医学界新聞

 

座談会

みんなで読めばこわくない
-『ガイトン臨床生理学』輪読会のススメ-


栗山登至氏
(日本医科大学
第1外科研修医1年)
田中茂夫氏
(日本医科大学
第2外科教授)
櫻澤 誠氏
(日本医科大学
第2内科研修医1年)


 1993年春,日本医科大学に入学したばかりのある1年生グループが輪読会を始めた。読み物は,アーサー・ガイトンらによる臨床生理学の大著“Textbook of Medical Physiology”(W.B.Saunders刊)。同グループは,大学在学中の6年間をかけて同書を読破した。一方,同輪読会をサポートしてきた田中茂夫氏(同大第2外科教授)は,同書最新版の邦訳プロジェクトを中心になって進め,昨年10月,ついに『ガイトン臨床生理学』(医学書院刊)が発行された。
 輪読会のメンバーで,現在は同大附属病院で研修中の栗山登至氏(第1外科研修医1年)と櫻澤誠氏(第2内科研修医1年),そして田中氏に輪読会の意義や,その進め方,ガイトンの「臨床生理学」の魅力などについてお話しいただいた。


なぜ,輪読会なのか?

―――輪読会のきっかけは?
栗山 はじめは漠然とした興味だったと思います。1年生の時ですから,臨床的な講義はまだありません。しかし,ようやく医学生になったわけですから,臨床的なものに対する憧れのようなものがありました。そんな時に田中先生による,ガイトンの「臨床生理学」についての講話を聴く機会に恵まれました。講話の後,20人くらいの同級生がいたでしょうか?「読んでみようか」ということになったのです。
 しかし,読むにあたって,気持ちだけで実力がありません。そこで,輪読会という形をとって,先生に少し力を貸してもらおうと,そのような声が自然にあがって始まったのです。
―――輪読会は定期的に行なったのですか?
櫻澤 週1回ぐらいです。
―――不安はありませんでしたか?
櫻澤 もちろん,これだけ厚い本で,しかも原書(英語)ですから,内容がしっかり理解できるかどうかは,かなり不安でした。でも,田中先生のアドバイスもありましたし,みんなでいろいろ考えながら少しずつでも進めていこうということになったのです。
田中 最初の頃は,私も医学についてまったく素人の1年生には,難しいだろうと思っていました。しかし,ご覧の通り,これは厚い本ですから,専門課程(第3学年以降)に来てからでは,卒業までに読破できないかもしれない。また,欧米の1年生は,すでにこの本のレベルは身についてから医学部に入ってきますから,その基準でみれば,1年生から読み始めるのは,決して早過ぎはしないとも思ったのです。ただ,基礎的な知識がありませんから,だれかサポートする人がいないと無理だなと考え,輪読会の初期には何回かお付き合いをしました。しかし,学生はそのうち慣れてきて,自然と学生たちだけで会を運営していくようになりました。

リラックスした運営がコツ

―――読み始めた“Textbook of Medical Physiology”(以下,『ガイトン臨床生理学』)の印象はいかがでしたか?
櫻澤 受験で生物を選択した人などには,理解しやすい分野もあったと思います。分野によってわかったり,わからなかったりというのが,正直なところでした。
栗山 わからないことは確かに多かったのですが,100%理解しようとしなくてもいいのではないかと私は思いました。その時はわからなくとも,後日,「あれはこういうことだったんだ」と気づくことができればいいと,軽く考えるようにしていました。
―――6年間も輪読会を継続できた秘訣は何ですか?
栗山 いい意味でも悪い意味でも,厳しい輪読会ではありませんでした。「絶対にこれはやらなくてはいけない」とか,「休んではいけない」とか,参加者に義務のようなものは課さず,毎週,出席できる人が出席するという,自由で気楽な雰囲気を大切にしました。ですから,参加者の中には毎回出席し続ける人もいましたが,1回おきに来る人もいたし,来なくなった人も中にはいました。興味を持っている人には,途中からでも「ぜひ,一度来てみて」と誘ったり,オープンな感じでもありました。
 また,試験前などには,「じゃ,ここは2週やめて,試験勉強のほうをしよう」などと,みんなで話し合って,その時その時で柔軟に決めていく形だったので,継続することができたのではないかと思っています。
田中 「最後まで続かないかもしれないし,脱落者も出るだろう。でも,それでもいいんだ」。この会が始まったばかりの時に,私は,こう学生たちに話したことを覚えています。それくらいのリラックスした感じで進めないと輪読会なんて続くものではありません。

