医学界新聞

 

 シドニー発 最新看護便
 オーストラリア高齢者ケア対策[第12回]

 高齢者虐待-閉ざされた問題

 瀬間あずさ(Nichigo Health Resources)


 今回,オーストラリア高齢者虐待研究の第一人者であるスーザン・カール氏(ホーンズビークーリンガイ病院高齢者リハビリテーション部長)に,家庭内における高齢者虐待について話をうかがったので報告する。

家庭内高齢者虐待

 高齢者虐待そのものは新しい現象ではなく,ただそれが感知されるようになったのが最近のこととされている。1975年に「Granny Battering-老人の虐待」が,初めて英国医学雑誌に掲載されたことが医療関係者の関心を引き,その後特にアメリカで発展し,1980年代は『高齢者虐待の10年』と言われるまでになった。
 高齢者虐待の定義は文献によってさまざまだが,大きく分けると(1)身体的虐待(Physical abuse),(2)心理的虐待(Psychological abuse),(3)経済的,または物質的虐待(Financial or Material abuse),(4)怠慢(Neglect-介護等,日常生活の世話の放棄,拒否,怠慢による虐待)という4つのカテゴリーに分けられる。
 虐待の要因として,身体的障害,認知障害などにより他者にケアの依存をしている,介護者のストレス,家庭内暴力の既往,虐待者の精神病理などがあげられる。当初,被害者の介護依存度が虐待にひどくかかわっているとされていたが,研究結果によると,虐待者のアルコール依存,薬物乱用,精神病,痴呆症などによる認知障害が虐待の要因として大きく関与していると理解されるようになってきている。
 アメリカとカナダの研究によれば,高齢者人口の2-5%が虐待の被害者という結果を示しているが,正確な高齢者虐待の規模は推定しにくいという。その理由としては,医療従事者のこの高齢者虐待の問題に対する認識が薄いこと。また,被害者が疾病や孤立にあること。さらに,虐待者からの報復を恐れたり,恥に感じたりすることに加え,再度施設へ入所させられてしまうのではないかという恐れなどから,言い出しにくい状況にあるとされている。
 オーストラリアでは,家庭内高齢者虐待の研究が最初に報告されたのは,1990年初頭である。病院を基盤とする高齢者ケアサービスに照会された患者を調査した結果,「地域に住む患者のうち,約4.6%が虐待の被害者」という数字が出されており,オーストラリアも他の海外先進国と同じくらいの頻度で家庭内高齢者虐待が発生していることが報告された。

ニューサウスウェールズ州の試み

 1993年には,ニューサウスウェールズ州(以下NSW州)のタスクフォースが,家庭内高齢者虐待の報告書をまとめた。この報告書ではいくつかの提案を掲げられ,それに対応するため,地域サービス大臣は諮問委員会を設置した。委員会では,虐待の対処手順の開発,虐待ケースへの対処法,教育と研究の他,柔軟性を持った宿泊施設の提供の改善に向けて取り組みを開始した。
 この取り組みの1つとして,NSW州家庭内高齢者虐待諮問委員会は「Behind Closed Doors-The Hidden Problem of Abuse of Older People;閉ざされたドアの陰で-高齢者虐待の隠された問題」という,家庭内高齢者虐待のビデオを作成した。ホーンズビークーリンガイ病院で扱った中の4つの症例をもとに,プロのシナリオライターと演技者を行使し,家庭内高齢者虐待の症例紹介をしている。
 このビデオは,4つのエピソードが含まれた18分という短さにもかかわらず,高齢者虐待の一端を的確に表現しており,映像が与える衝撃は大きい。なお,このビデオは一般市民と医療従事者の教育の一環として使われている。また,医師,看護婦,ソーシャルワーカーの教育機関だけに利用されるのではなく,警察学校でも高齢者虐待についての講義が行なわれており,高齢者ケア評価チームメンバー,訪問看護婦団体に対しても,高齢者虐待についての教育が浸透されてきている。

豪州の高齢者虐待の今後

 高齢者ケアにかかわるスタッフは,高齢者虐待の対処方法の手順を明確にしたことや,教育などにより,家庭内高齢者虐待の察知後,より自信をもって対応するようになってきた。具体的な対応策としては,まず在宅ケアのサポートサービスを増やす,レスパイトケアの提供,カウンセリング,他の宿泊施設の提供,そして後見人局の介入(今回は紙面の関係でこの組織については触れない)などがあげられる。今後は,どの対応方法がより効果があるかなどの研究が必要とされている。
 なお,オーストラリアでは1985年より施設ケアから在宅ケアへとシフト転換し,今後もさらに在宅ケア中心の政策を取ると思われる。介護者のストレス軽減のために在宅サービスへの充実をめざしても,家族の負担を100%取りさることはできない。また,家庭内高齢者虐待が減ることはあっても消滅することはないであろう。
 在宅ケアを提唱していくのならば,家庭内高齢者虐待という在宅ケアの暗い部分に蓋をせずに,この問題に取り組んでいかなければならないと考える。(参考文献略)