医学界新聞

 

第9回国際閉経学会印象記

大石時子(ボストン大学院保健学部助産課程卒業・CNM)


刺激的かつ多角的なメノポーズへの取り組み

 第9回国際閉経学会(9th International Menopause Society World Congress on the Menopause)が,さる10月17-21日の5日間,麻生武志会長(東医歯大教授・産婦人科学)のもと,「閉経のためのケアに対する世界的,多面的アプローチ」をメインテーマとして横浜市のパシフィコ横浜で開催され,世界各国から2100人が参加した。
 本学会は,そのメインテーマが示すように医学のみの視点からではなく,心理・文化・保健・看護・ジェンダーなど,多面的に閉経を捉えようとする努力がなされていたことが特徴的であった。
 筆者は,米国において2年の助産修士課程を卒業後,この8月にCertified Nurse-Midwife(CNM,助産婦)の資格を取得したばかりである。米国の助産婦は,思春期から更年期まで,女性の一生の健康管理をその業務範囲とし,助産教育では婦人科,女性学などから女性の健康支援を学ぶ。その教育を受けた筆者は,より最新の情報で知識を高め,日本の助産に生かしたいと考え,本学会に参加した。刺激的で充実した5日間の会議の模様を,教育講演を中心に報告してみたい。

高齢化社会のQOLと閉経

 初日,開会式後に行なわれた教育講演「Healthy Aging in the 21st Century-the WHO strategy」で演者のWHOのAlexandare Kalche氏は,「発展途上国の高齢化が先進国より急速に進んでおり,人類は地球的規模で前例のない高齢化に直面している。各国政府,政策企画担当者にとって,それらに対して質の高いQOLを保障することが重要な課題となっている。健康な高齢者は地域社会における貴重な人材であることを認識し,われわれはこの課題に取り組んでいかなければならない」と強調した。
 続いて行なわれた教育講演「Menopause:implication for health care in aging societies」でワシントン大学看護学部長のNancy F. Wood氏は,閉経は女性にとって骨粗鬆症や心疾患などの老後の健康問題を考えるよい契機になっていることを示し,「医療者側も公衆衛生上の見地から生活習慣,食事,運動などについて指導していく必要がある」と述べた。

更年期と社会文化的要因

 2日目には,日本人女性の更年期症状を調査研究したことで知られるカナダの文化人類学者Margaret Lock氏が,女性が更年期をどう捉えるかは,各国の社会文化に深く関与しており,それぞれ異なっていることを示唆した。氏によれば.ホルモンなどの客観的要因にかかわらず,症状を訴える女性もいれば,症状がまったくない女性もおり,その症状の現れ方もまたそれぞれの文化によって相違する。
 さらにLock氏の調査によれば,更年期症状を訴える日本女性の割合は,北米の女性に比較して少ない。北米では,最もポピュラーな症状であるホットフラッシュ(のぼせ,ほてり)の訴えが日本人女性に少なく,肩凝り・頭痛などの神経症状が多いことが特徴である。メキシコやアフリカでも,更年期症状やホットフラッシュの訴えは少なく,「これは都市化との関連があるのではないか」と示唆した。
 また教育講演「Brain function,menopause and aging」でイタリアのAndrea R.Genazzani氏は男性の老いについて講演し,「妊娠・出産や更年期などで,健康管理の機会を得やすい女性に比べて,男性には疾病予防の機会が少ない」と述べて,男性や医療者の注意を喚起した。
 2日目の午後には,ウィメンズヘルスオープンフォーラムが開催され,オルタナティブメディスン(指圧,灸,気功),カウンセリング,運動の実技指導が行なわれた。

ホルモン補充療法(HRT)の作用と副作用

 本学会の現会長であるオーストラリアのHenry Burger氏は,「HRTの批判的検討」と題した会長講演の中で,今までの研究成果を総括。氏は「HRTは更年期症状の対処療法としては有効であるが,骨粗鬆症,心血管疾患,痴呆,アルツハイマー病の予防として,そのリスクが特にない女性に対してHRTを適応すべきかどうかは明確に証明されていない」と報告した。さらに,HRTの副作用と乳癌の関係も,確実に証明されていないが,それを示唆するデータは多いと述べた。
 また,3日目の教育講演「Risks and benefits of hormone replacement therapy」で英国のJohn C. Stevenson氏は,「HRTの長期投与による副作用(心疾患や骨粗鬆症のリスクが高まる)のリスクに対処するため,更年期症状の対処療法としての短期投与の後は,60歳代後半から70歳代までHRT使用を遅らせるという方法もあるのではないか」と提起した。

閉経とセクシュアリティ;その心理的要因

 オーストラリアのLorraine Dennerstein氏は「Menopause and sexuality」と題して,メルボルンの2000人近い45-55歳の女性のセクシュアリティの調査結果を報告。「女性の性的関心,性交頻度,オーガズムなどは50歳を境に減少が見られたが,閉経は腟の乾き,性交痛などを起こすために女性のセクシュアリティに有意な影響を及ぼすことがわかった。しかし,性交渉の相手への感情のほうが,ホルモンレベルより大きな影響を持つこと,またパートナーの性的問題も大きな要因であった」と述べた。
 日本の河合隼雄氏(国際日本文化研究センター所長)は,「Psychological meanings of menopause as revealed in“sand therapy”process」と題し,慢性的うつ状態にあった更年期の女性が,ユングの心理療法である「砂遊び療法」を通して自分の人生を振り返り,新しい自身と人生の意味を見出していく過程を紹介。更年期は女性にとって積極的な転機になり得ることを示唆した。
 会議は次期会長に,イタリアのGenazzani氏を選出。また,次回は2002年にベルリンで開催することを約して閉会した。