医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


今日に活きている歴史の教訓

公衆衛生の思想
歴史からの教訓
 多田羅浩三 著

《書 評》青山英康(岡山大教授・公衆衛生学)

 本書『公衆衛生の思想 歴史からの教訓』の著者である多田羅浩三大阪大学教授を古くからよく知る者としては,本書を通読して始めて,長年の謎が解けた気持ちになる。単に講演のみならず,会議でのほんのわずかな発言内容においても,常に確かな論理があったのは,これだけのイギリスの保健と医療の歴史に対して学問的な教養を見につけておられたからだということが理解できる。
 講演の際に引用されるイギリスの例については,著者の留学の成果とは推測できたが,これまでの数多くの海外留学経験者について共通して言えることは,当時としては最新の知識や技術をわが国に紹介してくれた貢献は認められるが,これらの知識や技術の基盤となっている哲学や思想までも紹介されることはきわめて少ない。多田羅教授がそのきわめて稀な存在であることを裏づけてくれたのが本書である。まさに「温故而知新 可所為師矣」である。

日本の健康問題に対する回答を示す

 本書は「序章」に始まって「終章」に終わる6章で構成されており,序章は本書の執筆意図が明確に記述されており,終章で今日のわが国における健康問題への対応において,本書がきわめて実践的な回答を与えてくれることを示してくれている。
 「第1章 公衆衛生体制の誕生とその展開」はイギリスにおける保健省の創設にいたる歴史的経過を詳細に点検して紹介し,同時にわが国の公衆衛生の黎明期と対比させている点で,史実の解説に馴染まない人でも公衆衛生に興味と関心を持つ者にとっては,イギリスとわが国との対比で繰り返し読み直したくなる内容となっている。
 「第2章 近代における医師職の興隆」では,ヒポクラテスの医学から書き始められているとはいえ,近代医学の形成として,医師の個人および医学会や医学校などの団体が果たしてきた役割について論述されている。ここでもわが国の医薬分業論争に例を取って,わが国の医療体制の確立の歴史との対比を行なって,教訓とすべきイギリスにおける歴史の中での「制度と知恵」の競合関係を具体的に示してくれている。
 「第4章 新しい機会と新しい挑戦」では,「揺り篭から墓場まで」の表現で,今日もなお世界に誇るイギリスの保健・医療体制-国民保健サービス-National Health Service(NHS)の成立から今日までの歴史的な展開が紹介されている。
 平均寿命が男女ともに世界第1位を誇るわが国が,国際的に他に例を見ない急速な少子・高齢社会を迎え,明治維新以後すべての近代化を「欧米先進諸国に追いつけ,追い越せ」を国是として取り組んできただけに,今日の保健と医療と福祉にかかわる健康問題への対応には,国民1人ひとりの創意・工夫とともに,専門職の指導性の発揮が求められているといえる。それだけに,保健・医療・福祉の各分野に携わる専門職が本書から得られる教訓はきわめて多く,必読の書として推薦させていただきたい。

医療・保健・福祉の専門性の基盤強化

 2000年に発足する介護保険制度と健康日本21,そして老人保健法の第4次見直しなど,今や行政の施策が大きく転換しつつあり,地域保健法の施行により,生活者に最も身近な市町村が実施主体となって,保健と医療と福祉の各分野で専門職の「知恵」が試されているといえよう。いまだかつて誰も経験したことのない新しい事態へ的確に対応できてこそ専門職といえる。本書が各専門職の専門性の基盤強化に役立つことは確実である。
 本書を読み続けるもう1つの楽しみは,保健・医療の分野の先達として誰でもが知っているチャイドウィックとかラムゼイ,シモン,ベヴァンなどとともに長与専斎などの人物像について興味ある史実が紹介されていることである。楽しい読書の時間を過ごすことができる。
A5・頁302 定価(本体4,000円+税) 医学書院


高齢者医療における漢方薬の使い方を解説

高齢者のための漢方薬ベストチョイス
折茂 肇 監修

《書 評》宮本昭正(日本臨床アレルギー研究所長)

