医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


痴呆を正しく理解するために

新 老人のぼけの臨床 柄澤昭秀 著

《書 評》中島紀恵子(北海道医療大教授・看護福祉学部)

 すでにかなり傷んでしまっている初版本(1981年)を傍らに開きながら,このたびの全面改訂された本書を読ませていただいた。初版本が発行されてから本書発行まで18年間の時間それ自体が,わが国の痴呆における医学・医療,ケアの歩みであるといっても過言ではない。
 振り返れば,1978年頃からぼけの人や介護家族の逼迫した状況が次々と明るみに出されるようになり,一部の自治体や関係者の組織的取り組みが始まった。私もその端くれにいたが,当時はまだ,ケアの方向に示唆を与えてくれる参考書は非常に少なかった。初版本はそれに応えてくれた数少ない本であり,いまもって私の大事な書物の1つになっている。どうしてだろうと改めて考えてみると,この本が病理学的疾患モデルに己のみている(みてきた)臨床像を当てはめて痴呆を説明しているのではなく,臨床像それ自体の真像を多面的に考究しようとする著者の態度が言葉の行間から読みとれ,それが私のなすべきことの方向性を導いてくれたためだったと思う。

研究の軌跡と痴呆の現状を示す

 新本は,今日までにこの領域で得られた臨床研究成果の軌跡と痴呆の現状を簡潔明瞭に記載することを通して,痴呆を正しく理解してほしいという著者の願いがよく伝わる内容になっており,全9章のどの章も初版に比較して,新しい知見が加えられている。著者自身が序文にいうように,最近の多数の研究者や解説書の出版物とおびただしい情報に,多くの関係者はかえって混乱してしまうような経験をしている。こうした現状に気づいている方々には,ぜひ読んでほしいと思う。看護職にとっては,特に2章の「知能の老化と痴呆」,3章の「痴呆の疫学と実態」,4章の「痴呆の臨床像」,7章の「治療とケアに関する新知見」が参考になるだろう。なにも章を追って読まなくてもよいと思う。知りたいと思うところを噛みしめつつ読み,まだ正しいことなのかどうかわからないものをみつめる時の著者のきちんとした目の置き方を学ぶことも,楽しい読み方の1つではあるまいか。
 各章の随所にメモとして書かれた26項目のどれもが,本文のその場所になくてはならない短文として配置されている。図表もよく精選されており,全体として丁寧に編集されているのもよい。

治療看護へのアプローチ

 看護領域にいる1人として新本を通読し,痛感したことがある。それは,治療看護に対するわれわれの世界のこだわりのなさに対する反省によるものである。自分たちの痴呆の人へのケアに基づく行為が,単に日常ケアとか,一般的な健康管理といった言葉でくくられる行為ではないと考えているのなら,その行為がどんな治療的意図とプログラムによってなされた行為かを記述する必要がある。また,成果を示していくことにおいて組織的に進めていかなければ,看護職は他の領域の「療法家」に“心地よい居間”を提供するだけの人材になってしまうだろう。むろん,患者,利用者に心地よい環境を作るためのケアの追及こそが看護の本質ともいえるものである。ならば,それを意図した治療看護へのアプローチのもとで,意図的にプログラムを開発し,記述することがより一層重要なことだと痛感した。
A5・頁184 定価(本体2,600円+税) 医学書院


臨床家が具有すべき思考法とマナー

EBM実践ガイド 福井次矢 編集

《書 評》中木高夫(名大教授・看護学)

 本書のキーワードは「臨床疫学」です。編者・著者の福井次矢先生の診療面での肩書きは京都大学医学部附属病院総合診療部・部長であり,対応する教育面での肩書きは京都大学大学院医学研究科教授・臨床疫学で,総合診療部が臨床疫学に対応しているのです。このことは,わが国の今後の医学教育や研究の方向を暗示しています。

「臨床疫学」との出会い

 福井先生が米国の留学から帰られて,確か国立国際医療センターにおられる頃,電卓持参で参加したライフ・プランニング・センター(日野原重明理事長)のワークショップ「臨床決断分析」がこの領域との初めての出会いでした。それまで,1つひとつの検査や1つひとつの薬剤,あるいは手術などの決定にあたっては,先輩の処方を真似たり,治療のガイド本から写したりしていたところに,疫学的手法で「1人ひとりの患者さんの問題を解決する」(これが「臨床」という言葉の本来の意味であることも福井先生に教えてもらいました)方法を目の当たりに見せられたのですから,まさに目からウロコ状態です。
 臨床疫学に関する成書の翻訳が出版されたのもこの頃で,R.H.Fletcher氏他の“Clinical Epidemiology,the essentials”が久道茂先生他の訳で『臨床のための疫学』(医学書院)という題で出されたのも1986年という時代の産物だったのでしょうか(さらにこの本の第3版が福井先生の監訳で『臨床疫学-EBM実践のための必須知識』〔メディカル・サイエンス・インターナショナル〕という題で出版されたのも時代を反映しています。同じ本の第1版と第3版であることはどこにも書いてないけれど……)。
 福井先生が1988年に単著で医学書院から上梓された『臨床医の決断と心理』では,臨床疫学の理詰めの面だけでなく,医師の心理にまで言及されているところに感激しました。
 しかしながら,臨床疫学がわが国に受け入れられる道はまさに茨の道だったようです。M.C.Weinstein氏とH.V.Fineberg氏が1980年に出版した名著“Clinical Decision Analysis”を翻訳出版する時には,翻訳を引き受けてくれる出版社を探すのが大変だったそうです(『臨床決断分析-医療における意思決定理論』,医歯薬出版,1991)。

