医学界新聞

 

鼎談

性科学のコラボレーション

現代の性をとりまく状況から

川野雅資
三重県立看護大学教授
野末源一
日本性科学学会理事長
金子和子
日本赤十字医療センター


バイアグラの登場

川野(司会) 今日は,お忙しいところをありがとうございます。先生方のご専門の領域からみた現代のセクシュアリティあるいは性科学,性医学についてご意見をうかがいたいと思います。
 今,ちょうどバイアグラ,あるいは性同一性障害の2例目の手術,そしてピルの承認などが話題になっていますが,バイアグラの出現について,まず野末先生からご意見をいただけますか。

心臓の薬からの副産物

野末 性に関する医学的なアプローチを歴史的にたどってみますと,最初にフロイトらがカウンセリングを始めた頃から,例えば勃起のことについては精神科的なアプローチがなされ,深層心理というものが非常に重要視されてきたわけです。その後,マスターズ,ジョンソンといった人たちにより,男女それぞれの性的な変化への実証的,臨床的なアプローチが提唱されまして,カウンセラーによる行動療法と臨床とが並行して展開されてきたのがこれまででした。
 ところが,現代では薬を飲めば心理とは無関係に勃起できるという画期的な段階を迎えているわけです。つまりバイアグラの登場ですが,これは男性にとっても,また女性にとっても大きな意味を持つことだと思いますね。
 それから,この薬は最初,心臓の薬として登場したんですね。でも,心臓にはあまり効かなくて,実験の対象になっていた人たちに,「もう実験を終わりにするから残った錠剤を返してくれ」と言ったけれど,誰も返してくれなかった(笑)。どうしてだろうと調査したら,副作用としてそういう効果があったというわけです。
 バイアグラ(Viagra)という名前は,vigorous(元気な,活発な)のVi,それから製造元であるPfizer社の本社がニューヨーク州ナイアガラ(Niagara)にあって,その音からとったというんですよ。
金子 本当ですか,先生(笑)。
野末 そう聞いております(笑)。
 しかし,もともとが心臓の薬ですし,死亡事故につながるようなこともあるようですので,正しい知識を得て使わなければいけないでしょう。また,現在はプロスタグランジンの利用法も簡便になってきましたので,勃起に関してはある程度薬で,という時代になった言えると思います。ただ,心理的なことに関係なく勃起させられるということで,私は,今後非常に重要になってくるのは心の問題だと考えています。心理学的には,薬を使用することをどう思われますか?

