医学界新聞

 

新春随想
2・0・0・0

介護のための医療について

妹尾恭知
(久仁会鳴門山上病院)


 今年は,千年紀・ミレニアムといわれる千年に一度の区切りの年とされ,年末年始のイベントの華やかさには目を奪われるものがあります。

医療と介護の関係

 今年は,医療界にも数十年に一度の大きなイベント,すなわち,公的介護保険制度の導入が四月に待ち構えています。
 公的介護保険制度が,ドイツのようにただ福祉サービスの社会保険化であれば,医療にはあまり関係のないイベントなのかもしれません。しかし,日本の介護保険制度は,英米型ヘルスケアの概念に近く,慢性期医療を内在させており,医療界にとっても影響は計り知れません。
 医療スタッフにとって,介護という概念は理解しにくいものとして感じ取られるかもしれません。障害を持った高齢者の方々の直接・間接の介助行為,安全な居住空間の確保,新しい生活様式の提案・獲得などの行為を「介護=生活の再構築(リフォーム)」という概念で私が理解し,実感として受け止められるまで数年を要しました。
 どの医療スタッフも,実習で「病棟」と呼ばれる建物の中の「患者」と呼ばれる対象者について,その身体・精神に関わることを教えられて来たはずです。傷病を抱えて,日常生活から切り離された「人」を科学の対象とすることを,まずは学んできたはずです。
 介護の援助の対象は「要介護高齢者」であり,施設にせよ,在宅にせよ,現実に日常生活を送っている人,あるいはその方の生活そのものを科学の対象とします。そこが典型的な医療と,介護の異なる部分であると思います。
 介護保険制度が医療に求めるものは,「生活を維持するための協力」であって,積極的な機能の回復でも,病気の治癒でもないでしょう。後者は,従来通り,医療スタッフが医療保険で行なうことです。

医療における激動の時代の幕開け

 「介護のための医療」と私は呼んでいるのですが,介護保険のもとで行なう医療行為というのは,まず安全に安心して介護できるための介護職への情報提供・技術的指導をすること,次に要介護高齢者が可能な限り自立した生活を維持するための看護・リハビリテーションなどを含んだ維持期医学的管理を行なうこと,最後に万が一の救急時に対応するための医学的危機管理に備えることの3点に集約されると思います。
 主役は介護であって,医療は脇役で十分役割を果たせると私はこの数年間の経験で感じています。医療があまりに表に出すぎた介護サービス計画(ケアプラン)は,要介護高齢者にとって,窮屈な感じを受けるもののようです。脇役に徹することも医療の重要な仕事です。
 介護保険が慢性期医療を含んでいても,残念ながら,医療スタッフには医療行為しかできません。老人病院で,介護助手化している看護職を見ることもありますが,看護としては評価に値しないことでしょう。 また,いかなる医療行為であれ,日々,研鑚と努力を積み重ねない限り,よい結果は得られません。介護に飲み込まれてしまって,医療スタッフとしてのアイデンティティを失いつつある医療スタッフも見かけますが,制度がどうであれ,医療スタッフは,自らのスタンスを守るべきだと思います。
 今年は,また金融ビックバンに代表される,新自由主義・ネオリベラリズムと言われる社会経済構造改革が,医療界・医療経済に影響を強めてくると思われます。医療・福祉複合体の増加,資本・業務・技術提携による医療機関のグループ化,マネージドケアの導入促進など,アメリカ型ヘルスケアへの移行が鮮明になることでしょう。
 医療にとって激動の時代,それに力強く立ち向かっていく医療スタッフ,今年は,そんな時代の幕開けなのかもしれません。