医学界新聞

 

第27回日本救急医学会が開催される


 さる11月10-12日,第27回日本救急医学会が,前川和彦氏(東大)のもと,東京・新宿区の京王プラザホテル,他で開催された。今回のメインテーマは「原点に立ち戻り,学会のあり方を考える」。昨年新たに設立された日本臨床救急医学会が臨床面の発展研究を担い,また看護部会が独立(2167号参照),さらに救急隊員部会との共同開催は今回が最後になるなど,救急医学の研究面にシフトしようとする本学会の方向性を明確にした内容となった。
 本大会では,会長講演や海外からの招待講演に加えて,シンポジウム2題,「EBM」など新しいテーマを盛り込んだパネルディスカッション5題などが企画された。またイブニングセミナーには,脳死体からの臓器提供をめぐる問題点と,茨城県東海村における臨界事故への救急医療体制を考察する場が設けられ,多数の参加者を集めた。

外傷の持つ意味

 前川氏による会長講演「グローバルな視点からみた外傷の持つ意味」では,種々のデータを用いて,外傷をめぐる世界的状況を説明。さらに「日本の救急医療において,外傷学は学会を中心に発展したが,包括的な外傷システムはついぞ発展しなかった」ことを指摘。「21世紀の外傷システム構築は大きな課題であり,外傷予防,センター設立など外傷システムの整備は急務」とした。その他に自殺や紛争の火種が絶えないことから,「今後20年先に外傷が及ぼす影響はさらに大きくなると予想される」と述べた。最後に外傷に関わる救急医の役割として(1)患者教育,(2)データ収集,(3)包括的外傷システム,(4)救命率などの前進,(5)外傷研究の推進,(6)外傷予防・コントロールを進めることをあげ,口演を結んだ。

救急医学における新たなパラダイムの構築

 パネルディスカッション1「救急医学における新たなパラダイムの構築」(司会=杏林大 行岡哲男氏,広島大 岡林清司氏;写真)では,司会の行岡氏が「救急医療をどのような枠組みで考えるかが問われている。内的,外的な変化に応えるために,われわれ自身がどう変化すべきかを考える場所にしたい」と議論の方向性を示した。
 最初に猪口貞樹氏(東海大)は,周辺4市1郡からなる東海大附属救急救命センター診療圏の住民年齢構成の変化と疾病構造変化から,2010年の同センターの診療状況を予測。急速な老年人口の上昇と年少人口の低下から,21世紀の初頭には救急患者の増加,循環器系疾患による受診者が激増し,特に高齢者の搬送需要は3倍になることが予想されることを明らかにした。氏はこの推計から,(1)施設の重病高齢救急患者の受入れ能力不足,(2)医療費の増大,(3)リヴィングウィルをどう考えるか,などへの対応が急務となることを指摘した。
 続いて和田誠之氏(広島大)は,地域のニーズに即した病院設計をめざし,同大学病院の救急外来受診状況を診療科,転帰,処置別に検討。また大都市独立型救急救命センターと比較から,「中都市の大学病院における救急医療の機能を考えた時,地域のニーズや特殊性に沿った内容が重要であり,3次救急部門にこだわらない全科の救急疾患をカバーできる体制を整える必要性がある」とまとめた。
 太田祥一氏(杏林大)は,(1)海洋スポーツ競技,(2)在宅医療,(3)遠隔指示・支援システムなど,医療施設外にフィールドを求めた研究を分析。特に(3)について,shared view systemを用いたHead Mounted Displayを有するヘッドギアにより,遠隔地でも高度救急病院と同様の処置が可能となるシステムを開発中であることを提示した。氏は「社会に積極的にアプローチし,新しい救急システムの構築をめざすべき。その際に救急医はメディカルディレクターとして新しい役割が求められる」とした。
 教育の視点から平出敦氏(阪大・総合診療部)は「現在検討中の卒後研修必修化を考えた時,現行の体制で全員に救急医学教育が可能なのか」と疑問を呈し,実践的な内容で体系化された救急医学教育の必要性を強く訴えた。その方策として,氏が医学生を対象に行なったインターネットによる教育は,学生の救急へのモチベーション向上に効果的なことを報告し,「医療施設外でも救急医学教育の大部分はトレーニング可能。医療施設での実習とうまくリンクした教育施設の充実と,救急医学教育を横断的・統括的に担当する組織が必要」と口演を結んだ。

文化人類学的に分析した救急医療

 特別発言として,加藤弘氏(NEC)は「2つのCS」と題して口演。1つは異文化理解をめざす手法「Cultural Study」をさすが,「医療者と一般の人々は別々の文化圏に属する」とし,「医療者は自身の文化を患者に押し付けてはいないか」と指摘。もう1つの「Customer Satisfaction」(顧客満足)では,「産業界では当たり前になりつつある『顧客満足の提供』の視点は,今後の医療にも必要となる」と強調した。続く池谷のぞみ氏(東洋大社会学部)は,当事者の経験から現象を理解する学問「エスノメソドロジー」の手法を用いて,氏が3次救急の場で行なった1年間のフィールドワークと研究成果を紹介。「医療自体は閉じられた世界だが,求められるのは開かれた医療。救急医療の変革は医療自体のパラダイムシフトの発端になる」と結んだ。
 演題終了後に,「これまで救急医療は外傷など重症疾患を主な対象としていたが,今後は高齢者医療など1次医療にどう関わっていくかも大きな問題」とし,また「1次から3次という体制を維持するのか,または再構築が必要なのか」など,今後の救急医療が抱える問題点を浮彫りにする議論が展開された。