医学界新聞

 

連載 クリニカル・クラークシップ
-新しい医学教育への挑戦 第9回

評価のシステム(2)


 「評価すなわちフィードバックなくして進歩はあり得ない」との黒川清医学部長の持論のもと,東海大医学部では評価システムの確立をめざした努力を続けている。現在,学生による授業評価だけでも,8種類の評価(下表)が実施されているが,中でもクリニカル・クラークシップ(以下,クラークシップ)と同時に導入された「クラークシップ評価」は,学生による,チーム評価,指導医の個人評価を含むもので特筆に価する。

表 学生による授業評価,および患者による学生評価
名称頻度評価方法評価対象 実施学年
(1)科目評価

(2)モニター学生
(3)ミニッツペーパー
(4)クリニカル・
 クラークシップ評価
(5)クリニカル・
 クラークシップ評価
(6)外部病院評価
(7)レビュー
ミーティング
(8)患者による
学生評価
年1回

年1回
年1回
クールごと

クールごと

ローテーションごと
不定期

クールごと
評価表と記述

面接
評価表と記述
評価表と記述

評価表と記述

評価表と記述
討論会

評価表と記述
科目全体

個人と科目
個人
チーム

個人

病院
クリニカル・
クラークシップ
個人
全学年
全科目
1-5年
1-5年
4-5年

4-5年

4-5年
4-5年

4-5年

何のための評価か

 東海大のクラークシップでは3-4週間を1クールとして,各診療科(4年次は内科・外科,5年次はそれ以外の診療科)のチームへ配属される。この各クール終了時に別掲資料のような評価表を用い,学生はチーム全体および各指導医(アテンディング,チーフ,シニア)を項目ごとに9段階で評価を行なう。個人評価の項目には,
「学生が何をすべきか明確に話してくれましたか」
「臨床技術の模範を示してくれましたか」
などの具体的な教育法を評価するものから
「(教育への)熱意を感じましたか」
「あなたにとって医師としてのよい見本になりましたか」
など,指導医の教育者・医師としての資質・能力を問う項目まである。日本人は一般的に「評価」をするのも,受け入れるのも苦手だと言われている。特に教育分野においては,教える側が評価に曝される機会は現在でも乏しい。個人評価の導入に対する,指導医側の戸惑いは想像に難くない。
 「何のために行なうのか。勤務評定ではないのか」
 一部にこのような反発はあった。だが,導入にあたって黒川氏は強く教員たちへ訴えた。
 「教員の差別化のために行なうものではない。よりよいFaculty Development(教育レベルの向上)のための材料として評価は不可欠だ」
 トップが評価を行なうことの意味を明確に示したことで,かなりの理解が得られたという。

学生の率直な評価を引き出すには

 また,評価をする側の学生たちへも評価の意義を繰り返し強調している。
 「この評価は,教育にたずさわる個人あるいは教育全体のレベルを向上させるために用いられます。十分に考えた上評価してください」
 評価表にはこのように記されている。しかし,学生の側からしても「評価」をすることに慣れているわけではない。そもそも,教員と学生の間には医師-患者関係にも似た非対称的な関係がある。学生(患者)の側からすれば教員(医師)の不興は買いたくない。学生は不安感から公正な評価を下せない可能性がある。
 評価委員会(委員長:狩野力八郎精神科講師)は導入に際し,その点を危惧した。学生の率直な感想・意見を知ることができなければ評価を実施しても意味がない。結局,学生が記入した評価表の写しは当該教員に配布されるが,そこには記入した学生の名前が伏せられるなど,教員が学生を特定できないように工夫を行ない,学生側の不安に配慮した。
 評価委員長の狩野氏は,「日本には評価というものがまだ根づいていない。忌憚のない評価をしてもらうためにはこのような姑息な手段を使わざるを得なかった」と自嘲ぎみに語る。実は,「本来,評価は正々堂々とすべきもの。自分の名前を記し,自分の下した評価に責任を持つのが筋」というのが狩野氏の本音だ。しかし,「そのためにはもう少し制度が成熟する必要があるし,教員・学生も『評価』というものに慣れる必要がある」と考えている。

顕著に表れた評価の向上

 東海大はこれらの評価結果を蓄積している。導入初年度のデータをみると,学生によるチームの評価も,教員個人の評価も1,2クール目よりも,3,4クール目のほうがよい結果が出ている。特に個人評価のほうはその差が顕著で,ほぼすべての評価項目で3,4クール目の評価が上回っている。これはクラークシップ導入後,時間の経過とともに学生たちの満足度が向上していったことを示しているといえる。その成果の一部は,今年の医学教育学会で報告された。
 6年生のある学生は,「私たちの学年はクラークシップ導入の初年度だった。十分に制度が機能しなかったこともあり,不満もあったが,大学側は少しずつ不満を汲みとって改善してきているようだ。他の大学に比べ,不満を遠慮なく言える自由な雰囲気が東海大にはあるように思う」と語る。期せずして学生たちは評価とそれを材料としたFaculty Developmentの証人となったわけである。

効率的なフィードバックが課題

 東海大がクラークシップおよびその評価のシステムを導入して,今年で3年目を迎えるが,すでに大きな改変を行なっている。1つは今年からともにチームを組む研修医も評価の対象となったことである。クラークシップを推し進める中で,学生の教育に1-2年目の研修医もかなり重要な役割を果たすからだ。
 もう1つは,患者による評価を導入したことである。今までのところ,患者は学生たちを非常に好意的に感じているという結果が出ている。
 「新しいシステムを作る時には,おそれずによりよい方向へどんどん変えていくことが大切だ。とりあえず,この3年間の試行錯誤で,ある程度必要な評価のシステムは整えられたと思う。これからは,毎年蓄積される評価結果を材料に,そのフィードバックをいかに効率的に行なうかが課題だ」
 狩野氏は今後の展望をこう話す。クラークシップ導入と同時に奮闘してきた評価委員会の仕事は,まだ当分の間は終わりそうにない。