性の心理学・性問題をはばむもの

金子 薬に関しては,泌尿器科の先生もとてもいいとおっしゃいますし,確かに優れたものだとは思います。ただ,性行為には必ず対象があるわけですが,その対象である女性たちの評判はそれほどよくありません。これは使った結果ではなく,使うということについての評判です。男の方たちには喜ばれて,人気になっていますが,パートナーがそれを求めているかということについては疑問があります。
野末 アメリカのドール元上院議員(元大統領選候補者)が,奥さんと一緒にテレビに出て,「バイアグラはとてもよかった」と言ったという話を聞きましたが……。
金子 アメリカでは,奥さんも喜んでいるとか,お誕生日に使ったとか,そういう話があります。しかし,日本はそこまでさばけていないでしょう。
野末 私は,日本でももっと自由に使えるといいだろうと思うんですが。
金子 ただ,これは性欲の薬ではなくて勃起障害の薬ですよね。最近話題になっているセックスレスというのは,性欲相が侵されているかたちですので,「使ってほしい」という奥さんたちは,これで性欲相が治るのだったらいいと思っているわけですね。そこに誤解があるようで,ただ勃起するだけとわかるとがっかりなさったり,「勃起すればそれでいいというものじゃない」と怒る方もいらっしゃいます。
野末 セックスレスについては,テストステロンに関係するだろうと言われていますね。ご存知のように,血中テストステロンにはタンパク質と結合した部分と遊離(フリー)した部分とがあって,フリーの部分が生理的役目を負っているわけです。ところが,ストレスがあったり,忙しかったりするとフリーのテストステロンの濃度が低くなってきます。ですから,バイアグラを使って性交がうまくいけば,フリーのテストステロンもある程度上昇することもあるのではないでしょうか。
金子 呼び水になるということですね。身体と心といいますか,物質と精神的機能は本当に不思議な関係で,どちらがどうというのではなく相互作用がありますものね。その意味では,バイアグラはまだまだいろいろ使ってみて,どのようによくて,どのような時に問題があるのかを知る必要がありますね。
川野 やはり,カウンセリングと並行してバイアグラを使っていく必要があるのでしょう。その時には,もちろん正しい情報を伝えていかなければいけませんが。
金子 そうですね。早まってもいけないという気もしますが,心理的な勃起不全(Erectile Dysfunction:ED)にも効くわけですから,恐れることもないという感じもあります。ただ,これに引っ張られて全部が治ってしまうというのならいいのですが,実験的なことをいろいろ重ねていって,言い方に語弊があるかもしれませんが,このあたりまではいいけれども,このあたりからは危険だということも研究する必要があるだろうと思います。ただ,いずれにしてもとても興味深いものではありますね。
野末 そう。いずれにせよ非常にいいものです。EDの患者さんは非常に多くいらっしゃるけれども,EDがあると生活それ自体が変化しますでしょう? 先生方も,そういう患者さんを多く診ていらっしゃると思います。そういう意味で,バイアグラはもっと楽な気持ちで使われるといいと思いますし,そのように使ってほしいと,私は思うんです。
 と言いますのは,奥さんと2人でいらっしゃった方に,「どうですか,使ってみませんか」と聞きますと,「いやぁ,ちょっと待ってみます」と返答する方がいらっしゃるんですね。
川野 「自然界のものではない」ということで抵抗がある方も多いようですね。
野末 そうなんです。
川野 「食べて効果があるのならいい」とおっしゃるんですね。食品として摂れるものなら「赤まむし」でもなんでもいいんですけどね(笑)。
金子 それは男性がおっしゃるんですか?
川野 ええ。
野末 私たちは本能的に,自然のままがよろしいという気持ちがありますものね。
金子 私のところでは,逆に奥さん方がためらうことが多いのですが,症状が軽いほど抵抗は少ないようです。心理的な要素が複雑になってくるほど,あれほど治ることを期待している奥さんですら,反対されるんですね。1つのツールであることは確かですが,人々の感覚に馴染むかどうかもこれからというところでしょうか。

ようやく承認された低用量ピル

承認はなぜ遅れたのか

川野 さて,これと関連したことですが,長い間検討されてきたピルが日本でも承認されました。先生方はどのようにお考えでしょう。
金子 私も,以前はただ単純に「ピルは怖い」と思っていたんですよ。でも,1992年に答申が出てもよい段階までいっていながら,なぜ今まで承認されなかったのかがとても不思議です。いわゆる「ピルの解禁」が,どれほど性行動に変化があるかという点についてはまだわかりませんが,女性の選択の1つとして,あるべきものだったとは思います。
川野 性行動の選択権を女性に与えたくないという面があったのではないですか。
金子 だったのでしょうか?(笑)
野末 私は10月に開催されます第19回日本性科学学会で,行政からみたピル承認の情報を,どのように提供してくれるのかをすごく楽しみにしています。何かそこに働いていたものがあるのでしょうね。
金子 やはり,これほど長い間止められていた根底には,男性社会のルールというものがあるような感じはしますね。使いたい女性は増えていると思います。
野末 これまでも,海外の事情に詳しい女性たちで使っておられる方はありましたけれども。
金子 でも,中用量のものですね。低用量のものはありませんでした。

