医学界新聞

 

新春随想
2・0・0・0

よりよい開業医の医療をめざして

五十嵐正男
(五十嵐クリニック)


 30年に及ぶ病院勤務を辞めて,エイヤッとばかり開業医の生活に飛び込んで12年になろうとしている。
 経験してみてはじめてわかったが,開業医の医療は単に病院のそれより一段レベルの低い医療なのではない。わずかな薬と検査と,そして多くの言葉で,不安いっぱいな中高年を見違えるように元気にしてあげることのできるすばらしい医療なのである。病院時代にはあまりなかった,心を通わせ合うことで得られる喜びは,何物にもかえられない。病院医療とはひと味もふた味も違った医療を経験できて幸せである。
 患者さんたちの多くは,単に医療が手近にあるという理由で私のクリニックを訪れてくるが,重大な病気などめったになく,単に不安の固まりであることが多い。だが,それらの中にも本当の病気が隠されているかもしれないし,見落としたら最後,致命的なことになる。病院では同僚,他職種のスタッフなど多数の目があり,自分の判断に誤りがあってもすぐに発見されるが,自分1人で医療をやっている開業医にはそれがない。誤った判断をしていないか,適切な処方をしているか,いつも自分自身を厳しく見ていかねばならない。開業医は孤独である。

開業医が求める情報とは

 開業医は最先端の医療をする必要はないが,日進月歩の医療に遅れないで,その時どきに常識とされる医学知識を身につけておく必要がある。またどのような疾患を持った患者が来るかもしれず,たとえ得意な分野でなくとも,知らなかったでは済まされない。何歳になっても,医療を行なう限り,勉強し続けなければいけない。だが新しい医療情報,薬品情報は後から後から洪水のように押し寄せてきて,とても整理しきれない。たまに医師会主催の講演会に出ても,大学,大病院の医師による最新医学の高尚な話が多くて,明日からの診療に直ぐには役立ちそうにない。開業医にとって必要なのは,安全でよい診療をするための知恵やコツなのであるが,開業医が医師会の講演会に講師として呼ばれる機会は少なく,そのような話はなかなか聞けない。立派な肩書きがないと講演者としては呼ばれないのかもしれない。
 アカデミックな香り高い医学書は続々と出版され,それ自体は結構なことである。しかし今の私が心から手にしたいと願っているのは,学識に裏づけされた開業医経験十分な人が,自分の言葉で書いた医学書である。専門が違っても十分に消化できるよう,必要にして十分なことが書かれたこのような本が各分野でそろっていたらどんなにかよいだろう。
 雑誌についても,医学雑誌は各分野にわたって数知れずあるが,開業医が編集者となり,開業医が著者の多くを占めるような雑誌は皆無である。寂しいことである。
 インターネットは開業医の有力な情報源となりうる。かって私は米国の心臓病のフォーラムに入っていた。そこでは誰かが問題提起をすると,すぐにそれに対する意見が世界各国から多数寄せられ,いろいろな考え方があるのを知ることができ,毎日夜になってインターネットのメールボックスを開けるのが楽しみであった。だが残念ながらスポンサーが降りてしまったため,そのフォーラムは閉鎖されてしまった。わが国にも開業医のために,いくつかこのようなクローズドのフォーラムがあったら,開業医を孤独から開放し,教育してくれる有力な武器となるはずで,医学出版社がその労をとってくれることを願っている。
 今年も安全で,誤りのない医療をめざして努力していきたい。