医学界新聞

 

あなたの患者になりたい  

その1分が待てない

佐伯晴子(東京SP研究会)


 初診の面接で,いつからどんな具合にと患者さんが自分で話したり,あるいは質問に導かれる形で,今何に困っているのかを医療者に伝えます。その内容によっては緊急に医療行為を開始しなければならないこともあるでしょう。ですから医学的な情報収集は,面接をする医療者として当然の仕事です。しかし,救急ではない初診の場合,患者さんはたいてい話したいことを持ってきています。
 それは自分なりの病気の意味づけや,今までの経緯や,今後の希望など人さまざまですが,共通しているのは,「なぜ本日この病院に来たか」という受診動機につながっているということです。ここをきちんと聴いてもらうと,3時間待ったとしても,報われた感じがします。
 ところで,日常生活で話をしたいと思っている時に,話をさせてもらえない状況を経験することはありませんか? 話をさえぎられた,本題に入ろうとしたら話の腰を折られた,順序立てて話を始めたのにいきなり結論を求められた,ろくに話も聞かずに「……なんでしょ」と決めつけられた等々。忙しい現代生活ではむしろよくある状況かもしれません。
 対話において,話の主導権を握るか奪われるかは,両者の力関係の反映とも言えます。相手との関係で,自分がどれだけ尊重されるのか,将来を予測する指標にもなるでしょう。
 「少し話しを始めたところで,一方的な質問が続いてしまい,本当は話したいことがあったのですが,どうせ話しても聴いてもらえそうもないと思って話しませんでした」と,ある医療面接の感想を述べた模擬患者が,別の面接には「私の話をよく聴いてくださって,わかろうとしてくださるので,本当に心配なことを話すことができました」と感じることもあるのです。相談者や患者さんに最初の話の主導権を預けることは,単に関係がよくなるだけでなく,重要な情報を得る有効な手段になるようです。
 忙しい医療の現場でそんな悠長なことはできない,という声が聞こえてきそうですが,話といってもたいていは1―2分,秒にして100秒もあれば患者さんは話そうと思ってきたことを話し終えます。逆に,この100秒がなかったために話が堂々巡りになったり,本筋から離れた部分に気をとられてしまうのは,模擬患者をしていてよく経験することです。最初は「聴いて」,次に専門家として必要なことを「尋(き)いて」もらうと,情報が十分に伝わった気がして,面接が有意義に感じられ,信頼につながります。
 さてコミュニケーション関係の本には「聴く」方法が書いてあります。しかし方法や技法に通じても,何のために聴くのか目的が意識されていない場合には,「聴きますよ」というメッセージは伝わってきません。患者さんへの関心を示し尊重することを伝えるための「聴く」は患者さんの呼吸やテンポに合わせ,間を待ち,優しくうながし,そのまま受け止める,きわめて積極的な行為なのです。