 『高齢者のための漢方薬ベストチョイス』という著書は,東京都老人医療センターの院長である折茂肇先生の監修のもとに,漢方薬に詳しい18名の方々の執筆による約250頁の労作である。
 本書は5章からなる。はじめに高齢者医療における漢方治療の意義,西洋薬と漢方薬との比較,さらに漢方診療の基本について簡単に触れ,症候別に漢方薬の選択について説明し,次いで漢方薬が有効であると思われる疾患を取り上げ,漢方薬の使用について解説している。
 第 IV 章の症状別の漢方薬の選択については,一般にみられる約30の症候について,それぞれ最低限必要な検査と除外診断,漢方治療の適応を解説し,最後に漢方薬の適正使用によって臨床効果が示された実際の臨床例の提示がなされている。また,文献も列挙されている。
 第 V 章の疾患別の漢方薬の選択の章では,漢方薬が得意とすると考えられる約40疾病について検査および診断と治療の問題,西洋医学的治療とその問題点,漢方治療の適応,臨床薬理などが平易に解説されている。また,実際の臨床例も提示され,文献もそれぞれの疾病に対して示されている。
 全体を通して言えることは,よく統一がとられていて,平易に解説され大変読みやすいということである。

全人的医療を指向

 最近,漢方に対する関心が大変高まってきた。特に免疫機構が低下し,また不定愁訴の多く,複数の病気を持っていることの多い高齢者に対しての漢方薬の意義は大きいと考えられる。西洋医学の持っている攻撃的な治療法に比べて緩徐ではあるが,ホメオステーシスを補持し全人的な治療を指向する漢方薬は,今後さらに注目されると考えられるが,このような背景のもとに上梓された本書の意義は大きい。
 監修の折茂先生は私と同時期に東大の教授を務められ,在職中から漢方については大変造詣が深く,東大での漢方の推賞者のお1人であり,また退官後も漢方の推進者である。その折茂先生が監修された著書であるだけに名著である。平易な文章で書かれているということもあって,漢方に馴染みのない方でも読んでいるうちに漢方薬が理解でき,ぜひ漢方を試してみたいという気持ちになるのも,この本の特徴であろうか。
A5・頁248 定価(本体3,200円+税) 医学書院


輸血に携わるすべての医療従事者の座右に

輸血ハンドブック 関口定美 編集

《書 評》十字猛夫(日赤中央血液センター)

輸血に関する問題を詳細に紹介

 今般,医学書院から関口定美先生編集の『輸血ハンドブック』が出版された。
 序章を含めて11章に分けられていて,「輸血のコンセプト」,「献血」,「輸血検査」,「血液製剤」,「輸血の実際」,「内科領域の輸血」,「小児科産科領域の輸血」,「輸血副作用」,「自己血輸血」,「血漿交換」,「造血幹細胞移植」について,輸血を行なう一般臨床医向きに,明解かつ簡潔にまとめられている。執筆者の多くが,編集者が所長をされていた北海道赤十字血漿センターの職員であり,献血の沿革から採血基準,献血者への問診,成分採血の機種とその特性,採血時の副作用,献血者カウンセリングまで,詳細に献血に関する問題が紹介されている。他の輸血書にない特色を出している点で,医療従事者に参考になるとものと思われる。
 「輸血検査」の章では,血液型抗原,血小板型抗原,HLA抗原の分子構造,検査法について,必要最低限の知識が得られるように記述されている。臨床医にとって,最も重要な不規則抗体の検査と,その臨床的意義が述べられている。また患者の緊急度に応じた対応についても述べられている。超緊急時においては,担当医の要求する血液型の血液を出庫すると書かれているが,一般に不測の事態を想像して,O型赤血球はM・A・Pを使用すべきとの意見もあり,学会等で十分に議論すべき課題と考えられる。
 輸血感染症検査について,ウインドウ期間における感染リスクについて詳しく述べられている。HBVについては,日本では3万本に1本,フランスでは12万本に1本の割合で感染リスクが計算されている。次章で触れられている輸血に関する患者に対するインフォームド・コンセントを主治医が行なう際に利用できる。
 第4章の「輸血の実際」では,各血球成分,アルブミン,凝固因子の寿命,1日の産生量,血管内分布比率などを述べて,輸血療法の実施に関するガイドラインを紹介している。巻末の付録1にこのガイドラインの全文を載せている。最後に輸血効果の評価の重要性を強調している。
 「輸血副作用」の章では,急性溶血性副作用,輸血後GVHDをはじめ,副作用について簡潔にまとめられている。
 同種血液による副作用を避けるために,近年推奨されている自己血輸血についても,十分紙面をさいて詳述している。しかし穿刺部皮膚をキシロカインで局部麻酔する記述は,必ずしも一般的でないと考えられる。
 血漿交換療法にも紙面をさき,遠心分離法,膜分離法,吸着法,治療的サイタフェレシスに分けて,記述されている。またこの療法の適応疾患についても詳しく述べられていて,臨床医にとっても参考となろう。
 「造血幹細胞移植」は,輸血が単なる補充療法から,病気そのものを治療するための細胞治療へと発展するための1つのステップと考えられる。この意味で本章は重要である。幹細胞が増殖分化するために関与するサイトカインの分割,その応用についても詳しく記載されている。骨髄移植のみならず,末梢血幹細胞移植,臍帯血移植の実際が簡潔にまとめられている。さらに骨髄バンク,臍帯バンクの将来についても触れられている。

