医学界新聞

 

鼎談

『MDS 2.1』は高齢者ケアに何をもたらすか

井部俊子氏
聖路加国際病院副院長・
看護部長
池上直己氏
慶應義塾大学教授・
医療政策管理学
インターライ日本委員会代表
村嶋幸代氏
東京大学大学院医学系研究科
助教授・地域看護学


「MDS」とは何か?

看護問題の構造化

池上 介護保険の施行が間近に迫ってきまして,それに合わせて厚生省から介護の施設において,「身体抑制」を原則的に禁止するという方針が出されましたが,そのアセスメントという観点から,まず何をもって「身体抑制」というのかを規定する必要があると思います。しかし,これまでは具体的な対応についてのマニュアルはありませんでした。今回インターライ日本委員会が訳出した『MDS(Minimum Data Set)2.1-施設ケア アセスメント マニュアル』(医学書院刊;以下『MDS 2.1』)のRAPs(Resident Assessment Protocols)の中の領域の1つに「身体抑制」という項目が挙げられています。従来は「“転倒”から患者さんを守るために“抑制”しなければいけない」と考えられていましたが,アメリカで実証的に調べた結果,むしろ抑制すると転倒の危険性がかえって増すことが明らかにされたと記されています。これは一側面ですが,そういう認識は介護の施設だけではなく,一般の病院においても考えるべき問題だと思います。
 『MDS 2.1』の構造は,例えば「身体抑制」の項目がチェックされると,身体抑制のRAPsに沿って検討してケアプランを立てる方式です。スクリーニングする上でのチェックポイントがあり,それに引っ掛かればより詳細に分析するわけです。
井部 『MDS 2.1』で感じたことは領域選定表です。問題領域が18というのもはっきりしていますし,“トリガー”と呼んでいますが,「その問題に該当する項目があれば,ある問題に行き着く」という構造が明確になっています。「看護にはこういう構造化はない」というのが最初に感じたことです。高齢者の領域ですから,ある程度問題を絞り込めるという特性はあると思いますが,いわゆる「看護問題の構造化」が困難をきわめているのに,『MDS 2.1』はそれができている。それだけ医療と看護の関係は非常に複雑で,問題領域を絞っていくことができない面もあると思います。どういう要件があれば特定の診断となるのか。「看護診断」がそれを進めようとしていますが未完成です。
村嶋 確かにそうですね。医学は診断基準が明確な部分が多いのに比べて,看護のほうは「POS(Problem Oriented System)」を導入してかなり努力したのですが,そのプロブレムをどのように提示していくかという部分は弱いと思いますし,それが明確に出てきているという意味では,「MDS」はとてもよいツールだと思います。
池上 記載が詳細なので,最初は大変だと思ったのですが,逆にこれだけ詳細に説明しないと誤解や行き違いが生じることがわかりました。例えば「不安が時々ある」とかいう場合,「時々」とは何であるのか。日に何回訴えた場合に「時々」なのか。人によって基準が違いますので,ADLの項目をつける時に特に感じました。

「MDS」の改訂の経緯

井部 素朴な質問ですが,『MDS 2.1』の「2.1」というのは何ですか。
池上 「MDS」のこれまでの改訂の経緯をまとめると(表1)のようになります。
 アメリカでは1991年に「MDS 1.0」(厚生省監修「高齢者ケアプラン策定指針」)が,1996年に「MDS 2.0」が出され,2001年に「MDS 3.0」が出ます。私は「MDS 3.0」の改訂のチームと一緒に仕事をしていますが,そこで取り込む内容の約8割はすでに決まっており,今回はそれを先取りする形で『MDS 2.1』を出したわけです。「2.1」にしたのは,2.1から2.8がないのにいきなり「2.9」にするわけにはいかなかったからで,内容的には「MDS 3.0」に近いものになってます。
 インターライは,日本で有名な「MDS-HC」という在宅ケア版だけでなく,「MDS-PAC(MDS Post-Acute Care)」を開発していますが,アメリカではDRGによる包括支払いの導入により,病院の在院日数が短くなりました。そうした患者さんの受皿として,PAC(急性期後のケア)のナーシングホームの重要性が高まりました。
 一方,リハビリテーション(以下;リハ)はほとんど在宅に移行し,リハ病院に入院されている患者さんはリハが必要であり,かつ身体合併症がある方に限られてきています。その結果,以前であれば急性期病院に入院されるような方が,ナーシングホームやリハ病院に入院されるようになり,そういう方に対応したアセスメント・マニュアルが必要となって「PAC」が開発されました。今年の3月に完成したばかりですが,PACのために修正した『MDS 2.1』の項目をナーシングホーム版の第3次改訂である「MDS 3.0」にそのまま採用することになっています。したがって,今回の『MDS 2.1』は,アメリカに先駆けて改訂した内容が導入されたわけです。

