医学界新聞

 

 ミシガン発最新看護便「いまアメリカで」

 臨床試験の必要性とそのおとし穴
 [第11回]

 余 善愛 (Associate Professor, Univ. of Michigan School of Nursing)


 臨床試験(クリニカルトライアル)は,主として新薬の開発や新しい治療法の開発のために行なわれます。今回は,この臨床試験を中心に,看護職の果たす役割と責任について話をしたいと思います。

3段階の臨床試験

 一般に臨床試験と言われているものは,NIH(米・国立衛生研究所)の規定で3段階に分かれています。
 第1段階は,少数の被験者(20-80名)を対象に薬の安全量を確認するとともに,薬がどのように体内に吸収され,どのように体外に代謝排泄されるかを人体で実験します。もちろんここに至るまでには,試験管や動物を使って行なう過程があります。
 第2段階では,実際に病気を持つ人に薬を投与し,その効果と副作用を調べます(100-300名を対象)。そして第3段階は,被験者の数1000-5000名の,政府が公認許可を与える大規模な試験です。この段階では,新しい薬や治療法が広く一般に処方された時の有効性はどうか,より生活に密着した中で使った時に,新たな副作用が出るのかなどを調べます。この3段階が終わって,はじめてFDA(米・食品医薬品局)での新薬の検査が受けられるのです。

臨床試験と看護職の役割

 試験管からはじまって第2段階に至るまでは,伝統的に大学の研究室で臨床試験が行なわれてきました。第1段階以前に,もし看護職が関与するとすれば研究者としてのかかわりです。例えば脳傷害を被った患者が,その施設にいる間,どのように環境に適応し,転んだり迷ったりするのを防ぐかという看護法を開発する場合は,動物実験などをします。それでも,臨床試験に入るまでの段階での看護職の関与の仕方は大変限られていると言ってよいでしょう。
 これが臨床試験の段階になると,看護職の役割はさまざまとなり,それに伴う責任も変わってきます。新薬の開発はさておき,いずれの段階でも新しい看護介入法や予防法の開発なら,看護職が主任研究者として臨床試験の舵をとることはめずらしいことではありません。この場合の研究は,前に触れましたNIHの中のNINR(国立看護学研究所,連載第7,8回目)から援助を受けるのが通例ですが,NIHの他の研究所から援助を受けることもあります。
 また看護研究者が,新薬や新しい治療法の開発でも,共同研究者として参加したり,看護に関連した部分の研究を担当するということもあります。いずれにしても,全体からみると看護職が研究者として舵をとったり,共同したりというのは,まだまだ少数であると言わざるをえません。臨床試験において,最も多くの看護職がかかわる可能性があるのは,おそらく現場の看護職(スタッフナース)として,薬または偽薬を,研究者である医師の指示のもとに与薬することだと思います。この役割は看護職であれば,特に研究法を理解していなくとも役割は十分に果たせます。

リサーチナース

 次にリサーチナースというかかわり方があります。彼女らは,「プロジェクト コーディネーター」,「クリニカル リサーチ コーディネーター」とも呼ばれ,現場でデータの収集や管理調整をする役割を担います。臨床試験では,データ収集の段階で,患者または健康被験者に直接関与し,採血等の手順も監視することから,看護職の資格と技術が必要となります。
 リサーチナースは研究者ではありませんが,研究チームの一員として,データ収集の手順を正確に理解し遂行することや,研究方法と目的を理解することが要求されます。そのために,リサーチナースを採用する側としては,ある程度研究法に関する知識を持った人を優先して採用します。特に第3段階の研究では,何か所かの病院や診療所,保健所等の施設で,同時に何年間にもわたってデータの収集をするのが通常ですから,各々の場所でリサーチナースを必要としますし,彼女らを訓練,管理する看護職が必要になってきます。これらの仕事は,統計学者や会計管理をする人とともに,研究の質を決定する要因になります。
 この第3段階では,大学および大学関連病院だけでやっていくには被験者の数が足りない場合が多く,特に新薬の開発の過程では製薬会社が先頭に立ち,大学を離れたさまざまな場所でデータの収集が行なわれるようになります。第3段階の臨床試験は,純粋に科学または医学と人々の実際の生活を結びつけるものとして,近年の科学の進歩の中で画期的な企画ではありますが,大変な数の被験者を要求することから,近年少数の医師たちによって悪用されはじめていることも事実です。
 医師の免許があれば誰でもFDAに申請できますから,製薬会社と契約を交わしデータ収集にかかわれます。精神科の専門医が,子宮頚管癌に関する臨床試験に参加したという話も聞きます。これらの医師たちの一部には,被験者1人を勧誘するごとに支払われる金額(製薬会社が支払う金額はとても大金!)に魅力を感じて,それを目当てにさまざまな手段を講じ勧誘を図る人がいます。最近,執拗に被験者に勧誘したため,免許を取り上げられた上に,刑に服した医師の話が新聞に出ていました。
 看護職が,このような状況に巻き込まれるのはまれですが,実際に起こっています。医師に指示されたからといって,患者の意志に反して患者を研究に参加させたりすると,看護職も罪を問われます。研究に伴う倫理的責任を看護職は理解していなければなりません。
 臨床試験におけるリサーチナースの重要性は,研究者と看護教育者の両方で理解されはじめています。彼女らの観察に基づく意見が研究方法を調整し,より効果的に改善されることもままありますので,共同執筆者として研究の成果発表に加わることは慣行とされています。

教育の現場では

 看護教育者側でも,このような役割の違いをはっきりさせながら,看護研究を教えるようになってきています。看護研究とは何かを問うことはもちろんですが,学部の看護研究では,少なくとも研究という作業の概念を理解し,スタッフナースもしくはリサーチナース(コーディネーター)の助手が勤められるような教育をします。
 修士段階では,さまざまな研究手法を理解するとともに,それが使えるようになること,また統計手法の結果を理解できること,リサーチナースの役割が十分果たせること,そしてあらゆるレベルの研究を理解し臨床的応用ができるようになることを目的に教育します。そして,博士課程の学生には,実際に研究者として研究を企画実行できる教育および訓練を行ないます。
 このように,以前は「看護研究」を考えることが,ほとんど唯一の目的であった看護学部内での研究に関する講義が,近年では市場の要求にしたがって,もう少し広く研究一般の知識と技術を教えるように変わってきています。