医学界新聞

 

〔連載〕看護診断へのゲートウェイ

【第3回】マース教授と高齢者看護

 筒井裕子(滋賀医大教授/第6回日本看護診断学会学術大会長)


高齢者医療の現状

 少子高齢社会を迎え,多くの社会的問題を抱えている日本ですが,高齢者とそれに伴う医療は,今後も注目されることは間違いないでしょう。また,来年から始まる介護保険にしても,実際に運用してから多くの問題が出てくるに違いありません。日本の看護界でも,医療費の効率的な使途の問題とも関連し,いかに成果をあげケアを提供するかに注目が集まっています。
 高齢者問題の特徴の1つに,身体的な老化現象をあげることができます。近年,老化のメカニズムも解明されつつありますが,個々の老人の身体的変化は同年齢でもさまざまな現象の違いとして現れてくるため,外見から観られる変化,内部の老化現象など,これらが何によって起こっているのかはまだ明らかになっていません。
 2つ目は心理的側面で,鬱傾向があげられます。老いを受け入れ,現状を認識していく過程の心理的葛藤,動けない自分,情けない自分,生き生きできる自分など,健康状態や心理のありようが生活満足に影響を与えます。3つ目は社会的側面です。人との関わりが減少し,特に後期高齢者は閉じこもりがちとなり,近隣や地域との関わりも希薄となって,社会的な相互関係を持ちにくくしています。そして4つ目が,高齢者を取り巻く社会状況(法律やシステム)です。経済的あるいは福祉保健システムの問題が老人のQOLに影響を与えます。

高齢者と看護診断

 さまざまな高齢者の特徴から,何が問題でどのように援助できるのかをアセスメントすることは大変難しいことですが,高齢者の看護診断に関する著書では,メアリー・A・マテソン,エレアノール・S・マコーネルらが著した『看護診断にもとづく老人看護学』(小野寺杜紀,他訳:医学書院刊,全5冊,1992-1995)があります。
 看護診断で高齢者によく使われるラベルとしては,「身体可動性の障害」に代表される「身体に関連した~障害」があります。(1)ADLやIADLなどの活動に関する人間の反応,(2)記銘力低下に伴う学習,理解に関する人間の反応,(3)老化や疾病からくる自己像の受け入れなど,知覚に関する人間の反応,(4)仕事など役割に関連する人間の反応,などです。これらの診断は,関連因子が疾病や活動の低下など相互に関連した問題が多く,それぞれを独立して診断し,援助計画を立案することは大変困難です。
 高齢者の特徴をどのように組み立て,現在使われている看護診断との整合性を考えながらどのように診断するかは,今後の課題でもあります。
 高齢者看護と看護診断を結びつける研究では,アイオワ大学のメリディーン・マース教授が知られています。マース教授は,NOC(看護成果分類)の研究者であり,『看護成果分類(NOC)-看護ケアを評価するための指標,測定尺度』(藤村龍子,江本愛子監訳,医学書院刊,以下『NOC』)の執筆者の1人としても知られていますので,ご存知の方も多いでしょう。大変に温厚な方で,学生にも人気があり,研究者たちの中でも世話役として活躍される反面,研究の緻密さ,そして徹底的に追及する探求心への厳しさは,やさしい風貌からはとても想像できないものがあります。

マース教授と看護診断とNOC

 マース教授はNANDA(北米看護診断協会)の書記として長年看護診断に関わっており,各委員会の役員も務めました。そしてNANDAとNIC(看護介入分類),NOCの連携学会である「NANDA/NIC&NOC」の設立者の1人でもあります。また,2年ごとに開催されるNANDAの総会では,プレコンファレンスとしてセミナーが開かれますが,マース教授はその講師としても活躍されています。
 『NOC』をご覧になった方は,すでにご存知だと思いますが,NOCはNANDAの看護診断ラベルとのリンケージ(連携)に多くの頁を割いています。看護診断のラベルに関連する患者目標として,お勧めと関連の成果が記述されています。NOCは,開発の当初から看護診断との連携を考慮に入れ開発されてきました。NICと合わせて看護診断の延長線上にあるものだという考え方です。このNOCの開発を中心的に進めてこられたのが,マース教授です。著書『NOC』の筆頭にはマリオン・ジョンソン準教授があがっていますが,実質的に研究を推進したのはマース教授といっても過言ではありません。
 日本看護診断学会でも,発足当初から看護診断と介入・成果は一体であるとの考え方を持っていました。したがって,学会の名称をつける時も「介入・成果」を入れるか入れないかの議論もありました。しかし,名前にこだわることなく「診断・介入・成果」を学会のテーマとして今日に至っており,この基本は今後も変わることはないでしょう。

琵琶湖のほとりで

 明年6月17-18日の両日に開かれます第6回日本看護診断学会は,日本最大の湖である琵琶湖のほとりに新しく建てられた「滋賀県立芸術劇場びわこホール(オペラハウス)」を会場としました。
 これまで日本看護診断学会は,看護診断の理解を看護職間で深めていただくため,多くのメッセージを伝えてきましたが,その甲斐があって,学術大会には毎回3000名を超える参加者があり,活気に満ち盛況です。しかし過去5回の学術大会は,勉強会のような雰囲気があり,総括的・総論的な内容でした。そこで明年は一歩踏み込んで,各論的な視点をテーマにして,より研究的・専門的であり実践的でもある内容にしたいと考えています。各論のはじめとして,高齢社会のまっ只中にあり介護保険の運用も始まる年にふさわしく,メインテーマには「高齢社会でHUBとして働く看護診断」を取りあげました。
 そこで,私たちは明年の学会のテーマに最もふさわしい研究者であると考え,彼女に講演をお願いしました。本年4月に,米・ニューオリンズで開催されたNANDA/NIC&NOC大会の際にお会いし,招聘をお願いしたところ,快くお引き受けいただきました。

マース教授の紹介

 マース教授は,アイオワ大学看護学部で学部および大学院の成人・老人看護学の教授をされています。また,同学部の看護研究所の上級理事をはじめ,学内のさまざまな研究組織の理事を務められています。そればかりでなくNINR(国立看護研究所)からの委託研究も受けるなど,八面六臂の活躍をされています。1979年にアイオワ大学から「組織社会学」の領域で博士号を授与され,数多くの病院や長期療養施設での臨床実践と管理的な立場を歴任し,現在は看護管理と老人看護を教えています。
 欧米ではグラント(研究補助金)をどれだけ受けているかも研究者の評価基準の1つと言われています。マース教授が直接授与されたグラントは5億円以上で,共同研究者となったグループでは8億円以上。合わせますと,10億円以上という巨額のグラントが彼女に授与されていることからしても,その評価がいかに高いかをうかがい知ることができます。このようなマース教授の穏やかなお人柄に触れる意味でも,ぜひ明年の学術大会においでください。多くの方々のご参加を,琵琶湖のほとりでお待ちしています。