女性の権利と自然

野末 妊娠するとか,妊娠しないとかいうことを女性の権利だとするのが時代の心理じゃないでしょうか。私はそう思っていますが,反対する方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)。
 と言いますのは,「自然のままがいい」という言い方がありますでしょう? 男女の関係で自然のままというと,男が狩りに行って獲物を捕ってくる。女性は家庭にいて食事を整えて,子どもたちの世話をする。そして,その代価として男性に性の選択権があった。これが今までの男と女の関係で,それに対する疑問が出てきたのはごく最近でしょう。そういうあり方を「自然のまま」と捉えてきた歴史が長くありますので,法律で男女に変わりはないとされている現代でも,その新しい解釈を実感として納得している人が,男性でも女性でも,何パーセントぐらいいるだろうかと思うのです。案外,男女の関係については「自然のままがいい」と感じている人は,女性にも,もちろん男性にも多いのではないでしょうか。
金子 先日,ある女医さんが「避妊そのものが不自然なのだから,ピルを不自然だといって恐れるのはおかしい」とおっしゃっていたのですが,ピルも合成物ですよね。
野末 そうです。
金子 でも,あまりその点についての疑問はないようですね。ホルモンが怖いという感じはあっても。
野末 黄体ホルモンは,従来,作るのにコストがかかったんですね。ところが,タロイモの中に黄体ホルモンと非常によく似た物質があるのが見つかったんです。ただそれ自体は天然のものですから,特許が取れないんですね。そこで,それを加工してちょっと操作して特許を取って,大量に安く市場に売り出すことができたのです。それが1950年代です。
 その頃に,ピンカスという人が,妊娠しているとなぜその上に妊娠しないのだろうということを不思議に思い,妊娠と同じような状態を作り出せば避妊ができるのではないかということを,その頃安くなった黄体ホルモンを使って,プエルトリコのある島全体で実験したのです。それによって避妊の効果がはっきりしました。
 これはやはり人間の1つの進歩なんでしょうね。それまでのように「自然のまま」というのではなくて,どういうように私たちが自然と同調していくのか,ということになるのでしょう。ヨーロッパ的な考えでいくと,自然と人間は対立するもの,となりますが,私たちはむしろ調和するものだという考えですから,そのあたりをもうちょっとうまくすると,特に性の問題に関してはいい答えが得られるのではないかと思います。
金子 バイアグラ,ピル,そして性同一性障害(Transse Sxualism:TS)などを並べると,本当に新しい時代という感じがしますね。

性の揺らぎの中で

性同一性障害

川野 TSのことが出ましたが,これに関してのご意見はいかがでしょうか?
金子 先日,自分はTSではないかと悩む方と,その母親がみえました。母親は,普通の頭で考えていますから,やはりと男と女という区分けしかできない。だから,子どもがTSらしいとわかった時に,TSに関する本を子どもから読むように勧められたけれど,気持ち悪くて読めなかったとおっしゃるんです。でも,これは普通の感覚だろうと思うんです。40代,30代の方でもそうかもしれません。
 しかしながら,この10年くらいの間にホモとかゲイという言葉が普通に使われるようになり,またこの2―3年はTSについても話題となって言われていますから,これまで当り前と思っていた男と女という分け方が,「それほど当たり前ではないのかもしれない」と,価値観がすごくぐらついてきましたね。
 自分を男だと思ったり,女だと思っていることはぐらつかないにしても,頑固に「こうでなければいけない」と思っていることが揺さぶられるのはいいことだと思います。ただ,果たして皆がそれに耐えられるか,という問題があります。そのあたりの兼ね合いでしょうが,これからどうなる?というのが,とても大きな課題だと,私は思っています。
川野 性別というものは,これまでは外性器で判断されてきたわけですからね。
金子 そうですね。せいぜい遺伝子レベルでやっていたわけです。
野末 私は,そういうグループの人たちも承認されるべきというか,市民権を得るべきだと思っています。
 これはテレビで見たことですが,エイズにかからない遺伝子を持っている人が何万人かに1人いるそうですね。その人はたまたまホモで,とても仲のよかった人がエイズで死ぬんです。しかし自分はエイズにかからない。涙を流している姿は非常に感動的でした。
 そういう人たちがいるという事実は尊重しなければいけませんし,そういう意味での啓蒙というか,性に関しては誰もが必ずしも一緒ではないのだということを,性に関係のある人がもっともっと言わなければいけないと思います。
 男と女の,いわゆる伝統的な分け方というものが,果してこれからも通用するだろうかとなりますと,例えば,男の人のマラソンで更新される記録は今やごくわずかですが,一方,女性は男性の10倍ぐらいの幅で毎年更新されているんです。計算上では,2000何年かには追い越されます(笑)。
 それから,プロミスキュイティ(promiscuity)といって,多くの女性と関係を持つのは男性の特権だという認識がありました。精子がたくさんあるから,当然だという考え方なのですが,これも,現代ではどうもそうでもないらしい。逆のこともありうるわけです。ですから,厳密な男と女の分け方,そして男とはこういうものだ,女はこういうものだという認識もだんだん消えていく感じがします。
金子 男と女しかなくて,生れた時から自分がどちらか決まっていて,それにそれぞれの役割がきちんとついているということは変ですよね。
野末 変だということが,だんだんわかりかけてきたんですね。
川野 過去には,そこに確固たる役割がついていたわけですからね。
金子 そうですね。TSの人とか,ホモの人たちというのは,こう言ってはなんですが「新製品」という感じですよね。もちろんその人たちは,そういう存在のありようが認められるべきだし,それぞれがおとしめられる理由は何もないと思うんです。
 ただ,それと性行動というのは,また別のものではないかという気がするのです。私自身もまだ整理がついていないのですが,今は性行動というと「なんでもあり」みたいなことになっていますでしょう? それに果たして耐えられるのだろうか,という気がします。
野末 先日,レイプを犯した男性の心理調査についての本を読んだのですが,彼らの多くは幼児の頃に性的虐待を受けていたり,年上の女性に性行為を強要されたりという経験を持っていると記してありました。つまりレイプを受けているわけです。ところが,本人はその経験を非常に「よい経験」として認識しているというのです。これは興味深い報告でした。