『MDS 2.1』とは何か? いかに使うか?

『MDS 2.1』の特徴

井部 どの部分が先駆けの部分ですか。
池上 一番わかりやすいのは観察期間で,今まで基準は7日間でしたが,それが3日間に変わり,それだけ早くアセスメントが完了します。7日間の観察期間で入所後3日目にアセスメントしようとすると,入院する前の状態についての頻度や状態をも考慮しなければなりませんが,やはり入所後の状態が,施設ケアを行なう上での最大のポイントになります。それからADLについては,2段階増やして7段階,動作がなかったものを入れると全部で8段階になりました。段階が粗ければ粗いほど,評価者はどちらにするか判断に迷うわけで,きめ細かくつければそれだけ眼前の患者さんにピッタリ評価できます。また,今まで「他人の支援」という2つのカラムがあったのを1つにして,リハの分野で使われている「FIM(Functional Independence Measure)」のスコアと対応できるようになったことが挙げられます。
村嶋 私も7段階になったことは,『MDS 2.1』の大きな特徴だと思いました。というのも,「MDS 1.0」を老人保健施設(以化,老健)での声かけの評価に使ってチェックした人がいましたが,うまく効果が出ませんでした。やはり粗すぎるからではないかと思います。それにパーセントで表すのは,FIMに似ていますから使い慣れている人には利用しやすいと感じました。
池上 それはPACのリハ病院の方の意見を入れて改訂した結果,FIMとの対応がよくなったわけです。これならFIMを独立にとらなくても,十分対応できるという合意を得たわけです。その他に変わった点は,RAPのトリガーです。「MDS 1.0」では,領域ごとにトリガーとしてどのような項目がいいかをそれぞれの専門家にお任せで決めたのですが,専門団体によってはあれもこれもトリガーに入れないと気がすまないということもありましたし,必ずしもトリガー間に整合性がありませんでした。トリガーはもともとスクリーニングのためのものですから,改訂するに当たって,細かくする必要はないのではないか。もっと粗くして,そこで浮かび上がったものを検討すればいいのではないかという考えから整理し,こちらの項目をつければ必ずもう1つの項目も自動的にトリガーされるかどうかを統計的に分析して整理しました。

(資料1)『MDS 2.1』の特徴
(1)ケアプラン作成過程をサポート
(2)トリガーの簡略化(どのトリガーが問題点を把握する上で最も役立つか,どのトリガーを捨象できるか)
(3)記入要綱の充実
(4)RAPsの使い勝手の向上
(5)アセスメント表の修正