『ガイトン臨床生理学』の魅力

櫻澤 読んでいておもしろいということも,続いた理由の1つだと思います。この本は,他の生理学の本とは異なり,ただ事実の羅列だけではなく,ある事実に対する理由みたいなものもいっしょに書いてあります。そういう捉え方がおもしろいと思っていました。
田中 『ガイトン臨床生理学』は,ある事実がなぜそうなるのかということ,そして,それが臨床の医学にどのように関係してくるのかということが説明してあるから非常におもしろいのです。読者は読み進めていくうちに,自分が知りたいことがたくさん詰まっているということに気づきます。これは大学の講義や日本の教科書からは,得られない「知の宝庫」なのです。その魅力がきっと輪読会を続けさせたのでしょう。
―――『ガイトン臨床生理学』を読破した経験は,卒後の研修に影響を与えていますか?
櫻澤 研修医になり,診療に携わるようになって思ったのは,理論がなくてもある程度の医療はやっていけるということです。覚えなくてはならないことが山のようにある時に,そのすべてについて,理論を知った上でやるというわけにはなかなかいきません。うわべだけの理解,つまり,「こういう病気にはこういう治療」という類いの覚え方もせざるを得ません。
 しかし,その際に,『ガイトン臨床生理学』を読み通した経験があると,「なぜそのような治療が必要なのか」,「なぜこのような薬が必要とされているか」など,自然と考えるようになると思います。あるいは,新しい薬についても,その特徴や作用機序の説明を受けた時に,生理学の観点から興味深く聞けるような気がします。
 直接,現在の診療に役立っているかどうかは別として,いま取り組んでいることへの興味を増すという意味はあったと思います。

背伸びして読んでよかった

栗山 私も研修医1年目で,頭よりもむしろ体を使っているなという毎日ですが,櫻澤先生がおっしゃったことには同感です。
 また,私は今,『ガイトン臨床生理学』のような本を,1年生の時に読み始めておいて本当によかったと思っているのです。というのも,研修医になってからでは,やらなければならないことがたくさんあって,時間的に『ガイトン臨床生理学』のような大著を読むことは難しくなってしまうのです。ですから,この本は,時間がある医学生のうちに背伸びしてでも読んでおくべきものです。私は,いい時にいい本と出会えたんだろうな,という気持ちです。
田中 研修医1年生,2年生が,これを読んだことで,どれくらい役に立ったかと聞かれても,比較するものがないので答えるのは難しいと思います。
 言いにくいことですが,日本の医師1年生は,欧米のそれと比べて残念ながら,教育期間にして数年分レベルが劣ります。もちろん,日本の医師はずっと劣ったままというわけではなく,研修医をやって経験を積むうちにだんだん追いつき,いずれは同じレベルにいくのですけれども,最初は格段の差があるのです。これには,ガイトンの本に書いてあるようなことを医学生の時に教えてない,あるいは,こういう知識のある人を医学部に入学させるというシステムができあがっていないことにも原因があります。
 したがって,おそらく,自分たちではわからないと思いますが,櫻澤先生も栗山先生も第三者から見ると相当力がついているように見えるのではないかと思います。

ぜひ挑戦すべき基本書

田中 医師をめざす者にとって,将来「いい医師になるんだ」というモチベーションは非常に大切です。4年制大学で教養を幅広く身につけ,社会人としての経験を積んでから,医学部(メディカル・スクール)へ進学するのが一般的な米国などに比べて,わが国の医学生のモチベーションは劣ることが指摘されています。学生たちにはぜひ,早期に『ガイトン臨床生理学』を読んでいただいて,医学に対しての興味や,将来は「いい医師になるんだ」というようなモチベーションを持っていただきたいと思います。
 本当は原書で読むのが一番いいのですが,翻訳書のほうがやさしく,早い時間で読むことができます。無理せず,翻訳書から始めてもいいと思います。
 そして,強調したいのは『ガイトン臨床生理学』は,医学の専門書ではないのです。米国ではアンダーグラデュエートの学生(一般の大学生)が読むような本です。つまり,米国では,医学部への進学を志す者たちが,これを勉強してMCAT(Medical College Admission Test;医学部の共通一次試験に相当)を受験するわけです。だから,非常にわかりやすく,平易な言葉づかいで記述されています。英語で読んでもそれほど難しい本ではないのです。時には,翻訳書も参照しながら,多くの医学生に挑戦してもらいたいと思います。
―――ありがとうございました。