時にも,理由や根拠をわかりやすく説明してくださる場合が,意外に少ないように感じます。数値や写真を使っても,結論だけ言われたのでは患者さんの不安や疑問は解消されないことがあります。
 患者さんがどこまで理解し,何を疑問に思っているかをていねいに聞き取り,コミュニケーションが一方通行にならないようにすることが,安心と信頼につながります。昔ロンドンで観光バスに乗った時,現地のガイドさんは説明のたびに乗客の顔を見て「わかりますか?」と優しく問いかけていました。みんなが楽しく満足したのは言うまでもありません。
 自分の身体の状態を専門家からの十分な説明を通じて理解することで,素人でも病気に主体的に取り組めるようになるでしょう。忙しい日本の医療現場では難しいのかも知れませんが,わかりやすく今の地点の解説をすることは,異文化の世界にやってきた患者さんが路頭に迷わず,自分の目で見て納得するために,必要なのです。