なぜいまEBMなのか

 そして,いまなぜか急に注目されるようになったEBMです。「EBM」という言葉はカナダのマクマスター大学のGordon Guyattが1991年に初めて使用したそうです。マクマスター大学というと,これまた名著の“Clinical Epidemiology,A Basic Science for Clinical Medicine”を書いた臨床疫学の雄David L. Sackett氏がもともといた大学で,いまこの本を出してきて見ればGuyatt氏はその共同執筆者にあがっていました。Guyatt氏が言いたいところが臨床疫学とほぼ同じなのは当然です。
 このように,20年近く前からわが国に臨床疫学を導入しようとして努力されてきた福井先生にしてみれば,EBMという目立つ符号が出てすぐに飛びつく現状には忸怩たるところがあるのかもしれません。しかしながら,EBM,すなわち臨床疫学はよい臨床をこころがけるものならば,必ずマスターしていなければならない思考方法でありマナーであることは本書にも端的に現れています。
 本書は,第1章で「EBMの歴史的背景と意義」,第2章で「EBMの概略と必須知識」を踏まえた上で,第3章「EBMの実際」では本書の最大の特徴である「疑問点の抽出」「文献の検索」「エビデンスの質の評価」「エビデンスの適用性の評価」というEBMのプロセスを丁寧に説明しています。次いで第4章では,EBMが市場原理に揺れるアメリカの医療費支払制度の中でHMOに悪用されたように,cook bookと誤って受けとられる側面を否定する意味で,「EBMと診療ガイドライン」がとりあげられています。第5章は豊富な事例集であり,第6章は,いわばEBMによる臨床講義といえるでしょう。
 本書は,福井先生の経歴からもわかるように,臨床疫学のある部分を抜き取ったものといえるでしょう。これを踏み台として,さらに臨床疫学の成書をものにされることを期待しています。
A5・頁172 定価(本体2,800円+税) 医学書院


国境を超えて活躍しようとする看護職のために

国際看護入門 国際看護研究会 著

《書 評》稲田美和(日本赤十字社・看護部)

看護分野における国際協力活動

 国際的な地位の向上とともに,わが国でも経済的のみならず,人的に国際貢献することの重要性が叫ばれてからすでに久しい。とくに世界の人口60億人の約8割を占める開発途上国におけるプライマリ・ヘルスケアの支援や,地震等の自然災害や民族・宗教を巡る紛争により流出した難民や避難民の救援活動など,国境を越えて地球市民のために,いつ,どこでも看護専門職として活躍できる医療人の育成が急がれている。一方,看護教育カリキュラムの中に国際保健・看護を取り入れる大学等も増加し,国際協力に関心を示す学生も増えてきている。
 このような状況の中,このたび,政府,非政府機関を通じて,途上国で看護活動を経験し,国際看護の発展をめざして研究活動を続けてこられた国際看護研究会の会員によって,国際看護への入門の書が発刊されたことは誠に意義深い。本書は,途上国で看護活動をするためには独特の知識・技術・手法などの体系的な教育・研修が必要であるとの認識のもとに,会員らの体験をもとに理論的裏づけを行ない,国際看護学としての体系化を試みたものである。本書は,総論,対象論,方法論で構成され,総論では国際看護の概念を「国際看護とは自分のものとは異なる国でその国の社会,政治,経済,教育,文化,保健医療システム,疾病構造など看護に影響を与えるあらゆるものを考慮して適用する看護」のことと定義づけ,国際看護学を看護分野における国際協力活動を支える理論として本書の展開を試みている。

「異文化看護」の視点

 また,医学モデルの「国際保健」の考え方ではなく,生活に焦点をあてた看護モデルを基盤とし,国際看護においては,人々の行為を支配する価値観や信念である「文化」の概念を取り入れた「異文化看護」の視点が必要であり,途上国のみでなく「在宅」や「在日外国人」の看護などを行なううえにおいても,異文化の理解のみならず文化についてのアセスメントを適切に行なうことが重要であるとしている。対象論,方法論の中では,対象となる人々を取り巻く社会・医療環境やプライマリ・ヘルスケアの理論と実際,途上国で必要とされる知識や技術などが,豊富なデータや具体的事例を通してわかりやすく解説されている。多くの引用・参考文献が項目ごとに記載されているのも,もっと学習を深めたい人にとってはありがたい。
 災害時等の緊急救援活動かプライマリ・ヘルスケアのサポートなどの長期的な医療協力であるかを問わず,受け手側は当然のことながら国際看護の専門家を期待している。試行錯誤を繰り返しながら,現地で学びつつ国際看護活動に従事することが許される時代ではもはやない。
 国際看護を志す多くの看護職の方々が,本書を途上国等における看護実践の入門の書として,また,看護教育における国際看護のテキストとして活用されることをお薦めしたい。
B5・頁232 定価(本体2,800円+税) 医学書院