「MDS」と「RAPs」の関係

井部 初歩的な質問ですが,「MDS」と「RAPs」はどのような関係ですか。
池上 当初は「MDS」というアセスメント表を作ることが,アメリカ政府からの委託研究の内容でした。アウトカム評価のためにはよいアセスメント表が必要です。ところが委託契約が切れる数か月前に,質の管理を第3者的に行なう上ではいいけれども,現場には直接役に立たないのではないかという意見が出ました。確かに正確なアセスメントがすべての出発点なのですが,もっと直接的にその結果をケアプランに反映させる方法の必要性が認識されました。そこでアセスメント表の中から,ナーシングホームのケアでキーとなる18の領域を検討するためのトリガーの項目を選び,各々の領域に対応するケアのガイドラインを急遽作ったのが実情で,「RAPs」は日常のケアに反映させるために後になって作られたわけです。ですから,第1段階目のアセスメントが「MDS」で,そして2段階目に当該「RAP」領域に問題があるかもしれないとわかった人に行なうアセスメントが「RAPs」ということになります。
井部 いまの質問と関連しますが,何段階も慎重にスクリーニングされてアセスメントしていくのですが,最終的にはケアプランを立てることが最も重要なことだと思います。例えば「第6章:RAPs領域の検討」という章の18領域のそれぞれの最後にガイドラインが書かれていますが,このガイドラインが,いわゆるケアプランの示唆になるということですか。

「MDS,RAPsを具体的なケアプランにつなげる」

池上 そういうことですね。そこで今回の『MDS 2.1』では,「第5章:MDS,RAPsを具体的なケアプランにつなげる」を新たに設けて,「Q&A」を追加しました。これが「RAPsを見たけれどもケアプランが立たない」という批判に対する回答と同時に,活用方法の説明にもなっています。
 一方,利用者はそれぞれ個別性があります。「RAPs」に従って個別ケアプランを自動的に立てられるかと言うと,それはできないと思います。ただ,ケアプランを立てる時には,どういう点に留意しなければいけないか。また,各領域ごとにどう対応すべきかが書いてあって,その領域の中で優先順位をつけたり,日常の業務計画に反映させることは専門家にお任せしますが,ただお任せしますと突き放すのではなく,ケアプランを作成する手順として,「Q&A」で日常遭遇する問題に対して回答を示そうとしているわけです。
井部 看護問題を記述するには,問題を引き起こした原因となる要素と,それから実際の問題状況を書くのが正しい方法だと考えますと,例えば「身体抑制」という問題を設定すると「体幹部の抑制」と「四肢の抑制」「座位固定」があれば身体抑制という問題領域に該当するということになるわけですね。そうすると,身体抑制をしなければならなくなった理由は,このアセスメントの中から導き出せるのですか。
池上 それは「身体抑制」の「III.ガイドライン」の中に「抑制する原因となった問題をまず確認する」という記述があります。なぜ抑制が必要となるかを確認して,その対処として「問題行動」「問題行動のために抑制している場合,その他検討する問題」「転倒の危険性」「姿勢を支える」などを考えることになります。また「視覚機能」という領域で,「以下の1つ以上に該当したら,回復可能な急性の視覚問題や,改善の可能性を検討する」として,「視野の問題(回復可能)」「白内障(回復可能)」「緑内障(回復可能)」「視力の障害(改善)」の4つのトリガーが挙げられています。「視覚障害」は,要素に分析すればこういう状態で,これに1つでも該当したら,その可能性があるので,これを問題としたガイドラインを見ていくわけですね。
井部 それで次のガイドラインの「視覚障害を引き起こす要因」のところを具体的に探るわけですね。