カウンセリングの裏にある性の問題

野末 川野先生のところにはどういうご相談の方が多くみえますか。
川野 私のところにカウンセリングを受けに来る方たちは,性の問題が後ろに隠れている場合が多いですね。相談をたどっていくと性の問題につながるというケースですが,特に更年期の夫婦の間に,性的な不満が象徴的にあるということが顕著です。
野末 じっくり聞いていかないと出てこない問題でしょうね。
金子 おもしろいですね。私のところは「性」を標榜していますから,性のことでカウンセリングを受けにいらっしゃる方が多いのですが,実は性のことは表面のことであって,コミュニケーションの問題だというケースが結構多いのです。ことに女性の場合に顕著です。ところが,川野先生のところには性の問題ではなくカウンセリングに見えて,実は性の問題でしたということですよね。逆の現象ですね。
川野 それから,これはどのように位置づけられるのかわからないのですが,最近は失恋が結構尾を引いている場合が多くなりましたね。なかなか立ち直れなくて,1年ぐらいぜんぜん駄目な状態が続きます。
金子 駄目とおっしゃると,うつ的になるということですか?
川野 ええ。うつ病ではないのですが,ダメージを受けます。これは時代の特徴かもしれませんが,全般的にダメージを受けるということに非常に弱いんですね。
金子 ダメージを受けるのが怖いから,受けないふりをするということもあって,いやにケロリとしているということも見受けられますね。ただ,そういう人はカウンセリングに来ないんですけど(笑)。
川野 それをも含めて,潜在的にはピルとかバイアグラの問題に結びつくような気がします。そういうものを利用できる人は,それなりに自分をコントロールしていこうとされるのですが,弱い方は……。
野末 その敷居を乗り越えられないんですね。乗り越えていけばよいのでしょうけれど。それについて,何かよい方法はないのでしょうか。
川野 もちろん安全性などについての情報提供は大切でしょうね。だけれども,やはり自尊感情の弱さみたいなものを補強しないと利用しにくいでしょうね。
金子 「自然物じゃないから」というように,ちょっとした不安で受けつけないということになるわけですね。
野末 誰でも,自分らしく生きていこうという気持ちは持っているのでしょうけれども,ちょっとしたことでそちらを向けなくなるんでしょうね。
 ただ,やはり性に関しては時代が非常に変わってきていることを感じています。以前は,性の話自体ができませんでした。
金子 タブーの時代が長くありましたね。
野末 ええ。ですから,悩みを持っている人は周辺のいろいろなことを話して,結局最後に性の問題に行き着くというようなケースが多かったわけです。最近は比較的それが楽に表現できるようになったとはいえ,中には先ほど川野先生が言われたように,表現できなくて困っている人たちもいらっしゃるわけです。
 性の問題に関しては,相談に来てさえいただければ,カウンセラーのほうもずいぶん進歩しましたから,いろいろな対応ができるわけです。だけど,そういうことを相談すること自体がおかしいのではないかとためらわれて困っている,そういう気の毒な人を引っ張ることが非常に大切になるだろうと思います。
 それともう1つ,やはり今は性に関して実験的な世の中だろうと思うんですね。昔は人間の生命は50歳までとされていたわけですが,現代の女性で言えば,更年期以降が自分らしい生活の時間なのだと考える人が多くなってきています。
 私は先ほどからお話しに出ている「自然のまま」では駄目だろうと信じています。こういう言い方をすると誤解があるかもしれませんが,この時期にこそ,QOLにとって性というものが非常に大切なものだと認識すべきではないでしょうか。そこで,私たちの持っている知識や学問,経験というものを生かして,自分らしい,いきいきとした生活送る。そのためには,そういう実験の段階を究めていかなければいけないのではないかと思うんですよ。

