医学界新聞

 

連載 クリニカル・クラークシップ
-新しい医学教育への挑戦 第8回

評価のシステム(1)


学生の生の声を聞きたい

 1994年,東海大医学部は,各学年から数人ずつの学生を呼んだ。学生は教学課によりアトランダムに選抜され,教育計画部の教員により,授業内容についてのインタビューが行なわれた。東海大では,これを「モニター学生面接」と呼んでいる。
 「授業についてどう思うか。自由に話してほしい」
 匿名を条件に,学生には率直な意見・感想が求められた。
 95年に学内に組織された評価委員会の委員長を務め,モニター学生面接のまとめ役を引き受けてきた狩野力八郎氏(精神科講師)は「学生の生の声を聞き,授業の実態を知る必要があった」とその狙いを話す。
 東海大では,すでに前年の93年に,学年末に科目ごとのアンケートを全学生に実施するという「科目評価」の制度を導入していた。だが,医学部の授業には,1人の教員が年間を通して教えることはまずなく,内科の講義1つをとっても,教授から助手までさまざまな教員が教えるという,他学部とは異なる特徴がある。「科目全体を評価をしてもらっても,教員ごとの実態はつかめない」,そんな問題意識が教育計画部の中にはあった。

教員へのフィードバックが議論に

 「(面接での)学生の話にそう大きな間違いはありません。なぜなら,毎年,似たような評価が返ってくるのです」
 狩野氏らは,94-96年の間,面接を重ねながら,かなり実態をつかめてきたとの手応えを感じていた。
 しかし,問題はその評価をいかに教員にフィードバックするかだ。教育計画部でも大きな議論になった。
教育計画部「先生の授業は評判が悪いようです」
教員「何を根拠にそんなことを言うのですか」
教育計画部「モニター学生面接です」
教員「そんなもの客観性がないでしょう。それをもって正当な評価とされてはたまりません」
 こんなやりとりが狩野氏らの頭に浮かんだ。評価される教員たちによる過剰な反応は容易に想像できた。「個々の教員にフィードバックし,授業内容を改善させたいのはやまやまだが,情緒的な混乱やネガティブな反応を引き起こしてしまっては,本来の趣旨からはずれる。得策ではない」,教育計画部はこう結論した。個別の教員へのフィードバックは見送られ,カリキュラム作りや一般論として伝えられるところは教員たちに伝えていくこととなったが,「いかにして(教員の)個人評価を行なうか」という課題は,教育計画部のメンバーの中に燻り続けた。

医学部長の強い意向で個人評価を導入

 ところが,個人評価導入の機会は意外に早く訪れた。96年7月,東海大は医学部長に黒川清氏を迎え,クリニカル・クラークシップの導入を柱とした大胆なカリキュラム改革にのりだす。
 「個人評価は絶対にやるべきだ。評価つまりフィードバックがなければ教育の改善も進歩もありえない。なんとかクラークシップだけにでも組み込めないか」
 チームを組むメンバーが互いに高めあうところに,クラークシップという教育手法の有効性の1つをみる黒川氏は,個人評価の導入に強い意欲を示した。
 96年の秋には,クラークシップとセットで個人評価を導入することを想定し,狩野氏を中心とする評価委員会が試案の検討に入った。そして,97年10月,クラークシップの導入にあわせて,教員の個人評価がはじめて導入された。それは,チーム全体に対する評価とともに,チームを組むチーフ(卒後5年以上の医師),シニア(卒後3-5年の医師),およびアテンディング(各部署の教育責任者,通常講師クラス)に対して,それぞれの個人評価を行なうという本格的なものであった。