医学界新聞

 

あなたの患者になりたい  

キロクブノイタミノセイジョウハ?

佐伯晴子(東京SP研究会)


「どうなさいましたか?」の質問に,模擬患者はいわゆる主訴を話します。少し話したところで,「いつから?」,「どこが?」,「どんなふうに?」etc.次々と質問されるままに,患者さんとして答えていきます。さて,同じ質問でも「○○さんは……?」と名前の主語がある文で話されると,距離が縮まる感じがすると同時に,自分のこととして身を入れて話をする気になったと感想がありました。なぜそうなったのでしょう?
 一般に「○○さん」の主語で始めると後には述語動詞が続きます。「○○さんは△△痛むのですか?」となり,患者さん自身の行動や感覚をそのまま表現することができます。ところが,症状や身体の一部が主語になると「痛みは持続性ですか?」となり,「痛み」を自分から切り離して「客観的に」表現しなければ,と感じてしまいます。その結果,自分の身体の話をしているのに,距離を感じてしまうのではないでしょうか。
 すべての文を「○○さん」で始めるのはナンセンスですが,患者さんは,自分の状態を自分の言葉で話すことができると,ほっとするのは事実です。
 また,症状に関する名詞や形容詞などは翻訳語や医療の専門用語です。医療の文化の言葉は,医療以外の文化の人にとっては外国語に等しいくらい耳慣れないものが少なくありません。わからないと思っても,わざわざ聞き返したり,説明を求める患者さんは日本では少数です。
「痛みの正常は?」(ふつうの痛さ?)
「ブイは?」(海に浮かぶ赤いもの?)
「信仰性です」(宗教が原因だった?)
「携帯的で」(移動する時に起こる?)
「記録部は」(カルテの部屋?)
「旧世紀の」(古い病気なの?)
これらは誇張ではなく,ごく普通の医療以外の文化の人の反応です。
 医師の頭の中では漢字で認識されていたものが,その口から出る時には音声になります。中国語では発音で意味の区別がつくようですが,日本語の熟語や漢語は発音だけでは同音異義語が多くて区別がつきません。患者さんはカタカナの音で受け取り,頭の中で漢字に組み立てる作業をします。ここで同じ漢字にならないと,通じたことにはなりません。漢字を見れば,なんとなく意味は推量できますが,知らない言葉は,音声から漢字に変換することはできないのです。
 医師の言葉が耳に入ってきても,意味をなさないのでは,せっかくのコミュニケーションが一方通行で終わってしまいます。そんな言葉は他にいくつもあるのです。