アセスメントの項目

井部 アセスメントの項目が多過ぎて,時間がかかるという最初の問題は,解消されたのでしょうか。
池上 アメリカ版では特に減ってはいません。それに「項目が多すぎる」という批判と同時に,「私の必要とする項目は入ってない」という批判もありました。また先ほど村嶋先生がご指摘の老健のように,「段階は細かいけれども,アウトカムの改善をみるために必要な段階のきめ細かさが足りない」という意見もありました。
村嶋 例えば「第3章:MDS記入要綱-3:項目別の記入要綱」の「I.疾患」なども,I-1からI-2まで32の疾患の定義の記載がありますが,RAPsのトリガーに入っているのは少ないですね。
池上 それはこういうふうにチェック方式にしないと,病名があってもチェックされない可能性があるからです。いろいろなアウトカムを評価する場合,病名がコードで示されてないと統計的分析ができないことが第一点です。チェック方式にすると,飛躍的に記載されている病名数が増えます。
村嶋 「J:健康状態」などもトリガーではずいぶん項目が減っています。そこらへんのメカニズムを明確にするためにどれ位のデータを用いたのですか。
池上 「MDS 1.0」を改訂する時にすでに500万以上のアセスメント表がありました。その表で,どの項目にチェックしたら自動的に別のトリガー項目にチェックされるかを統計的に分析したわけです。正直に言いますと,「RAPs」は「MDS 1.0」でにわか仕立てで作られたため,きめ細かく作りすぎた面があるのでそこを整理したわけです。それでは,トリガーではないからこの項目は不要かというとそうではなく,アセスメントとしてケアプランを立てる上では,どういう状態であるかを把握しないとケアプランが立たちません。
井部 そうしますと,こういう項目は「RAPs」の中に何らかの形で入り込んでいるというわけですね。
池上 すべてではありませんが,「RAPキー」の中の「ガイドライン」にかなり入っています。よくアウトカム評価は質の評価と言われ,今まで1床当たりの面積や患者さん当たりの看護婦さんの数で評価されていましたが,アウトカムに基づいて評価することは,施設間の比較だけではなく,看護として一生懸命取り組んで,客観的な数値でどれだけ改善したかを評価することだと思います。デンマークの老年科の教授が「MDS」の結果を見た時に,「自分たちがやってたことは正しいと信じていたが,それを裏づけるデータが何もなかった」と感激して言ったそうです。もちろん,アメリカのナーシングホームよりデンマークのほうが質がいいのですが,それを裏づける数値がなかったのです。そこで,「MDS」を用いることによって,初めて数値的にも実感してたことが裏づけられたわけです。同様に,自分の病院と他の病院,または去年との改善の比較をしようと思っても,やはり数値で見ないと独断的になりますね。

アウトカムの評価

村嶋 ハイリスクグループをどう絞って,アウトカムにどう活かすかというのは,すでに行なわれているのですか。
池上 ええ,実際にやっております。ただし,地域において似たような患者さんが入院されている施設だけを選べば,ハイリスクグループを選ぶという面倒なことをしなくても,抑制されている割合だけを単純に比較して差し支えありません。
村嶋 アメリカでは,評価の主流がアウトカムに移っているようですが,「MDS」は必ずしもアウトカムをベースに開発したものではないですね。
池上 いいえ,まさにケアのアウトカムを計測するために開発されたのです。どのように使われているかと言うと,前回監査に行ったときに褥瘡の割合がどうか。もし高い施設なら,監査に行く前にそういう施設だということが,あらかじめ評価者に情報として与えられます。そればかりでなく,前回褥瘡があった方のリストがプリントアウトされて,それを持って評価者が個別にベッドサイドに行って監査するわけです。
 それなりに褥瘡が治らない正当な理由があれば問題はありませんが,それ以外の分野についても,日課活動に参加しない割合がこの施設ではこの位で,他と比べると盛んではない。それでは,1年後にもう1度行った時にはどうなっているか。他の地域の施設と比べて問題があるところを中心的に調べられるし,問題領域が多い施設にはより頻回に見にいくことはできます。

