医学界新聞

 

あなたの患者になりたい  

その手に触れられて……

佐伯晴子(東京SP研究会)


 挨拶OK,自己紹介OK,言葉づかいもやわらかで,暖かく,誠実な雰囲気。あるOSCEの面接を,私は少し離れて見ていました。1年目の研修医とは思えない,落ち着きとゆとりの感じられる方でした。ところが帰り道,相手を務めた模擬患者の方が,なんとなく浮かぬ顔をしています。
――何かありました?
 確かによく話を聴いてもらえたし,暖かい感じがしたし,話そのものはよかった。ただ,爪がね,ぜんぶ伸びたまま!とてもじゃないけど,自分は診てもらいたくないと思った。でも言えなくて……。
 離れたところからは見えなかったのですが,模擬患者さんとしては目の前の手が気になって仕方がなかったとのこと。あの手でさわられたくない,と患者さんに感じられてしまっては,いくら知識や態度が優秀でも,いい関係は成立しにくいでしょう。
 医療の場に入って,素人がまっ先に注目するのが,清潔さです。そのことに,病院で働く方たちが,案外気づいておられないように感じます。患者さんは自分の身体具合が悪くて病院を訪れますが,だからと言って,他の病気をうつされたり,不潔な器具や設備で不快な思いをするのを,仕方がないとは思いません。
 ところが現実には待合室,診察室,検査室,トイレ,廊下等の設備が不潔で早く立ち去りたい時があります。建物が古くても清潔な病院もあれば,真新しいのに異臭があることも。待合室で過ごす間に,いろいろなことを患者さんは観察して感じ取っています。
 診察室に入って,最初に目に飛び込んできたのが,医師の長い爪であったら,身だしなみがよくない,というレベルではなく,職業的な信頼感を損なう不潔さとして印象に刻み込まれることもあるのです。不精髭をいじる,前髪を手でかきあげる,などプライベートでは何気ないしぐさですが,初対面の患者としては,自分をさわることになる手の動きとして気にならずにはいられません。
 ところで,このような患者の感覚は,医療者側から「神経質」だと決めつけられがちです。たかが,手や爪が少し不潔に見えるくらいのことは,医療行為全体の中では取るに足らないと。けれども,うまい寿司屋がある,と連れられた店で目の前で握る板前さんの爪が汚かったらあなたは何を握ってもらいますか?
 爪のあかでも煎じて飲みたい尊敬する医療者の手は,やはり清潔です。多忙であるから不潔でよい,という発想はプロのものではないでしょう。患者さんは,医療の専門家(プロ)に安心して自分のいのちを託したいと思っています。病気の軽重にかかわらず,清潔をこころがける医療の場は,患者を尊重する気持ちのあらわれとして,うれしく思います。
 互いの理解を深め,信頼を築くためのコミュニケーションでは,外見も大きく作用します。相手を尊重するあらわれとしての服装や身だしなみに,患者さんはプロの自覚を見つめています。