病院における輸血管理体制の確立を最重要課題に

 全篇を通して流れているものは,正しい適応に基づく適正な輸血の推進と,安全性の確保である。病院における輸血の管理体制の確立が最重点課題となっている。最近新聞紙面にとりあげられている型ちがい輸血は,輸血を専門とする者のみではなく,医療全体の危機管理体制の確立の中で検討されるべき重要な課題となっている。このような状況下で,本書の上梓は歓迎すべきと考える。
A5・頁208 定価(本体3,000円+税) 医学書院


内視鏡下手術に携わる医師の手元にぜひ置きたい1冊

内視鏡外科用語集 日本内視鏡外科学会用語委員会 編集

《書 評》森 昌造(東北公済病院院長,東北大名誉教授)

 1987年にMouretが腹腔鏡下胆嚢摘出術に成功して以来,内視鏡下手術は,低侵襲性による患者のQOLの向上という利点によって,瞬く間に世界中に普及した。わが国においては1990年に「内視鏡下外科手術研究会」が発足したが,1995年には「日本内視鏡外科学会」へと発展し,消化器外科,胸部外科,内分泌外科,産婦人科,泌尿器科,整形外科,形成外科などの多領域で,数多くの手術が内視鏡下手術として行なわれるようになり,さらに適応が拡大されつつある。この急激な発展は,機器の開発と技術の進歩によって支えられたものであるが,一方では,機器や技術に関する外来語があふれ,誤って解釈されたりあるいは奇異な造語や略語が出てきたりというような混乱も生じるようになった。

論文を書くのに役立つ用語集

 このような情況下で,1999年5月に,日本内視鏡外科学会用語委員会(山川達郎委員長)編集による『内視鏡外科用語集』が医学書院から発行されたことは,誠に時宜を得たものと喜んでいる。
 山川用語委員長は本書の序の中で,編集の基本方針について,(1)氾濫する用語の整理,(2)内視鏡外科関係の和文および英語の論文を書くのに役立つ用語集にすること,(3)日本語に主体をおき,それに対応する英語を付記する方式をとること,および(4)誤解されやすい用語や混乱のおそれのある用語,複数の訳語がある用語などについては註をつけて説明すること,と述べている。これまで各学会等からさまざまな用語集が出版されてきたが,いずれも文字通り用語の説明であり,有用ではあるものの無味乾燥であることはやむを得ないものと思っていた。したがって,上記の「論文を書くのに役立つ用語集」というような編集委員会のポリシーは大変新鮮で,英文論文を書くのに多少なりとも悩んだことのある者にとっては,我が意を得たりという思いがするのである。

左頁に用語のスタンダードを右頁に用語の使い方と類語が

 本書は,「1.手術手技用語」,「2.手術器具用語」,「3.手術所見記載に必要な用語」,「4.手術診断に関する用語」,「5.内視鏡外科手術に必要な解剖用語」,および和文と欧文の索引から構成された248頁の小冊子であるが,前述の編集方針に貫かれた内容となっている。また,左頁に和文・英文の用語のスタンダードを示し,右頁にはそれらの用語の使い方や類語に関する註を記載するという,ユニークで親切な編集がなされているのも特徴の1つとなっている。
 内視鏡下手術の習得は,今や多くの外科系医師にとって必須のものとなりつつあるが,そのような医師の手許にぜひ置きたい1冊として,本書を推薦したい。
 この用語集の編集にあたっては,多岐にわたる領域の専門家の協同作業が必要で,ご苦労も少なくなかったことと思うが,3年近くの年月をかけて本書を完成させた用語委員の方々に敬意を表したい。
 日進月歩のこの領域であるので,かなり早い時期での本書の改訂は必至のことであろう。用語委員会の今後のご尽力を切にお願いする次第である。
B6・頁248 定価(本体3,500円+税) 医学書院