『MDS 2.1』の使い方

井部 実際に老人病院で「MDS」を使ってみて,記入に多大な時間を費やしたという話を以前に聞いたことがありますが,最近はいかがですか。
池上 結局それは慣れですね。アセスメント表で,記入要項を1つひとつ照らし合わしていれば,1日かかっても足りないでしょう。しかし,記入要項の内容を理解して,判断に迷うときだけ参照してチェックするようにすれば,それほどのことではないと思います。次にチェックの範囲として,例えば6段階の内容がどうなっているかを覚えてしまえば,自動的にチェックできるわけです。先ほど,項目数について質問なさいましたが,問題は項目の数ではなく,つけやすいかつけにくいかだと思います。項目数が減らなくても,つけやすくすればアセスメントに要する時間は減ります。
井部 私は項目の多さを批判しているのではなく,看護婦は非常に真面目なので,これを1番から順番につけていこうとする人が多いのではないかと心配しているのです。これを使うなら,項目をほとんど頭に入れておいて,この本を持たずに行って患者さんの全体を見て,後で項目ごとに書けるくらいにならないといけないと思っていたものですから。
池上 それについて,「MDS-HC」に「まず一通り読んでから,自分のよく知ってる利用者のことを思い浮かべてつけてみなさい。そして,わからなかったらその時点で記入要項を読んでみなさい」と書いてあります。それを繰り返した上で,今度は実際に患者さんのところに行って,「“MDS”を習い始めているのですが,協力していただけますか」とお願いして練習していただくのが一番いいと思います。
井部 そうですね。本を片手にとか,質問紙を片手にというのは危険だと思います。
池上 アンケート調査と同じように認識されるのは非常に危険です。本人が言ってることや家族が言ってること,または記録に書いてあること,それを総合判断しなければいけないと思います。
井部 そういう罠に陥らないようにしなくてはいけないと思います。
村嶋 本当はそれが望ましいのでしょうが,私は1996年にアメリカのナーシングホームに行った際に,監査の前だからとカルテを積み上げて,記入専門のナースがそれを埋めている場面に出会わせてしまった経験があります。
池上 それが書いてないと施設としての営業免許取り消しになりますから,逆に形骸化する危険性がありますね。そういう施設もありますが,一方において主体的に取り入れている施設もあります。すべてのナーシングホームがそういう方法を採っているとは言えませんが,アメリカで導入後の効果を厳密に検証したところでは,確かにアウトカムの質は向上していました。記録の正確性が向上して,潜在的な問題に対してもケアプランの上で対応されるようになったそうです。また,身体抑制は25%,留置カテーテルの使用は29%がそれぞれ低下したとのことです。同時に,より適切なケアの方法,例えば日課活動への関与,終末期に対する希望の確認,排泄計画などがより多く行なわれるようになったとの報告があります。
村嶋 逆に言えば,形骸化することなく有効に活用させるためには,わが国の特養や老健ないし療養型病床にどんなシステムが必要かということが次の課題になると思いますが。
池上 それは難しい問題です。日本で調査した結果,MDSに取り組んでいる施設でも,記入が不十分だったり,アセスメント表がなくなったりして,評価できない例もありました。法的に規制しないとだめな面もあります。

わが国に必要なシステムは?
卒前・卒後の教育にも活用する

池上 話題が飛びますが,『MDS 2.1』のもう1つの特徴は,退院後の急性期に近いケアにも対応できることです。急性期直後のケアにも同じアセスメント方式で対応できるということが,セールスポイントになるかもしれません。例えば,病院からチューブを付けて退院して療養型の病院に入るようなケースは今後増えてくると思います。それから,療養型は介護保険だけではなく医療保険にもありますし,今後,慢性期病床というのは定義づけられるかどうかは別として,多くの一般病院が療養型の病床に転換せざるを得なくなってくれば,急性期直後の医療の受皿になると思います。そうなると,気管切開というケアが必要な方も,療養型病床群に入る可能性が高まってくると思いますね。ですから,『MDS 2.1』は介護保険オンリーという考え方は,今後変えていかなければいけないので,むしろ急性期のケアもある程度できるからこそ安心して介護の施設に入院できることになります。両方ができるようなところなら,自己負担も少なくて,生活面では充実している今の特別養護老人ホームにも対処することもできます。
村嶋 大変いいツールなのですが,どう用いるかによって活かし方,つまり質の向上を実現する仕方が違うと感じますね。
池上 おっしゃるとおりです。結局,各地域にいわゆるティーチング・ナーシングホームがあるという考え方です。地域における基幹の介護施設を中心として,これを広めていただきたいと思います。そういう施設に人材も患者も集まれば,他もそれに倣ってくださるのではないかと思います。というのも,先ほど先生がご指摘なさったアメリカのように,公権力で強制して形だけ従ったのでは意味がありません。これを十全な環境にするには,全体的な底上げが必要で,それにはやはり卒前,卒後の教育にこれを活用していただくことが,今後の大きなテーマだと思いますね。
 それぞれの地域に,地域医療支援病院という構想があってもなかなか定着しませんが,むしろ介護支援病院と言いますか介護支援施設として,看護大学からは必ず実習に行く。またそこに他の施設からも研修に来るような状況になるとよいと思います。