日本性科学学会では

日本性科学学会の特性

川野 性科学学会では,セックス・セラピストのトレーニングやスーパーバイザーを認定していますが,そういう活動をする学会というのは,日本では特殊ではないでしょうか。
金子 そもそも前身が日本セックス・カウンセラー・セラピスト協会といって,セックス・セラピストを育てようという趣旨の母体だったということが大きいのではないでしょうか。
 それから,普通のカウンセリングですと,性の問題には直接入りにくいですけれども,性を標榜しているカウンセリングですと,性のことを相談したい人たちにとって敷居が低いですよね。性のことを相談したいけれども,どこに訊ねていいのかわからない,しかも日本では,きちんとしたカウンセラーになかなかたどり着けない方たちが多いわけです。そのために,成長して大きな学会になったけれども,セックス・セラピストを育てる部分はきちんと残しておこうということだろうと思います。
 今は,いろいろなバックグラウンドのセラピストがいますので,とてもおもしろくなった学会ですね。泌尿器科や産婦人科の医師,心理,ソーシャルワーカーなどいろいろな分野の方たちが,自分の得意な分野でカウンセリングしておられるというのは,とてもよいことだと思います。
野末 臨床医学領域に認定医があるように,日本性科学学会が性に関しての臨床的な技術を持つ人たちを認めています。これはぜひ奨励すべきだと思います。今,医療はグループ医療に向っている時ですが,すべての医療行為が許されているのが医師だけという,今までの制度ではちょっと追いつけない時代になりつつあります。
金子 日本では,臨床心理士の名称に「臨床」という言葉が使われるようになるのにも時間がかかりましたし,「治療」を意味するセラピーという言葉を治療行為以外のところで使うことに対する抵抗もあるようです。専門領域の間の垣根を取り払うことは難しい,というのが現状だと思います。
野末 問題は,悩んでいる人をいかに援助し,社会復帰してもらうかということです。そのためにはいろいろな訓練が必要で,変な人にかかってはいけないから資格というものがあるわけです。でも,その資格だけを中心に考えずに,ことに性の問題については,柔軟にやっていきたいですね。