テキストとしての活用も:共同のアセスメントを

村嶋 日本の老健はナースではなく,医師が施設長になっていますが,ナーシングホームで『MDS 2.1』を使う場合,かなり看護の知識がないとつけれないようになってますので,ナースの役割を今後どのように考えていくかという課題があると思います。
池上 アメリカの老年科の専門医はCGA(Comprehensive Geriatric Assessment)の重要性を強調しています。そういう医師がナーシングホームにたくさんいらっしゃればいいのですが,現実は必ずしもそうではありません。また,老年看護学を修めた看護婦が行なうのが最適ですが,アメリカでも圧倒的に少ないです。そういう点からも,特に専門の知識がなくても,『MDS 2.1』を読めばそこに到達できるように工夫されているので,逆にテキストとして活用していただきいと思います。読み合わせ,個別の症例に対してのディスカッション,対応がむずかしい症例についての勉強会,うまくいったことの事例報告などという積み重ねが必要だと思います。
村嶋 わが国の老人施設に,優秀なナースがもっと入るべきだと思います。『MDS 2.1』のようなツールを使って,ナースが責任を持って,その施設の質を上げていくとことは大変大事なことだと思います。
井部 「高齢者ケアプラン策定指針」は高齢者「看護」ケアプランではなく,さまざま職種の人がケアに携わるわけなので,共同してアセスメントし,プランニングしていくという考え方が反映されているということですが,今もその方針ですか。
池上 セクションによっては他の職種が行なったほうがよい場合もあります。例えば,診断は医師が,薬剤の場合は薬剤師がいいでしょう。それから先ほどの「項目別の記入要綱」の「N:活動のパターン」の部分に,「好きな活動場所」とか「一般的に好む活動」という箇所がありますが,こういうところはむしろ,特養で言えば指導員ですね。ですから,アセスメント表の最後に,アセスメントに加わった人の署名ということで職名も入っています。しかし,特に施設の場合においては看護婦が中心と言えると思います。

『MDS-HC 2.0』とは何か?

「MDS-HC」について

村嶋 「MDS 2.0」と『MDS 2.1』の違いをもう少し伺いたいのですが,後者には「MDS-HC」を使って在宅アセスメントをしろという指摘が何か所かありますが,これは前者にも入っているのですか。
池上 冒頭に(表1)でお示ししましたが,「MDS 2.0」は,「MDS-HC」と同時期に作りましたので,そこには入っていません。実は,「MDS-HC」もMDS-PAC,急性期直後のケアの項目を取り入れた形で,『日本版MDS-HC 2.0-在宅ケア アセスメント マニュアル』(医学書院刊.以下『MDS-HC 2.0』)を準備しています。特に日本では,「MDS-HC」のほうが普及度が高いので,両方をペアで活用していただくと,よりいっそう効果的ではないかと思います。
村嶋 「MDS-HC」は在宅ケアに対して先生たちが検証をしてらっしゃる。一方,「MDS 2.0」「RAPs」は先生たちが検証をして,これも施設でやろうとしてらっしゃる。そして,「MDS-HC」を施設にいる間に用いて在宅ケアのためにアセスメントするように,と薦めておられますが,施設の中で「MDS-HC」を用いて在宅ケアをアセスメントできるということは検証していらっしゃるのでしょうか。
池上 「MDS」の施設版は,施設にいる間のケアプランのためにあって,施設から退所2週間前の時点では,本来そこで「MDS-HC」によるアセスメントをやっていただきたいわけです。その際『MDS-HC 2.0』では,項目の3分の2以上が『MDS 2.1』と完全に一致してますので,3分の2は退所前2週間目にやるアセスメントと同じ項目になります。