性科学のコラボレーション

川野 今度の学会では,「コラボレーション」をメインテーマに据えています。つまり,私は私のできる範囲でかかわりますが,個人で解決できる問題は限られています。やはり,他の専門職,また非専門職の方々の協力が必要となります。
 例えば,今かかわっている方で,「覗き」という行為をする方がいるのですが,そういう場合には警察,学校との連携も必要ですし,地域でも有名になってしまいますので,地域への働きかけも必要になります。そうすることで,私たちはいろいろなアレンジメントもできますし,いろいろな方の意見を聞くことができます。警察官は警察の役割,家庭裁判所は家庭裁判所としての役割があって,いろいろな人が組んでいくということが重要になってきます。
野末 それは大切なことですね。
金子 私はバックグラウンドが心理ですが,泌尿器科の方や産婦人科の方からいろいろ教えていただくうちに,自分の分野そのものが広がっていくのを感じます。それでもやはり私にはできないところがあって,その方々にお願いするネットワークを持っています。
 そういう場合に,とてももったいないと思うことは,いわゆる「縄張り意識」みたいなものがどこかにあって,チームを組みにくい例があることなんです。これはなんとかなりませんでしょうか。
川野 「この患者さんは私の患者さんです」ということで,抱え込むという面も見受けられますね。他の人に診てほしくないということでしょうか。他の専門職の力を信じることができたり,自分の限界を知っていればお互いを活用できるのですが。
金子 悪く言えば「もっと利用しあおう」ということですよね(笑)。
川野 そうです。だけど,「この患者さんは自分でないと治せない」という気持ちがどこかでそれを邪魔するんですね。
野末 「これは自分の預かっている患者さんだ」という責任感もあるでしょうね。
金子 性障害について言えば,「性行為ができるようになればそれでいい」という立場から,「それだけでは駄目で,対人関係の持ち方も変わらなければ」という立場など,いろいろな段階があります。それは患者さんが選ぶわけですが,自分で戒めていてもどうしても深入りしてしまうことがあって,それでうまくいった時には,やったぞ!と思ったりしてしまいますが(笑)。
野末 金子さんのようにオープンに,「それではこの方をよろしく」と患者さんを他に委ねることができればよいのですが,そうなれない人も数多くいるんです。オープンになるということは,なかなか難しい大きな問題だと思います。
川野 他の専門職の人がどういうことをしているのかを知らないということもあるのではないですか。先入観もあるでしょうし,お願いした自分の患者さんのケースでうまくいかなかったというマイナスの体験もあるかもしれません。
金子 それぞれに得手・不得手というものはありますから,本当に上手にネットワークが組めるといいと思いますね。

情報の共有化

川野 セクシュアリティに関しては,誰がどこでどういうサービスを提供できるのか,どういう資源があるのかという情報提供も学会でできるとよいと思っています。
野末 それはぜひやっていただいて,皆さんが簡単に相談できる組織があって,その人たちが楽しい生活を送るようになると非常によいと思います。
金子 性というのは,人にとっての味わいの一部,官能というかなり人間の本質に近い部分ですよね。ですから,一般の人たちにも性に関しては一応の理解を持ってほしいという感じがあります。性を扱っている人同士のコラボレーションだけではなくて,性に直接携わらない人たちともコラボレイトできるようにしたいと思いますね。
野末 例えばストマの場合ですが,性交の時に気にならないためには設置の位置が重要なポイントになります。どのあたりにすればよいのかを,ストマ専門の看護婦さんからうかがう,というように気をつける必要があると思いますし,そういう意味でも他職種,他分野とのコラボレーションは非常に大切だと思います。
川野 専門知識を提供しあうというのはとても重要ですね。これだけいろいろな専門職種の医療従事者が現われてきましたので,医療の専門職と医療以外の専門職との情報の共有は無論ですが,患者さんや家族など,一般の方たちとも知識や情報を共有することができればいいですね。今まで,性に関してそういった人たちが一堂に会する場というものはありませんでしたから。
野末 よちよち歩きが続いていたこの学会も,先生方のお力でだんだん大きくなってきたところですが,やはり,性のことは専門家同士でも口に出しにくいもので,協力もしづらかったんですね。でも,ようやく時代は変わってきましたね。
川野 学会というものは,どうしても専門領域の奥深いところへと進む傾向がありますが,この頃は,それにアンチを唱えて,ものごとを広くみていこうという学会も出てきています。
野末 糖尿病の学会などでも,特に「チーム医療」が重要視されていますが,ぜひ同じようなかたちで「チーム医療」をとらえていただきたいものです。
金子 更年期などについても,総合医療の観点からとらえていただきたいですね。
川野 総合診療科という感じでしょうね。
野末 一般的に更年期を過ぎても「女らしくありたい」という感覚を,多くの女の方は持っておられると思うんです。そういうことについても,今は新しい時代です。ホルモンを使って新しく生きていこうということは,今後の課題になると思います。
金子 「ホルモンを使って」と決めなくてもいいのではないでしょうか?
野末 失礼,ホルモンも使って,と改めます(笑)。
川野 今日は,貴重なお話しをありがとうございました。