『MDS-HC 2.0』について

池上 「MDS-HC」と「MDS 1.0」とがズレていたのは,前者を作ったのは「MDS 2.0」に切り替わった時でしたので,「MDS 2.0」と一致していましたが,「MDS 1.0」とは項目が微妙にズレていたわけで,少しつけにくかったという事情があります。
 また,『MDS 2.1』は「MDS-HC」とは微妙にズレています。というのも,「MDS 2.0」より「MDS 3.0」に近いという事情もあって,「MDS‐HC」の改訂版である『MDS-HC 2.0』を出すことになりました。その結果,施設版の改訂版である『MDS 2.1』と初めて同じ歩調を合わせる形になりました。
村嶋 ただ,「MDS-HC」のCAPs(Client Assessment Protocols)として,在宅サービス削減とか環境評価,保健予防サービスのことなど,かなり在宅になってからでないと評価できない項目も多いと思うので,施設の段階で見通して評価することが難しいのではないかと思います。
池上 在宅サービス削減というのは,2回目のアセスメント以降の話ですので,まずそれは問題ないですね。住宅環境については,あらかじめ出向いて調べてみる必要があると思います。それから,介護能力の問題は,実際の介護者と話し合って,介護における問題があるのでしたら,入院期間中にそれに対応したフォーマルサービス導入の準備しけなければいけません。ですから,ディスチャージ・プランニングとホームケア・プランニングとはリンクしてなければいけないわけですね。CAPsの中には入院中は検討できない項目があるというご指摘はその通りですが,仮にいま退院した場合,在宅に帰った時点で気づくより,在宅でどうでしょうかと予測した上で,こういった項目を念頭において評価することが重要ではないでしょうか。
村嶋 参考のために使われているという感じなのですか。在宅での実際のプランニングのために使われるのですか。
池上 そうです。
村嶋 Evidence-basedという観点からは,「MDS 2.0」は500万人のデータを基にアセスメントシートを作られということですが,「MDS-HC」はどれくらいのデータを基にしているのですか。
池上 数千のクロスセクション(横断)と,大体1000人ほどを最低でも3か月ぐらいフォローしたアセスメントのデータベースがあります。今のところまだそう多くはありませんが,そういう形でフォローアップしたデータは他にはないので,そういう意味では,科学的な分析に基づいています。
村嶋 シアトルでアメリカの高齢者ケアの指標の研修会に参加したことがありますが,州政府の担当ナースが来て,「RAPs」の説明の中で,「これは世界30何か国で使われてる」と自慢げに話したのですね。私はその時,日本語版を持っていたので,「その1例がこれだ」と言って見せたんです。彼女は最初,何をこの日本人は言ってるんだろうという顔をしていたのですが,表の特徴から「MDS-RAPs」の日本語版だとわかって,「皆さん,これを見てください。ここに実例があります」とみんなに見せて回っていました。
池上 『MDS-HC 2.0』の改訂の特徴を紹介しますと,まず基本構造は旧版と同様で,CAPsの領域も数も同じです。したがって,これまで研修された内容はそのまま役立てることができます。また一部のアセスメント項目について選択肢を増やしたり,新たな項目を少数加えることによって,包括性と信頼性をさらに高めました。それと同時に,基本となるアセスメントする際の観察期間を7日間から3日間に短縮することによって,アセスメントをしやすくしました。
 さらに30のCAPsのうち,18のCAPsのトリガーを一部改訂しまし,トリガーされる利用者を厳選できるようにしました。同時に,CAPs全体の内容を整理し,最新の内容に改めました。
 そしてわが国の事例をもとにアセスメントからケアプランに至る方法を具体的に示した章を新たに書き下ろしています。
 先生方のこれからのご努力によって,地域における看護教育,研修の場を作ることがキーになると思います。それにはやはり,「MDS」が看護の本流になっていただきたいですね。今日はどうもありがとうございました。